1-05 雑踏に紛れて
相も変わらず街の大通りは人や車で溢れ返っている。
休日の賑わいの中、ある二人組は周りと少し異なる装いで往来を歩いていた。
「いんやぁ注文がころころ変わるお客さんだったなぁ」
「最近は多いですね、自由と言うかなんというか。デザインがどうこうもありますけど、納期のことも少しは気にして欲しいですよ」
一人は、パンツスーツを着た青い長髪の女性。もう一人は、黒い髪とやや低い背丈、カラフルな衣服を身に纏った少女。
「ま、事務所戻ったらちゃちゃっと完成させちゃうよ、たぶん。それより、宣材写真のモデルさん早く見つけなきゃね」
「んー、そういえばあれから未定のままでしたね。ていうか、カミヤさんが自分でやるんじゃ駄目なんでしたっけ?」
「だーかーらー、私じゃ身長が足りないんだって。それで一回フェリスに頼んだんじゃん。やらないの?」
「あ、そうでしたっけ…」
気まずそうに目を逸らす青髪の女性は、「わ、私は只のマネージャーなんで」と両手をひらひらと振った。
みんな断るんだもんなぁ、と呟きながら周囲を見回す少女。
「いっそさ、街中の人にスカウトでも掛けてみる?」
「やめてくださいよ…。あんまりおおっぴらに探したらかえって収集がつかなくなりますよ、一般からの希望者が現れて」
「だよねぇ」
黒髪の少女は、「あの人とかできそうな気がするんだけどなぁ」とすれ違う女性達の足取りを眺めて歩いていた。
そんな少女の目に、何者かの姿が一瞬だけ映り込んだ。
「ぬっ…!!運命の予感がするッ…!!」
「え?」
青髪の女性が振り返った頃には、少女は既に往来の群衆へ向かって走り出していた。
「あーッ!!カミヤさん!勝手な行動禁止って言ったでしょうがぁ!」
「ごめんフェリスー!次の予定の時間までには戻るから、なんなら先に事務所帰っててぇー!」
「駄目ですよ!私も行くから、待って!あ、すみません通りまーす!ちょ!通りまっ…あ゛痛ぁ!」
街灯を躱しきれずに肩を強打するマネージャーをよそに、少女はお構いなしの猛ダッシュで消え去ってゆく。
「ほんと…自由人ばっかりかっ…!」
青髪の女性は、若干泣きそうになるくらいの痛みを押さえて群衆へ駆け込んだ。
◇ ◆ ◇
二日前、リュックとエリアが再会した日の続きの話。
「―――なんていうか、記憶喪失って感じじゃないな。常識というか、なにかがずれてる」
「先輩、なんか言い方キツくないっすか?」
「いや、別にそんなつもりはないんだが」
リュックは、フランスでもブリテンでもないどこかについて、朧げな記憶を頼りにどうにか説明を試みた。
が、そもそも要領を得るような説明も上手くできず、結局リュックが一体どこで生まれ育ったのかは検討を付けられずじまいで話は終わってしまった。
「高い塔がある場所って言うとパリじゃないかって思うけど、違うんだねぇ。赤や青色の鉄塔じゃないし」
マリーも知っている限り条件に合う都市を思い浮かべたが、それという考えは思い当たらなかった。
自分の記憶が本当に正しいのか不安になってくるリュックは、次第に気を落とした。
「…リュック、大丈夫だよ、元気出して。必ず、見つけよう。大事な故郷」
「…ありがとう、エリア」
エリアは、座ったまま身を縮めるリュックの手を握った。
「…てか、先輩。俺、ちょっと思ったことがあるんすけど」
クロが、耳打ちするようにユアンに声をかける。
「ああ、奇遇だな。俺もちょうどあいつが思い浮かんでた」
「っスよね」
彼らは内緒話を終えると、エリアとリュックの二人を見る。
「お前ら、とりあえず数日はこの街に滞在するよな?」
ユアンの質問にはリュックが答えた。
「うん、数日は。宿代は…どこか、日雇いで働けるところを探して…」
「いや、普通に俺やマリーに頼めよ。そうすりゃタダで済むだろ」
「いいの?…なら、エリアだけでもここに」
そう言うと、エリアはリュックの袖を掴んで何か言いたげな顔をする。
「なんなら、二人ともここに定住してもいいよ?」
本気で言っているのかわからないマリーの提案に困ったように両手を振るリュック。
「ありがとう。…私達、もっといろんなところを旅したいんだ。できれば、この街で準備を整えて再出発したい。どこか、体力さえあればお金が稼げるところとか、ないかな」
リュックの質問に対して、ユアンは素直には答えなかった。
「―――お前それ、本気で言ってるのか?」
「…」
あ、今怒られてるな、という雰囲気に冷や汗をかくリュック。
「正直なところ。お前ら、だいぶ考えなしにアゼリアを出たな?」
「えっと…」
揃って目を泳がせるリュックとエリア。
端から見ると、完全に構図が指導者一人と生徒二人になっている。
「はっきり言うが、お前らの装備はフルリールに行くにも不十分だった」
「はい」
「金銭に関しては最初の数日はエリアの所持金で何とかして、それ以降はリュックが肉体労働するなりエリアが医療知識で人助けするなりでどうにかするつもりだった。まあ、それはいい」
「はい」
「道中の装備。なんだこれ。剣っぽい棒一本?大した出力も無い魔道具の山?ごく普通のテント?長距離移動舐めてんのか?」
「…」
「エリアも箱入り娘でよく知らないんだろうけどな。このフランスで長距離移動ってのは物凄く難易度が高い」
ユアン曰く、魔鉱石やあらゆる燃料を用いた移動手段は、それらが持つエネルギーによって影の獣を引き寄せるのだという。
車両や航空機でも場合によっては襲われるし、徒歩など論外。移動にかかる時間が長くなるほど、危険にさらされる可能性は上昇する。
かつては街と街を繋ぐレールを引いて、その上に機関車を走らせようという案も出たらしい。が、敷設中に金属性のレールが影の獣にばりばり齧られてしまい、その計画は頓挫した。
純粋に戦力になるものが無いと安全とは言えないのが現状であった。
今回彼女らが襲われたことは、荷車に積まれた大量の魔道具や魔鉱石の類にも起因していたらしい。
―――最も、影を引き寄せた最たる原因は魔女であるエリア自身であることは言うまでもない。
「影の獣って金属食べるの…?」
「食うぞ。それはもう嫌な音を出して」
あああ、と耳を塞ぐエリア。確かに、金属を齧る音など想像もしたくない。
「とにかく。従来の方法で旅を進めるなんて俺が認めないし、それを支援するほどの余裕も無い。もっと安全な方法が提案できないなら、数日と言わずに無理やりここに滞在させるからな」
「い、いやでも…」
「いやじゃない。住む場所は俺が何とかしてやるし、その上で必要な支援ならする」
「…」
エリアもリュックも、複雑な思いだった。
勿論、バルベナに住むのは嫌ではない。
魔女に対して理解のある彼らがいる。安全が保障されているし、その上生活の支援まですると約束をされた。
ただ、今ここで、条件がいいからという理由で即決してしまうのは、彼女らが旅に出た理由にそぐわないものだと感じていた。
「…ちょっと、時間が欲しいな」
エリアが先にそう言った。
ユアンは不思議そうな顔をする。
「…そうか。まあ、しばらくこの街を見てから決めればいい。アゼリアに帰るだけなら手伝ってやれるから、そうするなら言ってくれ」
「うん。ありがとう」
エリアの中で少しだけ思った事。
今、ここに住むと決めたら、リュックだけがひとりぼっちになってしまうような気がした。
魔女は受け入れられても、彼女の記憶を共有できる人がいない。
それは、なんだか少し不平等な気がして、素直に喜べなかった。
「―――あ、先輩。で、カミヤちゃんの話はいいんすか?」
「ああ、そうだった」
車の中で一瞬だけ聞いた名前。
リュックはふと顔を上げた。
「あー…後で、ウルフセプトって店に行ってみたらどうだ?その、服でも買いに」
横にいるクロが「えぇ…何すかその提案」とユアンをジト目で見る。
「俺の知り合いのカミヤってやつがオーナーをやってる。どうせ暇だろうから、そいつと会ってこい。多分気が合うと思う」
ユアンの発言の意図がつかめず、顔を見合わせるエリアとリュック。
「住むかどうか決める前にこの街を知りたいんだろ?観光先を提案してやってるだけだよ、いいから行ってこい」
「わ、わかった」
陰で、クロはマリーとこそこそ話していた。
「あれ、気遣いなんすかね」
「多分ねぇ。やりたいことはわかるけど、ぎこちなくて面白いね」
「あはは、確かに」
そんな二人の様子に気が付いたユアンは、「なんだよ」と少し恥ずかしそうに言い捨てた。
◇ ◆ ◇
不思議な乗り物に乗る夢を見た。
縦に長くて、座席は内側に向かい合っている。
そこから見える窓の外の夕景と、心地よくリズムを刻む振動。
隣に座る誰かの肩に頭を乗せて、夢の中でさえ夢見心地でいたことを覚えている。
初めてリュックと会った時に見た夢。
何度も思い出すにつれて、これはきっと彼女の記憶の断片なのだろうとエリアは気が付いていた。
ただ、どうしてか本人に記憶のことを尋ねるのは憚られた。
リュックとエリアは、二人でバルベナの街を観光していた。
通りは広く、ブリキの玩具のような車が人波をかき分けるように走り回っている。
まさに薔薇色の赤煉瓦でできた建造物、活気のある商人の呼び声。
アゼリアの街の雰囲気からは一変し、『騒がしい』という言葉の良く似合うその街並みを二人は楽しんでいた。
「楽しい街だね。お店もいっぱいある」
エリアは、周囲を眺めながらそうリュックに話しかける。
リュックは「うん」とだけ言って笑って、その後の言葉を考えるように少し下を向いた。
「あ、ねえねえ。あそこの服屋さん、見ていこうよ」
エリアは、努めて笑顔でリュックの手を引いた。
リュックも、なるべく笑顔であろうと取り繕った。
「ユアンが言ってたね、『薔薇色の街』って」
「―――あ、確かに。薔薇色だ」
二人の目に映る町並みは、建物から地面のタイルに至るまで薄紅色の煉瓦で出来ていた。あらゆる部分に使われるテラコッタ瓦が日の光を反射し輝く様子は、朝露に濡れた薔薇の輝きを思わせた。
「ウルフセプトってところまではもう少し歩くって言ってたよね」
「うん。そこまでに何軒か巡っていくのも楽しそうじゃない?」
「いいね。エリアに似合う服、色々ありそう」
「それもそうだけど、先ずはリュックの服買おうよ。今の服、ぼろぼろでしょ」
「ん-…まあ、確かにそっか」
最初からずっと着ているパーカーは、泥の跡や修繕された縫い跡が誤魔化しきれない程度にはダメージを受けていた。
因みに、資金に関してはある条件でユアンから少々借り受けている。
「こっちのお店、良い感じのドレスとかいっぱいあるよ」
「ドレスはちょっとなぁ」
リュックは苦笑いで陳列された衣類を眺めた。
数軒のショップを巡るも、基本的な女性の装束はドレス。スカートがどうにも苦手なリュックは、なかなか欲しいものが決められないでいた。
とはいえ、ややテンションの上がったエリアの勧めで何着か試着してしまっているのもあり、最後まで何も買わないというのは少し申し訳が立たない気もした。
結局、最後にウルフセプトで買うということで道中に出費することは無かった。
「わぁ、この通りは特別広いね」
中央通りと言った感じで、そこは他より特に交通量が多い場所。
ふと目を離せばお互いの位置が分からなくなってしまいそうな人の群れが出来上がっていた。
「離れないようにね、エリア」
「うん」
リュックが手でも握ろうかと手を出したり引っ込めたりしていると、それに気づいたか無意識か、エリアは自然とその手を取って歩き出した。
おわ、と僅かに息を漏らしたリュックだったが、エリアは何も気にせず、路肩の商店を見回して目を輝かせていた。
「わ、すごいよ。あちこちから良い匂いがする」
「う、うん、そうだね。それはそうと、ちょっと歩くの早くないかな」
すれ違う人にぶつからないよう気を配りつつエリアの顔色を窺う。彼女の顔はりんごのように紅潮して、それはもう浮足立っているようだった。
それもその筈、今までずっと箱入り娘だったエリアにとっては、目の前の縁日のような賑やかさは今まで生きた中で指折りのイベントなのである。
「ねえねえ、あれ何かな?すっごい行列。遠くて文字が見えないけど、スイーツかな―――あ!あれってマリーがくれたシュークリームのお店じゃない!?その横はなんだろ、マカロンって何ー!?」
「ちょ、エリア、周り見て。気をつけて歩かないと怪我するよ―――ちょ、聞こえてる!?」
あ、これ聞こえてないな―――と少し危機感を覚えた頃には、エリアは子供のようにあちこちに目をやり、無意識にリュックの手を放した。そこからはもう手の付けられない五歳児のようで、あれよあれよと素敵なあれこれに引き寄せられて歩き出してしまう。
「あ!?エリッ…エリア!?離れないで、迷子になるから!ちょ、どこに…エリアちゃんーーー!?」
エリアの精神年齢は時々幼子レベルにまで低下するというのは理解していたリュックだったが、今回のやんちゃモードを想定できなかったリュックは激しく動揺したのであった。
そして、リュックの足元に突然現れる元気な子供たち。ちょこまかと動き回る彼らを前に、リュックは成すすべもなくエリアを見失った。
◇ ◆ ◇
装飾品を取り扱う商店の前、エリアは夢中になってそれらを眺めていた。
片手には一つ前の店で買ったエクレール(食べかけ)。
「この紅色の水晶、綺麗だなぁ…。あの、これ、魔鉱石ですか?」
「ああ、もう魔力は残ってないけどね。綺麗だからペンダントとして再利用してるんだよ」
「使い切ってるのにこんなに輝く鉱石もあるんだなぁ…。ねえ、これリュックに似合いそう―――あれ?」
振り向くと、当然というべきかそこにリュックの姿は無い。
振り向いた視線の先には空しか見えなかったが、その頭二つ分ほど下まで視線を下げると、そこには見知らぬ少女の姿があった。
少女は、両手の人差し指と親指でカメラを作り、そこからまじまじとエリアの顔を見上げて覗き込んでいる。
「―――お姉さん、身長いくつですか?見た感じ、百六十センチはありそうだけど」
「え…?ええと…その、あなたは誰?リュックは?」
「あれ、お連れさんがいたんですか?ずっと一人で歩いてるように見えましたけど」
「…」
数瞬遅れて、彼女は状況を理解した。
やってしまったぁー!と頭を抱えるエリア。
周りを見回すが、リュックの姿は見当たらない。
当人は非常に焦っているわけだが、片手に持つエクレアがどうしてもその緊張感を失わせるような演出になってしまっていた。
「し、しまったぁ…絶対心配されてる、怒ってるかなぁ…」
青ざめるエリアとは裏腹に、少女はなんだか嬉しそうな様子であった。
「ま、まあ大丈夫!お互いが知ってるところまで戻れば会えるはずだから!…それはそうと、やっぱり。なかなか出会えないゆるふわ系美人、身長もやや高め。なにより、お顔が私の好みにドストレート過ぎる、推せる」
「あの…?」
「お姉さんちょっと今お話しできないカナ!?」
「え?いやでもリュックを探さないと…」
「ほんの一瞬だから!ただ、ちょっとここでは話せないから…うん、そこの路地裏でちょっとだけお願い!」
「え、えぇ~」
少女の勢いに押され、手を引かれて連れていかれてしまうエリア。すぐ近くにある路地裏、人が殆ど通らない場所に着くと少女は話し始めた。
「私、カミヤっていうの。ウルフセプトっていうショップのオーナー」
「ウルフセプトって…あ!」
ウルフセプトといえば、まさにこれから向かおうとしていた衣料品のショップ。
エリアはそこに辿り着く前に、ユアンが名前を上げた『カミヤ』なる人物に出会っていたのだった。
「でね、これは内緒の話なんだけど。うちの店の宣材写真のモデルになる筈だった子が諸事情で撮影できなくなっちゃって、代わりの子を探してるの。それで、お姉さんがとっても素敵だったから、つい声を掛けちゃった」
「え、ええと…?宣材写真?撮影?」
「そうそう、お店の広告にする写真。うちの店の服を着て写真を撮って欲しいの。お姉さん、名前なんていうの?」
「私?エリア、だけど」
「エリちゃんか、覚えた」
「エリちゃん…」
展開の速さに目を回しているエリア。
その様子を見て、カミヤはさっと懐から何かを取り出した。
「とりあえず、連絡先渡しておくね。もし興味があったら、時間があるときに是非うちの店まで来て!…できればはぐれた人を一緒に探してあげたいけど、私もすぐに戻らなきゃいけなくって」
ひとまず、差し出された名刺を受け取るエリア。
その名刺には、確かに『ナナ - カミヤ』という名前が記載されていた。
「わ、わかった。ていうか、もともとそのお店には行くつもりだったの。リュックを見つけたら、すぐに行くと思うよ」
「ほんとに!?やったぁ!楽しみにしてるね!」
「い、いやモデルになるかは分からないけどね!?」
「きっとそのリュックさんもさぞ美形なのであろう…うへへ…」
変なにやつきを浮かべながらその場を後にしようとするカミヤ。
振り向くと、彼女の目の前には謎の大男が現れていた。
「…おわ、びっくりした。すんません、ちょっと通りますね」
「あんた、ナナ・カミヤ?」
カミヤは彼の横をすり抜けて通ろうとするが、男は退かない。
道幅が非常に狭いので、彼が少し横にずれるだけで簡単に道は塞がれてしまう。
「…あのぉ、今ちょっと急いでて…。あ、今の話聞こえちゃってたかな。モデル探してるって話、できればオフレコでお願いしますね!それじゃ…」
尚も退こうとしない大男。
少し苛ついた様子のカミヤだったが、後ろから聞こえた声に驚いて咄嗟に振り向く。
一瞬だけ見えたのは、誰かがエリアの口元を押えて眠らせている姿だった。
「!?エリちゃっ…!」
次の瞬間、後ろから抑え込まれたカミヤは同じように意識を失った。
◇ ◆ ◇
方向の感覚も失うような人混みの中、リュックはひたすらエリアの姿を探していた。
「エリアー!どこ行っちゃった!?」
声を掛けても返事の気配は無い。どうやら、探し回っているうちにも彼女は遠ざかってしまっていたようだった。
「んん…大丈夫かな…」
心配するような年齢でもないとはいえ、先程の様子を思い返すとどうにも落ち着かないリュック。ついうっかり人とぶつかって、帽子を落としたりでもしたらと悪い想像ばかりしてしまう。
「騒ぎになってないなら大丈夫だとは思うけど…」
そう呟きながら周囲を見回していると、後ろから誰かにぶつかられる感触がした。
「カミヤさーん!どこ行って…おぶっ!」
振り返ると、そこには青い髪の女性がリュックを見上げて立っていた。
「あわ…すみません。ちょっとよそ見をしていて」
「いや、こちらこそ。変なところで止まっててすいません」
しばらく、お互いに目があったまま様子を見合う。どうやら二人とも人探しをしているようだと気付いたリュックが、青髪の女性に話しかける。
「あの、もしかして人探しですか?」
「は、はい。あの、このくらいの背丈の、やけにカラフルな服を着た女の子って見ていませんか?髪は黒色なので目立つと思うんですが」
「うぅん、見てないですね。…あの、私も人探しをしていて。よければ、一緒に探しませんか?二人で協力した方が、早く見つかるかもしれないし」
そういうと、女性はお願いしますと首を縦に振った。
フェリスと名乗ったその女性とリュックは、お互いに探し人の容姿と名前の情報を共有した。
「うちのカミヤは後で事務所に戻るって言ってたんですが、まあ遅刻するだろうとは容易に想像がつきますので…。早めに捕まえて連れ戻さないと」
カミヤと言う名前に聞き覚えのあったリュックが聞いてみると、やはり探し人はユアンが言っていた人物であるということはすぐに分かった。
「そっか、ウルフセプトの人だったんですね」
「いやぁ、ユアンさんのお知り合いだったとは。私もあの人にはちょっと世話になりましてね…はは…」
なんだか苦笑いではあるが、共通の知人がいるという理由で少し互いの緊張も解れる。
年も近く見えるせいか、時々敬語が抜ける様子もありながらもよく協力して辺りを探し回っていた。
「いや、迷子多いな。さっきの子のお母さん探すのに手間取っちゃったね」
「ですね。ていうか、リュックさんは子供を引き寄せる体質でもあるんですか?」
「うん…やたら迷子の子に泣きつかれてるような気はする」
「肝心のエリアさんは見つからないですね。カミヤさんは…もしかして、もう事務所に戻ってるかな。でも、携帯まだ繋がらないしな」
「ほんと、どこ行っちゃったかな…。エリアもさすがに気が付いて私のこと探してるんじゃないかって思うんだけど。やっぱり携帯がないと―――携帯?」
「あっ」
しまった、というようにフェリスは両手で口を塞いだ。
「あっ―――!え、えと。じゃなくて、その…」
言い訳を考えるも、特に思い浮かばずリュックの目を見るフェリス。
「ちょ、ちょっとこっちに」
フェリスはリュックの手を引いて、人気の少ない路地まで彼女を連れて行った。
「あの、これ内緒にして欲しいんですけど。ウルフセプトの一部社員はユアンさんから借りてるんですよ、これ」
そう言ってフェリスが差し出したのは、リュックも見たことのある手のひらサイズの電子端末だった。
「…スマホだ」
「あ、やっぱり知ってますか?もしかしてリュックさんも持ってたり?」
「いや、今は持ってないけど…これ、ユアンが?」
「はい。経緯はよく知らないですけど、カミヤさんが最初に使い始めて。便利だからって、いつの間にか私たちの分まで用意してたんです」
何故内緒にして欲しいというのかはわからない。ただ、そんなものまで作っていたとなると、ユアンの組織―――セブレムがより一層異質な存在に思えた。
「何度か電話かけてるんですけどね。よくあるんですよ、目の前のものに夢中になって出ない事とか。今、もう一回掛けてみますけど」
そう言ってフェリスは再度の連絡を試みる。
着信音。
「―――え?」
路地の奥の方から、軽快な電子音とそのリズムに合わせた振動音が聞こえてくる。
目をやった先、誰も通らないような路地の暗がりに光るのは紛れもなく、フェリスが持つものと同じスマートフォンだった。
「―――勘弁、してよ」
その横に落ちていたのは、食べかけのエクレール。
誰のものかも定かではないそれは、リュックの得もいえぬ不安を加速させるには充分なものだった。