4-16 拒絶
その果てに生まれたのが、怨嗟に塗れた今の彼の姿だった。
◇ ◆ ◇
宙を舞う無人の飛行船、取りつけられたモニターの中で、セブレムの代表を名乗るその男は冷たく笑う。
『件の魔女を、捕らえて拘束しています。僕の横にいるのが、それだ。彼女を、皆さんの見ている中で殺して見せます』
フェリスとの約束を破って外に出たカミヤは、その放送を聞いて何事かとモニターを見上げた。
街の中心地、その上空にも同じようにレヴァの声は響いている。
「…ズルいよ、横の女の子の顔、見えないじゃん」
レヴァの隣に座っているであろう女性の姿は、右肩だけが見切れるように映りこんでいて、それが誰なのかは分からない。
ただ、それは少なくとも子供ではなく、エリアを彷彿とさせるようなブロンド髪の女性の姿に見えた。
街の人々は、一体何事かと不安な面持ちを浮かべていた。
ウルフセプト店舗の周辺で騒いでいた集団も、戸惑うように黙って空を見上げている。
上空の放送、レヴァの声は淡々と続く。
『皆さんの姿は、こちらからも見えています。だから、しっかりとお互いの声を聞きながら事を進めていきたい』
カミヤは、そんな言葉を無視して、パーカーのフードで顔を隠しながらどこかへ向かっていく。
「先生の事、探さなきゃ」
人波を抜けて歩いて行く中、誰かが呟く声が聞こえた。
「いい加減な。全部嘘に決まっている、あの魔女は偽物で、こちらの姿も見えて居ないんだろう」
『見えていますよ、そこの殿方も。嘘はつきません』
そのやり取りに、呼ばれた男性も、そのすぐ近くを通り抜けようとしたカミヤも驚いて、空中の画面を見る。
『貴方は、先程から一際声が大きい。そこの少女の悪評を大きな声で叫ぶ割には、セブレムの目の前には押しかけない、中途半端な貴方だ。―――ええ、わかりますよ。怖いのでしょう、魔女が』
そこの少女、と言われて、カミヤは僅かに声を漏らす。
周りからの視線が集まったことに気が付いて、そそくさと立ち去ろうとする。
『ずっと、魔女教の金蔓だとあなたが主張している組織のオーナーが、そこに居ますが。いいんですか、そのまま立ち去らせても。ほら、そこの、藤色の帽子を被った貴婦人も。貴方も随分な物言いをしていたでしょう』
自分の事かと驚く女性も、驚いて黙り込む。
カミヤは、何も言わず、聞こえていない振りをして立ち去る。
『もう一度言いましょう。今、僕の横にいるのは本物の魔女だ。僕は、皆さんが「魔女を差し出せ、殺せ」と求めるから、彼女を殺すと宣言したんです。―――どうしたんですか?もう、いいんですか。随分と静かですが、何故今は騒がないんです?まさか、報復が怖いから口を噤もうとでもいうのですか、あれだけ騒いでいたというのに』
街は、水を打ったように静まり返っている。
『証明が必要ですか?』
街中の電灯が、無人の車が、鉄塔が。
次々と、不可視の斬撃によってばらばらと切り崩されていく。
悲鳴が上がる。
『今、彼女は非常に怒っています。貴方達に爪弾きにされ、友人を貶され。―――だが、彼女はこうも言っている。「この街の皆が、今までの言葉を改めれば。歩み寄ってくれさえすれば、この怒りも、今までの恨みも忘れて構わない」と』
最もセブレムやウルフセプトを非難していた男性が、地面で跳ね返った鉄骨で腕を負傷する。
重傷者はおらずとも、街中は確実にパニックを起こし始めていた。
次々と切り崩されていく街の施設に、巻き込まれないようにと走り回る。
「うわ、うわわ、あっぶねぇ!なんじゃこりゃぁ!」
カミヤは辺りに飛散する硝子や石片に躓きそうになりながら、慌てて走り出す。
『皆さんが歩み寄ろうとするならば、彼女の恨みは晴れる。彼女を殺せというのなら、望み通りにそうして見せる。さあ、先程のように声を上げてください。皆さんはどうしたいんですか、教えてください』
カミヤが、走りながら声を張り上げる。
「まずその子の顔を見せんかぁい!話はそっからじゃないんかぁ!」
『―――ああ、そうだな。君の言う通りだ』
「えっ」
想定外の同意に、カミヤは驚いて足を緩める。
ふと顔を上げた矢先、少し先の頭上で看板が落ちそうになっているのが見えて。
その真下、一人の少年が立ち尽くしていることに気が付いて、彼女は慌てて彼を助けに走った。
「馬鹿、馬鹿馬鹿!上、上、危ないって!」
少年を庇って、無理矢理押し倒す。
「ちょっと、大丈夫!?ちゃんと周りは見ないと―――あれ。君、どっかで会ったことあるな」
助けられた少年は、呆けたように空中のモニターを見上げた。
「なんだよ、どうなってんだよ」
カミヤも、遅れて空を見上げる。
「やっと、身体の調子、良くなってきたんだよ。なんで、あんな奴に利用されなきゃいけないんだよ」
モニターに映っていた、魔女と称された少女は、ブロンド髪の少女、ベルティーユで。
カミヤが助けた少年―――ベルの弟、アディは、訳も分からないままにその場にへたり込んでいた。
最後に、レヴァはもう一度息を吸い込んで、低い声で告げる。
「怖いなら、排除したいなら、叫べよ。民意で人を殺せると信じたから、お前らは拒絶し続けたんだろう。魔女である者も、そうでない者も、怪しき者は全て十字架に掛けて殺してきたんだろう。お前らの望む『社会』の圧力で、ここにまで石を投げて見せろ。それが出来ないなら、この報復で無様に滅びろ。これは、禍根を残したお前たちの失敗だ」
そこにあるのは、憎悪と憤怒。
彼の眼は据わり、ただ今も怯え続ける民衆を軽蔑する視線だけをこちらへ向けていた。
◇ ◆ ◇
事件が起きる、前日の夜。
相も変わらず遅くまで仕事を続けていたユアンは、いつもの研究室の中でモニターの画面を眺めて、考え事を続けていた。
気に掛けているのは、ここ最近の魔女教の動向のこと。
噂程度には聞いていなかったが、『アベル』を名乗る人物が売り捌いている違法魔道具について、彼は何か思うところがあるようだった。
時計の針の音だけが聞こえる室内。
彼がふと視線を上げた先、一応と言った形でモニターに映されている監視カメラの映像に、思いがけない人物の姿が映っているのが見えた。
「…」
彼の表情は真剣になり、その人物の行動を気に掛けるように、腕を組んで待つ。
研究室の、扉が開く。
何も言わずに入室してきた彼のことを、驚くでもなく、歓迎するでもなく、彼はいつもの目つきの悪い顔で迎え入れた。
「久しぶりだな」
レヴァは、一言、そう告げた。
「ああ、久しぶりだな。何、やってたんだ。今まで」
当然の疑問を、ただ淡白に投げかける。
「元気にしてたか」
「…ああ、お陰様でな。ウチの兄貴は、まだグースカ寝たきりだが」
質問に答えない彼に若干苛つきながら、ユアンは答えた。
「…そうか」
ほんの少しだけ、レヴァは眉を顰める。
「俺の入室権限、まだ残ってて驚いたよ。てっきり、とっくに無効にされたもんかと」
「俺は一度、無効化したんだけどな。兄貴が少し目を覚ました時に、元に戻しておいてくれって言うから、仕方なく」
「助かるよ」
「助かる、か」
ユアンは、皮肉らしく鼻で笑った。
「世間話はいいから、要件を言えよ。何をしに帰ってきた?魔女教に入ったんだろ、自称天才のアベルさん」
「…正体は、隠してたんだけどな。流石に気付くか、お前らなら」
「俺だけだよ。あんたのコーディングの癖まで憶えてんのは」
「そうか。相変わらず優秀だな、弟」
「どーも」
つまらなそうに、ユアンは手をひらひらと仰いだ。
「で、要件は」
「ああ、そう。勧誘に来たんだよ。お前、魔女教に入る気、無いか」
「はぁ?」
心底呆れた顔で、彼はレヴァを睨む。
「別に、冗談で言ってるわけじゃない。本気で言ってるんだ、転職の気は無いのか、と」
「…悪いが、今はそういう気はねぇよ。確かに、毎晩こんな時間まで仕事するのはゴメンだが。だからと言って、責任を放棄するほど、俺は腐っちゃいない」
「そうか。…優秀なんだな」
「優秀、か。言われたことねぇよ、兄貴にも、世間にも」
「お前はよくやってるよ」
何故だかやけに褒めて来る彼を気持ち悪がって、ユアンは少し身を引いた。
「だが、だからこそ言ってるんだ。エンジニアとしても、リーダーとしても良く出来てるお前が、この組織で使われるのは終わりにした方がいいと、そう思うから誘っている」
「…何を言ってるのか、わからねぇ」
「そのままの意味だ。与えられた恩恵を忘れて、ただそれ以上を要求するだけの世間に使われ続けるのが、無意味だと言ってる。お前、嫌にならないのか?これだけ労働に身を置いておきながら、世間から返される声が文句や要求、罵詈雑言だらけな事に」
「…そういうもんだろ、俺達の仕事ってのは」
「そうやって諦めて、お前が得るものは何だ?失うものに見合った価値があるか?」
「…」
返答しない彼に、レヴァは構わず続ける。
「もう、いいんだよ。あいつらに付き添ってやる必要はない。サラも待ってる、俺達と一緒に魔女教でやり直そう。ギャレットにも、俺から説明する」
「説明って、どうやってだよ。同じ事、話すつもりか?」
「…ああ、そうだ」
「は、抜かせよ。あいつのことをちゃんと理解してるなら、そんな説明で納得してもらえないなんて、わかるだろう。兄貴は、世間の役に立ちたい、それを動機にしてセブレムの所長になった。医療の世界に貢献した。魔女教に入って、一体何ができるんだ」
「…」
「俺は、この仕事を辞める気は無い。得るものは、ちゃんとある。全部諦めて失踪しちまったあんたなんかよりも、ずっと誇りを持ってこの仕事やってるんだ。…あんたは、せめてあの時の研究員と一緒に慎ましくやっててくれよ」
その発言に、レヴァは思い出したように口を開いた。
「…そうだ。ユアン、お前にずっと聞きたかったことがある」
「ああ」
何を聞こうとしているのか理解して、ユアンは少し目を逸らす。
「お前は、サラが姿を消した時、あいつを探さなかったのか?魔女だと噂されたとき、何をしようとしていた?」
「…」
「疑っている訳じゃ、ない。お前にも事情があったんだろう」
ユアンは、少し考えた後、短く答えた。
「俺はセブレムを優先した」
レヴァは、一瞬だけ、拳を握り締めた。
「何故?」
「守らなければいけないものが多かったからだ。俺とお前で、トロッコ問題の答えが違った。その違いに、正しさも誤りもない」
「あるだろう」
「…言い訳をしてもいいなら、するが。あんた、きっと聞きたくないだろう。結局、俺は人を一人見捨てたんだから」
「…ああ、そうだな。お前が、その決断をしたというなら、それ以上、俺は何も聞く気は無い」
二人の間に、ほんの少しだけ、沈黙が生まれる。
「この組織も、もう俺が居た頃のセブレムじゃないんだな。よかったよ、俺の決断はこれで揺らぐことは無くなった」
「…」
レヴァは、スタンガンのような武器を取り出す。
「悪いが。いっそ、落ちる所まで落ちてくれ。俺は…僕は、もっとやらないといけないことがあるんだ」
僅かに、彼は声色が変わる。
「…あの頃と、全然違う目してるぜ、あんた。なあ、余計な心配かもしれねぇけどさ。魔女教の誰かに、洗脳でもされてるんじゃねぇの。本当に、自分の意志なのかよ、それ」
「黙れ。これは、僕の意志だ」
ユアンは咄嗟に机上の武器を取って、対抗しようとそれをレヴァに向ける。
彼が撃ち放ったエネルギー弾は、見えない壁のような何かに弾かれて。
二撃目を当てようと、どうにか身体を屈めようとする彼に対して、レヴァは容赦なく電撃を浴びせた。
ユアンの意識は次第に遠のいていく。
ただ、目の前に立つレヴァの事は、意識を失う寸前まで、睨み続けていた。
◇ ◆ ◇
時は戻り、セブレムから離れた場所にある、何年も前から使われていない倉庫の中。
閉じ込められたある二人は、どうにかして外と連絡を取ろうと打つ手を探していた。
「マリー、大丈夫か。腕、まだ痛いか」
「ん、大丈夫。軽い捻挫だから」
倉庫出口の制御装置を睨むユアンは、後ろで座り込んでいるマリーの様子を時折気に掛けながら、脱出手段を考え込む。
倉庫内には、街中の監視カメラ映像と、レヴァの様子が分かるようなモニターが複数設置されていた。
電源も確保されていて、倉庫内は最低限の明るさを保っている。
「…」
何も言えないままで、マリーはモニターの映像を見続けている。
ユアンも、神妙な顔で、何も言わないまま口元を押さえて、ずっと考え込む。
―――倉庫内に置かれていた作業台の上には、レヴァが過去に書いたらしい日記が無造作に置かれていた。
彼がまだセブレムに入る前の、幼少期の記憶を綴った日記。
まるで、彼が内に抱えた憎悪を知って欲しいとでも言うようなその空間で、二人は内心で動揺しながら視線を動かした。
「…やってることが滅茶苦茶だ、あいつ」
ユアンは小さな声で呟く。
マリーに怪我はない。
倉庫に閉じ込められてこそいるが、外の様子は見えるし、それ以上の拘束もされていない。
「自分の事しか見えてねぇ。この後どうするかとか、考えてんのかよ、あいつ」
今度は監視カメラ映像を映すモニターの前に陣取った彼は、無線が使えない携帯端末を奥のサーバーにコードで繋いで、外部との通信を試み始めた。
ああくそ、これも駄目か、と呟きながら、苛立つ彼は一枚のモニターを使って文字列を打ち込む。
マリーは、床を見つめながら小さな声で返事をする。
「私もわからない、けど。レヴァくん、なんていうか、辛そうだよ。私達が、辞めさせてあげないといけないような、そんな気がする」
「…随分と甘いんだな、あいつに。もう既に怪我人も出してる、擁護できるような状況じゃないぞ」
「でも。元は、仲間だったでしょう」
「元は、な。今は、あいつにその気があるかもわからない」
マリーは黙り込む。
「…まあ、確かに。止めてやらなきゃいけないとは、思うけどな。このままじゃ、全員が不幸になるだけだ。俺達も、あいつ自身も」
ユアンがそう呟くと、マリーは静かに頷いた。
『―――ああ、そうだな。君の言う通りだ』
一瞬、自分にそう返されたのかと思って、驚いてモニターを見る。
どうやら他の誰かに応えたらしいレヴァは、自身を映すカメラの向きを少し変えて、隣に座る女性の顔を映して見せていた。
マリーが、驚いて腰を上げる。
「ベルちゃん」
「…お前の患者か?」
彼女は悲しそうな顔をしたまま、答えない。
「…やっぱり、擁護できねぇよ。あいつ」
椅子に深く座らされたベルは、虚ろな目でカメラに視線を送っている。
意識があるのかないのかもはっきりしないまま、少し楽しそうにさえ見える面持ちで、うつらうつらと頭を揺らしていた。
今までは無かった筈の、獣の耳を携えて。
街中を映す監視カメラの映像には、切り崩された街灯や建物の残骸が見える。
「他にもいたのか、魔女が」
「ち、違うよ。あの子は、人間の女の子だった」
「…?」
困惑するマリーの様子に、ユアンも意味が分からなくて頭を抱える。
「…ああ、くそ。これ以上情報を増やされても、処理しきれねぇ」
彼は、そう呟きながら。
いよいよ打つ手が無くなって来たモニターの画面を睨みながら、何かできることは無いかと考え続けた。
「…あいつ、どこに向かって走ってるんだ」
モニターの一つ、大通りを映す監視カメラの映像。
一人の少女が、背の低い少年の手を引っ張りながら、全力疾走している姿が見える。
必死の形相をしたカミヤは、迷う事もなく、どこか一ヶ所を目指して駆け抜けていた。




