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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
一章:出会いと旅の始まり
21/85

1-18 夜灯に溶ける




 かくして開かれたカミヤの裁縫教室だったが、想定外に裁縫スキルの高かったリュックの手際によって、それは日が落ちるまでの間に幕を閉じた。




「―――いや、本当に一日で終わるとは正直思わんかったていうか、もうちょっと頼って欲しかったというか…りゅーちゃん凄いね?」

 カミヤにそう言われているリュック自身、自分がどうやら裁縫が得意らしい事実に驚いていた。

「いや、いや。カミヤが教えるのが上手だったからだと、思うよ」

「時々、教わるより先に手が動いていただろうに」

 レテからそう言われて、そうだっけ、と後ろ首を掻くリュック。


 手縫いの方法はおろか、カミヤが所持していたミシンの使い方までリュックはいとも容易く会得して見せていた。

 カミヤから幾ら教わっても針に糸を通す事すらままならなかったレテは、リュックの様子を見て途中で細かい作業を諦めて、横から簡単な手伝いをすることに従事した。


 リュックは途中から興が乗ったらしく、本来ついていなかった耳飾りをつけたり、表情を少し変えてみるようなアレンジまでやり始めて、カミヤも少し引けを取るような面持ちでその様子を眺めていたりした。


 結果、完成したのはエリアが数日かけて作ったものと遜色ない、むしろ比較的出来の良いもの。

 正直なところ、拙くも可愛らしいぬいぐるみが出来ると思っていたカミヤは、「これを一日で作ったと聞いたら、エリちゃんは寧ろ凹むんじゃなかろうか」とかえって心配にさえなっていた。


「ありがとうね、カミヤ。おかげでちゃんとあの子にも謝れそう」

 カミヤは、魔女とまでは知らずともレリアのことは噂に聞いていたので、「あの子」というのが誰のことなのかはわかっていた。

「うん、受け取ってもらえたらいいね。りゅーちゃんまた来てよ、そしたらまた別の道具も触らしてあげるからさ」

「ほんとに?やった、楽しみにしてるね」

 カミヤからのその提案に、リュックは本心から嬉しそうな表情を見せた。


「余はもう来なくていいと…?」

「れっちんも来ていいよ。でも勝手に引き出し漁ったりはもうしないでね」

「れっちん!?」

 想いもしないフレンドリーな呼び方に困惑しつつも、なんだかんだで受け入れてもらえたレテ。

 本人としてもあまり役に立たなかったことは気にしていたので、邪魔者扱いされなかったことには内心安堵していた。




 手を振るカミヤに自分たちも手を振り返して、製作スペースとして使っていた建物を後にする二人。

 日は落ち始めて、辺りは茜色に染まり始めていた。


「リュック、貴様。記憶喪失と言っていたが、本当はどこまで覚えているのだ」

「…分からないよ。ただ、手癖とか、そういうのは残ってるみたいでさ」

 自分の手を見つめるリュックの姿に、レテはまた、ふんと鼻を鳴らす。

「頼りない奴だと思っていたが、存外生活力はあるのだな」

 少しよそ見をしながら、レテはどこかに投げるようにそう言った。




 帰ってから告げるお詫びの言葉と、レリアとの付き合い方についてぐるぐると考えながら歩いていると、バルベナの市庁舎の明かりが目に映った。


「…リュック。悪いが、少し寄り道をしていいか」

「うん?どこに?」

「確か、市庁舎の一角に図書館があったのだが―――余一人では行きづらいのだ。一緒に来い」

 答えを聞かずに市庁舎のほうへ歩きだすレテ。

 やや大きめのぬいぐるみを抱えたリュックは、少し恥ずかしいと思いつつも仕方なくそれに着いて行くことにした。




「―――あ、この間の不審者さん。また来たんだね、こんにちは」

 図書館には、物静かそうな女性が一人だけ受付に座っていた。

 あまり明るくない図書室でも分かる程度には、目の下に隈が出来ている。

 あまり忙しそうには見えないが、その割には不健康そうな面持ちに見えた。

「その言い方はよせ。今日は連れが居るからいいだろう」

「あ、私、その人知ってるよ。最近衛兵団に入ったっていう龍人さん」

 司書らしき彼女に挨拶をされたので、リュックも返すように会釈をする。


「不審者さんって?」

「この間、人目に触れたくないからこっそり市庁舎に入ったのだが、素行が怪しいと職員に追い回されてな。なんとか撒いて本を借りて出て行ったのだが、それ以来ここに来ると視線が痛いのだ」

 人目に触れたくない、というのは当然彼女が魔女であることが理由なのだが。それはそうとして、レテは人に怪しまれる行動を取りすぎる節があった。

「こそこそするから良くないんだよ、泥棒さん」

「やめろ。蔦に締め上げられたトラウマを思い出す」

 レリアにも泥棒扱いされたことを思い出して、レテは嫌そうに目を泳がせる。


「それで、ここに来た理由って?レリアにおすすめの本でもあるの?」

「いや、そういう訳ではなく。単に余が探している文献があるだけだ」

「なんだ」

「なんだとはなんだ、重要な事だ」

 がっかりしたようにリュックが言うと、レテは不服そうに答えた。


「ロア。神学に関わる文献はあの辺りだったか」

「全然違う。反対側、E2の札があるあたりよ」

「ぬう」

 若干悔しそうに踵を返すレテ。

 神学には興味のないリュックは、その近くにあった魔法学についての書籍が並ぶ本棚のほうへと歩いて行った。


「レリアが読んでた本って、小説か魔法関係の本だったような…」

 そう思い返して、リュックは何となくそこに並ぶ背表紙のタイトルを順番に眺める。

 その中には、エリアが学んでいた医療関係の魔術や、火や水を生みだすような魔術に関する本もあった。


 いくらか眺めては見るものの、特段レリアと仲良くなるための方法は思いつかない。

 当然『人と仲良くなる魔法』などというタイトルも見つからないので、どうしたものかと頭を悩ませていた。



 ―――自分が子供の頃は、どうだっただろうか。

 記憶が無いながらも、恐らくは自分が引っ込み思案で人見知りな性格であったであろうことは容易に想像できた。

 そんな自分が、何かをしてもらって嬉しかったこと。

 なんだっけな、思い出せないな、と相変わらず本棚を眺めていると、魔術関連の本棚からいつの間にか離れて、心理学の話やら何やらの本が並ぶコーナーにまで歩みを進めていたようだった。


 その中にあった本の一冊には、「子供の褒め方」に言及する本。

 そのタイトルを見て、ふと、いつだかに見た夢のことを思い出す。

 まだ幼かったころの自分の頭を撫でて、偉いね、頑張ったねと褒めてくれたその人のことが頭に浮かんだ。

 誰だったかは思い出せない。

 ただ、きっとそれは実際にあった過去の情景で。そうやっていつも褒めてもらっていた自分は、きっと幸せだったのだろうと他人事の様にそう思った。


 その本を手に取って、表紙を眺める。

 白を基調とした穏やかな色彩の表紙に視線を落としながら、レリアが本当に欲しいものは何なのかを考える。

 何故あの子があんなにもエリアには懐くのか。


 マリーやエドが持っていて、自分やレテに足りないものは何なのか。

 その答えは明白で。ただ、相手が笑った時に一緒に笑ってあげられる、共感性そのものが有るか無いか。たった、それだけだった。


 エリアは一足先にレリアのことを理解していて、既に姉妹の様に仲良くなっている。

 レリアが自分の好きな物を差し出せば、それが何であれエリアは喜んで手に取って、彼女を褒めちぎるに違いない。

 彼女は、至って無自覚に、相手の好きな物を自分の好きな物として受け入れてしまう柔軟な感性の持ち主だった。

 レリアが欲しいものとは、つまりはそういった『無条件の承認』。それは、日頃の彼女らの様子を見ていれば造作もなくわかる事であった。


 自分が言っても打算的に聞こえるかもしれないが、とリュックは思いつつも。

 レリアがどれだけ自分を避けていたとしても、自分が彼女のことを強気で好きでいなければ、距離を詰めるためのスタートラインにも立てないのだろうということを明確に理解し始めていた。



「やはり、無いな。余が探すものはこの図書館には無いらしい」

 残念そうにリュックの元へ歩いてくるレテ。

 そんな彼女に対して、リュックは先程よりもほんの少しだけ真剣な顔をしていた。

「なんだ。自己啓発本でも読んだのか」

「いや、そういう訳じゃないけど。私も、いい加減しっかりしなきゃなって思っただけ」

「うん?別段貴様は気が抜けていたようには見えなかったが…まあ、好きにするがいい」

 そう言いつつ、レテはリュックが手に持つ本に目をやった。

「褒め方…か。確かに、子供は褒めて伸ばすものと言うな」

「そう。レテ、そういうの苦手でしょ。私、これ借りて行くから後で読みなよ」

「やかましい、そんなもの無くても余は褒め上手だ」

 そう言い張るレテに、リュックはへぇ、と少し馬鹿にするように笑った。


 じゃあ借りてくる、といって受付に向かうリュックの手元から何かが落ちる。


「ん。おい、本の隙間から何か落ちたぞ」

 そう言って薄い冊子を持ち上げたレテは、それを見て一瞬動きを止めた。

「気付かなかった、ありが…レテ?」

 レテは冊子を見つめて何か考えている。


 数秒、少しリュックが困惑し出すほどの時間動きを止めていたレテは、急に顔を上げると「見つけた」と言って慌てて受付に向かって走って行った。


「ちょっとちょっと。幾ら誰も居ないからって走るのは駄目だよ」

「ロア、これ、余が借りていくぞ。いいな?」

 注意など意に介さず、手に持った冊子を司書のロアに見せつけて要件を告げるレテ。

 その様子は、まるで新種の生き物を見つけた研究員のようだった。

「あ、それ。見つからなくて困ってたの。考古学コーナーに置いてた、古代文字文書の写し書き。それ、どこにあったの?」

「それはリュックに聞け。とにかく、借りて行くからな」

「ま、待ってよ!やっと見つかったのに―――」

 また返答も聞かずに踵を返すと、彼女は今度はリュックと目を合わせる。

「リュック、帰るぞ。余たちには時間が足りぬ」

「え、そんな急に」

 レテは、戸惑うリュックを急かして、足早に図書館の出口に向かって歩き出した。

 ロアは慌てて、「ちゃんと返してよね!」と大きな声を出す。

 レテは、立ち去りながら「読み終わったら返す!」とだけ答えた。

 リュックは、自分が借りたい本の管理番号を伝えた後、「ほんと、ほんと身勝手な奴ですいません」と言いながらレテの背中を追いかけた。


「―――読む?誰も解読できてない古代文字を?」

 二人が去った後の静かな空間で、ロアは当然の疑問をぽつりと呟いた。






 ◇ ◆ ◇






 エリアがぬいぐるみの足の部分を直している間、レリアはどこか不安げな面持ちでそれを眺めていた。

 エリアとマリーが寝室に使っている部屋で、二人で向かい合うように床に座り込んで作業をしている。

 一緒に直したいと申し出た彼女だったが、どこか心ここに在らずという状態で、針を扱うほどの集中力は持ち合わせていない様子。

 エリアの手元をみたり、視線を落として何か考え込んだり、そんなことを繰り返していた。


「レリちゃんはさ、あの二人と仲良くなるの、嫌?」

 そう言われて、少し驚いたようにレリアは視線を上げた。

「…べ、別に嫌ってわけじゃないけど。仲良くしたいかと、実際仲良くできるかは話が違うわ」

「んん、そっか」

 エリアは少しぬいぐるみから視線を上げて考え込む。

「仲良くなれたら、嬉しいよね」

「…」

 否定はしないレリアの様子を見て、彼女は少し安心したように表情を和らげた。

 レリアは「でも」と手元の裁縫道具を弄りながらぼそぼそと喋る。

「私、初対面であの子のこと嫌いって言った。レテのことは泥棒扱いして、蔦でぐるぐる巻きにしちゃったし。…きっと私のこと、気難しくて面倒な子供って思ってるわ。そんな相手から話しかけられても、きっと嬉しくない」

「そんなことないよ、嬉しいよ」

 思いのほかその時の出来事を気にかけていたレリアは、胸の内を話すとともに猶更その表情を暗くした。

 思わずぬいぐるみの修繕の手を止めたエリアは、そのまま道具を置いてレリアに身を寄せ、彼女のことを抱きしめる。

「初めて会う人って怖いもんね。みんなそうだもん、きっとリュックやレテもそれはわかってくれてるよ」

「もし、そうなら、いいけど。でも、その。えっと…」

 続けて何か言おうとするが、レリアは言いづらそうに視線を泳がせた。

「でも?」とエリアが聞くと、レリアは少しずつ話し出す。

「…そうだとしても。やっぱり私、まだあの子とは仲良くなれないわ。だって、何にも知らないもの。何を考えているのかも、何がしたいのかも、よくわからない」

「あの子って…リュックのこと?」

「…うん」

 レリアが申し訳なさそうに頷くと、エリアは何となく納得したように視線を落とした。


 リュックに関しては、彼女自身が、自分のことを理解しきれていない部分もある。

 エリアと彼女の間には最早言語化することのできない相関があれど、レリアから見れば、やはり彼女のほうがエリアに依存しているように見える。

 ただ、そんな彼女のことをエリアがどれだけ大切に思っているのかも、実際のところリュックが自分に対して優しく接してくれていることもよく理解していたので、そう無下には出来ず、はっきり『嫌い』と告げたことにも罪悪感は抱いていた。


 何より、自分の姉や兄の様に大事なエリアやエドのことを奪われてしまっているような気がして、どうしてもリュックのことを好きになれなかった。


「あの子は…一体、何者なの?どうして皆はあの子を大事にするの」

「リュックはね。その、なんていうか…」

 しばらく考え込んで、若干上の空になるエリア。

 今この場にふさわしい回答を考えて、どれも違うような気がして。


 エリアは誤魔化すように、「私もわかんないや」と言って笑った。


 なによ、と言って不満そうに息を吐くレリア。

「結局、エリアもわかってないじゃない。…怖くない?不安にならないの?」

「怖くないよ。不安には…時々、なるけど。でも、私から大好きだよって言えば、リュックも大好きだよって返してくれるの。それが本心だってわかるから―――だから、大丈夫なの」

「…」

 答えになっているような、いないような。そんな曖昧な答えを聞いて、レリアは尚のことぐるぐると考え込んでしまった。

 エリアは続きをどうしようかと若干慌てながら、何とかレリアが納得できそうな理由を探しながら彼女を説得する。

「わからないからって、怖がってちゃ前には進めないよ。少なくとも、リュックは悪い人じゃないから。レリちゃんから歩み寄ってみれば、絶対喜んでくれるよ。それは約束する」

「…」

 取ってつけたようなアドバイスに、聞く相手を間違えたかな、と呆れ顔をするレリア。

 とはいえ、エリアが嘘を言っているようにも思えなかったので、彼女は「まあ、そうかもね」と小さな声で肯定した。

 リュックと仲良くするため、というよりも、エリアを少しでも安心させるために。彼女は、露骨にリュックを目の敵にするのはやめにしようと心に決めたのだった。


「お互いが大好きって思ってれば、それでいいと私は思うんだけどなぁ」

 そう穏やかに言うエリアに、レリアはそんな単純な、とまた呆れたように顔をしかめた。






 ◇ ◆ ◇






 図書館から帰る道すがら、リュックは通りがいつもよりも尚明るく照らされていることに気が付いて、ふと顔を上げた。

「やけに灯篭やら何やら吊り下がってるね」

「それもそうだろう」

 レテは特に不思議がる事もなくそう呟く。

「ワルプルギスの夜の翌日には祭りがあるのであろう?それに先んじて準備でもしているのだろう」

「そっか。翌夜祭があるんだった」

 目の前に迫った影の獣の襲来に気を取られて、リュックは間近に迫ったイベントのことをすっかり忘れていた。

「レリアと仲直り出来ないと、祭りの日が厳しいなぁ」

「それこそ、祭りで何か買ってやればいいのではないか?」

 確かに、と答えたリュックだったが、考えてみればレリアが翌夜祭の日に街へ繰り出すのかどうかも定かではないことに気が付いて、また色々と考えを巡らせ始める。

 やや早足で帰ろうとしていたレテだったが、その様子を見て彼女は歩く速度を落として、同じように手を顎に当てて少し考え込んだ。

「…消極的だな。いっそ、無理にでも連れ出してしまえばよかろう」

「え。でも」

「エリアのことは故郷から引っ張り出しておいて、何を今更悩んでいる。貴様の取り得は考えなしの強引さではないのか?」

 褒められているのか馬鹿にされているのか分からず返事に困ったリュックだったが、間違ったことは言われていないので何も言わずに目を逸らす。

「ま、貴様が動かんのなら余がそのポジションは奪わせてもらうがな。エリアが全肯定の清楚系お姉ちゃん枠なら、余は悪いことを教える不良系姉貴枠にならせてもらう」

「いや私、そんなポジションになる予定はないからね?」

「そうか?エリアにはだいぶ悪影響を与えている気が…げほげほ。いや、なんでもない。そんなに睨むな」

 意地悪をされた子供のような目でレテを睨むリュック。

 もう日は落ち切って暗くなった空を見上げて、彼女は浅い溜息を一つついた。

「まあ、とにかく消極的なのはよくないよね。私、ちゃんと向き合おうと思うよ」

「うむ。頑張るがよい」

「レテはもう少し節度をわきまえてね」

「うむ。頑張ろうとは思う」

 自分のことを言われた途端、レテは目を逸らして明後日のほうを見つめた。


「―――ところで、リュック。昼間から気になっていたのだが、その髪留めはいつから着けていた?初め会った時は、そんな花のようなものは持っていなかっただろう」

「ん、これ?気になるの?」

「…いや、別に。本当に何となく気になっただけだ」

 そう目を逸らすレテを見てリュックはにやにやと笑う。

「これね、何日か前にエリアに貰ったの。急に、『あげる』って」

「…ふぅん」

 どことなくふくれた様子で、レテは街道の灯りに視線を戻す。

「急にどうしたのって聞いたら、なんだか恥ずかしがって逃げちゃってさ。それ以来は毎日つけてるんだ。へへへ」

「ふん、のろけおって。そんなの、レリアにあげた人形のついでじゃろうて」

「え?あぁ…そうなのかな。でも、ついででも嬉しいし。何、悔しいの?えへへ」

「悔しくない!余にも何かくれてもよかったとか、微塵も思っておらんわ!」

「へへ、えへへへへ」

 レテは大層悔しそうな顔をしながら、「聞くんじゃなかった」と吐き捨てた。

「…せっかくなら、お返しでも用意したらよかったのではないか?」

 はっとしたように視線を上げて、少し考えるリュック。

「えっと…」

「は。何も考えていなかったのか、甲斐性の無い奴め」

 謎に勝ち誇ったような顔をするレテ。

 リュックは、そんなレテのことなどは気にも留めず、急に踵を返してどこかへと歩き去ろうとした。

「ちょっとお返しのもの、準備してくる」

「待て待て待て、時間を考えろ!今日はよせ、余計に奴らを困らせるだろうが!」

 レテに必死に腕を掴まれて、困ったように振り向くリュック。

「で、でも。よく考えたら、レリアにはお詫びして、エリアには何もないなんて言ったらショック受けるかも」

 急に不安な顔を見せる彼女に、レテは呆れて溜息をつく。

「別に、物で返す必要もないであろうが。今夜帰った後、何かエリアが喜ぶことでもしてやればよい」

「喜ぶこと、かぁ」

「全く、下手にからかうものではないな」

 仕方ないと言った様子で従うリュックの腕を掴んだまま、引っ張りながら帰路に着くレテ。

 マリーの家に帰り着くまでの間、彼女はリュックから、『エリアが本当に喜ぶこと』とは何か、という相談に終始付き合わされていた。




 マリーの家に近付くと、また辺りには何やらいい香りが漂っていた。


「た…ただいまー…」

「帰ったぞー…」

 泥棒にでも入るかのようにこそこそと玄関の扉を開ける二人。

 すぐに出迎えに来る者はいなかったが、少し時間差でキッチンのほうからぱたぱたと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

「あ。おか…」

 いつも通りに出迎えそうになって、あ、とおどおどし始めるエリア。

 ええと、と考えた結果、なんとも気まずそうな顔で「おかえりなさい…」とだけ答えて、特に何を言うでもなくそこに立っていた。

 エリアの後を追ってくるように、ひょこっと覗くように少しだけ姿を見せるレリア。

 彼女は特に怒るでも嫌がるでもなく、どうしたらよいものかと視線を動かして、そこにいる面々の姿を見回した。


 ぬいぐるみを抱えたリュックが、レリアの姿を見つけて申し訳なさそうにそれを持ちあげて見せる。

「あ、あの…これ。代わりにはならないかもしれないけど、お詫びにと思って用意してきたんだ」

「…」

 なんとも気まずいその空気の中、レテは焦りながら「その、気持ちだけでもなんとか…」と頼み込むようにレリアとエリアの二人を見る。

「ええと」とエリアが後ろを振り向くと、レリアはもう数歩だけ前に出て、隠れていたその姿を全てリュックとレテの二人に見せた。


「「あ…」」

 当然のことながら、レリアは既に修繕されたぬいぐるみを大事そうに抱えていた。


「リュック。もしかして、我々はとっても阿呆なことをしたのではないか…?」

「…ん、そりゃ、そうだよね。エリアが作ったぬいぐるみだもん、エリアが直せば元に戻るよね…」

 しまった、と顔を合わせる二人。

「あ、ええと…その。レリア、何か他に欲しいものとかってある…?」

 申し訳なさそうに、おずおずとリュックはレリアに声を掛けた。

 レリアは何も言わずに彼女の元へ歩み寄って、その二匹目の犬のぬいぐるみに手を伸ばす。

「…これも、貰う。だって、折角作ってくれたんでしょう?」

 その様子は、仕方なく言っているというよりも、世話の焼ける友人の為に恥ずかしさ半分で気を利かせているように見えた。

 存外、まんざらでもないという様子。

「れ、レリア…?」

 申し訳なさと、レリアが歩み寄ってくれた感激で思わず泣きそうになるリュック。

 二匹のぬいぐるみを両手で抱えて恥ずかしそうにするレリアを見て、リュックは異様に感極まって、ぬいぐるみごとレリアに抱き付いていた。

「いい子!!好きって言っていい!?好きって言っていいかなぁ!?」

「ちょ、ちょ!やだ!離して!」

 慌ててエリアに視線を送って助けを求めるレリアだったが、どうやらその助けは上手く届かなかったらしい。

 エリアもその二人の様子に感動してしまったようで、さらに上から覆いかぶさるように抱き着いて、レリアのことを更に締め付けた。

「レリちゃん偉いよぉ、よく素直に言えたねぇ…!おねーちゃん嬉しい!!」

「ちょ、やめ…苦し…」


 ぬいぐるみで顔が埋もれて息苦しい中で揺さぶられるレリアだったが、別段そこまで嫌でもないような様子で、また好き放題に撫で回される。


 その輪にどうにかして参加したかったレテだったが、自分がさらに追加で抱き着いている姿がどうにも違うような気がして、彼女はただ微妙な姿勢で膝をついて寂しそうな目をしていた。

 ふと彼女が部屋の奥に目をやると、マリーがにこにこした顔で一同の姿を写真に収めていた。





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