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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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4-07 十字架の記憶(1)




 十字架が、燃えていた。

 前時代的な光景。

 その中で、声も上げずに火に包まれる親の姿を見た。


 取り囲む民衆は、それでも尚、彼らの思う『恐ろしい魔女』に対する怨嗟の声を上げ続けた。


 一体どこの街で見た光景なのかは、最早憶えていない。

 ただ、いくら当時幼かった僕であっても、これだけは憶えている。


 母は、魔女では無かった。

 ましてや、誰かを呪うような、傷つけるような人では無かった。



 翌朝、父が妹の首を絞めているのを見た。

 妹がこと切れた後、今度はその縄を持って僕のほうへ近づいてきて。

 死にたくなかった僕は、家の中を逃げ回った後、偶然手元にあったナイフでその男を殺して、返り血で気持ち悪い手もそのままにして街の外へと逃げ出した。


 多分、心中するつもりだったんだと思う。

 僕はそれが許せなくて。

 いつか、すべてに復讐してやるのだと、深く心に誓ったままで、行く当てもなく雨雲の下を彷徨い続けていた。



 ―――大人になった今でも、その出来事は夢に見る。

 その度に。

 僕は、掌から血が出る程に拳を握り締めて、その痛みで目を覚ますことを繰り返していた。






◇ ◆ ◇






 のちに『アベル』と名乗って魔女教に与する前。

 現在から二年程過去には、男はセブレムの職員として至極真っ当な職務を全うしていた。




 セブレム敷地内の研究所、白を基調とした廊下。

 白衣やら作業服やらを着た職員たちが、忙しそうに辺りを歩いている、


「―――レヴァくん、おっはろ」

「なんですか、その挨拶は」


 当時、医療機器の開発も行っていたセブレムの中では、頻繁にマリーが姿を見せてはすれ違いざまに挨拶を交わしていた。

 困り顔で、レヴァは振り返りながら話す。

「君付けで呼ぶの、やめてくれって言ったでしょう」

「そっちのほうが、親近感湧くかなぁって。嫌だった?」

「嫌じゃ、ないですけどね。一応俺、年上なんで」

「そっかぁ。じゃあ、君付けはたまに使うだけにしておくね」

「たまに、じゃなくて」


 へへ、と笑いながらマリーは立ち去ろうとして、ふと振り返る。

「あ、そうだ。ギャレットくんが、聞きたいことがあるって言ってたよ。探してたから、西棟に行ったら声かけてあげてね」

「ああ」


 振り返り際にそう告げたマリーは、また背中を向けてぱたぱたと歩き去った。


「つかみどころがないな」

 首を掻きながらその後ろ姿を眺めていると、視界の外からさりげなく茶髪の男が通り過ぎていく。


「…」

 一瞬だけ目が合って、彼は会釈だけして去っていく。


 現所長の弟、ユアン・クラフェイロン。

 彼は彼で、何を考えているのか分からず、関わりにくい奴だなと、レヴァは困った様子でその姿を眺めた。




 その頃のセブレムが担っていたのは、各病院や施設に向けた医療機器の開発と、衛兵団や騎士団が使うための対影兵器の開発。

 加えて、バルベナとパリを中心とした街のインフラにまで手を出して、その組織は、各地の人々が健康で安全な生活を維持するために欠かせない存在にまでなろうとしていた。


 その中で、レヴァが深く関わるのが、影の獣を打ち倒すために必要な魔道兵器。

 物理的な攻撃ではなく、魔力で編まれた生物を粒子レベルで分解する光線を放つ、そんな武器の開発を手掛けていた。

 レヴァ・アレニウスの名は、その界隈では、影の獣に有効な光線の性質をいち早く見出した偉大な人物として知られている。


 中央バルべニア魔術素子研究機構―――そのセブレムの正式名称の通り、彼らは素粒子物理学を元にして『魔力』という不可解なエネルギーを調査する組織でもあった。




「―――放射線治療?話には聞いてたけど、もう開発が始まってるのか。どこの文献を見たんだ?」

「ロンドンの図書館に収蔵されてた文献が大本だ。著者不明。だが、確かめてみたら、適当なことを書いている訳では無かった」


 西棟、所長が仕事を行うための一室。

 当時の所長であった大柄な男性、ギャレット・クラフェイロンは、自身がリーダーとなって開発を進める一つの機器について、レヴァに意見を求めていた。


「なんだよ、それ。いわゆるオーパーツってやつか?俺達よりも技術で先に行く組織なんて、他にはない筈だろう」

 そう言いながら、レヴァは受け取ったその書物を眺める。


「…確かに、いい加減なことを書いているようには見えないが。これをもとに、本当に検査機の設計を進めてるのか」

「そうだ。まあ、それはもう進行している話だからいいとして」

 おいおい、とレヴァは溜息を吐く。


「これ、見た感じ。人体の透過は出来るにしても、体内のマナにかける影響とか、そういうのはまるで考慮していないように見えるぞ」

「そこなんだよな」

 ギャレットは腕を組んで、傍らのモニターに目を移した。


「検査機としての性能は担保できるとして、本当に人体に悪影響が無いのかを確かめるテストをどうやるかが問題だ。ラットでの前臨床試験は勿論やるが、今回やるのは薬じゃなく放射線治療。人に使用する前に、もっと慎重な試験を行いたい」

「それで、俺にどうしろと?」

「影の獣の研究をする中で、人体に微量に流れる魔力の性質についても研究していただろう。対影兵器が影の獣に効く理屈を知ってるお前なら、放射線が人間のそれにどう干渉するのかも分かるかと思ってな」

「いや、まあ…実験あるのみだと思うけどな」

「安全な実験方法のノウハウとか、あるだろ。対影兵器の時だって、影の獣に近い魔力を付与したダミーを作って試してたはずだ」


 レヴァは、ああ、と思い出したように声を漏らす。

「それのことか。確かに、あのダミーの使い方はうちのチームが一番知ってる」

「だろ。その辺、協力してやっていきたいんだが」


 彼は少し考えた後、わかったよ、と短く答えた。

「今作ってる新型武器の開発が終わったら、一旦手が空くはずだから。その後、少し予定を開けられるように話を付けておくよ」

「助かる」


 ギャレットは安心したような顔で拳を突き出す。

 今までポケットに手を突っ込んでいたレヴァは、仕方ないといったように片手を出して、そのまま彼と拳を突き合わせた。




◇ ◆ ◇




 また、別の日。

 彼らは、調査の一環で、街から少し離れた森林帯を訪れていた。


 魔鉱石で稼働する大型の荷車に幾らかの機材を乗せて、十数名の研究員と共に、揺れる車体の上から周囲を見回している。


「呪いの類は居なさそうだな」

 そう言いながら、速度を緩めた荷車の上で、レヴァは対影兵器のメンテナンスをしている。

「ああ、平和で助かる」

 そう呟くギャレットに対して、彼は「実戦で試したかったんだけどな、これ」と手元の武器に視線を落とした。


「悪いな。今回の目的はそれじゃないから、試すのはまた今度にしてくれ」

 止まった荷車から、ギャレットは足を降ろす。

 他の若い研究員たちも次々と地面に足を着いて、地質調査に使用するための機材を準備し始めていた。


「あの龍人も来るかと思ってたけど、今回は来ないんだな」

「エドのことか?」

「ああ」


 ギャレットは困ったように笑う。

「お前、エドが居ると露骨に嫌そうな顔するだろ」

「まあ、な。来なくてよかったと思ってる」

「あいつ、気にしてるぞ。何か気に障ることしちゃったかなぁ、って嘆いてた」

「…仕方ないだろ、どうにも気に入らないんだよ」


 つい数か月前、急な采配で衛兵団の重役に着いた男、エドワード・ガルグイユ。

 パリの騎士団から来た優秀な龍騎士だと話題になっていた彼に対して、レヴァは初対面からわかりやすく嫌悪感を示していた。


「正義とか、愛情とか、そういうの、俺の性に合わないからな。対局だよ、あの男は」

「でも、衛兵団の為に武器の整備はしてるだろ」

「あいつらのためじゃない。偶々、俺の趣味があいつらの都合のいい代物だっただけで」

 とことん否定的な考えを返すレヴァに、ギャレットは苦笑いをして探査機に視線を戻した。


「ギャレットさん。向こうの方角、魔鉱石の反応があります。サンプルが採れるかも」

 一人の女性研究員が、タブレットのような端末を見つめながら報告する。


「確かめよう。レヴァ、一応、その武器持って着いて来てくれ」

「ああ」

 端末の示す方向を確かめながら、彼らは慎重に足を進めた。




「―――ありませんね、魔鉱石」

「鉱石じゃなくて、小型の魔獣とかだったのかもしれない。反応は小さいから、捕獲できるかもしれないな」


 当然の様に答えるギャレットに、レヴァは苦い顔をした。

「捕獲?勘弁してくれよ、気持ち悪い」

「何言ってんだ、今までにも何度かやってるぞ。石なんかよりも、魔力持ちの生き物のほうがずっと研究対象としては優秀だからな」

「マジかよ、知らなかったぞ」

 顔を顰めながらも、彼は探査機の反応を目で追う。


「向こうの方角ですね」

 女性研究員が指差した先。

 よく目を凝らすと、何やら図体の大きい生物が、夢中になって何かを食べているような後姿が見えていた。


「…マズいな、隠れろ」

 ギャレットの指示に従って、一同は草の陰に隠れる。


「結構、大きくないか。大型の熊くらいはある」

「ああ、まさに熊だな。魔力が少ないから油断してたが、あの図体じゃ普通に猛獣として脅威になる」

「おい、お前。ちょっと見立てが甘すぎたんじゃないのか」

「すまん」

「…」

 呆れ切った様子で、レヴァはギャレットを睨みつけた。


「音を立てないように、ここを立ち去ろう。この距離なら気付かれない」

 また指示を出して後ろに下がるギャレットに合わせて、少しづつ背中を向けようとする。


「ギャレットさん。…ギャレットさん!」

 小声でありながらも、明らかに焦った様子で、女性研究員が彼の背中を叩いた。


「な、なんだ。どうした、どうした」

 普段は物静かな彼女が慌てる様子に、ギャレットもレヴァも何事かと猛獣のほうへ目を向ける。


「気の、せいじゃないですよね。あれ」

「あれ、って」

「あそこですよ、猛獣の足元!」

「足元…」

 目を凝らすと。

 草むらの影、何やら人影のように見える何かが、猛獣のほうへ力無く歩み寄っているのが目に入った。


「…な、おい、おい!子供がいる、なんであんなところに!」

「助けないと、早く!」

 ギャレットと女性研究員が立ち上がる音に反応したのか、猛獣は咄嗟に振返って彼らのほうを見た。

 その時、近くまで歩み寄ってきていた子供にも気が付いて、興奮気味に呼吸を荒げる。


「危ない!!」

 子供が、服の裾に喰いつかれて、思いきり振り飛ばされる。


「レヴァ、それ貸せ!」

「―――ちょ、おい、よせ!」

 ギャレットが武器を奪って、猛獣を撃つために起動した瞬間。

 増幅された魔力に反応したのか、猛獣は怒り狂って彼らのほうへと突進を始めた。


 信じられない速度で近づいてくる姿に、女性研究員が悲鳴を上げて蹲る。


「馬鹿、くそ、返せ、早く!」

 装填にもたついているギャレットを見かねて、レヴァは操縦部分を無理やり掴んで、緊急射撃用に準備された通常弾に切り替えて猛獣を狙撃した。

 前足を打たれた猛獣は、咆哮を上げながら地面に倒れ込む。


「ギャレットさん、行きましょう!」

 研究員と共に、ギャレットは地面に倒れた子供に駆け寄っていく。


「気が早ぇって、もうちょっとよく見てから走れよ!」

 まだ猛獣が動けることに気が付いていたレヴァは、今度は対影兵器としての本領である魔力装填を行ったうえで、起き上がろうとする猛獣の頭部を目掛けて光線を撃ち放った。

 駆け抜けるギャレットたちの真横で、猛獣の頭が弾ける。


 転びそうになりながら、ギャレットたちは気を失った子供のもとまで駆けつける。



「無事みたい、よかった。保護しましょう、ギャレットさん」

「ああ、そうだな。一旦、セブレムまで―――」


 その子供の姿を見て、何かに気が付いて彼は言葉を止めた。


 一瞬だけ、考え込むような仕草を見せて。


「連れて、戻ろう。セブレムの地下の、仮設診療所でいい」

 そう言いながら、彼は自分の着ていた上着で、少女の姿を覆い隠すようにしてから抱き上げた。


 彼女の髪に紛れる、獣の耳が誰にも見えないようにしながら。






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