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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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4-15 十字架の記憶(9)




 いくら探しても、例の女性研究員を見つけられなかった彼は。

 疲れ切って自室に帰ったその夜、また、あの忌々しい夢を見た。




 自分を最も愛してくれた人が、十字架に括りつけられ、火に焼かれる光景。


 あの人は、最後まで僕のほうを見て笑いかけていた。

 死なないで、あなただけでも生き抜いて、とでも言うように。


 その次の日に、父が妹を殺した。

 僕が、その父をナイフで刺した。

 そのまま、血まみれになって家から駆けだした。


 ―――今、思えば、

 年端も行かない子供が、返り血で赤く染まった服を着て走っているのを。

 「気色悪い」と言って誰も助けなかった光景は、あまりにも悍ましいものだった。


 母が焼かれるその光景を見て、呪詛を吐き、石を投げた彼等のことが、気持ち悪くて仕方が無かった。


 ただ、わからないものを恐れて、排除しようとする貧弱な者達。

 己が弱い事を棚に上げ、自身を脅かす可能性があるものへ、ひたすらに石を投げるその生き物たちを、人間として認めようとすら思えないままで。

 僕は、必ずやその生き物たちへ報復してやるのだと心に誓いながら、その故郷を見捨てて走り続けていた。


 夢の中で、僕はずっと走り続けている。

 今も、ずっと。






 ―――床で寝ていたことに気が付いたのは、朝日が窓から差し込んでくるような時間になってからだった。

 凝り固まって痛くなった腰を伸ばして立ち上がる。


「…」


 あと一ヶ所だけ、探しに行っていない場所がある。

 下手に足を踏み込めば、恐らくは無事では済まないであろう場所。


 彼は、護身用の拳銃を服の中に隠して身支度を終える。

 最近になって魔女教徒が巣食い始めたと噂されている、とある酒場の地下にある隠し部屋へ、彼は真っ直ぐに足を運んだ。






「…」


 碌な電灯も無く、相手の顔もよく見えないような薄暗い地下空間。

 そこには薄気味悪い数人の魔女教徒が何やら謎の作業をしていたが、勝手に上がり込んだ彼に対して、まるで反応する様子を見せなかった。


 そのまま足を進めると、奥に、汚れた上着を頭に被って蹲っている人物の姿があった。


「サラ」


 顔は見えなかったが、不思議と確信があった。

 名前を呼ばれた彼女は、怯えながらその上着から顔を覗かせる。


「…レヴァさん」

「帰ろう」

 一瞬、救われたようにレヴァの顔を見上げた彼女だったが。

 何かを思い出したように視線を下げると、また上着を頭からかぶって顔を隠した。


「ごめんなさい」

「…」

 いったい何が会ったのか、とは聞けすに立ち尽くしたまま、彼はその姿を見下ろす。


「レリアちゃん、無事でしたか」

「…エドからは、まだ何も」

「そうですか」

 声だけでも、彼女が気を落としているのが分かる。


「どうしてここに?」

「助けて、貰ったんです。街中で襲われたときに」

「…」

 ここに来る途中で、一枚だけ見た張り紙。

 いったい誰が壁に貼り付けたのか。

 そこには彼女の顔写真が載せられ、横には『忌々しき魔女、顔を見たら通報を』という文言が加えられていた。


 当然、道中のそれは剥がして破り捨てたが、張られているのがその一枚だけだとも思い難い。

 彼女はもう、この街での居場所を失っていた。


「食うもん、あるのか」

「ここに居る人から、少しずつ、わけてもらって」

「…いつまで、ここに居る気だ」

「わかりません」

 彼女は猶更、膝を抱えて蹲って、声を震わせる。


「欲しいもの、あるか」

「…」

 少し、考える様子を見せた彼女だったが、その問いに答えることは無かった。




 階段の上、地上に繋がる出入口の戸の向こうから、誰かが騒いでいる声が聞こえる。

 扉を叩き、今にも入ってこようとする男達の声。

 騒ぎ方からして、衛兵団ではない。


 今入って来られたら困ると判断したレヴァは、外の段階で彼らを追い返すために、扉を開けて外に出た。

 扉から階下の部屋までは一直線に繋がっていて、下手に覗き込まれれば中の状況が見えてしまうような構造になっている。

 それを隠すように、レヴァは扉を完全には開け放さず、自分の身体だけを出すようにして応じた。


「―――なんだ、騒がしいな。こっちは酒場の予約席だ。他の宴会なら一階でやってくれないか」

「予約席だ?嘘を抜かすな、ここの店主は地下室なんて知らないと言っていたぞ」


 立っていたのは、三人の男達。

 主に声を上げていたのは中央の男で、両隣の男は取り巻きのように騒ぐ。

 近隣の人々も喧騒に気を取られてこちらを見るが、そこから徐々に冷やかな目を向けられ始めたのは、むしろ彼らに詰め寄られているレヴァの方であった。


「…組織の重役が使う、特別な部屋なんだよ。下手に口を滑らすなと俺が言ったんだ。お前らは何だ?暗殺でも企ててるなら、衛兵を呼んだっていいんだぞ」

「うるさい、そこをどけ。この地下に、魔女教徒のねぐらがあるって聞いてるんだ。きっと、最近噂されてる魔女もここにいるに違いない」


 レヴァは、自身を押しのけて通ろうとする男達を通すまいと踏ん張って邪魔をする。

 男は不愉快そうに顔を上げた。

「なんだ、邪魔をするのか?…ていうか、お前、セブレムの職員だろう。知ってるぞ、前に顔を見たことがある」

 周りの取り巻きも、「本当だ」「こいつもグルか」と囁く。


「お前ら、組織ぐるみで魔女を使って一体何をしようとしてる。セブレムは魔女教と結託してるのか」


 次第に苛つき始めたレヴァは、少しずつ語気を強めながら返す。

「いいから、帰れよ。虫みたいに目の前の噂に踊らされるような連中が、俺にいちいち指図をするな」

「おい、誤魔化そうとするなよ。通せ、この先に悪の権化がいるんだろう、俺が殺してやるって言ってるんだ!」


 男は鍬のような武器を持って、更に強く押し通ろうと身体を捻じ込んでくる。

「この、少しは頭を使え馬鹿が!そこまでする理由が何処にあるんだよ、いいから帰れと言ってる!」

「うるさい!」


 お互いに熱くなって、揉み合いになり始めたその時。


 取り巻きの男が、鉄の棒をレヴァの頭へ向かって振り抜いた。

 直撃はせず掠める程度だったが、軽く脳震盪を起こした彼は意識を失いかける。


 その隙に、口論をしていた男がそのまま地下室へと駆け込んでいった。

 男は騒ぎながら、魔女を出せと鍬を振り回す。



 奥で、女性研究員は這うように逃げようとしている。

 すぐに意識が戻ったレヴァは、取り巻きの男達に掴まれながら、無理矢理に彼女のほうへと視線を送った。


「お前か、お前か!」

 彼女が頭を掴まれる。

 男は鍬を振りかぶって、彼女を殴ろうとする。

 彼女が悲鳴を上げるのを聞いて、レヴァは懐の銃を抜いた。


 銃声が響く。


 ものの見事に男の頭を撃ち抜いた弾丸は、地下室の壁に大きな血痕を残した。

 女性研究員は、寸での所で傷を負わずに、尻餅を突く形で後ろに倒れている。


「―――殺した、こいつも魔女の仲間だ!こいつも!」

 取り巻きの男達が騒ぐ。


 ああ、もういい。

 彼は何のためらいも無く、取り巻きの男二人の頭に銃を向ける。

「ま、待て、落ち着け!俺達を殺す意味なんてない!」

「…あぁ?」

「だって、そうじゃないか。俺達を殺したって、どうせまた誰かが魔女を狙いに来る。その度に、お前はこうやって人前で銃を使うのか?ただ罪を重ねるだけじゃないか。諦めた方が手っ取り早いと、もう仕方がないと思わないのか!」



 思い出す。

 もう諦めなきゃいけないんだ、仕方ないんだ、と。

 そう言いながら、妹を絞め殺した父親の顔。

 そのまま、自分のことを殺そうとした忌々しき父親を、世間の声を。



「俺は受け入れない」


 躊躇わずに引き金を引いた。


 銃声を聞いて、周囲の住民が彼に視線を向ける。

「人が!人が撃たれてる!」

「殺人だ、衛兵を!」

「あの奥、魔女教徒がいるぞ!」

 騒ぎ出す住人。

 一階の酒場に居た人々も、驚いてその場から逃げ出し始めた。


 中には、武器を持って彼を取り押さえようと立ち上がるものも現れる。

「魔女教徒、大人しくお縄に付け!」

「銃を降ろせ!」


 猟銃のようなものを向けてくる者も居る中、彼は、面倒だな、としか思えないままで視線を返した。

 怯える目。警戒する目。

 その目が、不愉快で仕方なかった。


 考える事を放棄し、ただ怯えるだけの烏合の衆。


 こいつらも撃ってしまおうか。

 そうは思えど、さすがにそれは駄目か、と思いながら次の一手を考えていた。




命令ブレイク。自害しろ」


 何処かから聞こえてきた声。

 レヴァに向けて武器を構えていた彼らは、その声を聞いて意識を奪われ、訳も分からぬままに武器の向きを変えて自害した。


「…」

 彼はただ立ち尽くす。


「興味も無し、手助けなどせぬと思っていたが。気が変わった」

 現れたのは、黒い上着を羽織り、気味悪く笑う男。


「貴様、魔女教に入れ」

「…は?」

「それとも、ここに残って状況を見るか?人を殺しておいて、組織に戻れるとは思えないが」


 ニヴァリスは、静まり返る中で地下室へと足を進める。

「貴様は何のために生きてきた。思い出せ、何故、今まで走り続けてきたのか」

「…」

「この街を愛せるなら残れ。愛せないのなら我に協力しろ。どちらも選ばなかった果てにあるのは、破滅だけだ」


 地下室の中央、ニヴァリスの足元には、転移魔術の文様が浮かび、光を帯び始めていた。

 女性研究員も、いつの間にかその陣の中にいる。


「…おい、待て、待てって!」


 連れていかれようとする彼女を見捨てられず、彼は地下室へと駆け下りる。

 そのまま、引き留めることも出来ずに、ただ魔術の陣の中に足を踏み入れた。


 ああ、でも、これで良かったのかもしれないな。

 彼は、ほんの僅かに、心の隅で安堵していることに気が付く。


 この先で、自分の本当の生きる目的がようやくわかる気がする。

 今まで自分を苦しめた悪夢を、漸く精算出来るような気がする。


 自暴自棄なのか、本心なのかもわからないままに、彼らの姿は、光に包まれて何処かへと消えて行った。






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