1-06 囚われの才女
異常を悟ったリュックとフェリスは、それはもう動揺していた。
「えと、これって誘拐…!?いやぁ、まさか、そんな!あははは、おえぇ」
目に見えて動揺するフェリスに対し、ただ茫然とそこに落ちたエクレアを見つめるリュック。
直感的に、これはエリアが落としたものだと理解した。
明確な根拠は、無い。
相変わらず慌てふためくフェリスは、一人芝居のように喋り続ける。
「そうだ、衛兵団の人に相談を…。ば、番号がわかりませぇん!」
泣きつくような目でリュックを見上げるが、彼女は固まったまま無反応。
瞬きもせず立ち尽くす彼女に対して若干の恐怖すら感じつつ、フェリスは目を回しながらあれこれと思考を巡らせた。
「ああ、ええと…、そうだ、事務所に連絡を―――」
そう言って自分の端末に目を向けたのと丁度同じタイミングで、フェリスの携帯から軽快な音楽が鳴り始めた。
「ひいいっ!?びっくりした…。クロ?どうして…」
知った名前が聞こえた事で、ようやくリュックは反応を見せる。
立ち尽くした姿勢はそのままに、目だけがフェリスの方へ向けられた。
「う、うん。…え、私?今、中央通り沿いの路地裏に…。いや、その。私じゃなくて、カミヤさんが―――うん、うん」
数回の問答をしている最中、彼女たちの背後、大通りの方に一台の車が止まる。フェリスが振り返った先、白い車の運転席から飛び出してきたのは携帯を片手に持ったクロだった。
リュックは振り返ることをせず、無言で落ちていたエクレアを拾い上げた。
「フェリス、本当に怪我とかしてないだろうな!?」
「私は平気だけど…ね、ねえ。何か知ってるの?」
肩を掴まれて、驚きながら答えるフェリス。
「…カミヤちゃんがどこかに連れていかれて、セブレムに脅迫文が届いた。俺が言えるのはこれだけだ」
「…なに、それ。私の、せいで」
「違う、誰も悪くない!―――とにかく、車に乗って。ウルフセプトでノエルさん拾ってセブレムまで行くから、一緒に来い」
「…うん」
「じゃあ、早く…」
そこまで話して、クロはようやく路地の奥にもう一人誰かがいることに気付く。
「え、リュックさん?何でここに…」
名前を呼ばれ、リュックはようやく振り向く。
彼女は、形の崩れたエクレアの匂いでも嗅ぐようにそれを顔に近付けていた。
振り向きざまの目は、路地の暗がりの中で淡く光っている。
「―――エリアさんは?一緒じゃ、ないんすか」
『魔女を騙して悪い儲け方をする輩もいる』
初めて会った時、ユアンはそう言った。
攫われた少女と同じ場所にエリアが居たという確信があった。
「多分、エリアも攫われた」
表情も変えず、彼女はそう言った。
「え?―――あっ!?」
リュックは、路地から見える狭い空に向かって跳んだ。
そのまま、壁や屋根づたいに跳び移って何処かへ向かっていく。
彼女の姿が見えなくなるのに、数秒もかからなかった。
茫然としているフェリスの傍ら、クロは更に険しい表情を浮かべる。
「…フェリス、行くぞ。時間がない」
「え、う、うん」
混乱して動けないフェリスの腕を掴んで、クロは無理やり車へと戻った。
◇ ◆ ◇
中央通りの奥、薔薇色と称される煉瓦造りの建築物が軒を連ねる中で、異質な存在感を放つものがそこにはある。
ウルフセプト。
今までの文化的な衣装とは全く異なる最新デザインの衣服を取りそろえた、大型のファッションショップである。
オーナーを務める少女、ナナ・カミヤはある日突然バルベナの街に現れた。
当初小さなブティックとして開店したウルフセプトであったが、彼女の作る既成概念にとらわれない前衛的なデザイン、ジェンダーを気にしない柔軟な発想力は、多くの消費者の目を引いた。
彼女を支える経営陣の優秀さもあり、ウルフセプトはたった一年にして多大な利益を生み出し発展。運も味方し、中央通りのよく目立つ場所にある大きな店舗への移転を終えると、更にその知名度は上昇し、彼女は一躍有名人となった。
貴族階級から庶民に至るまで、衣服にこだわる人物であれば、彼女の名を知らないものは無く。
特注の衣装をデザインしてほしいという依頼が絶え間なく届き、彼女は多忙な毎日を過ごしていた。
ただ、突如現れた彼女に対して疎む声や怪しむ声もあった。
「貴族に対して不正な金を渡して評価を得ている」、「同業他社が考えた案を盗んで先出ししている」。そんな根も葉もない噂が、いくつも世間に流布されていた。
中でも不審に思われていたのが、「年端も行かない、名もない少女が起業するだけの資金がどこにあったのか」という事。それゆえ、彼女が怪しい組織と関係があるのではないか、と言う噂までもが吹聴されていた。
そんな彼女は、今、暗がりの中で目を覚ます。
「―――おはよう。よく眠れた?」
「…あんた誰さ、おばさん」
「あら、私のこと女だと認識してくれたの?嬉しい、キスしてあげよっか」
「あ、そういう人?」
目を覚ましたカミヤの前に立っていたのは、髪を赤く染めた男性―――もといオネエであった。
暗がりでよく見えないが、細身ながらある程度筋肉質。カミヤの体格で歯向かっても勝ち目は無さそうに見えた。
「解いてよ、これ。痛いんだけど」
「きつかったかしら。ケイ、ちょっと緩めてあげなさい」
そう言うと、近くに立っていた小柄な男がカミヤの腕を縛る紐を少しだけ緩める。
「下手に暴れないようにね。横の子、まだ眠ってて無防備なんだから」
「…!」
カミヤが横を見ると、自分と同じように椅子に座った状態で縛られたまま眠っているエリアの姿があった。
―――帽子は、まだ被ったまま。
「さすがにベッドは用意してあげられなかったけど、首や腰を痛めるような手荒い真似はしない主義なの。出来ればこのまま、怪我なんかはさせないであげたいと思ってるから。余計な真似はしないようにお願いね?人質さん」
男はにこやかに口角を上げるが、目は笑っていない。
下手に動けば容赦はしない、と目で語っているように見えた。
決して広くはないその空間、窓の無い倉庫のような一室からは、その場所がどこであるかは伺えない。
「…目的は?お金?」
「ま、そんなもの。これからちゃんと教えてあげるわ、カミヤちゃん。…横の子は、あなたのマネージャーかしら?」
「違う、この子はさっき知り合った無関係の子。私はともかく、この子が巻き込まれる筋合いはないよ。目を覚ましたら解放してあげて」
「…ちょっと、ケイ」
男は、先程カミヤの腕の拘束を緩めた仲間を呼んで耳打ちする。
「―――あんた、間違いないって言ったじゃない。何で部外者を巻き込んでんの!余計な人間連れてきたら足が付くでしょ!?」
「す、スンマセン、暗くって。よく見たら全然違いますね、こいつ」
「ちょっと写真見せなさい!…馬鹿、髪の色から全然違うじゃないの!何を見てヨシって言ったのかしら!?」
「あ、あんなに都合よく路地裏に来たもんで気が逸っちゃって」
「もう!」
話を終えると、男は再びカミヤに向き合った。
「悪いけど、巻き込んだ以上この子も解放できないわ。せいぜいユアン・クラフェイロンが要求に応じるよう願っている事ね」
「は?何で先生が関係あるわけ?」
「しらじらしいわね」
そう言ってそっぽを向くと、男は気持ちよさそうに眠るエリアを見て溜息をついた。
「ほんと、どいつもこいつも鈍感なんだから」
近くで話していたからか、エリアは居心地悪そうに息を漏らすと徐に目を開けた。
「…」
寝ぼけた目で男の姿を見上げるエリア。
特に驚くでもなく、不思議そうな顔をして黙っている。
「…鈍感ってレベルを超えてるわね、この子は」
呆れた様子の男を他所に、横から「エリちゃん大丈夫?」と声をかけるカミヤ。
ゆっくりと振り向いたエリアは、相変わらず眠そうな目をしている。
時間差で状況を理解したようで、周囲を見回してようやく「ここどこぉ!?」と声を上げるのであった。
「はい、静かに。あなたたちは人質なので慌てず騒がず大人しく座ってなさい。変に抵抗しなければ、怪我をすることは無いから」
「え、ええと」
エリアは、男が片手に持つものに目をやる。
「そ、それ、危ないものですか」
「これ?ええ、とっても危ない。引き金引いたら、ばーんって。あなたの頭に穴が開いちゃうかも」
「ひえ…」
じとっとした目で男を睨むカミヤ。
敵対心を抱く反面、男のそのにやりとした笑い方に心当たりを感じていた。
「なーんか、見覚えあるんだよなぁ」
「あら、本当?あなた、結構物覚えはいい方なのね。…なら、後で気付くと思うわ。あんたを人質に選んだのはちょっとした八つ当たりも兼ねてるっていうのは」
「なんそれ、私はついでって事?」
「そうよ。本命はセブレム、あんたはついで。ユアンと仲がいい人間から偶然選ばれたにすぎないわ」
「ふうん」
若干不満気な様子でカミヤは息を吐いた。
「ジェイ。魔女教から便箋が」
「嘘でしょう?連中、潜伏って言葉の意味を知らないの?…やっぱり潜伏位置もダミーを用意するべきだったかしら」
魔女教という言葉に反応を見せたのはエリアであった。
「あ、あの。魔女教の人なんですか」
「ん?違うわよ、誰があんな狂った連中と一緒に騒ぎ散らかすもんですか」
男は、封筒を開けながらつまらなそうに話す。
用語が分からず、カミヤが横槍を刺した。
「魔女教ってなんなのさ、ジョン」
「ジェイよ、犬みたいな呼び方するんじゃないわよこの小娘!…ふん、魔女教を知らないなんて平和に生きてきたみたいね」
「宗教?」
「そんな大層なもんじゃないわ。魔女を神格化して崇めてるように見えて、その実は自分達の蛮行の罪を魔女に擦り付けてる不愉快な連中よ」
「ん-…やべー奴らってコト?」
「そう。―――だから、これは絶対に間違わないで欲しいのだけど。私はあの連中と結託しているわけでもなければ、実働隊として使われてるわけでもない。私たちが、あいつらを、都合よく利用してるんだからね。次、私が魔女教徒だなんて言ったらこの銃を使うことになるわ」
エリアが知っていたのは、『魔女教徒と関わるとろくなことにならないらしい』という噂程度の情報だけ。アゼリアの街でも稀に現れ、『魔女こそが我らの神!崇めよ!』と大騒ぎをしていたところから見ても、噂通りの集団のように思えた。
正体を明かそうとは到底思えず、ずっと避けていた存在である。
「じゃ、ジョン…じゃなくて。ジェイは魔女のこと好きなの?」
「好きじゃないわよ、そんな危険な生き物。魔女も魔女教もセブレムも、私にとっては全部敵だわ」
話ながらもジェイは手紙を読んでいたようで、追記するように何か書き込むと便箋をもう一人の男に渡した。
「ケイ、それ、外に置いときなさい。風で飛んで勝手に返送されるらしいわ」
「へぇー便利な魔道具っすね」
「こういうアイテムは普通に役立つのが腹立つのよね、裏切るのがもったいないわ。―――で、脅迫文と写真は予定通りユアンの手に渡ったらしいわ。今頃、例の事件の関係者で緊急会議でしょうね」
また、にやりとした笑いを浮かべるジェイ。
「いつまでもグレーのままで居られると思わない事ね、反政府組織が」
「…反政府?」
カミヤが驚いた顔で問いかけるが、ジェイは「ふん、近いうちに知ることになるわ」と詳細を答えない。
地面を見て所在なさげにしているエリアを見て、ジェイはふと彼女に興味を覚えた。
「それにしても、この辺りじゃ見ないような可愛らしい服を着てるじゃない。この帽子、どこで買ったのかしら?三番街の、あのちっちゃいブティックかしら」
「え?…あ、駄目!」
そう言いながら、流れるように。
ジェイは、エリアの帽子を手に取って持ち上げた。
「…ねえ、あなた、それ」
椅子に腕ごと縛られているエリアはどうすることも出来ず俯く。
どうしても、彼女のその羊耳を隠すことは出来なかった。
「わお…ネイティブケモ耳?」
カミヤの反応に一瞬だけ拍子抜けするが、ジェイはエリアに対して警戒の色を見せる。
「…魔女だ」
最初にそう言ったのは、奥から様子を見ていた男、ケイの方であった。
ジェイは咄嗟に銃口をエリアに向ける。
「動かないで!下手に動いたら撃つ、動かなくても魔法の予兆が見えたら撃つ!」
「ひっ…!何も、しません!やめて…!」
椅子に縛られたまま、できる限り体を縮めようとするエリア。
急に態度を変えたジェイと、構えられた銃に驚いたカミヤは口を開いたまま何も言えなくなっていた。
カミヤの目には、ジェイが怯えているように見えた。
まるで、怪異か何かを見ているような必死な目。その視線が自分の横にいる少女に向けられている事に、ただひたすら混乱していた。
「な…なんで、なんで?エリちゃんが何かした?何でそんな事するの」
無言で息を呑むジェイ。
咄嗟に取った行動とはいえ、自分が年下の少女に向けて銃を向けているという状況に抵抗を覚えたのか、その銃口をゆっくりと降ろした。
まだ、少し息が荒い。
「…あなた、本当に魔女なの?」
「なにもしません、本当です」
まだ不安があるのか、ジェイはその銃の引き金から指を離さない。
「―――魔女は、その魔法で人の心臓を止める事だってできると聞いたわ」
「わ、私は出来ません」
エリアが何か行動を起こさないかと、ただ恐れるように彼女を凝視する。
彼の抱える危機感を理解しきれないまま、カミヤは口を挟んだ。
「…わかんないけどさ。もし、それが出来て、エリちゃんにそのつもりがあったならあんたはとっくに死んでるんじゃないの?帽子を取った瞬間に」
「…」
まだ何か気になるのか「で、でも」と食い下がるジェイ。
「そんな筈ない。出来ないって言うならあの事件は一体―――」
言いかけて、何かに気が付いて言葉を止める。
「あなた、この街に初めて来たのはいつ?」
「…つい、数日前、です。それまではアゼリアの街に」
「…」
怯え切っているエリアの様子を見て、ジェイは銃を床に置いた。
「私、撃たないから。目を開けて?」
エリアは、力強く閉じ切っていた瞼を少しずつ開く。ジェイが両手を広げ、銃を持っていないことに気が付くと、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「…」
やや放心した様子のジェイ。
「ね、ねえ。さっきから、事件って何なのさ。それ、セブレムの話でしょ?エリちゃんと何が関係あるの」
耐えかねてそう聞くカミヤだが、ジェイはやはり答えようとはしない。
ジェイは無言で、申し訳なさそうに膝をついてエリアの顔を覗き込んだ。
「…何よ。どう見ても、ただの人間と一緒じゃない」
顔に触れようと手を差し出した矢先、カミヤから「触んな!セクハラ!」と叱りつけられる。
気まずさやら何やらで収まりがつかないまま、ジェイは立ち上がって咳払いをした。
「…全く、魔女がこんなちんちくりんだなんて拍子抜けだわ。今まで散々怖がってたのが阿呆みたい」
「何をぉ!?エリちゃん可愛いじゃろがい!ケモ耳は正義なんだよぉ!」
「あんたは黙ってなさい、世間知らず」
沈んだ表情のまま俯いているエリアだったが、ジェイの態度が元に戻った為か、ある程度気持ちは落ち着いたようだった。
「…エリ、っていうのかしら?あなた、セブレムの人間と面識は?」
「…?わ、私もユアンと知り合いだから攫われたんじゃ」
「いや、単なる人違いよ。…そう、所長ご本人とお知り合いなのね」
少し間を置いて、「縁を切ることをお勧めするわ」と呟いた。
「…なあ、ジェイ」
次に口を開いたのは、ケイと呼ばれる共同犯の、小柄な男だった。
「もしかして、セブレムへの要求なんてもう要らないんじゃないのか?二年前の事件の情報開示。…だって、現にここにいるだろ。ユアンが存在を隠してる魔女が」
「!」
「魔女教を欺いてロンドンに飛ぶって言うなら、いっそそいつを連れて行けばいい。機密文書なんかよりもよっぽど明確な動かぬ証拠だ、教会も動かざるを得ない」
ジェイは少し考え込む。
「セブレムの魔女研究の証拠にはなるけど…セブレムは潰せても、魔女教を潰せない。失敗した、あの手紙は返送しないで持っておくべきだったわ」
ジェイはエリアの方へ振り向く。
「でも、この子をロンドンへ連れて行くのは賛成。セブレムに抱えさせておくのは余りに危険すぎるわ」
「え?あ、あの」
自分を置いてけぼりにして進む話に困惑するエリア。
「何も知らない魔女さんに教えてあげる」
そう言うとジェイはとある事件について話を始めた。
二年前に起きたセブレム地下の研究施設で起きた集団昏倒事件。
一般には有毒な化学ガスが発生したことによる中毒症状によるものと噂されているが、明確な情報が未だに発表されていないものであった。
関わった研究員の情報も未開示、病状や今に至るまでの安否さえ不明。あらゆる詳細が謎に包まれており、開示されているのは起こった騒ぎを収束させるための必要最低限の情報だけ。それも、ジェイが血眼になって調べ上げた少ない情報だった。
その情報の一つが、研究員一名を除いて命に別状はないというもの。
「でもね、おかしいのよ」
「…?」
ジェイのその目に嘘を言っている様子は無い。
「亡くなった子について。情報にはガスによる気道閉塞って書いてあったけど、医者からは心臓発作だと言われていた」
まだよく理解できず、彼の横顔をただ見ているエリア。
「数少ない公開情報にさえ嘘が混じっている時点で黒も黒、後ろめたい事実があるって白状しているようなものよ。人に言えない理由で、一人の人間が心臓にダメージを受けて命を落とした。―――さっき私が言った事、覚えてるわよね」
「…心臓を止める、魔法?」
「そう。―――彼らは地下に魔女を引き連れて、何らかの実験を行っていた。その過程で何かが起こって魔女とセブレムは敵対し、彼らは心臓を握り潰されそうになった。そう考えると、どの情報と照らし合わせても辻褄が合うの」
何も言えずに固まって、エリアは目を見開いている。
「そ、そんなの憶測じゃんか」
カミヤの発言に対して、ジェイはあっさりと「そうよ」と答える。
「そう、これは私の憶測で、魔女教の妄想に過ぎないかもしれない。だから裏付けを取るために、こうして貴方たちを人質にして情報開示を求めた」
「…」
ジェイは床に置いていた銃を拾い上げ、砂を払うように側面を撫でる。
「ま、魔女を匿ってることはもう確認出来ちゃった訳だけど。あんたのことも、これから受け取る機密情報のこともトンチキ集団に教えたりはしないわ。証拠全部私が持ってロンドンに飛ぶ。それで向こうの監査組織に報告して、セブレムも魔女教も危険組織として徹底的に潰させる」
銃をただ見つめるその目は殺気すら感じさせた。
「―――ねえ、あの、さ」
ひどく申し訳なさそうに、カミヤはジェイに問う。
「その亡くなった子って、」
「お喋りな子ね、あんた。それ以上無駄口叩いたら口にガムテープ張るわよ?」
横目にカミヤを見る彼は、怒りとも悲しみとも言えない表情を浮かべていた。
◇ ◆ ◇
「…フェリスは何も悪くないし―――先輩も、何も悪くないんだ」
運転席で、クロは苦虫を噛んだような顔をしていた。
後部座席で、銀髪の女性がフェリスを横から抱きかかえるように座っている。
「犯人の要求は、お金ではないんでしょう?」
銀髪の女性は、何かを察して多くは言わなかった。ただ、カミヤの身を案じて、少しでも情報を聞き出そうと試みる。
クロは、少し考えてから答える。
「…要求に素直に答えると、場合によってはセブレムの職員が路頭に迷います」
「単純な話ではないのね」
「はい」
沈黙の中、車は大河に掛かる橋に差し掛かる。
橋の歩道を見ると、軍服のような服を着た男が二名ほど駆け足ですれ違おうとしていた。
「―――ん?ちょ、ちょっ!」
二人を見たクロは慌てて車を止めて彼らに声を掛ける。
「待って、待って。話はどうなったんスか」
彼に気が付いた衛兵団の一人が立ち止まる。もう一人も、少し通り過ぎてからそれを待つように止まった。
「ああ、確かクラフェイロン氏の助手さんでしたか。今から、彼の指示でこれを」
「…これ、機密情報っすか。まさか、本物じゃ」
「わかりませんが…本物だと思って扱え、と」
「―――何考えてんだあの人!」
焦りのせいか感情的になるクロ。その様子を見て、衛兵団の男は補足を告げる。
「詳しくはわかりませんが、これを渡して暫く待てば人質の場所が分かるはずだ、と仰ってました。『俺が指示を出したらその場所へ最速で向かえ』と」
「…なんか考えがあるんすね。でも、よく他の重役が許したな」
「いえ、重役会議は終わってません。彼はまだ会議室で戦ってる」
「独断、すか」
「ええ。ですが、私たちは彼を信頼している。恐らくこれが、組織も人質も助ける手段なのでしょう」
「…」
ふと、リュックが言っていたことが頭に過ぎる。
ユアンはまだ、エリアがこの事件に巻き込まれた可能性があることを知らない。
もしそれが真実なら、この事件を発端にエリアの素性が世間に知られること、それを回避する策までは取っていない筈である。
「後ろの二人をセブレムに送ったら、俺も捜索に参加します」
自分が一番にエリアを見つけてどうにかしないと。
彼もまた、目に見える全部を守ろうと必死で考えていた。