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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
五章:瑠璃と春空
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5-07 藁にも老師にも縋る




 ―――話は戻り、薔薇色の街、バルベナ。


 セブレム職員を名乗る男がテロを起こし、病気の少女ベルティーユの姿をした魔女による不可視の斬撃が街を襲う中、カミヤはアディの手を引いて全力疾走を続けていた。


「なあ、おい、ちょっと待てって、あんた何処に向かって走ってんだよ!」

「よくわかんないけど、取り敢えず、先生のとこ!あの悪そうな眼鏡の人、セブレムの人なんでしょ?なら、絶対先生がなんか知ってるじゃん!」

「先生って誰!」

「先生は先生!えと、ええと―――ユアン!ユアン先生!」


 名前くらい憶えていてやれよ、と悪態をつくアディに、もごもごと言い訳をしながら彼女は走り続ける。

「とにかく、とにかく。なんにもしなきゃ、なんにも解決しないよ。君も、大事なおねーちゃん守りたいんでしょ。迷ってないで、走って!」

「ああもう、なんなんだよ、わかった、わかったって!」


 アディは自棄になって走る。


 ふと視線を上げた先、そこにあった街灯やら何やらは、またしても不可視の斬撃によってばらばらと崩れ落ちて、彼女達の行く手を塞いだ。

 苛つくように、アディは声を上げる。

「なんなんだよ、さっきから!ベルはこんなことしない、こんな力も使わない!」


 地面に転がった鉄の塊を蹴り飛ばそうとするアディを、危ないからとカミヤが引き下がらせた。

 息を荒げながら、アディは散らばった残骸を睨みつける。


 カミヤは辺りを見回す。

「道、塞がっちゃった。どっかから、回り道しないと」


 そう言って見回した先、建物の隙間から、誰かが手を振るような姿が一瞬だけ目に入って。

 それが味方だと察した彼女は、直感に身を任せて、その人影の居る方へと足を運んだ。




「―――あ、その、こんにちは。たしか、私達。会ったこと、ありますよね」


 そこに居たのは、カミヤよりも幾つか年上に見える女性だった。

 ポニーテールで纏められた黒髪。

 弱弱しく身を屈める彼女は、大きな布を羽織って素性を隠そうとしているが、その下に見覚えのある白衣を着ているのが見えた。


「ああ、えっと。確かに、どっかで会った気はするけど。…ごめん、全然覚えてないや。セブレムの職員さん?」

 カミヤが聞くと、女性は少し困り笑いをした後、そうだよね、と呟いた。


「私、ギャレットさんと一緒に研究所に居た、サラっていいます。あなたが初めてこの街に来た頃に、セブレムに所属してました」

「あ、ああ~~~」

「…」


 分かったような顔をしながら、カミヤは彼女の顔をまじまじと眺めて考え込む。


「…憶えてないならそれでいいよ、ごめんね?」

「うん。ごめん。思い出そうとしたけど、やっぱり無理だった」

「会話もしてないしね」

「そらしゃーないね」

 あはー、と気の抜けた笑い方をするカミヤと、若干おどおどしながら笑うサラの姿を、アディは冷ややかな目で見る。


「何の用で俺達に話しかけたんだよ。言いたい事が、あるんじゃないのか」

「そう、そうなんです。その、ちょっと、助けて欲しいというか、協力したいっていうか」


 焦っているのか、たどたどしく言葉を選んで、目を回しながら彼女は話した。

「私に、ついて来てくれませんか」


 カミヤもアディも、何を急に、と言う様子で首を傾げるが、サラはそのまま続ける。

「事情は話せば長くなりますけど。今、北東のセブレム本拠地に行っても誰にも会えません。だから、私と一緒に中央病院まで来て欲しいんです」


 アディが「何で俺達にそれを」と問うと、彼女は食い気味に答えた。

「その、調べた経緯とかは省きますけど。ウルフセプトのオーナーの、カミヤさん。あなた、セブレムの管理施設の入室権限、フルで持ってますよね」

「え?」

「その権限が必要なんです。同じ認証情報で、実は中央病院のとある部屋にも入ることが出来るから」


 そうだっけか、というカミヤへ、彼女は続けざまに説明する。

「貴方の権限で入れる特別病棟に、セブレム職員の、ギャレットさんが居ます。今の所長、ユアンさんのお兄さんです」

「ああ!」

 ようやく話の意図が掴めたのか、カミヤは手を叩いた。


「先生のアニキにお願いして、なんか上手く事件解決してもらうってこと?」

「ああ、えっと、うん。物凄く平たく言うと、そう」

 大雑把な理解に苦笑いしつつも、サラは頷く。


「今起きてるテロは、エドさんに力業で解決して貰おうにも、レヴァさんの居場所が割り出せないから、手も足も出ません。セブレムの技術は一筋縄じゃないので。あの人に対抗するなら、ギャレットさんに頼らないと、どうにも」

 そう言いながら、徐々に自信がなくなるように彼女は声色を落とした。


「お前は何もできないのかよって話ですよね、ははは…」

「いや、何も言ってないけども」


 カミヤが真顔で突っ込む隣で、アディはまだ訝しげな顔をしていた。

「そもそも、あんたなんなんだよ。レヴァさん、レヴァさんって。あの男の仲間なんじゃないのか?何か騙そうとして無いだろうな」

「ちちち、違うんですよ、そんなつもりじゃなくて。確かにその、私はあの人の事も捨て置けないと思ってますし、恩もありますけど、えっとぉ…」


 睨みつけるアディの隣で、カミヤは「いいよ、疑わなくて」と彼を引き留めた。

「疑ってちゃ、話が進まない。あなたに着いて行けば、この街のごたごたも解決するの?」

「…不安は色々とありますけど。これが、今、私が提示できる最善手で」

 サラは俯いて目を泳がせる。


 少し迷うように、カミヤは視線を上げた後。

 短く頷いて、「わかった」とだけ返事をした。




◇ ◆ ◇




 サラの案内によって、彼女達は一切の監視カメラに映らず、レヴァに捕捉されないルートを辿って中央病院まで辿り着いていた。


 やっとの思いでそこまで辿り着いた矢先、アディが問いかける。

「なあ、しつこく聞いて悪いけどさ。本当に、味方だと思っていいんだよな」

「うん。私、いつも役立たずですけど。その…セブレムの皆も、この街の人達も―――レヴァさんも、誰も傷つけたくないって、そう思ってるのは本当です」


 レヴァも尊重したいという言葉に眉を顰めながら、彼は更に問う。

「ちゃんと、人質のことまで助けるつもりなんだよな。これで、あいつのことは知らない振り、なんて許さないぞ」

 その問いに、彼女は「あの画面に映っている、女性の方のことですよね」と確認したうえで。


 一言、「そんなことはしません」と呟いた。


「世界の全てが敵になることの恐さは、私もちゃんとわかってるつもりです」

 その一言と、何かを思い出すような彼女の目に、アディは口を閉じる。



「…今までは、レヴァって人と一緒にいたの?」

 カミヤにそう聞かれて、彼女は小さく頷いた。


「…隠しきれないと思うので、正直に言いますけど。私、魔女教に所属して、世界各地を歩き回ってました。あの人と一緒に」

 魔女教のことをよくわかっていないカミヤは、ふうん、と鼻を鳴らす。


「そうなんだ」

「そうなんだ、って。あの、軽いですね」

「うん、別にどっちでもいいし。そんなに意を決して言う事なの?」

「えっ。だって、その。魔女教って、はっきり言ってテロリストですよ。あちこちで騒いで、世間を困らせて。殆どの人達は、かえって魔女の評判を下げるような、宗教とも言えないような活動を繰り返す無法者の集団なんですよ。現に、今だって」

「いやまあ、なんとなく知ってるけどさ。でも、サラちは別にマトモそうだし、別に問題ないんじゃないカナ、と思って」

「サラち!?」


 想定外の呼び名に驚いて声を荒げた彼女だったが、慌てて咳払いをして話を戻す。

「そう、ですか。気にならないなら、いいんですけど」


 カミヤが何の気なしに頷くのを見て、彼女は続ける。

「あの、それで。今、あのモニターに映し出されているレヴァさんも、昔はセブレムの職員で、今は魔女教に所属してる人です。要するに私達は、一応、魔女教の仲間ってことになります」


「一応?」とアディに聞かれて、サラは頷く。

「一応です。本当に、ただ同じ集団内に所属して移動を繰り返していただけで。殆ど会話もできませんでしたし、私から一方的にレヴァさんの様子を見てるだけでした」


 彼女は空中のモニターを見上げる。

「話せば長くなるので、省きますけど。あの人は、セブレムを辞めて魔女教に入ってから、ひたすらに悪い方向に導かれてしまったんです。―――発端は、私のせいで。でも、その奥底にあったのは正義感だったって、私、知ってるんです」


 アディは、若干面倒そうに、モニターを見上げて。

「だから、さっきの話になるのか。あの男も傷つけたくないって。都合がいいな」

「…」

 サラは、申し訳なさそうに視線を下げた。


「…ん。事情は分かった。とにかく、このテロをやめさせたいって目的は一致してるんでしょ。じゃあ、早く行こうよ」

 カミヤがそう言って先へ行こうとするので、残りの二人も焦るように着いて行く。


 彼女達はまた監視カメラの死角を通りながら、サラが先頭に出て、カミヤとアディを引き連れて中央病院へと足を進めた。




◇ ◆ ◇




 病院に入る方法は正面の入り口しかなく、彼女達は仕方なく堂々と受付前を通るルートを取ることを決めた。


「受付の右奥が特別病棟です。病院内もごたついてるみたいですし、今のうちに行っちゃいましょう」

「スパイ活動みたい」

「遊んでるんじゃありませんからね!?」

 悪戯に笑うカミヤを、小声で注意するサラ。


 受付前を通り抜けようとした彼女達だったが、壁にもたれるようにして立っていた老人と目が合ってしまい、気まずそうに会釈をしてその前を通り過ぎようとした。


「…うちの後継ぎの病室に行こうってのか。だったら、挨拶くらいするべきだろうがよ、若ぇの」

「ひゅいっ!?」

 驚いて息を吸い込んだ拍子に、サラはおかしな声を出す。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で振り向いて、そのまま顔を上げる。

 改めてその顔をよく見ると、それは彼女にとっては良く知る人物の姿だった。


「…り、りりりりり理事長」

「随分な挨拶だな、元気そうでなによりだが」


 カルガモの親子のように後ろを屈んで歩いていたカミヤとアディは、不思議そうな顔でその老人の顔を見上げた。

 少し間を置いて、カミヤは驚いたように口を開く。


「老けてる、先生がすっごい老けてる!ハードボイルドなジジイになってるーーー!!」

 カミヤは老人を指差して大きな声を上げる。

「おい、初対面で何言ってきやがるこの小娘は」

 老人は、若干たじろいだ様子でカミヤのことを見下ろす。


 サラは血相を変えて、「やめなさい!!」とカミヤの口を塞いだ。




 ―――アンリ・クラフェイロン。

 老人は、セブレムの現状のトップである理事長であり、クラフェイロン家の棟梁。

 ユアンやギャレットから見て、祖父に当たる男だった。


 サラは冷や汗を流しながら挨拶をする。

 が、彼と目は合わせられていない。

「あ、あははははは。その、あの。お久しぶりです、アンリ理事長」

「ああ、久しぶりだな。どうだった、里帰りは」

「ええ、その。なんとか、私は」

 そのやり取りに、カミヤとアディはまた不思議そうに首を傾げた。


「ギャレットの部屋に行こうってのか?」

「ええ、その。ほんの少し、お力添えを頂けないかなぁ、なんて思いまして」

 えへ、えへと及び腰になりながら彼女は呟く。


「藁にでも縋りてぇみたいだな」

「藁じゃ、ありません。あの人じゃなきゃ、駄目なんです」

「ふん。二年間で多少は成長したかと思ったが、まるで変らんなお前は」

 ひぃ、とサラは縮こまっていた身体を更に小さく屈めた。


「起きやしねぇよ、あいつは。一年前までは時々目を覚ましてたが、今はめっきりだ。部屋に入ったところで、何も話せやしないさ」

 病室の方向を眺めるアンリの表情を見て、サラは何も言えなくなって口を噤んだ。


「ユアンはどうした。セブレムにいねぇのか」

「…いないはずです」

「レヴァの馬鹿が何かしやがったか」

 アンリの舌打ちに、サラは尚の事申し訳なさそうな顔をして委縮する。


「そ、その。理事長は、ここで何を?」

「何を、も何も。寝たきりの孫に何かあっちゃいけねぇと、見張りをすんのは身内として当たり前の話だ。もののついでに、おかしくなって動かなくなった設備の修復もやってるがな」

 ああ、そうか、とサラは視線を逸らす。


「だから、俺はあの部屋に鼠一匹も通す気はねぇ。お前さんも一緒だ。幾ら良く知ってる関係とはいえ、今のお前さんは魔女教の手先。入れてやるわけにはいかねぇな」

「そ、そんな。私、ギャレットさんに危害を与える気なんて」

「関係ねぇ。わりぃが、俺は優先順位はつける男でね。この街の事もレヴァの阿呆の事も、うちの大事な家族と比べたら二番目、三番目だ。こんな反セブレムの暴動が起こった矢先に、大事な身内差し出してまでこの街守る気はねぇよ」

 ユアンによく似た鋭い目は、老いても変わらずに彼女達の姿を見据えていた。


 会話が終わったかと思った矢先、カミヤが少し怒ったような顔で、両手の指を鬼の角のように立てて彼に話しかけた。

「でもさでもさ、オールド先生。ちょっと、冷たすぎるんじゃないの。この子だって、好きで魔女教に入ったわけじゃないんだと思うし。事情とか、色々察して、代わりのアイデアとか考えてあげていいと思うんだケド」

「なんだ、オールド先生って。…知らねぇな。私怨でセブレム辞めた連中の事は何とも思ってねぇが、恩を仇で返すような奴に構ってやる義理はねぇし、勝手に衛兵団にでもぶちのめされてりゃいい。どうせ、あの龍人の男が最後はなんとかするんだ」


「…そうされない算段があるから、この街をわざわざ狙ったんじゃねぇの」

 アディは、小さい声で、アンリにそう呟いた。


「なんだ、がきんちょ。お前はそう思うのか」

「がきんちょじゃない。でも、あの男、よっぽど頭良いんだろ。僕も知ってる、対影兵器の生みの親だって」

「ああ、そうだな。あいつは頭だけは切れるやつだった」

 アンリは興味深そうにアディの顔を見て、顎を触る。


「…もう少し話してみろ」

「ここに来る途中で、誰かが話してるのを聞いたんだ。街の端っこで、魔女が暴れてたって話。それに、街の外の森にも、魔女の家があるってニュースも出てた。モニターの中じゃ、ベル…僕のねぇちゃんが魔女だってことにされてる。最後のは確実にデマ、偽物の魔女なのはわかりきってる」

「お前さん、あれの身内か」

「そうだよ。だから、わかるんだ。街の端っこの魔女の件と、今の斬撃テロは、確実に別件なんだ。多分、エドさんは、もうひとりの魔女がいる方を優先して動く。居場所の分からない、あのレヴァとかいう男と、俺の姉ちゃんを探すことを最優先にはできない。…と、思う」

「…んで、うちの孫は二人揃って動けねぇと来たら。まあ、当分はこのバラバラ祭りは続くと」


 アディは、小さな声で呟く。

「エドさんなら、どっちも対処できるかもしれないけどさ」


 アンリは、大きな溜息を吐いた。

「ち、思ってたより大事か、こりゃ。俺も、ちゃんと動かにゃいかんらしい」


 考え込むように、受付奥の機械室に視線を送る。

「あん中のネットワーク機器はセブレムと繋がってる。あれ使って、どうにかレヴァに呼びかけをするくらいは思い浮かぶが。呼びかけ程度であんにゃろうが靡くとは思えねぇしな」


 一同が頭を悩ませる中で。

 カミヤは、病院の奥、柱の陰に誰かが隠れているのを見つけて、一人そちらのほうへと足を運んでいた。






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