4-11 十字架の記憶(5)
「また預かったのか。例の魔女」
忙しそうに施設内を歩き回るギャレットの背後、僅かに不機嫌そうなレヴァは低い声でそう声を発した。
「…レヴァ。ああ、えっと、その。預かったよ、確かに。また、この間の地下室を病室にして経過観察をしてる」
「経過観察?」
「ああ、体調が優れなくてな」
へえ、とレヴァは目を逸らしながら返す。
「魔女でも、体調崩すんだな」
「そりゃ、そうだろう。魔女だって人間だ」
「…」
返事をしないレヴァに、ギャレットは困ったように問いかける。
「なあ、レヴァ。お前は、魔女、嫌いか?」
「…嫌いって、訳じゃない。ただ、その。色々、あって。素直には受け入れられる存在じゃないってだけだ」
そうか、と一言答えて、ギャレットは俯く。
「まあ、そうだよな。この国でまともに教育を受けている奴ほど、そう答える。多分、そういう意味じゃ俺のほうが甘いんだろうな。今回は違ったとしても、きっといつか俺は寝首を掻かれるんだろう」
レヴァは、自分の過去を他人に話したことが無かった。
彼が、過去に魔女狩りによって母親を殺害されていること。
魔女の家族として虐げられ、父親の心中に付き合わされて死にかけたこと。
その時に父親を返り討ちにして、死に物狂いで生き抜いてきたこと。
セブレムの職員は誰一人としてそんな生い立ちを知らず、誰しもがただ彼のことを組織一の秀才だと言って賞賛していた。
その過去に、本物の魔女が関わったわけではない。
ただ、魔女というものが存在するが故に、それに対する世間の憎悪を背負わされる無辜の民が存在することを、彼はよく知っていた。
自分の母は殺されたのに、本物の魔女は受け入れられる。
そんな不条理を、彼は受け入れようとは思えなかった。
そんな胸の内は知らずに、ギャレットは申し訳なさそうに彼の顔を覗き込む。
「なあ、レヴァ。頼む、少し相談に乗ってくれないか」
「…構わないが」
立ち話のまま、レヴァは白衣のポケットに両手を突っ込んで、その頼みを受け入れる。
一瞬驚くような顔をしたギャレットだが、すぐに朗らかな笑顔に変わり、「ありがとう」と告げたうえで手元の書類に目を向ける。
「レリアの病状なんだがな。日中に急に失神するような症状が頻繁に発生するから、色々と可能性を考えて検査してるんだ。ただ、その中で一つ、実施するか迷っている検査があって」
「俺に、医療の話を聞くのか。相手を間違えている気がするが」
「いや、技術的な話だ。多分、対影兵器の話に近い」
「兵器?」
「ああ、そう。あの武器。銃口から放たれるのは、熱や電撃じゃなくて光線だっただろう。極めて波長の短い放射線を含んでいたはずだ」
よく見ると、彼の持っている書類の中には確かに対影兵器の仕様書が紛れていた。
「ああ、確かにそうだ。影の獣を倒すには、熱量の高い光を当てるよりも、奴らを構成する粒子と噛み合わない波長をぶつけるのが、一番効果が高いからな」
「そうだよな。…それで。この間話した、放射線治療のことなんだ。治療だけじゃなくて、脳の状態を検査するにあたっても、それに近い放射線を使うんだよ。紫外線よりも波長の短い、つまりはエネルギーの高い光」
彼の言わんとすることを察して、ああ、とレヴァは声を漏らす。
「魔力で編まれた影の獣にその放射線が効くなら、生命活動で魔力を生み出す生物にもそれは有害なんじゃないか、って言いたいのか?」
「まさにその通りだ」
ギャレットは力強く指を立てる。
「勿論、対影兵器ほど高い出力で照射するわけではないが。もし相性が悪いなら、僅かな照射量でも致命的な影響を与えかねないだろう。だから、レリアの心臓が発する魔力の波長と、検査機で使っている放射線の相性がどんなものか、見解を聞きたかったんだ」
「成程、な。資料は揃ってるのか?」
「ああ」
レヴァは、資料を受け取ると興味深くそれを眺める。
壁にもたれかかり、気付けば十数分も経った頃、レヴァは淡々と答えた。
「断言はしきれないが。かなり、危険だろうな。相性は最悪だ。魔力の波が心臓の動きや血圧にまで影響するなら、命に関わる可能性もあるんじゃないか」
「…やっぱり、そうか。ありがとう、意見が一致して安心したよ」
ギャレット自身も同じ見立てをつけていたらしく、険しい顔をして、返された資料を一瞥した。
「脳検査、諦めるのか?」
「ああ、検査機の使用は諦める。アナログにはなるが、他にやり方はあるらしいしな。クリスがその辺の話は詳しいから、彼と話しながら進めていくよ」
レヴァは短く「そうか」とだけ答えた。
ギャレットは相変わらず難しい顔をしたまま。
助かったよ、と告げてその場を後にしていった。
◇ ◆ ◇
翌日、朝。
何事も無く起床したレリアは、面倒見の良い女性研究員に促されて、朝の体操を始めていた。
朝早く様子を見に来たマリーも、にこにことその様子を眺める。
「素直で可愛いねぇ」
そんな率直な感想を述べる彼女に、ギャレットは静かに頷いた。
「クリスは午後に来るんだったか」
「うん。総合病院に用事があるから、それが終わったら来ると思うよ」
「すまないな」
「全然」
マリーは笑顔のままで首を横に振る。
ふと体操をする二人の様子を見ると、女性研究員は疲れたのか僅かに息を切らしていた。
「ちょっと運動不足なんじゃないか」
「皆迄言わないでください、痛感してます」
野次を飛ばすギャレットを睨みながら、彼女は辛そうに答える。
彼女が息を切らしながら「レリアちゃん、体あったまってきた?」と尋ねると、レリアは短く答えて、首を縦に振った。
「あなたは、もう疲れたの?」
「そうだよ。あのね、大人になるとね、朝起きるだけで力尽きて、息も絶え絶えになり始めるの。それまでに、しっかり体力は付けておかなきゃ駄目なんだよ。わかった?」
「うん」
相変わらず素直に答えるレリアに、女性研究員はにこやかな笑顔と辛そうな顔を半々にして声を漏らした。
ひとしきり身体を動かして、二人は白一色のベッドに腰掛ける。
「今日は何をやるの?」
顔を上げてそう尋ねるレリアに、「午前は検査はないよ」と女性研究員は答えた。
「午後にクリスさんが来るから、その時に問診…ちょっとしたお喋りをするだけ。他の時間は、おねーさんと一緒に劇の映像でも見てようか」
「わかった。でも、劇はあんまり興味ないわ。私、物語は文字で読みたい」
「ええ、面白いよ」
女性研究員は持ってきていたカセットテープをちらつかせる。
「しかもそれ、童話でしょう。私、童話は嫌い。いつも魔女が悪役なんだもの」
「あっ、いや、その。これは違うよ、龍の騎士様が出てくるの、かっこいいんだよ」
「…龍の騎士が戦うの?」
レリアが食いついたのを見て、彼女は前のめりにそのテープを勧める。
「そうそう、エドさんみたいでかっこいいの!一緒に見ない?面白いよぉ」
「…」
「でも、レリアちゃん劇は好きじゃないんだもんなぁ、残念だなぁ」
すっと視線を逸らしてテープを片付けようとするような動作を見せると、それを引き留めるようにレリアが彼女の服の裾を掴んだ。
「見る」
じっと、物欲しそうに彼女の眼を覗き込む。
にこぉ、と嬉しそうな顔で女性研究員は振り向いて答える。
「いいよぉ」
その視線に負けて、レリアは少し悔しそうに、気恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らした。
「ほらほら、始まるよ」
少し年季の入ったディスプレイに、映像が映る。
見始める前に、女性研究員は、悪戯半分で「はい」と言ってレリアを持ち上げて、そのまま自分の膝の上に座らせた。
予想外に抵抗せず座っているレリアの様子に、彼女は驚いたように顔を赤くする。
廊下のほうから様子を見ていたマリーが、ギャレットの腰をつつく。
「…見てみて、ギャレット君。サラちゃんが凄い嬉しそうな顔してる」
「ん、本当だな。あいつのあんなニヤケ面、始めて見た」
二人のそんな噂の声が聞こえて、恥ずかしくなった女性研究員は誤魔化すようにレリアを抱きしめる。
「…へへ!可愛いねレリアちゃんはぁ!」
「…」
レリアは特に何も言わず、迷惑そうにも嬉しそうにも見える顔で女性研究員の顔を覗き見る。
「んん、もう、劇、始まってるよ」
「うんうん、始まってるねぇ」
気分が上がった彼女は、レリアの髪を掻きまわすように撫で回す。
勢い余って後頭部に頬擦りまでし始めたところで、流石に我慢できなくなったレリアは膝の上から降りてマリーの元へと逃走した。
過度な愛情表現に恥ずかしくなって逃げたレリアだったが、シンプルに気持ち悪がられたと勘違いした女性研究員は顔を青くして反省していた。
◇ ◆ ◇
時刻は午後。
少し約束の時間よりも遅れてやって来たクリスは、短く謝りつつ、今日のレリアの体調についてマリー達から聞き取りを始めていた。
「今日は症状なしか。わかった、この後少し様子を見よう」
そう告げて、クリスはレリアの座るベッドのほうへと接近する。
「おはよう、レリア。少し、寝てた?」
「…うん。劇を見終わったら、眠くなってしまって。大丈夫、いつもの病気で倒れた訳じゃないわ」
レリアは眠そうに目を擦りながら体を起こした。
「それならよかった。少し、場所を変えられるかい?向こうの部屋でお話をしよう」
「うん」
彼女をベッドから降ろし、手を繋いで別室へと連れて行く。
すぐ隣の部屋、そこには何やら顕微鏡のような魔道具が置かれていた。
「これは?」
「目の動きから、君の体調を計るための魔道具だよ。大丈夫、この魔道具から何かが発されるわけじゃない。面倒だけど、この部分を覗き込みながら、いくつか質問に答えてくれたらいい」
「不思議な検査ね」
そう言いながら、レリアは興味深そうにそのレンズを覗き込む。
「何か見える?」
「何も」
「それなら、正常。これから、まずみっつ質問をするから。そうやってレンズを覗き込んだままで、思った通りのことを答えてくれ」
「わかった」
その検査の様子を、先程の女性研究員と、マリーの二人が見守っている。
ギャレットは、別の仕事で席を外した。
「最近、君が見た中で最も興味深かったものを二つ思い浮かべて。その中で、二つ目に思い浮かんだものを強くイメージしてみて」
「…」
「レンズの中に、何が見える?」
「犬。白い犬」
「白い犬だね」
きっと一号と二号のことだ、とマリーは笑う。
「その白い犬は、今、何をしている?」
「遊んでる。私の本を取り上げて、面白そうに走り回ってるわ」
レリアは少し不満そうな口元で答える。
「それを見て、君はどんな気持ちになった?」
「…」
少し時間を置いて、レリアは「わかんない」と呟く。
なにやらもどかしくなったらしい彼女は、逃げるように視線をレンズから外してしまった。
クリスはにこにことした顔で「レンズから目を離しちゃだめだよ」と促す。
レリアは渋々、もう一度レンズの中を覗き込んだ。
その後も何度か同じような質問が続き、一通りの検査を終えるとクリスは「終わり」と言ってレリアの肩を軽く叩いた。
はあ、と小さく息を吐いて彼女は顔を上げる。
「この検査、なんだったの?」
「君の脳の動きを確かめるための検査だよ。実を言うと、しっかりレンズを覗いてくれさえすれば、質問の内容は何でもよかったんだ」
「ええ。私、結構真面目に答えたのだけれど」
不満そうに顔を見上げてくる彼女に、クリスは小さく笑いながら「それでいいんだよ」と答えた。
「検査はこれでおしまい。問題なければ、また明日には僕らの家に帰れるからね」
「…うん」
少し不安な様子を残しながら、レリアは小さく頷いた。




