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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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4-14 十字架の記憶(8)




 事故の後、ギャレットはバルベナ中央病院の集中治療室に運び込まれた。

 『集団心臓発作、喀血』という症状を見せたセブレム職員達に対し、医師らは何事かと戦慄しながらも、最善の対処を尽くしていた。



「一人を除き、一命は取り留めました。ギャレットさんも無事です。…ただ、意識が戻るかはわかりません」

 医師のその言葉を聞き、治療室前で待っていたユアン、女性研究員の二人は力が抜けたように立ち尽くす。


 命を落としたのは、レヴァの目の前で血を吐いた男性研究員だった。

 当のレヴァは、セブレムに残って事後処理の対応に当たっている。


 医師は、二人の顔を睨むように見る。

「一体、何をしていたんです」

「…」

 目を合わせられず、二人は揃って視線を下げた。


 医師は構わず続ける。

「あの発作は、魔力を過剰供給された魔術師、特に衛兵団員によくみられる症状です。セブレム職員が、そんな危険な実験をすることがあるんですか?それも、一人や二人ではない、集団に影響が出るような規模で」


 答えあぐねる女性研究員の前に、ユアンが立って答えた。

「すみませんでした」


 医師は、「何が」と短く返す。

「新しい技術の研究をしていたんです。電力でなく、魔力で稼働する大型車両の開発。その中で、試験的に乗車したメンバーが今回の被害者になった。これは、俺のデータ取得に誤りがあったのが原因です」

「…よくわかりませんが。その車両の中に、人体に有害なレベルの、密度の高い魔力が充満していたと?」

「ええ」


 女性研究員が、驚いたように彼を見る。

「あ、い、いや、その―――」

 ユアンに呼び止められ、彼女は口を噤んだ。


「自動車開発のプロジェクトは中止にします。―――そもそも、メインで関わってたのは俺とごく少数のメンバーだけだった。どのみち、今回の事故の影響で進行不可になるのは変わりない」


 咄嗟に頭の回転が追い付かなかった女性研究員だったが。

 それが、ギャレットやレリア、それと関わったあらゆるものを守るための虚偽なのだ、ということだけは理解できた彼女は、それ以上口を挟むことができなかった。

 その嘘が、只一人、ユアンの首を絞め続けることになるとわかっていても。


「すみませんが、この事故の詳細は内密にしておいて貰えますか。関係者への説明は、セブレムから行います」

「…そうですか。わかりました、が。今後、同じような事故はくれぐれも起こさないでください。貴方達の活動は、バルベナの医療に、治安に対する信頼に繋がるものです。人々がセブレムを疑うようになれば、きっとこの街は立ち行かなくなる」

「ええ。肝に銘じます」



 医師の後ろで、誰かが運び出されていく。


「…ギャレット」

 ユアンが小さく名前を呼ぶ。


 医師は、「話は終わりです。面会したいのであれば、どうぞ病室へご同行ください」と告げてその場を後にした。




 ◇ ◆ ◇




 どこから、話が漏れたのか。

 あるいは、根も葉もない噂だったのか。


 数日も立たないうちに、セブレム職員の集団昏倒事件の噂は街に広がり、あろうことか『セブレムが魔女を使って謎の研究をしていた』という話が流布され始めていた。



「あの魔女が生やした植物は、俺含め、無事だった職員だけで処理した。外から見える場所でもなかったんだ、明確な裏付けがある噂だとは思えない」

 レヴァは、そうユアンに話した。


 例の地下室があった施設だけは半分近くが倒壊してしまっているが、その周囲の施設はそれほど影響が無く、せいぜいが壁にヒビが入る程度で済んでいる。

 彼が言う通り、広い敷地の中でも端に位置していた施設が倒壊していることは、外部の人間からは視認できない筈であった。


「もっとも、セブレム職員が内部告発する可能性は大いにあるが」

 そう話した後、レヴァはユアンの顔を睨む。


「事故の原因、随分と無理矢理な嘘を吐いたらしいな」

「…」

 明らかに異質な植物が施設を破壊した事実は、何も知らないセブレム職員達も目の当たりにしている。

 それを彼が『自動車開発の中で起きた事故だ』などと発言すれば、それがあからさまな嘘であることはすぐにばれる。


「理事会は何と?」

「事故の詳細については不問にすると。ただ、俺が自分で言った通り、原因になったプロジェクトは中止になった」

「…事故報告書は?」

「偽の物を作って提出しようかとも考えたが、理事会から『出すな』と」


 レヴァは眉を顰める。

「…奴ら、大方察してるんじゃないのか、それ」

「だろうな。多分、察したうえで隠そうとしてる」

「成程な。あれ以来、誰も騒ごうとしないのも理事会の圧力だったか」

 彼は溜息を吐いて壁にもたれかかった。



「…ギャレット、どうなんだよ」

 少しの間を置いてから、彼は問う。


「まだ、目を覚まさない。これからも、どうなるかわからない」

「所長不在が続くと、職員も不安を覚えるぞ。代理でも何でも、立てた方がいいんじゃないか―――って、言いたいところだが。多分、お前だろ、そうなったら。できんのかよ」

「やれと言われたら、やるしかねぇけど。どうだろうな、この事故の原因、俺だし」

「…」


「レヴァ、お前はどうなんだよ」

「俺はクラフェイロンの人間じゃないし、そもそも選出の対象外だろ。やりたくもない」

 半ば押し付け合うようにそんな話をした後、二人は疲れた目で天井を仰いだ。






 ―――翌日。

 レリアの面倒をよく見ていた、サラと言う名の女性研究員が、セブレムから姿を消した。






 理事会室。

 例の女性研究員の失踪について、理事会の彼らからは何一つとして言及されなかった。


 彼女の家に赴いた後のレヴァは、激しく息巻いて彼らの部屋へと押しかけている。


「探すな、と?何を、言っているんですか」


 本来なら複数の会員が控えている筈の理事会室には、一人の年配の男だけが座っていた。

 彼は、静かに答える。

「昨今、この組織がどんな噂をされているか知っているか」

「…知っていますよ、そんなこと」

「なら、わかるだろう」

「わかりませんよ」


 レヴァは目の前の老人を強く睨みつける。

「貴方達は、彼女をこのまま吊るし上げようとでも言うのか!?」

「そうだ」

 静かに目を見開く理事の発言に、レヴァは憎悪にも近い目を向けた。


「何の罪もない人間が魔女だと囁かれ、街から排除されるのを。黙って、見届けろというんですか」


 女性研究員、サラの住処に彼が赴いた時、彼女の姿は無くなっていた。

 家財のほどんどを残したまま、逃げるように。

 代わりに、その郵便受けには夥しい量の紙屑が投函されていた。

 手に取れば、そこに書かれていたのは謂れもない非難の言葉。


 先日の事故の噂は、際限なく発展し。

 果てには、彼女がその事故を引き起こした魔女なのだという、突拍子もない話にまで飛躍していた。


「何の罪もない?」

 理事が呟く。


「話に聞けば、例の地下室に最も入り浸っていたのは、ギャレットと彼女の二人だという。例の地震の発生源も、巨大植物が現れたのもあの地下だ。それで、彼女が無関係だとでも?」

「…無関係では、ないとしても。彼女が魔女だというのは明らかな間違いでしょう」

「間違いかどうかは、この際、重要ではない」

「はあ?」

 縦に置かれた長机の反対側に居る理事に詰め寄ろうと、レヴァは前のめりに手を突いた。


「世間は、セブレムが今も魔女をどこかに隠して研究をしていると思い込んでいる。その悪印象を振り払うには、どうするべきだと思う?」

「気にしなければいい。その程度の噂で、バルベナの病院や軍がこの組織を見限るとでも?」

「お前は楽観視しすぎている。崩された信頼は、いずれ大きな損失を生む」

「…」


 理事は、そのまま続ける。

「噂を、上塗りさせるのだ。何処かの誰かが、魔女を追い出したと。もうセブレムは悪しき研究には手を出せなくなったと、そう思わせる。その話が広がれば、この街に立ち込める不安の渦はマシにもなるだろう。それが、この先、組織の助けになる」

「馬鹿げてる」

「この組織の役に立つのが職員の本旨だろう。去り際まで、その務めを果たさせるだけの話」

「人生潰してまで、お前らの糧になる気はあいつにもなかっただろうよ」

「…そうやって個を優先するお前には、組織の長を務める才がないのだろうな」


 理事の言葉に、レヴァは顔を紅潮させて声を荒げる。

「なんだよ、これを受け入れられるのが組織の長としての素質だとでも!?」

「そうだ。個よりも組織を優先する、冷酷であってもその選択ができるのがトップの務めだ。―――迷っていたが、これで決まりだ。次期の所長はやはり、ユアンに任せることにするよ」

「…ユアンは、あいつを見捨てたのかよ?」

「さあ、どうだかな」

 ぼかして答える理事に、尚の事、レヴァは怒りを露にした。


「なあ、おい、しかも次期?代理では無く?あんたら、もうギャレットを見限ってんのかよ」

「彼も悪い噂の渦中だ。たとえ意識が戻ろうと、また所長の席に座らせるようなリスクを冒すことは無い」

「…何が、リスクだ。守りたいのは手前の身体だけじゃねぇかクソジジイ。誰が、こんなクソみたいな組織で成り上がろうとするか!驕ってんじゃねえ!」


 理事は、それ以上何も話さない。

 呼吸を荒らげて肩を上下させるレヴァは、振動を感じる程に強く足音を鳴らしながら、その場を去った。


 ユアンからは、後で詳しく話は聞く。

 ただその前に、どうやってもその女性研究員を見つけ出して組織に連れ戻そうと、彼は躍起になっていた。






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