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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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閑話 『先生』の意味




 とある日、マリーの家。

 なんともなしに遊びに来ていたカミヤと、休日でのんびりしていたエリアとリュックは、犬を撫でたり本を読んだりしながら穏やかな時間を過ごしていた。


 ソファの上で寝転がるカミヤに、エリアがふと話しかける。

「そういえば、カミヤちゃんってさ。ユアンさんのこと、先生って呼ぶよね。あれって、どうしてなの?」


 本を読んでいたリュックは、「あ。それ、私も気になってた」と顔を上げる。

 お菓子を口に咥えようとしていたカミヤは、「ん」と声を漏らしながら、二人に向き直った。

「だって、先生っぽいでしょ?」

「先生っぽいとは」

 困った様子でリュックは聞き返す。


「え、りゅーちゃん、わかんない?先生はさ、先生なんだよ。物理か生物の」

 エリアが、どういうことかと首を傾げる。

 その隣で、リュックは何かを理解したのか、「ああ」と吹き出すように笑った。


「確かに」

「でしょ??」

 同意が得られて嬉しかったのか、カミヤは目を細めて笑う。


「何かを教えてもらったり、してるわけじゃないんだ?」

 エリアがそう聞くと、カミヤは「んん、まあ、そうだけど…う~ん」と悩むように天井を仰いだ。


「私さ、やってみたかったんだよね。放課後とかに、理科準備室とか言って、先生とダベるの。だから、今になってやってんるんだ。先生の研究室に勝手に入って、勝手に喋り散らかして、帰るっていうルーティン」

「凄い迷惑なルーティン…」

 カミヤとリュックの間だけで成り立つ会話に、エリアは二人の顔を交互に見ながら不思議そうな顔をする。


「セブレムとウルフセプトって、普段はあまり関わらなそうだけど。ユアンとカミヤは、随分と距離感が近いよね」

「んでしょ~」

 にやにやと笑うカミヤに、エリアは「何か、特別なことがあったの?」と聞く。


「特別なこと、かぁ。うん、まあ。あったっちゃ、あったかな?」

 何かを思い出したのか、カミヤは二人から視線を逸らして、表情を隠すようにソファに顔を埋めた。






◇ ◆ ◇






 カミヤが初めてバルベナの街に来た日。

 つまりは二年前のワルプルギスの夜が明けた日、彼女はマリーの家で所在なく椅子にもたれていた。


「カミヤちゃん。大丈夫?」

 マリーからそう聞かれて、カミヤは「うん」とだけ答える。


「なんか、夢でも見てんのかなぁって思って。まだ、頭の中、まとまんないや」

 天井の模様をただただ見つめている彼女の様子を、マリーは少し心配するように見る。


「外、出かけてきてもいいよ。この街の中なら、影のおばけも出てこないからね」

「そうなの?」

「そうだよ。それに、騎士団の人達が沢山やっつけてくれてたでしょ」

「そっか」

 カミヤは、何気なく体を起こす。

 窓の外を見ると、既に日は傾いて、空は茜色から夜闇に移り変わり始めていた。


「お祭り、やってるから、見ておいで。楽しいと思うよ」

「お祭り?」

「そう。ワルプルギスの翌夜祭っていうんだよ。春を迎えるお祭り。怖い夜が明けた後の、皆の無事を祝うための大切な時間なの」

「…行って、こようかな」

「うん」

「マリーは?」

「私は…ちょっと、見ていなきゃいけない子がいるから。ごめんね」

「そっか」


 ふと、奥の部屋の扉に目をやる。

 小さな子供が、扉の隙間でこちらを覗いていたのが、一瞬だけ見える。

 目が合いそうになると、彼女は慌ててその姿を隠した。


「あの子?」

「えっと、うん。そうなんだけど、内気な子だから、そっとしておいてあげて欲しくて」

「そっかぁ。わかった」


 ほんの少し、窓の外を見て考えた後。

 勢いをつけて立ち上がると、カミヤは表情も変えずに、ぱたぱたと玄関口へと歩く。

「それじゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」

 マリーはいつもの笑顔で手を振る。

 カミヤも、ほんの少しだけ安心したような顔をしながら、彼女に手を振り返して外へと出かけて行った。




 街へ出ると、大通りには一帯に灯篭が飾られて、薔薇色とはまた違う、柔らかい灯りで染められた世界が広がっていた。


「わあ」


 思わず、息を呑む。


 どこまで歩いても、辺りは賑わって、灯篭の灯りは夜闇を照らす。

 子供の頃に見た縁日のような高揚感が、しきりに彼女の肺を満たした。


 歩き進めば、なにやら見たことのないお菓子やら、アクセサリーやら、色々なものを売っている露店が、あちこちに目に入る。

 混乱していた彼女の思考も、これからどうなるのかという不安も、とりあえず、忘れてしまってもいいや、という気がして。

 彼女ははしゃぐ子供のような気分になって、次第に足早になって、心を満たすように走り始めた。



 しばらく進んでいくと、灯りは少しづつ減ってきて、人気もまばらになってくる。

 その先に見えた広場にはあまり灯篭は飾られていなくて、その代わりに、休憩できるようなベンチがいくつか並べられていた。


「ほんとに異世界、来ちゃったんだなぁ」

 振り返って、大通りの端から反対側を見渡す。

 まだそこは変わらず賑わっていて、夢でも、空想でもない空間は、彼女を受け入れるように明るんでいた。


 少し休もうと、広場のベンチに向かって歩く。

「ん」

 誰かが、既にベンチに仰向けに倒れている。


「あ。今朝の人だ」

 そこに横たわっていたのは、眼鏡を掛けて、死んだ魚のような目をした茶髪の男。

 彼は眠そうな顔をしながら、ただ何かを考え込むように星空を眺めていた。


 近づいてきたカミヤに気が付いて、彼はぼんやりと目を合わせる。

「…ん。ああ、お前か。今朝の迷子」

「どうも、今朝の迷子です」

「受け入れ方が清々しいな」

 敬礼をしながら答えるカミヤに、僅かに困惑しながら彼は体を起こした。


「なにしてんの?」

「お前こそ何してんだ。早朝から起きてたんだから、疲れてるだろ」

「お互い様じゃんね」

 ふふん、と少し面白そうにカミヤは笑う。


「私のスマホ、治りそうかな」

「んな、今日渡されて、すぐわかるわけないだろ。数日は待てよ」

「数日でわかるんだ」

「まあ、似たものは元々ウチにあったからな」

「凄いね、思ったよりハイレベルな異世界だ」

「異世界?」

 何を言っているのか、と言う様子で彼は視線を上げた。


「お前、今朝も言ってたよな。出身がどこだ、とかそんな話。あれ、本気で言ってたのか?」

「言ってたよ。私は正真正銘、大和撫子だもの」

「やま…?まあ、その。よくわからんが、そうなんだな」

「うん」

 カミヤは両手を腰に当てて、自慢げに笑う。


 彼女はユアンの隣に座ると、まだ賑わう祭りの様子に視線を送る。

「先生はあっち見てこなくていいの?」

「ああ、俺は疲れてるから見てるだけで…。ん、今、先生って言ったか?」

「うん」

「なんで?」

「なんでもいいじゃん」

「よくねぇ」

「いいの。似てるから」

「誰とだよ」

「内緒」

 変な奴だな、というと、カミヤは猶更嬉しそうに笑った。


「…お前さ、凄いな。始めて来る場所で、知り合いも居ないのに。良く、そんなに幸せそうな顔が出来るよ」

「おっと、図太い私への悪口か?」

「いや、悪口じゃなくて。もし俺だったら、もっと余裕のない顔するだろうし、周りにも気配りなんて出来ないだろうな、って思っただけだよ」

「へへ」

 自慢気に笑うカミヤの表情を、ユアンは困り顔で眺める。


「私、難しいこと考えるの、好きじゃないからさ」

「そうか」

 なんとなく、彼は穏やかなカミヤの横顔を眺める。


「私の地元ではね。ああいう地域でのお祭りもあったし、学生だけでやる二日間のお祭りもあったの。そん時に、先生…あ、別の先生ね。その人に、今をちゃんと楽しみなさいねって言われたんだ」

「今を楽しむ、か」

「そう。楽しむための日は、楽しむための日。難しいこと考える日は、今日じゃない。今は、目の前の幸せを、とにかく気が済むまで吸い込んでおきなさいって。そうすれば、きっと明日も乗り越えられるから」

「…」


 すう、と大きく息を吸い込んで、ユアンは大きく空を仰ぐ。


「星、今日は良く見えるな」

「ほんとだ」

「これは、お前の居た世界でも同じだったのか?」

「うん」

「そうか」


 少し、間を置いて。

「じゃ、大丈夫だな」

 ユアンはそう呟く。


 何かが面白くて仕方なかったのか、カミヤは「うは」と変な声を出して笑った。


「大丈夫って、何が?」

「何がって…お前、詳しく聞くなよ。なんとなく、そう思っただけだよ」

「そっか。でも、先生が言うんだったら、まあ、大丈夫か」

 カミヤも、大きく身体を逸らして、星空を眺める。


 しばらくそうやって空を眺めて、ふと満足したのか、カミヤは立ち上がる。

「ねえ、先生。私さ、ここで上手くやっていこうと思うよ。ここに来られたのも、私がこうやって立っていられるのも、きっと神様がくれたボーナスなんだと思うから」


 振り向くと、ユアンは空を仰いだままで眠っている。

「ふは。先生、めちゃくちゃアホな顔してんじゃん」


 マリーの家まで帰ろうと思っていた彼女だったが、疲れ切った彼を起こしたくもなくて、一緒にここで朝まで座っていてもいいかな、とそのままベンチに座り直した。


 そのまままた星空を眺めているうちに、カミヤは重大な事実に気が付いて、「は」と声を漏らす。

「先生の名前、まだ知らなくない?」


 横を見ると、彼はまだ眠っている。

「まあ、また会いにくればいっか」


 そんなことを呟いて、彼女はまたぼんやりと空に視線を向けた。




 次の朝、困った顔で二人を起こしたのは、翌夜祭後の見回りをしていたエドだった。

 揃って首を寝違えた二人は、まともに前も向けないような状態で回収され、カミヤはマリーに、ユアンはギャレットに、それぞれ『何をしているんだ』という困惑の表情で連れ帰されることになる。


 痛そうな顔をしながら歩くカミヤだったが、それに対してマリーが放ったのは、「なんだか嬉しそうだね」という一言。

 カミヤも、その言葉に満更でもなかったようで、変な角度に首を傾けながら、へへ、と嬉しそうに笑って見せていた。






◇ ◆ ◇






「特別なこと、なのかな。どうなんだろうね」

 そうは言いつつも、クッションを抱えながら視線を泳がせるカミヤの様子を見て、エリアはなんだか嬉しそうに笑った。


「…な、なにさ。私、なんにも話してないでしょ。なにが面白いの」

「ううん、なんでも」

 首を横に振るが、エリアはにこにことカミヤの表情を眺め続けている。


 リュックもなんだか嬉しそうに、「いいよね、そう言う関係、微笑ましくて」と笑う。

 カミヤは「茶化すなよォ」と、もうひとつのクッションを足の指で器用に掴んで、リュックに投げつけた。



「ごめん、ごめん。でも、なんとなくお似合いな気はするよね。二人共、方向性は違うけど、裏表のない人間同士って感じで」

「裏表がない、かぁ。確かに。先生、絶対悪いことはしなさそうだし、できなそう。嘘つかなきゃいけない所でも、我慢できなくて本当のこと言っちゃうタイプだと思う」

「確かに。でもそれ、ギリギリ悪口だな」

「そう?」

「うん」

「私は、誤魔化したり取り繕うより、真っ直ぐ言ってもらえた方が嬉しいタイプだからなぁ。五月蠅いなら『うるせぇ』って言ってくれる人のほうが好き」

「でも静かにはしないんでしょ?」

「よくわかってるね」

 お互いに指を指しあった後、リュックとカミヤは「んふふふふふ」と変な笑いで共鳴した。


 エリアはまだにこにこして、犬の一号を撫でながらその二人を眺める。

「カミヤちゃんはやんちゃだねぇ」


 それを聞いて、二人は唐突に真顔になって、

「「それエリア(エリちゃん)が言う??」」

 と言葉を返した。


「エリちゃんは私と一緒に砂浜で正座して、先生に怒られたでしょ。憶えてるからね」

「私も、エリアが初めてこの街に来た時に速攻で迷子になったこと、忘れてないからね」

「ごめんなさい…」


 自分も散々ユアンに迷惑をかけていることを思い出して、彼女は弱腰になりながら一号に抱き付いていた。


「ま、結局みんな、一度は先生のお世話になってるからね。先生はみんなの先生だよ」

 カミヤがそう話すと、リュックは「確かに」と笑う。


「ユアンが物理か生物の先生なら、マリーは保健室の先生で、エドが体育の先生?」

「そう!絶対そう!」

 嬉しそうにカミヤは指をさす。


「他に居るかな、先生っぽい人」

「フェリスは?」

「教育実習生!」

 そんな話をしていると、丁度カミヤのことを探しに来たフェリスが、エントランスのほうから姿を現す。


「何の話してるんですか。もうじき約束の時間ですよ」


 カミヤは伸びをしながら振り返る。

「先生~まだ彼氏できてないんですかぁ」

「ぶん殴りますよ?」


 開口一番に言葉で殴られたフェリスは、滑らかに声色を変えながらキレていた。






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