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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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4-09 十字架の記憶(3)




 マリー本人からの申し出で、レリアはマリーの住む邸宅で様子を見ることが決まった。


 地下空間では子供の身に余る魔力が身体に溜まりこんでしまうこと、純粋に外の空気が吸えずにストレスが溜まってしまうこと、それらを避けるため。

 また、セブレムの敷地内では夜間の面倒が見づらくなることもあり、それに反対する人物はいなかった。


 レリアの元には、頻繁にエドが様子を見に現れた。

 療養に必要であれば、セブレムの医療機器を用いることも決まり、その決定は期せずして、魔女の身体の特性を知ることに繋がることとなった。




「予想はしてたけど。やっぱり、魔力の発生源は心臓なんだな」


 レリアの発見から数か月。

 慎重に繰り返された検査の結果を見ながら呟くギャレットに、成り行きで協力していた女性研究員は興味深そうに資料を見た。

「童話の本でも、ありますもんね、『魔女の心臓は無限の力の源』って。本当に、無尽蔵に魔力が湧き出るんでしょうか」

「無尽蔵って訳じゃないと思うが…確かに、摂取している食事の量よりも、生み出している魔力のエネルギー量のほうが多いとデータが取れてる。一体、どこから発生しているものなのか見当もつかん」

「異次元の並行世界から、とかだったりして」

「そうかもな」

 冗談交じりに、二人は面白そうに笑う。


「エドさんから、聞きましたよね。レリアちゃんの住んでた家の話」

「ああ」


 彼らが訪れた森林地帯の奥、レリアが魔獣に襲われたポイント。

 その時には気が付いていなかったが、ほんの少し奥に、レリアが住んでいた大きな洋館があったのだ、と後からエドから知らされた。


「自分の魔法で野菜や豆を作って、それを食べて生活していたんだろう、って話も聞いた。その畑が魔獣に喰い荒らされた丁度その時に、俺達が居合わせたんだと」

「危なかったですね。あの時、あの子まで食べられなくてよかった」

「ああ」


 先日の件があった以降も、レリアは度々、急に意識を失って倒れるような症状を繰り返していた。

 魔獣に襲われた際にも、その症状が出ていたせいで抵抗が出来なかったのだと彼らは推察している。



「あ、そうだ。そういえば、この間、私もマリーさんの家まで、レリアちゃんに会いに行ったんですけど。その時に―――」

 女性研究員が何かを思い出して言おうとした時。

 少し遠くから、ギャレットの名前を呼ぶ声が聞こえて、彼らは同時に振り向いた。


 そこに居たのは、優しい目をした白衣の男性。

「クリス!帰ってきてたのか」

「久しぶり」

 久しく合う友人に、ギャレットは喜ぶように握手を交わす。


「マリーとエドから聞いたよ。レリアちゃんのこと」

「ああ、そうか。そうだよな、巻き込んでしまって申し訳ない」

「いや、僕も医者だからね。苦しむ子供は助けるのが役目だ」

「そう言ってもらえて助かる」


 そう言いながら、何か思い出したように彼は表情を変える。

「…そうだ、パリの街、大変だったんだろう。つい一か月前くらいじゃないのか?例の、魔女教の爆破テロ事件」

「ああ。帰ってきた理由は、それも関係があって。まあ、色々と分かってから事情は話すよ」

 そうか、とギャレットはそれ以上深くは聞くことを辞めた。


 すこし暗い面持ちになった二人を和ませようとしたのか、女性研究員がふと指を立てる。

「あ、そ、その。それで、あのわんちゃんも一緒に帰って来たんですよね!レリアちゃんと一緒に遊んでて、可愛かったなぁって、言おうと、思ってたかも?」


 ああ、とクリスは息を漏らして笑う。

「僕も一緒に様子は見てるけど、落ち着いてるよ。今度は―――いや、えっと。ちゃんと、目を離さないように見ているから、安心していて欲しい」

「ああ、よろしく頼むよ」

 何かを隠しているような、そんな気配を見せたクリスだったが、ギャレットは何かを疑う事もなく、彼を信頼して笑った。




 それから、更に翌月。

 例年訪れる、『ワルプルギスの夜』。

 初めてエドが衛兵団の部隊を束ねるその年、また新しい人物がその街には姿を現していた。




◇ ◆ ◇




「迷いの領域に遭難者?」

 その年のワルプルギスの夜、影の獣が湧き出る災いの夜が明けた頃。

 またしても舞い込んできた新たな事案に、ギャレットは何事かと頭を掻いた。


「だそうです。なんでも、影の獣の掃討が終わった後に、騎士団の馬車の傍らに『気がついたら居た』そうで」

 現場からの通信を受けて取り次いだ男性職員が、困ったようにそう話す。


「気がついたら居た、ってなんだ。遭難していたなら、助けを求めてきたんじゃないのか」

「いえ、その。発見されたときは、その人は寝てたらしいです」

「寝てた?」

 ええ、と男性職員は手元のメモを見返す。


「ええと、それで。なんだか話の流れで、武器や通信機のメンテ役で現場に出ていたセブレムの職員側に押し付けられたらしいです。今その人を連れてここに向かっている、とユアンさん本人から連絡がありました」

「話の流れって…。流石に、遭難者のケアは騎士団でやって欲しいところだが。彼らは、そこまで余裕が無い状況なのか?」

「どうですかね…」

 疲れも溜まっている様子で、小さく溜息をついたギャレットは、迷いの領域まで赴いた職員たちを労うために研究所の正門まで足を運んだ。




「その子が、遭難者?」

「ああ」

 彼らが帰還したのち、ユアンと共に新型の電動馬車から降りてきたのは、彼等より頭数個分は背の低い黒髪の少女だった。

 その髪色、背丈、服装、どれをとっても見慣れない風貌の彼女を見て、ギャレットはほんの僅かに首を傾げる。


 ただ、少女が僅かに不安気な顔をしていることに気付いて、彼はその疑問は口には出さず、少女よりも目線が下になるように屈んで顔を覗き込んだ。

「怪我はないか、嬢ちゃん。怖くなかったか?」

「…えと、ええと」

 怖がっている、というよりは困惑しきっている様子の少女は、ギャレットやユアンの顔をしきりに覗き込んでは、目を回してあちこちに視線を送る。


「俺の言ってること、わかるか?」

「うぇ、はい、わかります。なんでわかるんだろう、わかんないけどわかります」

 横で、ユアンが呆れたように「お前は何を言っているんだ?」と問うが、少女はそれに対しても「わがんない」と抜けた声で返事をする。



「この子、何でパリの街に連れて行ってもらえなかったんだ?こういうのはお前が請け負う仕事でもないだろう」

「ああ、俺もそう言ったんだけどな。ただ、こいつが」

 ユアンがふと視線を送る。

 すると、少女が小さな声で、「スマホ壊れちゃったの」と呟いた。


「なんだ、スマホって」

「これ」

 少女は、画面が暗くなった携帯端末を差し出して見せる。


 ギャレットはそれを受け取ると、まじまじとその本体を眺めた。

「…通信機、っぽいな。でも、こんな見た目の代物はセブレムには無い」

「やっぱ、そうだよな。兄貴やレヴァの奴なら知ってるかと思ったんだが」

「俺は知らん」

 その返答を聞いて、少女は、残念そうに肩を落とした。


「気が付いた時には、画面がおかしくなっちゃってて。どうしても直して欲しいんだけど、どうしたらいいか…って聞いたら、『とりあえずこの人についていけ』って」

 少女はそう言ってユアンを指差す。


「成程な。見たことない機械を持ってるから、とりあえずセブレム絡みだと思われたのか」

 ギャレットは不思議そうな顔をしながら、ひとまずその端末を少女に返した。


「また、動かせるかなぁ、これ。大事な写真、いっぱい入ってるの」

 少女は、大きな瞳にほんの少しだけ涙を浮かべているように見えた。



「…嬢ちゃん、名前は?」

「かみや、です。狼谷カミヤ七菜ナナ

「カミヤ?また、独特な名前…いや、ええと、個性的な名前だな。俺はギャレットで、お前を連れてきたこいつは弟のユアンだ。一旦、一緒に休める所まで行こう」

「うん」


 少女は、気を落とした様子のまま彼らに連れられて、食堂やら休憩室が用意された中央棟へと足を運んだ。




◇ ◆ ◇




 例によって居合わせていたマリーにケアを受けた後、これからどうしたものかと腕を組む一同の中で、少女は椅子の上で足を遊ばせていた。


「…どっか、さ。面倒見てくれるとことか、無いの?私みたいな、行き場の無いやつ」

 靴の先を見つめながらそんなことを話す彼女に、ギャレットは困ったように「ないことはないが」と目を泳がせる。


「協会も、ここ最近は経済的な余裕が無い。あまり安心して暮らせる環境ではないぞ」

「…でも、他に、行くとこなんかないでしょ」

「…」


 幾ら話を聞いても、彼女の言う「日本」という地域について知る者は現れなかった。

 帰る方法はおろか、帰る場所さえ判然としない中で、その少女を追い出すわけにもいかない。


「衛兵団…に頼んでも、仕方ないか」

 ギャレットが呟く。

 衛兵団も、迷子や行く当てのない人々を片端から保護していくほどの余裕はない。

 当然、セブレムも同じ。


「…なあ、申し訳ないんだが。男の家に連れ込むわけにもいかないし、一時的にでもマリーの家に入れてやってくれないか」

 ユアンのその発言に、ギャレットは焦ったように視線を向けた。


「ああ、いや、まてユアン。マリーの家はだな、その。ちょっと、今、片付いてないから」

「ギャレットくん?」

 あまりに下手くそな誤魔化しに、マリーが笑顔のままで突っ込みを入れる。


「生活費とか、そういうのはこっちからもフォローするって。後で色々と整理がついたら、手伝いなりバイトなりで借りを返させたらいい。駄目か?」

 レリアの存在を知らない彼は、何の悪気も無くそんな提案をした。


 ああ、その、と言い訳を考えるギャレットを横目に、少女―――カミヤは口を開いた。

「手伝い、するよ。うん。私、まだ色々と混乱してるけど…人に助けて貰ったら、借りは返さなきゃいけないってことくらいは、わかるから」


 マリーも、口を開く。

「なんとか、なると思うよ。部屋の使い方とか、いろいろ工夫すれば」

 その遠回しな言い方で、ギャレットだけが何かを把握したように口を噤んだ。


「…そ、そうか。マリーがそういうなら。今は、クリスも居るしな」

「うん。任せて」

「色々頼りきりですまない」

 彼がそう言って頭を下げるのを見て、マリーは「任せて」と片手を握って見せた。



 少し安心したように、カミヤは椅子の背もたれに体重を預ける。

「ほわぁ、よかった。正直、ほんとに路上生活を覚悟したよ、今」

「そんなことさせないよ」

 マリーはにこにことそう返す。


「この世界、私が知ってる常識が通じないんだもん。すんごい厳しい世界なんだろうって思っちゃってさ。きっと、あれでしょ?魔獣やおばけがいるなら、エルフや魔女もいるんでしょ?マリーの家にも、実はいたりするの?」


 半ば冗談で放った言葉に、ギャレットはむせ返る。

 マリーも、こればかりは驚いたのか笑顔のまま目を見開いている。

 ユアンは、何事かと二人の顔を見る。


 そんな様子を見て、カミヤは苦笑いをしながら。


「…私、なにかマズいコト言っちゃいました?」


 いつか読んだ空想の小説にあったような台詞を、なぞらえるように口に出した。






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