2-05 海渡りの魔術師
時は少し戻り、日が落ち切って間もない頃。
クロとフェリスの二人は、方向感覚を失うような薄暗い林の中で、研究車両で辺りを走り回っていた。
時々車から降りては、既に通った道に印をつけたり、周囲の様子を見回して人がいた形跡が無いか確かめたりしている。
そんなことを繰り返しているうちに、フェリスは疲れ切って肩を落としていた。
「ねえ、もう日も落ちてきたし、一旦休もうよ。クロだってずっと運転してて疲れたでしょ?」
「そういう訳にもいかねぇよ。この車が発信機、電波の基地局になってるんだ。こっちから動いて探してやらないと、先輩もカミヤちゃんも手の打ちようがない」
「それはそうだけどさぁ」
先程から、クロは研究車両から、ユアンやカミヤの持つ端末に対して通話用の電波を送信し続けながら車を走らせていた。
彼曰く、半径二、三キロ圏内にまで近付くことが出来れば、彼らとの通信ができるようになるとのこと。
それ故、彼はずっと外向きの渦を巻くように車を走らせ、転移させられたポイントから少しずつ外側へ向けて探索範囲を広げるように動いていた。
車の外、また辺りの木に印となる紐を巻きつけながら、彼はフェリスに声を掛ける。
「お前はもう車の中で休んでろ。別に、無理して付き合ってくれなくていいから」
「それは、嫌。あんたにだけ働かせてのんびり寝てられるわけないでしょ」
フェリスは辺りを目を凝らして見回しながら、当然の様にそう答えた。
反論の多いフェリスに、クロは困ったように溜息をつく。
「ほんとにしんどかったら、言ってくれよ。俺はこういう長時間の活動に慣れてるから、感覚が狂ってるんだよ」
「ん、私も同じ」
真顔でそう返されて、彼は少し面白そうに鼻で笑った。
「…そうかよ。お互い、ワーカーホリックの仕事仲間がいると大変だな」
「ほんとにね。あの人たち、夜中でも平気で辺りを走り回ってそうだし」
新しい冒険に目を輝かせるカミヤと、新種の動植物に興奮するユアンの様子を思い浮かべて、二人は面白そうに笑った。
「…つうかさ。言うかどうか、迷ってたんだけど」
「ん、何?」
少し言いづらそうに目を逸らしながら、クロはフェリスの姿をちらちらと見る。
「別に海に入るわけでもないんだし、もう着替えてもいいんじゃないか?」
未だに水着のまま着替えていなかったフェリスは、そう指摘されて漸く、自分が腹部や腕脚を見せた姿であることを自覚したようだった。
「…!」
はっと自分の姿を見て、その後にクロのほうを赤い顔で睨みつける。
「な、何!?別に、着替えなきゃいけない訳でもなし、敢えて指摘する必要はなくない!?どういう意図なの、見ないで変態!」
「お前ッ…馬鹿が!そろそろ気温も下がって来たし、冷えるだろうと思って聞いたんだよ!気付かないうちに風邪ひかれても困るだろ!」
フェリスの数倍は焦って、クロは顔を真っ赤にして暴言を吐く。
彼なりの気遣いだったことに対しては何も言い返せなかったようで、フェリスは口をぱくぱくとさせた後に黙り込んだ。
「…じゃあ、この際、今から着替えてくるから。しばらく車の外に居てよね、許可なしに入ってきたら殺すからね」
「入らねぇよ、誰がんなことするか」
クロがそう吐き捨てると、フェリスは思いっきり自分の左目の下瞼を引っ張って、彼に向かって舌を見せてから車の後部ドアへ姿を消した。
しばらく星を眺めていたクロは、ふと視線を落とした先に、何か光るものが落ちているのを見つけた。
「…なんだ、あれ」
なんとなく近寄って拾い上げてみると、それは淡い光を放つ水晶体。
彼らが普段目にする魔鉱石の中でも、かなり魔力の含有量が多い、希少なものが石ころのように落ちていたのだった。
彼は、まじかよ、と声を漏らしてそれを持ちあげる。
「これ、先輩に見せたら大分喜ぶぞ。一つ見つけたってことは、この辺りに鉱脈があってもおかしくない」
他には落ちていないかと、更に辺りを見回すクロ。
「すげえ、よく見たら結構落ちてんな」
車が丁度一台通れるような道の先、目を凝らすと星空と同じように地面が光っているように見える。
彼は興奮気味に、研究車両の後方側、今まで通って来た道にも視線を向けた。
「なんで気が付かなかったんだ、拾っとけばよかった。これがあれば、車の燃料にだって困らな―――い?」
そこから、少し上に視線を向ける。
気のせいか、そこに見える空には、紫やら緑やら、星とは思えないような色の光が浮かんでいるように見えた。
更に目を凝らす。
その星々は、呼吸をするように僅かに上下に動いて、動物の呼吸のような、ぐるぐるとした音を鳴らしている。
「あー…」
目が慣れてきて、彼はようやく気が付く。
空を覆うような、巨大な生物。
大木に足を掛けて留まっているそれは、翼を大きく広げた飛竜の姿をしていた。
飛竜は、翼に散りばめられた魔鉱石を仄かに光らせながら、クロの姿を真っ直ぐに見つめている。
『俺、死んだかなぁ』
そう心の中で呟きながら、彼は後ずさりをするように車の運転席のドアに手を掛けた。
飛竜が息を吸い込む。
クロは動きを止める。
その駆け引きも敢え無く、飛竜は凄まじい音圧で彼を威嚇する咆哮を放った。
『キィィィィィィァァァァァ!!!』
金属を打ち鳴らしたようなその声に必死で耳を塞ぎながら、クロは運転席に飛び乗った。
「―――何、何!?今の音、何が…ぎゃぁぁ!!ちょっと、まだ良いって言ってない!着替え終わったって言ってない!馬鹿!死ね!」
後ろから別の叫び声も聞こえるが、クロは運転席と車の進行方向以外を見る余裕などない。
「うるっせぇ馬鹿、死にかけてんだよ!車出すぞ掴まってろ!」
「は!?何、急に―――うぎゃぁぁ!」
クロが乗ってきてから数秒で突然急発進した勢いに耐えられず、フェリスがどこかに突っ込む音が聞こえる。
それと同時に、車の後方、先程まで自分たちがいた位置で、爆発音かと思うような打撃音が振動と共に響いてきていた。
「あっぶねぇ!あのバケモン、一体何してきやがった!」
「止めて!一回止めて!ねえ、お願い止めてください!」
フェリスの懇願が聞こえてくるが、車を止めるわけにはいかずクロは声だけで返事をする。
「大丈夫か、フェリス!怪我したか!?」
「怪我はしてないけど!今とっても大変なことになってるの、お願い車を止めて!」
「すまん、怪我じゃないなら耐えてくれ!車を止めたら俺たちは死ぬ!」
「何が起きてるのさぁ!」
「ドラゴンに追われてんだよ!」
双方が必死で声を上げている最中にも、後方からは先ほどと同じような鳴き声や、車を上から叩きつける音が何度も鳴り響いた。
「クソ、こんなの数分も持たねぇぞ!」
「私もなんだけど!」
「うるせぇ黙ってろ!」
アクセルを踏むにつれて暴言まで加速し始めたクロだったが、なんとか車のコントロールは失わないままで、ただ通れそうな道を最高速度で走り続ける。
「頼む、さっきの道に繋がってくれ…!」
車が通れる道が失われてしまわないことを願いながら、クロはなんとか過去に通ったルートへ復帰しようと道を探す。
気がついたら目の前が崖だった、車が通れない悪路だった、という最悪の事態を防ぐことに必死で、彼はもう他のメンバーを探す事など出来なかった。
◇ ◆ ◇
「…洞窟の中?」
リュックとエリアが送り込まれた先は、殆ど周りが見えないような暗い洞窟の中だった。
「ちょっと、意地悪が過ぎないかな」
不服そうにエリアと手を繋いだままで辺りを見回す。
リュックの龍の目は多少であれば暗視は出来るが、エリアは殆ど何も見えていないようで、頼りなさそうに体を寄せてじっとしていた。
「火をつける魔術とか、どうにか使わないと進めないね」
リュックがそう呟くと、エリアは「魔道具がないと難しいよ」と返す。
「これとか、代わりに」と、リュックは近くにあった硝子のような水晶を持ち上げて、何かを呟いた。
「へ?」
水晶の中に、光が灯る。
ちょっとした灯篭よりもよほど輝くそれによって、洞窟は少し離れた壁面まではっきりと見える程に照らされた。
「…できちゃった」
「何で…?」
何故か水晶の中に発光体を生成することに成功したリュックは、自分でも驚いたようにエリアと目を合わせる。
魔導書も何もなしに詠唱を行ったことに対して、エリアは意味が分からないと言った様子で目を丸くしていた。
「どこかで、教えてもらったの?光源を作る魔術とか、そういうの」
「いや、全く。これも、エフタの影響なのかな」
洞窟内を歩きながら、リュックは自分の手のひらを見つめながらそう返事をした。
その魔術に助けられたとはいえ、やはりエフタの影響がリュックに現れていることについては不服なようで、エリアは口を尖らせる。
「記憶の共有は出来ない、とか、言ってた気がするけど。話が違うね。あの人、勝手にリュックの記憶を書き換えてたりしないよね?」
「うーん…どうだろうね。そもそも、私、昔の記憶は無いしね」
「…」
その返事も何かが嫌だったようで、エリアは黙って洞窟の先に視線を戻す。
少し気まずい雰囲気で足を進める最中、リュックは心の中で、あまり彼女の前で『彼』の片鱗は見せないように気をつけよう、と決めた。
暫く歩いても、外に繋がりそうな道は見えてこない。
ただ、周囲にはちらほらと魔鉱石らしきものが落ちていたり、壁に埋まっていたりするのが見え始めていた。
「ひゃあ!」
突然飛んできた蝙蝠に、エリアは驚いて身を縮める。
「なんか、雰囲気代わって来たね」
さりげなくエリアを庇いながら、リュックは辺りの景色を眺める。
魔鉱石が散りばめられた壁面は、色のついた星空のように綺麗に光を反射した。
「…ん。あっちのほう、少し明るくない?」
リュックが指差した先、曲がり角の先から自然光のような明かりが差し込んでいるのが小さく見える。
「ほんとだ!外かな」
嬉しそうに二人は目を合わせて、少し早足になりながら光の指す方へと足を進めた。
「…わあ」
二人が足を踏み込んだ、とある空間。
そこには、今までに見た手のひらサイズのそれよりも遥かに巨大な、建物一つほどの大きさの魔鉱石の塊が鎮座していた。
硝子のように透き通ったそれは、中心部から光を放って空間全体を明るく照らす。
周囲にも、子供ほどの大きさのある魔鉱石の塊がそこら中に転がり、壁からも氷柱のように鉱石が露出していた。
言葉すらも出ず、エリアは口をぱくぱくさせながらそれを見上げる。
その空間に満ちる強い魔力は、リュックの肌をぴりつかせ、彼女の龍の双角を紅く輝かせた。
「なにこれ、私こんなの知らなかったわ」
突然後ろから聞こえた声に、リュックとエリアは驚いて振り向く。
「セシリア?居たの?」
そう声を掛けられて、セシリアは「あ」と声を漏らして目を泳がせた。
「…いや、ね。私だけ向こうで待ってても暇だな、って思って。折角だから後をつけてたのだけど―――こんなところ、前に私が来た時には気が付かなかったから。思わず声が出ちゃって」
セシリアはばつが悪そうに頬を掻く。
「ああ、そう。…で、何で私達を洞窟の中に放り出したわけ?意地悪?」
「ち、違うわよ。ただちょっと、簡単に合流されるのも面白くないと思ったから。多少は苦労してもらおうと思って」
「それを世間では意地悪と言うと思うんだけど」
「…悪かったわよ」
リュックに睨まれて、セシリアは仕方なく謝って見せる。
彼女は直ぐに顔を上げると、そんなことより、と目の前にある巨大な塊のほうへと足を踏み出した。
「これ、とんでもない魔力の塊よ。魔獣の一匹や二匹…下手をすれば、龍種の保有量を超えるような、膨大な魔力」
「龍種?」
「そうよ、龍人じゃなくて本物の龍。街ひとつを焼き尽くせるような生き物よりも、こっちのほうが魔力を持ってるって言ってるの」
「そんなに…」
セシリアのその言葉に、二人はまた口を開けて魔鉱石の塊を見上げる。
「―――ていうか、私、初めて聞いたよ。龍人じゃなくて、本物のドラゴンがいるだなんて」
リュックがそう言うと、セシリアは呆れたように彼女の目を見た。
「あなた、本気?龍種は、かつては龍神の使い魔だったのよ。あなた達だって、祖先は龍神の信徒だった筈でしょう。自分で分かってないだなんて、神様が悲しむわ」
「…初耳」
リュックが目を丸くしているのを見て、セシリアは猶更呆れて溜息をついた。
そういえば、レテが『獣の神』と『龍の神』の話をしていたなぁ、と思い出しながら、リュックはぼんやりと魔鉱石を見上げる。
「ここにある魔鉱石も、ドラゴンが集めたコレクションだったりしてね」
エリアの言葉に、セシリアは確かに、と笑った。
「あり得そうね」
「…」
少し間を置いて、セシリアの笑顔が少し歪む。
「セシリア?」
「…いや、まさかね」
そう言いつつも、彼女の額には冷や汗が落ちた。
「自然現象よ、自然現象。きっと、この地下か何かに魔力を生み出す巨大な鉱脈があるんだわ」
そうは言うものの、よく見ると、辺りに転がっている魔鉱石はやけに綺麗に磨かれているものや、既に魔力を吸いだされた後のように輝きを失ったものも目に入る。
「この辺りの蝙蝠は、随分と活きが良いのね。魔鉱石から力を吸うなんて。ほら見て、こんなに大きな羽根が落ちてるわ」
「…蝙蝠って、羽根を落としたりしなくない?」
リュックの突っ込みに、セシリアは拾い上げたそれをまじまじと見る。
それは、羽根でさえなく、どう見ても大型生物の鱗だった。
「「「…」」」
セシリアの顔には露骨に焦りが浮かぶ。
「…ちょっと私、用事を思い出したの。悪いけど、二人はもう少しそこら辺を探索してて」
「待って、一人でどこかに行く気!?」
「べ、別に何かマズいことがあるわけじゃないから!いいからあなたたちは此処で待ってて、いいわね!それじゃあね!」
「ちょっと―――!」
リュックの言葉を待たずに、セシリアは魔法のゲートで何処かへと姿を消してしまう。
取り残された二人は、改まってお互いの顔を見た後、じわじわと焦りの表情を浮かべ始めた。
「「みんなが危ない!」」
「どどど、どうしよう!助けに行かなきゃ!」
慌てるエリアを落ち着かせながら、リュックもどうしたらいいかと思考を巡らせる。
ふと、もう一度上を見上げたところで、彼女はようやく大事なことに気が付いた。
天井に見える、星空のような煌めき。
それは、天井に散りばめられた魔鉱石の輝きではなく、まごうことなき本物の空、星々の輝きであること。
それこそ、ドラゴンが通過できるほどの大きな空洞が、空に向かって出来上がっていた。
「エリア、上から出られる!」
「ほんとに!?」
エリアも足を止めて空を見上げる。
「―――やろう、あの時の『アレ』!」
「アレって…あ、あれのこと!?」
「そう!あれ!」
そう言って、リュックはエリアの身体をお姫様のように抱きかかえる。
「行くよ!」
「わ、わ、はいっ!!」
風圧に備えて、エリアは息を止めて頬を膨らませた。
「せーのっ!」
掛け声とともに、リュックは地面を強く蹴り飛ばして、エリアと共に星空に向かって跳躍する。
洞窟を飛び出して、更に上空へ。
今度は、バランスを崩して身体が逆さまになることもなく。
少し二人の身体が落下を始めたタイミングで、エリアは腕を前に出して、その身体に掛かる重力の向きを変えた。
「グライダァーーーっ!!」
心なしか楽しそうな顔をしながら。
二人はお互いの身体を抱きしめたまま、仲間が待つ場所を探して、勢いよく夜空を滑り落ちていった。
◇ ◆ ◇
ゆっくりと話に耽っていた、カミヤ一行。
彼女達は、ミリヤから、彼女が普段名乗っている名前や、セシリアとの馴れ初めについて詳しく聞き取っていた。
ユアンは、途中まで聞いた話に驚いた様子でミリヤの顔を見る。
「…ロンドン出身の魔術師、ね。よく、こっちの言葉を覚えたもんだ」
「もともと勉強してたんだよ。魔女に会ってみたくて」
ミリヤ―――もとい、普段はローザと名乗っている彼女は、元々はブリテンの魔術協会に所属する一流の魔術師であった。
「まあ、色々あって、私が参っちゃってた時にね、セリ…セシリアが、助けてくれたんだ。私、命を狙われる身だったから。もう国外逃亡しかないって、逃げてきた先がフランスの田舎町。それからも潜む場所を変えて、最終的にはあの地中海の沿岸で落ち着いたってわけ。あの子が転移魔法を使えなかったら、今頃私は冥界行きだったよ」
「命を狙われるって、一体何があったのさ…」
流石のカミヤも驚いた様子で、ローザが笑って話すその顔を覗き込んだ。
「私が、父さんから引き継いで研究してた変身魔術。これが、教会から禁忌指定されちゃったんだ」
「変身って、今やってるやつ?」
「そう。これこれ」
ローザはそう言って、カミヤの姿をした自分を指差す。
「これ、幻術とかそういう類じゃなくてね。本当に、身体を作り変えてるんだ」
「「…は?」」
そう声を上げたのは、ユアンとレリアの二人だった。
そのままの顔で、レリアが口を挟む。
「作り変えてるって…つまり今のあなたは、変身する前のあなたの形を完全に失ってるって事?」
「そう。一時的な変身じゃないから、元に戻れって言われても簡単には戻れないんだよ。粘土細工と一緒で、一度作り変えたらもうそのまま」
「…正気の沙汰じゃないわ」
変態を見るような目で、レリアはローザを睨む。
「私さ。今まで何回も変身を繰り返してたから、元々の自分の顔、忘れちゃったんだ。だから、もう元には戻れないの」
そう言ってローザは笑うが、他の面々は笑うに笑えなかった。
「…なんで、変身魔術の研究を?」
そう聞いたのはユアンだった。
「ん。今は自分の身元を隠すために使ってるけど、もともとは医療目的で研究してたの。この変身魔術って、欠損した腕や脚を再生したり、癌みたいな疾患を直すためにも使えるから」
「…健康な人間に変身すれば、病気も治るってことか」
「脳以外はね」
ローザは、自分の手を開いたり閉じたりしながら、じっとそれを見つめている。
「肉体への過度な干渉。それが、魔術協会のルールに引っかかって、研究内容を破棄するように命令されたんだ。でも、私は従わなかった。お父さんが生涯をかけて続けた研究の成果だったから。―――ズルいよね、何十年も前から続けてた研究だったのに、つい数年前に出来たルールのせいで公開と同時に使用禁止なんて」
医療目的での研究が実ることなく眠っている。
それに何か思うところがあったのか、ユアンとレリアは暗い顔をして視線を下げた。
「―――んにゃ、ごめん。ちょっと暗い話だったね。ま、私は今セリと一緒に楽しく暮らしてるから、過去の事なんて気にしてないよ」
「セシリアは、悪い奴じゃないのか?」
「心配性で怒りっぽい所はあるけど、いい人だよ。私の事、大事に見守ってくれてるってわかるから、つい甘えちゃったりしてる」
ローザがそう言うと、カミヤが「先生と似てるね」と茶々を入れた。
ユアンは「やかましい」とカミヤの額を小突く。
「ま、事情はわかった。じゃあ、要するに。その魔女は、大事なお前に近付こうとする輩が居たから、懲らしめてやろうって魂胆で俺達をここに送り飛ばしたんだな」
「うん、多分そう。あと、また勝手に変身して、無防備に遊びに交じってた私にもキレてると思う」
「やっぱお前カミヤに似てるわ…」
カミヤとローザが「へへ」と笑うと、ユアンは「褒めてねぇから」と二人を少し睨んだ。
暫く話した後、もう今日は休もう、と寝床になる場所を探し始める。
レリアが「あまり清潔ではないけど」と言って指を振ると、そこには葉や蔦が張り巡らされて、瞬く間に簡易的なテントを作り上げた。
カミヤが中を覗くと、中には横に寝られそうなほどの大きさの葉が何枚も折り重なっている。
「うわ、すごい。葉っぱのコットだ。コッパだ」
「なんて?」
相変わらず思い付きで言葉を生み出すカミヤに、ユアンは困惑する。
「レリちゃん凄いぃ~」とカミヤとローザの二人がかりで撫でられ褒めちぎられ、レリアは逃げるようにリーフテントの中に逃げ込んだ。
レリアを愛でて満足げな顔をしていたカミヤは、ふと遠くから聞こえた何かに気付く。
「ん。先生、なんか聞こえない?」
「そうか?」
カミヤが耳を澄ますのを真似るように、ユアンも遠くに意識を向けた。
遠方から、金属同士をぶつけて打ち鳴らすような、甲高い音が遠くから響いてくるのが僅かに聞こえる。
続けざまに、カミヤの携帯が突然着信音を鳴らした。
「うわびっくりした!なんじゃ!?」
着信できるということは、電波を中継できる基地局が近くにあるということ。
ユアンは慌てて立ち上がって、辺りを見回した。
「―――研究車両が近づいて来てる!?」
彼はまた、車のエンジン音が聞こえないかと耳を澄ます。
ほんの僅かに聞こえた音は、次第に近くなって正体をはっきりと現した。
「―――こっち来たよ、先生!」
カミヤ達がいる場所から少し逸れた位置を、研究車両がとんでもない速度で通り過ぎていく。
「あれぇ!?クローーー!!私たち居るよ、ここーーー!!」
カミヤが遠ざかる研究車両に手を振った矢先、彼女の後ろから、巨大な何かが勢いよく空中を通り過ぎて暴風を巻き起こした。
「なんじゃーーー!?」
巻き起こされた風圧は、近くにいた彼女達を吹き飛ばす勢いで転倒させる。
「―――でっかい鳥!?」
ローザがそう叫ぶと、ユアンが横から「違う!龍種だ!追われてる!」と声を張り上げた。
「始めて見たーーー!!」
慌てる彼らの中で、只一人。
カミヤだけは、顔を紅潮させ、目を輝かせてそのドラゴンを見つめていた。