1-12 薄灰色が繋ぐ街
エリアが帰って来ないと聞いた日の夜、リュックはそれはもう気を落として一晩を過ごしていた。
エドから伝えられた、「エリアが熱を出した」「もう一人の魔女の家にいる」「今日はそっちで休んでもらう」という僅かな情報。
相変わらず忙しいエドの都合もあり多くの事情を聞けなかったものの、なんとなくエリアの発熱は自分のせいではないかと察している部分があった。
結局、こういう時に彼女を助けることが出来るのは医者のマリーや、まだ顔も知らない魔女。
むしろ彼女に縋っているような自分は、いずれ彼女にとって不要になってしまうのではないかと、そのただでさえ足りていない自己肯定感が底を尽きるまで思い悩み、その晩はろくに眠れずに夜を明かしたのであった。
「リュックさんおはよーございます!んじゃ、予定通り今日は駐在所に顔見せに―――うっわ。酷い顔してますよ、大丈夫っすか」
先日挨拶をした衛兵団きっての優秀な若人、ウィリアム。
元気よく市庁舎に姿を見せた彼の元気さに対して、リュックは今にも倒れそうな負のオーラを纏っていた。
目の下の隈、死んだ魚のような目。
立つ気力さえ足りないのか、リュックはよろよろと壁にもたれかかって座り込んでしまった。
「あぁ…よろしく、お願いします。大丈夫、大丈夫」
「だいじょばない気がしますけど…何があったんすか」
「いやぁ…その、エリ…同居人がちょっと不在で」
「…?」
よく意味が分かっていないウィルの後ろから、「や、おはよう」と声を掛けたのはいつも通りの笑顔を浮かべたエドであった。
「あ、おはようございます隊長」
礼儀正しく敬礼をするウィル。
彼に「今日も元気でよろしい」と肩を叩いた後、エドは死にそうなリュックのほうを見て僅かに眉を顰めた。
「―――おはよう、リュック。今にも倒れそうだね、体調は大丈夫?」
「…体調は…大丈夫」
その返答の様子を見て、これはちょっと酷いな、とエドは頭を掻いた。
「えーっと…エリアのことだけど、体調はもう改善したらしいよ。今日か明日にはマリーの家に戻ってくると思う」
「!」
その伝えを聞いて、少し目に光が戻るリュック。
「今日?今日帰ってくる?」
「…君、そんな子供みたいな目するんだね?」
そう言われて、リュックは慌てて咳払いをして取り繕った。
「また連絡があったら伝えるよ。とにかく、心配することは無いよってだけ、ね」
「う、うん。ありがとう」
そんな二人の様子を、ウィルはぽかんと口を開けて見ていた。
「…二人って、兄妹じゃないですよね?」
「は?」
突拍子もない質問に、間の抜けた声で聞き返すエド。一瞬の間を置いて、彼は「いや、いや」と慌てたように右手をぶんぶん振って否定した。
「違う、説明したじゃん、アゼリアから来た知人だって」
知人、というのはリュックを衛兵団に加入させる際、怪しまれないようにするためにエドが考えた方便である。
「…ッスよね!いや、なんかやけに距離感近いなっていうか、お互い龍人だし、なんなら顔も似てるような気がして…」
「顔、似てるぅ??」
驚いたようにエドはリュックと目を合わせて、そうかなぁ、と首を傾げた。
「似てますよ。鋭い目つきとか、顔の輪郭とか。龍人はみんな美形なんすかね」
「ウィル。君、相変わらず不意打ちで人を褒めるよね」
「え?」
「うん、まあいいや」
少し綻んだ顔でエドは咳払いをする。
ぽかんとそのやり取りを聞いているリュックに対して、エドはふざけ半分で手を差し出した。
「まあ、お兄ちゃんだと思ってくれても構わないかもね?悩むことがあれば、遠慮なく頼ってくれたまえよ」
「えぇ…うん…」
その場のノリに流されて、リュックはエドの手を取って立ち上がった。
「―――なんなら、お兄ちゃんとか言ってみてよ」
「うるさい、言わない」
「反抗期か…」
「うるさいな!?」
珍しく感情的になるリュックにむしろ嬉しくなったのか、エドも普段見せないような歯を見せた笑顔を見せた。
それはエドなりの彼女へのコミュニケーションの取り方でもあったわけだが、リュックとしてはもう少し普通に接してほしい気もするのだった。
◇ ◆ ◇
「そのエリアさんって人、どんな人なんすか?」
目的の駐在所まで歩く間、ウィルは特に仕事の話をするでもなく、ただただ談笑をしようとリュックに色々と話しかけていた。
リュックは純粋にエリアの人となりについて聞かれたのが嬉しかったようで、少し興奮気味に身振りを付けながらエリアのことを話し始めた。
「エリアはその、なんていうか…ふわふわしてるんだよね。雰囲気が。癒されるっていうか、マイナスイオン出てるっていうか」
「んあ、なんかイメージ湧きますね。なんか、みんなに好かれてそう」
その何気ないウィルの合いの手がより一層嬉しかったリュックは、今までにないような目の輝かせ方をして口調も早まる。
「そう、そうなの。こう、悪という概念の反対側にいる存在、みたいな。笑顔がね、もう、ぱぁぁって。咲くの」
「うん、うん」
語彙力が異常に低下しているリュックの説明を頷きながら聞くウィル。
リュックはそれはもう嬉しそうにエリアの話をしていて、自分が周囲からどう見えているかなどまるで気にかけていない様子。
ウィルは、穏やかに『よっぽど好きなんだろうなぁ』とその話を聞いている。
「…」
楽しそうに話していたかと思うと、今度は急に何かを考えだして、風船が萎むように彼女は目の輝きを失い始めた。
先程までは元気よく上下に動いていた両手も、水を掛けられたように動きを止める。
露骨に様子が変わった彼女の姿を見て、ウィルは心配になって口を挟んだ。
「あ、えと。エリアさん、体調が何とかって、言ってましたね。回復したとか」
「うん」
「よかった…んですかね?」
「うん」
露骨に歩くスピードが落ちるので、ウィルもさりげなく歩幅を短くして彼女とペースを合わせる。
そのまま立ち止まってしまいそうなくらいまで彼女は動きを減らす。
彼女が何か言いそうな様子だったので、ウィルは口を挟まずにその様子を見ていた。
次に出てきたのは、残念ながら言語ですらなかった。
「…はぁぁぁぁ~~~…」
遂に力尽きて、朝に会った時の状態にリュックは逆戻りした。
「あぁ戻っちゃった…」
「私、役に立ってるのかなぁ、やるべきこと出来てるのかなぁ、エリア嫌がってないかなぁ私邪魔じゃないかなぁ」
そう言いながら沈むようにその場にへたり込んでしまう。
「うっわぁ…」
あまりに情緒が安定しない彼女の様子に思わず本音が漏れるウィル。
彼に悪意はない。
仮にも衛兵団の一員として軍服を着ている女性がその場に蹲っているので、道行く人々は何事かと彼女を一瞥しながらそこを通り過ぎていく。
周りの様子を若干気にしつつ、ウィルは何とか彼女を元気づけようと横にしゃがみ込んだ。
「えっと…何か、心配なんすか?エリアさんから、どう思われてるか、みたいな」
「んん」
リュックが首を小さく縦に振るので、ウィルは少し考えこんで次の言葉を投げかける。
「だ、大丈夫っスよ、リュックさんいい人そうだし、噂でも凄い人だって聞いてるし。きっと、エリアさんもあなたのこと信頼してくれてますって」
「んんん」
子供のように手で顔を覆って、ちがうちがうと言うように首を振る。
ウィルが小さい声で「違うんすか」と聞くとリュックは答えないで更に縮こまる。
困惑しきっていたウィルだったが、その後彼は焦るでも怒るでもなく、思わず笑ってしまっていた。
「…ぷは、あはは」
「なんで…笑う…」
涙目のまま、迫力を失った目でウィルを睨むリュック。
ウィルも、笑いで出てきた涙を指で軽く拭いながらかぶりを振った。
「いや、スイマセン。その、誰かに似てるなぁって思ったら俺の妹で。リュックさん、かっこいい見た目してんのに中身はほんと内気なんですね」
「んな…内気、かなぁ!?」
「内気でしょ、超よわよわですよ。その好きな人に日に日に近寄れなくなっちゃう感じ、俺の妹そっくりです」
顔を真っ赤にして凍り付いてしまうリュック。
一度ウィルと目を合わせた彼女だったが、今度は恥ずかしさで耐えられなくなって、また手で顔を覆って蹲ってしまった。
「確認ですけど、そのエリアさんって人に、嫌いとか言われてないですよね?」
「うん…」
リュックは縮こまったまま小さく頷く。
「じゃ、全然大丈夫ですよ!くよくよしてないで、元気出して!はっきりわかるまで何度でも会いに行って、気持ち確かめればいいじゃないですか!当たって砕けろですよ!」
動けないリュックの手を取って、立ち上がるように促すウィル。
「砕けたくはない…」
「うはは。じゃ、猶更元気出さなきゃですよ。がっかりされたくないでしょ」
「…」
リュックは促されるままに立ち上がって、引率者に連れられるようにそのまま歩き始めた。
ふとそうして手を繋いだまま歩き続けそうになって、慌ててリュックは手を引っ込めた。
「…あ、いや、手はいい!それはさすがに!」
「あ、すいません。つい」
ウィルは、妹と手を繋ぐノリで無意識に手を繋いでいた。
気が付いた瞬間は少しだけ焦っていたようだったが、恥ずかしさよりも、リュックとの距離感がさっそく縮まったような気がして嬉しく思う気持ちのほうが多いようだった。
恐らく年下であろう青年に爽やかな顔で手を繋がれて、彼女の年上としての尊厳やらなにやらはどこかへ飛んで行ってしまう。
ああ、何やってるんだろう私、と少しずつ正気が戻り始めたリュックは、朝から今に至るまでの自分の情緒と行動を激しく後悔するのであった。
大通りに出たあたりで、前回エリアと逸れた時にも増しておびただしい人数の群衆が彼らの行く手を阻んだ。
「うわ、なんかやけに人が多いっすね。気をつけて歩きましょ、リュックさん」
「う、うん。はぐれないように」
「また、手、繋ぎます?」
「それはいい」
冗談めかしく言ったあと、ウィルは「…あれ、今のはさすがに冗談として駄目っすかね。ナシ!今のナシで!」と慌てて取り繕った。
人波を横切りながら、ウィルはもしやと辺りを見回す。
「これ、もしかしてウルフセプトあたりがイベントとかやってるのかもしれないっすね。この手のお祭り騒ぎはトラブルも多いから、衛兵団にも告知して欲しいんすけど…」
「ウルフセプトって…あ、カミヤの?」
「あ、面識あるんですよね。そう、あのじゃじゃ馬オーナーのカミヤさんっす」
じゃじゃ馬、という表現に苦笑いするリュック。
確かに、フェリスは彼女に大層振り回されて困っているようだったのを思い出す。
「ま、でもこの騒ぎなら他の隊員も気付くし何とかなりますかね。人ごみに紛れて悪さしそうな人が居たら、簡単に捕まえちゃいますよ」
「そっか。…にしても、ウルフセプトってほんとに凄いブランドなんだね」
「ええ、彼女らの影響でこの街の色合いがだいぶ変わりましたよ。実を言うと、衛兵団のこの記章も新しいのはウルフセフトに頼んでたりします」
「へぇ」
ウィルは、バッチを服から外して太陽にかざす。
布製のバッチは一部分に金属があしらわれており、日光を反射してきらきらと光る。
「これ、部分的に編み方が変わってて、簡単には真似できないように作られてるらしいんすよ―――あぁっ!?」
ウィルが油断したその瞬間。
彼のバッチは、どこからともなく飛んできた一羽の鳥に奪われ、天高くへと連れ去られていった。
顔面蒼白で鳥に向かって叫ぶウィル。
「ま、待てこのバカ鳥!餌じゃねぇよそれ!」
彼は慌てて、反射的に鳥を追いかけて走り出した。
「あ、ちょ、ウィル!?」
リュックが呼び止めようとはしたが、彼にとってはバッチというのは他の何よりも大事な物らしく、立ち止まろうとはしない。
代わりに、走りざまに振返って手を上げ、リュックにそこに留まるようにサインを出した。
「すいません、すぐ戻ります!人多いんで、そこで待っててくださーい!!」
大事な衛兵としての証を奪われた彼は、大慌てで鳥が飛び去る方角へと走り去ってしまう。
訓練された身のこなしで人の波を躱していくウィルを追いかけることは叶わず、リュックは大人しくそこで待つことになった。
「…また逸れてしまった」
今回は相手がウィルなのでそう慌てることもない彼女だったが、さてどうしたものかと考え、道の端の方へ一旦避ける。
あまりに人が多いので、彼女はうろうろ歩き回ることはせず、周辺の建物の小さなショーウィンドウやらを眺めながら過ごしていた。
衛兵団の、白に近い薄灰色のジャケットが街中でよく目立つせいか、周りの視線がややリュックに集まる。
ふと、彼女は今の自分の服装がどういうものかに気が付いて、団の印象を下げまいと居住まいを正した。
「―――エド様かと思ったけど、女の人だね。新しく入った人かな」
「この騒ぎで駆け付けたんだろうね。忙しいだろうに、有難い」
「わ、背ぇ高い。いいなぁ、羨ましい」
「ていうか凄い美人だな」
「もしかしてエド様の妹?似てるよね。似てない?」
ざわざわと、周りが彼女の噂をしているような声が聞こえる。
街行く人が少し彼女に目をやっては、一緒に歩く友人やら何やらにひそひそと話し、正体のわからない笑顔を浮かべながら歩き去っていく。
何を話しているんだろうか、私のことを見ているような気がする―――
そんな風に考えているうちに彼女はもどかしくなって、少し逃げるようにその場を去り、少し目に着きづらい所に居場所を変えることにした。
彼女がぱっと歩き出して人の間を潜り抜けようとすると、すれ違う人が「わっ」と少し驚いたような、少し高い声を上げて身を引く姿が垣間見えた。
「―――はぁ。ウィル、どこまで走って行っちゃったんだろ」
通りに面した飲食店の、庇の影になった場所で溜息をつくリュック。
緊張やら何やらで汗をかいていた彼女は、ぱたぱたと自分の首筋を手で仰いだ。
「―――うん、うん。やっぱ高身長女子って軍服コスチューム似合うねぇ。ぜひ一枚写真に収めたいんじゃが」
「んぇ?」
傍らから聞こえた、覚えのある声。
ふと顔を向けると、リュックの横には手を双眼鏡のようにしてこちらを見るカミヤの姿があった。
「…あれ、カミヤ?」
「あ、しーっ!今、お忍び休憩中なの!名前呼ぶのはナシね!」
カミヤはフード付きのパーカーを被り、あまり似合わないサングラスを掛けて、自分の口の前で人差し指を立てる。
確かにお忍びという風ではあったが、着用するパーカーが紫の中に黄色やらピンクの模様があしらわれていたり、オーバーサイズで腰下まであったりと、そのファッションスタイル自体が彼女の個性をあまりに主張しすぎていた。
これで隠れているつもりなのだろうか、と困ったように笑うリュック。
カミヤは少しサングラスを持ち上げて、いつも通りの笑顔で彼女に笑いかけた。
「りゅーちゃん久しぶりだね。元気?」
「うん、元気。マリーの家で会って以来だよね、カミヤも元気そうでよかった」
「へへ。お陰様でね」
そこそこの身長差があるので、カミヤはずっとリュックの顔を見上げる形でにこにこと笑っている。
「大通り、人凄いね。これ、ウルフセプトのイベントなの?」
「お!流石鋭い。そ、今日が新シリーズの発売日なの。ナナ・カミヤプロデュースのゆる系ドレスコード!」
ぱっと、自慢するように店のある方に腕を広げるカミヤ。
が、さすがに人が多くてウルフセプトの店頭までは見えない。
「…後で、見したげるね。勿論、このパーカーも私デザインだよ」
「凄い、ほんとにデザイナーなんだ」
「あたぼうよぉ」
ぐっと胸を張って、彼女はまた自慢げに笑って見せた。
「てかさてかさ、りゅーちゃん衛兵団入ったの?私、それ初耳だよ」
「うん、訓練生って扱いで。私、駆け出し龍人だから」
「んはは、なんじゃそれ。充分凄かったけどね、この間は」
「怖がらせちゃってごめんね」
リュックが申し訳なさそうに頭を掻くと、カミヤは「あれは武者震いだから」と言って笑った。
「りゅーちゃん、軍服似合い過ぎじゃない?ね、ちょっと写真撮らせてよ。ていうか、ちょっと髪の毛弄らせて。ポニテもいいけど、軍服着るならしっかり編んだほうがかっこいいよ。で、写真撮ろう。そうしよう」
「え、ちょ、いいよいいよ、なんか悪いし?」
「えぇ、やりたい。それとも、今そこまで暇じゃない?」
そう話しながら、カミヤは既にリュックの背後に回り込んでいる。
「いやまあ、暇っちゃ暇だけど。今、人待ってて」
「あ、エリちゃん待ち?」
「ううん、衛兵団の人」
そっかぁ、エリちゃんは今日いないかぁ、と話しながらカミヤは既にリュックの髪留めを外していて、手際よく髪の毛を結い始める。
「うわぁ、髪さらっさら。いいなぁ、私、髪伸ばしてもこんな綺麗なストレートになんないよ」
「それ、エリアにも言われた。皆、綺麗な髪してると思うんだけど」
「ご謙遜を」
そう言いながら、カミヤはリュックの後ろ髪を少しゆとりのある三つ編みでまとめていく。
ふと、カミヤはその手の動きを緩やかにして、その髪を撫でるように触りながら呟くように話を続けた。
「なんか、エドとはまた違う感じの黒髪だね。柔らかくて、そういう意味では私と近い感じ」
「そう、かな」
「うん。エドの髪は魔力の影響で黒く変色したって言ってたから。ほんとは、エドは生まれつきは金髪なんだって」
「へぇ」
「りゅーちゃんは?この髪は元からなの?」
「うーん、覚えてない」
「あ…そっか」
リュックの記憶喪失の話を思い出して、しまったと下を向くカミヤ。
「そういうカミヤは、龍人じゃないけど黒髪なんだね」
「―――うん、まぁ。私は色々あるっていうか」
「そっか。何か私、黒髪の人のほうが親近感湧くな。理由はわかんないけど」
「…」
急に後ろが静かになって、リュックはどうしたのかと少しだけ首を後ろに向ける。
「…カミヤ?」
「あ、いや、ごめん。何でもない。三つ編み、終わったよ」
カミヤは慌ててリュックの髪から手を離すと、ほら、と近くの建物の窓ガラスに映る二人の姿を指差した。
「こんな感じ!ね、めっちゃかっこかわいいでしょ?」
「うん、凄い嬉しい。ありがと」
「写真撮ろ、写真」
そう言ってカミヤは服のポケットから流れるようにスマホを取り出すと、慣れた様子でリュックの肩に顔を寄せて、内カメラで写真を撮った。
リュックも、少し屈んでカミヤと顔の位置を合わせてピースをしていた。
「うわ、やっば。レイヤーさんと一緒に写真撮ってるみたい。テンション上がる」
「あは、コスプレじゃなくて本物だけどね」
「永久保存しよっと」
そう言ってカミヤは満足そうにスマホをしまった。
「…うん?待って、りゅーちゃん『レイヤーさん』って意味わかって―――」
「リュックさーん!今戻りました、すいませーん!」
カミヤが何か気付いたと同時に、すぐ近くから若く元気な声が耳に飛び込んでくる。
「あ、ウィルが戻ってきた」
それほど息を切らした様子もなく、彼はまた元気そうに手を振ってこちらへ駆け寄ってきていた。
「バッチは?」
「何とか奪い返しました。あっちの建物の上まで登って、とっ捕まえてやりましたよ」
自慢気に親指を立てるウィル。
彼が指差した建物は三階建てだったわけだが、どうやらそれを這い上って鳥が逃げる前に捕獲するという龍人に劣らぬアクションを見せていたらしい。
「あれ、もしかして噂のカミヤさんですか?」
う、とカミヤはサングラスをまたかけ直して「チガイマスヨ」と一歩引く。
「あ、いや、私の知り合いで別人だよ。それよりもウィル、そろそろ駐在所に行った方が良くない?」
リュックにそう言われて、それもそうっすね、と彼は深追いをやめた。
彼は「話の邪魔しちゃいましたかね」と少し申し訳なさそうに二人を見る。
「カミ…えっと、今何か言おうとしてなかった?」
リュックにそう聞かれて、カミヤは咄嗟に「大丈夫」と首を横に振った。
「私もそろそろ戻らなきゃだから。衛兵団のお仕事、がんば」
「うん。カミヤも頑張って」
つい名前を呼んでしまって、あ、とウィルのほうを見るリュック。
ウィルも流石に気付いていたようで、「大丈夫っスよ、わかってますから。カミヤさんも道中お気をつけて」と手を振って見せた。
「今度お店来てねぇ」と言い残して、カミヤは小走りで人波に消えていく。リュックとウィルの二人はそれを見送った後、改めて目的の場所へと向かうのであった。
◇ ◆ ◇
駐在所に着くまでは、そう時間はかからなかった。
三階建てではあるが幅は狭く、一フロア当たりでは数人が仕事を出来る程度の広さの空間。
つまりは小さな交番のような仕事場の中で、リュックは彼らが日頃どのような業務を行っているかを知った。
数名の隊員の中には女性隊員も居た。
やや癖のある隊員ではあったが、リュックの来訪を快く受け入れて、互いのことを知るべく穏やかに会話をしたりもしていた。
「ん、訓練生か。じゃ、私たちの後輩になるのかな」
「うん、いつ正式に隊員になるかはわからないけど。その時はよろしく」
女性隊員のほうが「敬語じゃなくていいよぉ」というので、リュックはお言葉に甘えて自然体で話すようにしていた。
隊員は、事務椅子に座ったままリュックのほうを流し目で見て話す。
「にしても、隊長直々に訓練して貰えるなんて凄いね。やっぱ龍人独自の鍛錬方法みたいなのがあるの?」
「うん、なんか、そうみたい。今度、教えてもらえると思う」
「なはは、まだ何にも知らないか。でも、今から龍人としての訓練ってのも面白いね。そういうの、生まれつき分かるわけじゃないんだ?」
「うん、まあ私は特にね」
説明が長くなってもと思い、リュックは誤魔化すように頭を掻いて笑った。
今日の駐在所の見学が終わった後、明日にはエドの時間も空いて訓練の時間も取れるとのこと。
本来であれば訓練生はすぐにでもハードスケジュールで鍛錬、勉学に励むわけだが、リュックに関しては訓練生という肩書きは建前であることも相まって、大分特例的な対応を取られている。
彼女が知るべきはこの街のことであり、龍人としての自分。
そして守るべきはこの街と、魔女であるエリアやレリアのこと。
龍人としての己の力を制御して、衛兵団としてというよりも、魔女の味方として戦うことこそが彼女の使命なのであった。
女性隊員は、事務仕事に手を回しながら何気なく話す。
「もしリュックちゃんが戦力になってくれるなら、今年のワルプルギスの夜はきっと簡単に越えられちゃうだろうねぇ」
「越える…?」
「あれ、聞いてない?ワルプルギスの夜の話。毎年毎年、影の獣が群れになって街に迫りくる夜のこと」
魔女の天敵が群れになって現れる―――
そんな洒落にならないような情報が、彼女の口からさも当然の様に放たれる。
リュックは絶句して、ただ隊員の目を見て立ち尽くすしかできなかった。




