4-06 望まれない帰還
フェリスとクロが落ち合うよりも少し前。
エドも同じようにセブレムの正門前に足を運んでいた。
「状況は」
「解散を呼びかけても駄目です。今にも暴動になりそうな勢いで」
彼からの問いに、一人の衛兵団員が答える。
そうしている間にも、一人二人と訴えを挙げる住民は集まってくる。
中には、ただ面白半分で様子を見に来る野次馬の姿もある。
「ユアンさんがもうじき来る、と伝えて大人しく待つように呼びかけていますが。肝心の本人と連絡がつかない。職員に聞いても、今確認中だとばかりで」
「僕からも安否確認で連絡は入れてるけど、こっちも無反応だ。それに、さっきから電波の調子も悪い」
衛兵団員は、騒ぎの原因となっている新聞紙を片手に眺める。
「本当、なんなんですかね、今朝のこの記事。書かれてるライターの名前も偽物、発行元の新聞社もこんな記事知らないの一点張り」
そこに書かれた小さな地図。
そこには、マリーと、極一部のセブレム職員しか知らない筈のレリアの家の場所が、正確に示されている。
『レリア、本当に、まだ何も起きてないんだね?』
『ええ。多少なりとも人除けの結界は張っているもの、そう簡単に侵入されたりしないわ』
声は発さず、念話でレリアの様子を確認する。
そうは言われても、魔術の腕がある人間であれば突破される可能性はある。
騒ぎの収束、関係者の名誉回復、レリアの身の安全の確保。
そのどれもに大きく関与するユアンと連携が取れないのは、大きな問題だった。
「あの、エドさん。今、各所から次々と連絡があって」
また別からやってきた衛兵団員が、困惑したように彼に報告を上げる。
「一つが。この街に、既に騎士団が来てます」
「…もう?早いな、リトが戻って来た?」
「いえ、龍騎士が居るという情報は無いんですけど。その…マリーさんの家に、押しかけていると。魔女匿いの容疑だそうです」
エドは思わず大きな声を上げる。
「はぁ!?聞いてない、僕らに何の連携も無しに動いてるのか!?」
「わかりません、情報が錯綜していて。ただ、ええと。私も困惑していますが、エドさんにこの話を伝えるなと、口止めされたとも聞いています。多分、意図的に、隊長に伝わらないように動いている」
憤った様子でエドは遠くを見る。
「いくつか、と言ったね?他にも報告が?」
「南西の街で、化け物が現れたと通報が。家屋を破壊して暴れている、魔女かもしれない、と住民から。幾らか衛兵団員は向かっていますが、本当に魔女なら、エドさんの助力が無いと彼らも危ない」
頭を押さえて、彼はまた振り返って南西の方角を見た。
「…意味が、わからない。報告はそれで終わり?」
「はい」
エドの目に、一瞬の迷いが見える。
『―――私と、天秤にかけてる?』
脳内に聞こえたその声で、エドは小さく肩を揺らした。
『私、もう、そんなに子供じゃないわ。自分の身は、自分で守る。それよりも、隊長としてやることがあるんでしょう』
「…」
彼は苦虫を噛んだような顔で、『ごめん』とだけ伝える。
「また、電波の状態が悪い。君たちは各員連携を取って、各所の暴動の対応を続けて。セブレム前の人員は四名追加で配置、武器の使用は禁止。各駐在所にも最低一名は隊員を残すように」
「南西の対応メンバーは?今、既に三名ほど様子見に向かわせていますが」
「僕が行く。今向かってる三人の装備は?」
「全員、ひとまず対影兵器を持たせています」
「本部から、四名追加で向かわせて。全員、救護用の装備で、戦闘準備はしなくていい。最速で準備して動くように。―――君達は、指示を出し終えたら情報収集だ。裏手からセブレムに入って、無理矢理にでもユアンの所在を確認しておいて。それと、騎士団の動向把握も」
「了解」
すぐさま、そこに居た二名の衛兵団員は走る。
一人は軍用バイクに乗り込み、一人はいつの間にか暴徒に破壊されたセブレム製の車両に驚きながら、その足で走り出した。
『何かあったら、すぐに言って。街の端から端でも、本気を出せば五秒で行ける』
『大丈夫よ、私、ちゃんと隠れてるから。いいから、早く―――』
途中で、何かに気が付いたようにレリアは言葉を止める。
「レリア!?」
思わず、エドは口に出す。
『―――大丈夫。誰かが来たと思ったけど、知り合いだったみたい』
そう話すレリアの前には、暗い紫色の髪をした、一人の魔女の姿があった。
◇ ◆ ◇
それから数時間後。
その足で走っていたフェリスとクロは、息を切らしながら街の南西部に辿り着いた。
「―――なに、これ」
崩れ落ちた家屋、抉られた地面。
その有様に、フェリスは口を開けたままで驚愕する。
その先では、無尽蔵に街の外から現れる影の獣と魔獣の群れを、エドが片端から撃退し続けていた。
手前では、他の衛兵団員が怪我人の救護に当たっている。
「フェリス」
「ノエルさん!」
声の聞こえる先には、頭に包帯を巻いたノエルの姿。
「大丈夫ですか、何があったんですか」
「私、私、止められなかった、あの子達、居なくなっちゃった」
駆け寄るや否や、堰を切ったように涙を流す彼女にフェリスは困惑する。
「みんな、大丈夫なんですか。妹さんは、マクスさんは?」
「僕達は大丈夫だ」
フェリスの問いかけに答えたのは、同じように体のあちこちに包帯を巻いたマクスだった。
「デボラもニナも、なんとか助かった」
マクスはエドが戦っている方角、つまりは街の外へ続く道へ視線を向ける。
その視線の意味がすぐには理解出来なくて、フェリスはまたノエルに視線を向けた。
「居なくなっちゃった、って、誰がですか。他に、ここに来てた人がいたんですか」
マクスが、一瞬の沈黙の後に口を開いた。
「リュックと、エリアの二人が。この惨劇の原因だと指をさされた。不本意に、この街を立ち去らせてしまった」
「…どういう、ことですか」
「エリアさんが、魔女だったんだ。今まで、あの大きな帽子で正体を隠していた」
他の住人が、口を挟むようにそう話す。
思わず唾を呑んだ後、なるべく冷静に、フェリスは問いを続けた。
「魔女だったから、何なんですか。それで、あの二人は、皆さんに何かしたんですか」
彼女達が悪さをする筈はない、という意味を込めた問い。
住人の男が口を開く前に、マクスが答える。
「怪我人の救助をしてくれていた。彼女達は最後まで僕達のために動いた。なのに、ただ魔女だからと言う理由で彼らが追い出した」
「おい、悪者は俺達かよ!」
「そうだろう、何が違う!」
フェリスの傍らで、ノエルが絞るように「もういいでしょう、やめましょうよ」と声を上げる。
「あいつらが原因でなきゃ、何故この街は襲われた!?思い返してみれば、あの龍人も魔女も、影の獣を庇うような動きをしていただろう!」
「それこそ証拠が無い、そう見えただけだろう!?」
その殺伐とした空気で、事態が想像よりもさらに深刻であることは、たった今来た彼女達にも容易に理解できた。
「…今、ここに押し寄せてきている魔獣の群れは一体?」
クロが、少し先で戦い続けているエドのほうを見る。
口論をしているマクスに変わって、妻のデボラが答える。
「わかりません。リュックさんとエリアさんが居なくなって、しばらくしてから集まり出したんです。丁度エドさんが来てくれたから、なんとかなっているんですけど」
そこに見えるのは、先日のワルプルギスの夜を思い出させるような獣の群れ。
音速で飛ぶカラスはおらずとも、とても普通の人間が捌き切れるような数ではない。
「さっきこの街を壊して回った化け物が呼んだんじゃないか、って誰かは言うけど」
もう何もわからない、というように彼女は視線を下げた。
◇ ◆ ◇
獣の群れを漸く掃討し終えたエドは、やつれた目で救護班に声を掛ける。
「こっちは片付いた。怪我人の確認は」
「おおよそ終わりです。あとはこの方たちを連れて市庁舎まで戻ります」
「わかった」
エドはそれだけ言って、挨拶も無しにその場を去ろうとする。
「エドさん!」
フェリスからの声で、彼は足を止めて振り向いた。
「―――ああ、フェリス。クロも来てたのか、無事でよかった。ここは危ないから、早く街の中央へ」
「あ。えっと、その」
彼を引き留めて、どうしたかったのかが自分でも分からずにフェリスは目を泳がす。
「わかってる。ここに居るはずのリュック達の姿がない。何かがあったのは察しているけど、今は闇雲に動いていられない」
「…」
「君達も今は街から出るな。魔獣や影の獣だけじゃない、もっと危険な何かが動いている気配がする」
そう言って歩き出そうとして、また足を止める。
「…待って、そうだ。クロ、君、最後にユアンを見たのはいつだ?」
急に声を掛けられて、クロは若干驚きながら「昨日の夕方です」と答える。
「用事があって、少し早く仕事抜けたんで。挨拶した時には、先輩は自分の研究室に居ました」
「入退室の記録は?その後に彼がいつ研究室を出たのか、見てない?」
「…システムがエラーを吐いてて、色々と見れなくなってるんです。入退室の記録も、監視カメラの映像も、どれも確認できなかった。管理を任せてる職員に聞いたら、修復できないレベルではないから色々試してみるって。ただ、もう少しかかりそうです」
「…」
エドは、目を細める。
「その日、誰かがセブレムに来ていた?顔に見覚えの無い人物」
「多分、来てないと思います。エドさんも知ってると思いますけど、生体認証が通らない限りどの施設にも入れなくなってる。システムが正常なら部外者はシャットアウト、その時からシステムダウンしてたなら、それはそれで入場不可な筈。誰かを例外的に登録するなら、ユアンさんの権限が必要です」
「…それ以外に、誰かがセブレム内部の情報を奪う方法は?」
「当然、ありません」
エドは険しい顔をして、考え込むように遠くを睨む。
少し間を開けて、先程まで一緒に戦っていた衛兵団員が武器を持ったままで近づいてくる。
「エドさん、行きましょう。さっきから対影兵器の調子も悪い、あまりここに長居はしたくない」
「武器の調子が?」
「ええ。徐々に、熱暴走を始めてる。このままだと、暴発して使用者を怪我させかねない」
「…今まで、そんなことは」
空から、突然に声が聞こえてくる。
『―――親愛なる、バルベナ市民の皆様。こんにちは、セブレム代表のレヴァ・アレニウスです』
「…は?」
クロが、抜けるような声を出しながら、視線を音の発信源へと向ける。
上空を飛ぶのは、モニターが搭載された無人の飛行船。
セブレムのロゴが描かれた船体に取り付けられたスピーカーからは、少し掠れた男の声が響き始めた。
『前代表のユアン・クラフェイロンは本日付で解任になりました。皆さんにはご不安な思いをさせて大変申し訳ない』
「何、言ってんだよ」
衛兵団員の数名が声を上げる。
「…レヴァ、って。あの、レヴァさんか?二年前の事故の後、セブレムは辞めた筈じゃ」
「なあ、あの人、対影兵器の生みの親だろう。なんで今になって」
モニターには、細身の男が座っているのが見える。
『過去の友人達の不始末には甚だ残念に思うばかりですが、―――それでも、僕はセブレムという組織には恩がある。せめて、広まってしまった不名誉を挽回するためにも、皆さんを安心させるために動きたい』
男の横に、髪の長い女性の姿が一瞬だけ映りこむ。
「…居場所は何処だ」
エドは龍の眼と角を輝かせながら飛行船を睨みつける。
『件の魔女を、捕らえて拘束しています。僕の横にいるのが、それだ。彼女を、皆さんの見ている中で殺して見せます』
「―――初めて聞いたな、アベルの本当の名前」
少し遠くの廃屋で、その声を聞いていたドニが呟く。
地面に転がるシリルを抱きかかえるダリアは、何も言わない。
「止めに行く必要はあるか?」
「…勝手にさせておけ。あの街に、もう我が気に掛けるものなど無い」
「はは。もう、全部、滅茶苦茶だな」
腹の底から湧き上がる不快感を吐き出すように息を吐いたニヴァリスは、その言葉に何一つ返すことなく、その場所から姿を消す。
残されたドニは、廃屋の窓から遠くに見える飛行船を仰ぎ見る。
「…あの野郎、狙ってやったなら笑えねぇな。ニヴァリスまで利用して、後でどうなっても知らねぇぞ」
目の前で、力なく座り込むダリアの姿を見て、彼は自棄になって笑った。




