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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
四章:厄災の芽
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4-03 瓦解




 また空には日が昇り、送別会の日は何事もなく訪れた。

 素朴な住宅が並ぶ郊外の地、リュックとエリアの二人が訪れた場所にはささやかな装飾が至る所にあしらわれているのが見える。


 少し先、一軒の邸宅の庭先で、リボンやら何やらが付いたドレスを着てめかしこんだ子供が、エリアの姿に気付いて跳ねるように喜ぶ姿が見えた。

「あ。あーーー!お医者のおねーちゃんだーーー!!」


 一瞬、何事かと驚くエリアだったが、その子供が誰なのかをすぐに思い出した彼女は、花が開くように笑った。

「…あれ、ニナちゃんだ!?」


 特にその子に見覚えの無いリュックは、「知り合い?」とエリアに問いかける。


「うん。パリの病院で会ったの。急に熱が出たから、様子を見て欲しいって、あの子のお母さんからお願いされて。そっか、この街の出身だったんだ」

「偶然の再会、ってことか」

「そう!」

 エリアは嬉しそうな顔をしながら、飛び込むように抱き着いてくるその子を受け止めて抱きかかえた。


「久しぶりだねぇ」

「うん!」

 子供の背後からは、先日もエリアと顔を合わせた男性が駆け寄って来る姿が見える。


「ああ、どうも、その。知り合いだったんですね?」

 眼鏡を掛けて花束を抱えたマクスは、意外そうな顔をしてエリアとその子供を交互に見た。


「はい、その、以前に。マクスさんとニナちゃんも、知り合い?」

「知り合いもなにも、親戚ですよ。この子の母親と、僕が兄妹なので」

「わあ」

 面白い巡り合わせもあるものだ、というようにエリアは口を開く。


 その隣では、いつの間にやら知り合いの増えているエリアの様子を、なんだか嬉しそうに眺めるリュックがいた。




 アウトドア用のテーブルが並べられた、ちょっとした公園ほどの広さのある庭先では、マクスやデボラの知り合いらしき人物が談笑に耽っている。


「久しぶり、二人共。来てくれてよかった」


 グラスを片手にそう声を掛けてくるのは、既に馴染み深い知り合いとなったノエルの姿。


「なんだか、ごめんなさい。こんな素敵な会にお邪魔しちゃって」

 エリアは若干申し訳なさそうにそう笑うが、ノエルは「そんなことない」とかぶりを振った。


「お祝いの品、妹が喜んでた。中々手に入らない香水なんでしょう?あれ」

「患者さんが一人、小売店で働いてるって聞いて。一つ、取り置いてもらってたんです」

「顔が広いのね」

 そう言われて、エリアは嬉しそうな顔をしながら謙遜した。


「いつもの二人は、今日は来てないんですか?」

 リュックがそう尋ねると、ノエルは首を縦に振る。


「ナナとフェリスなら、大事な用事があるって。私からも、来なくていいって伝えてたから」

 どうして、と聞くと、ノエルはばつが悪そうに笑う。

「表向きには、親戚だけで催すつもりの会だから、って言ってる。けど、その…」


 少し考えて、誤魔化すのを諦めたように小さく息を吐く。

「妹が、あの子達のことをちょっと苦手がってるのよ。あの子も大概お茶目で騒がしいタイプなんだけど―――それ以上に元気はつらつな年下が、グイグイ距離感を詰めてくるのが、どうにもやりづらいんだって」


 磁石の同じ極が引き合わないようなものだろうか、と何となく思い浮かべながら、リュックは小首を傾げた。




「カミヤちゃんの元気さには僕もよく圧倒されてたよ」


 近くで話を聞いていたマクスが、穏やかに会話に混ざる。


「知り合いだったんですか?」

 エリアがそう聞くと、ノエルが「知り合いも知り合い、何だったら恩人に当たる人よ、マクスは」と答えた。


「ウルフセプトの創設やら、店舗の規模拡大やら、ことあるごとに資金面で相談に乗って貰ってたの。この人が居なかったら、私達はこんなにうまく軌道に乗れてなかったわ」

「いや、僕はただ相談に乗っただけで。実際に資金援助をしてくれたのは、セブレムの彼だからね」

「表立ってユアンと交渉してくれたのはあなたでしょう。感謝してるわ」


 一瞬、どういうことかと考え込むリュックとエリアの二人。


 少し時間差で、話を飲み込んだリュックが聞き返す。

「ええと。ウルフセプトの創設の時って、セブレムが資金援助してくれてたってこと?で、そのやり取りを取り持ってたのが、マクス?」


 ノエルは軽く頷く。

「そう、そういうこと。丁度その頃、セブレムも色々苦しい時期だったんだけどね。ちょうどお互いがウィンウィンの関係になれるような提案を彼が考えてくれて」


 へえ、と二人は声を漏らす。


「ほら、あの時、セブレムって、街からの資金援助が打ち切られて、医療機器やら対影兵器やらの開発が完全にストップしちゃってただろう。でも、彼らは研究組織であって営利組織じゃないから、何かを売ってお金を得る準備もない。―――そうなった時に、僕のほうから、敢えてウルフセプトに投資することを勧めたんだ。これから伸びるよ、って」

 マクスがそう話すが、二人はちんぷんかんぷんと言った様子で目を合わせていた。


 そうだ、とノエルが慌てて補足する。

「あ、その、ざっくり言うと。二年前に、色々あってセブレムは資金難になったの。だから、ウルフセプトに投資して、商売ついでに研究資金を集めさせることにした、ってこと。私達もスタートアップに必要な予算が足りなかったから、投資して貰えてラッキー。大体、そういうこと」


 エリアは未だに口を半開きにしているものの、リュックは多少分かったのか、へぇ、と小さく頷いて見せていた。


「二年前に、色々…」

 そう言われて、エリアははっとする。


 マクスが何か気が付いたように、「あれ、君達はその頃まだバルベナにも居なかったんだっけ?」と申し訳なさそうに後ろ首を掻いた。



 エリアの頭の中では、色々な情報が少しずつ繋がっていく。


 二年前に発生した、セブレムでの『とある事故』。

 当時は健在だった、ユアンの兄。

 事故を境目に、街からの支援を失ったという出来事。


 セブレムの協力の元で診療を受けていた筈のレリアの、今の状況。

 とある誘拐犯が言っていた、『セブレムは魔女を匿っている』という噂。


 ―――地中海へと赴いたあの時にも、ユアンとレリアの間には何とも言えない距離感があると感じていたのを、彼女は今になって思い出していた。



 マクスは、当時のことを思い出すように、片手に持ったグラスを見つめる。

「当時はカミヤちゃんもギャレットと少し関わりがあったし、まあ色々縁があったんだよ。いずれギャレットの病状が改善したら、本人達に聞くと良いさ」


 少し面持ちを暗くしたエリアの様子を見て、マクスは「ごめん、色々と気を遣わせる話をしてしまった」と頭を下げた。






 後から近寄って来たデボラも交え、卓上の料理に手を伸ばしつつ歓談に耽っていた彼女達は、いつしか気を取り直して、送別会の和気藹々とした空気に馴染み始めていた。



 先程もエリアに飛びついていた女の子が、お皿に乗せたお菓子をエリアのもとへ持ってくる。


「ねえねえ、お医者のおねーちゃん。これ、食べていいよ。ほんとはね、子供だけ食べていい奴なんだけどね。私のやつ、半分だけあげる」

 耳打ちをするように、声を潜めて話す様子にエリアは面白そうに笑う。


「いいの?じゃあ、貰っちゃおうかな」

 彼女はそう優しく笑いながら、お皿の上に乗ったお菓子を見て、何かに気が付いたように目を見開いた。


「これ、すんごく高級なお菓子じゃない…?この間、パリの街でショーケースに並んでるやつを見かけた覚えがあるよ…?」

「そうだよ、すっごくレアなやつ。お母さんがね、パリに行ったときに、こっそり買ってたんだって。でも、いいの。おねーちゃんにあげたいの」


 ええ、とエリアは目を輝かせながら身を引く。


「だ、だだだ駄目だよ、そんな。自分で食べなよ、悪いよぉ」

「いいの。食べて。こないだのお礼なの!」

 口では遠慮するものの、彼女の視線はお皿の上に釘付けになっている。


 マクスが横から、「食べてあげてください、その方がこの子も喜ぶので」と囁く。


「駄目ですよ、貰えませんよ、えへ、えへへ、いただきまぁす」

 我慢しようと努力していたエリアだったが、目の前まで差し出されたその魅力的な食べ物の引力に負けて、流れるようにそのお菓子を口に運んだ。


 隣では、リュックが「我慢できなかったねぇ」と微笑ましい顔でエリアの横顔を眺めていた。






「―――皆さん、今日はありがとうございました。明日の朝、私達はこの街を出ます。しばらくは顔を合わせることも無くなりますが、またここに戻って来た時には、同じように快く迎え入れてもらえたなら幸せな限りです」


 マクスがそう挨拶をして、その日の送別会は幕を閉じることになった。


 彼の仕事仲間や、デボラの友人達が会場を後にしていく。

 中には、ごく近所に住んでいる人も居たらしく、斜向かいの家や何軒か隣の家に入っていくような姿も彼女達の目に入った。



 二人も同じように挨拶をして立ち去ろうとすると、またしても例の女の子がエリアの足元に纏わりつく。


「おねーちゃん、おねーちゃん!今日さ、私んち泊っていきなよ!明日のお見送りまで、一緒にいよう!」

「え、ええ?」


 驚いた様子のエリアを見て、マクスが「ニナ、お姉さんが困ってるだろう」と声を掛ける。


「でも、でも!お話したいこといっぱいあるの、こないだの手品もまた見たいの!」

「う、うーん。でも、お家の人にも悪いから、また今度かなぁ。明日のお仕事もあるし」

 そう苦笑いするエリアを見て、女の子はまだ食い下がる。


「さっきのお菓子、実はまだ一箱まるまる残ってるよ!」

「…」


 エリアの視線が無意識に女の子の母親のほうへ向く。


 若干の沈黙の後、母親は吹き出しそうになるのを抑えてゆっくり口を開いた。

「…もしよければ食べていきますか~?泊ってもいいですよ?」

「ちょっとマリー先生に連絡入れてきますね!」


 彼女は清々しい笑顔を浮かべて、以前貰った携帯を取り出しつつ席を外す。


 自身の欲求に忠実なエリアの決断を見届けながら、リュックは「いい笑顔だ」とだけ呟いて、一緒に一泊することを決めた。




◇ ◆ ◇




「エリアさん、大人気だったね」


 泊まらせてもらうことにしたその家には、マクスとデボラの夫妻、そしてノエルの姿もあった。

 先程の少女の母は、マクスの妹。つまりは、その家はマクスの実家でもある。


「思ったよりも知ってる人が沢山いて、驚きました」

 エリアはそう言って恥ずかしそうに笑う。

 送別会には、マリーと二人で在宅診療を行っていた患者が何人も参加していた。


 気の良い雰囲気の老人、病弱気味で薬の処方を受けている青年。

 通りすがりに、転んだ怪我の応急処置をしてあげた少年。


 時にはその身内とも顔見知りになっていた彼女は、会の最中に度々声を掛けられては、謝辞を述べられていた。


「街のお医者さんだね」


 随分と彼女に懐いた少女からそう言われると、エリアは嬉しそうに髪を触りながら「えへ」と声を漏らした。



 少し面白そうに、ノエルがリュックのほうを横目に見る。

「リュックも大人気だったわね、子供に」

「あ、あはは」


 送別会が終わった後で辺りの子供から一斉に駆け寄られたリュックは、せがまれるままに子供を肩車して走り回ったり、両手を繋いでぐるぐると振り回したりとスリルのある遊びに付き合わされていた。


「あれ、きっとエドが普段ああやって子供と関わってるんですよね」

「そう、そう。あの人、手が空いた時は子供たちを集めて一緒に遊んでるから。子供たちは多分、衛兵団の龍人さんはそうやって遊んでくれるものだって思い込んでるんでしょうね」

 なんとなく、エドが子供たちと遊ぶ姿は容易に想像できたリュックは、口角を上げる。


 ノエルから「悪い気はしないでしょう?」と聞かれた彼女は、穏やかな表情のままで小さく頷いて見せた。




「なんていうか、最近物騒だったし、衛兵団も余裕が無さそうだったから、妹たちを置いてここを離れるのは少し心配だったけど。君たちを見てたら、なんだか大丈夫な気がしてきたよ」

 マクスの言葉に、リュックが「それはよかった」と返す。


「明日も、ちょっとだけお見送り会するからね。一緒にやろうね」


 少女がそう言うと、エリアは「勿論」と笑って微笑み返した。




◇ ◆ ◇





 翌朝。


 街の中心部とは違って、喧騒も無い静かな朝。

 エリアよりも少し早く起きたリュックは、外の空気を吸いに、一人で家の扉を開けた。




 舗装されていない、車が擦れ違える程度の広さの通りに出る。

 二階建てや平屋の家々の隙間から見える木々から、心地よい鳥の囀りが聞こえる。


 ふと、アゼリアの街で過ごした、エリアの家での時間を思い出す。


 それなりに早い時間の筈ではあるが、すでに近隣の人々は表に出て、なにやら立ち話をしている姿が目に入った。




「おはようございます」

 彼女が声を掛けると、そこにいた数人の住人達も「ああ、おはようございます」とそっけない返事を返す。


 なにやら穏やかではないその表情が気になって、リュックは彼らが手に持っている新聞らしきものに視線を落とした。


「何かあったんですか?」

「うん?いや、まあ。ちょっと、気になるというか、真偽を疑うようなニュースが報じられていてね」


 なんのことか、と彼女は新聞の文字を流し読む。

 そこに見えたのは、『CBRM』、つまりはセブレムを意味する四文字。


「リュックさん、あんた、セブレムの所長さんと知り合いとか言ってませんでしたかね」

「え?はい、そうですね。ユアンとは知り合いと言うか、よく助けて貰っていたというか」

「そう、ですか。仲はよかったので?」

「うーん…気難しい人ではあるけど、嫌われてはいなかったと思うなぁ」


 住人達は顔を合わせて、どうしたものか、と目くばせをする。


「いや、まあ。誤報かもしれませんが。こんな知らせが届いてましてね」

 そう言いながら、彼らはおずおずと新聞の一部を指差して見せた。




『セブレムの魔女隠匿疑惑は真実だった』




 ずしり、と心臓が痛く、重く跳ねる感覚がする。


「驚きますよねぇ。みんな疑ってはいましたが、いざそんなことを言われるとどうにも信じがたい」

「…」


 黙り込んで、リュックはその新聞の続きを読む。


 情報元が何処なのかは、どこにも書かれていない。

 その話をどれだけの人が信じるのかは、彼女には予想も出来ない。


 先に一通り読んでいた住人は、困ったようにまた別の箇所を指差す。

「見てくださいよ、これ。街の郊外に、魔女の家がある、とまで書いてあるんですよ。ご丁寧に、その具体的な場所まで、地図付きで」



 レリアの家の位置だった。



『―――そういえば、エドは今日、何でここに来てたの?』

『ん、レリアの送り迎えだよ。そろそろ、自分の家に帰りたいって言うから』



 彼女達がパリの街へ向かう前にした、エドとの会話。

 レリアは今、新聞に示されたその家に居る。


 途端に冷や汗が身体中に流れて、彼女は必死で平静を装いながら、辺りを見回した。


 まだ何も聞いていないエリアが、欠伸をしながら外に出てくる。




 得も言えぬ不安が、リュックの心に重圧を掛ける。

 この目の前の光景が、今にも壊れてしまうような、そんな感覚。




 エリアは、手を振りながらリュックのほうへと歩み寄ってくる。


「おねーちゃん!おはよう!」


 昨日の少女も外に出てきて、嬉しそうにエリアの後を追う。



 エリアは振り向いて、少女を受け止めようとして腰を降ろして、両腕を開いた。




 その向こうで。


 彼女の家は、突然巻き起こった衝撃で吹き飛ばされて。


 二階部分は粉々にされ、衝撃波は、向かいの家も同じように突き破って通り過ぎた。




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