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1-10 ひきこもりとかぜっぴき




 暗く深い、森の奥。


 街から離れ、人など寄り付くことの無い樹海の中に邸宅はある。


 彼女は今日も、一人揺り椅子に腰かけて読書に耽っていた。




「レリア」


 開けっ放しの部屋の戸を叩き、彼女に笑いかけたのは衛兵団の某隊長。

 彼の手には、新しく発行されたらしい文庫本の類と、重量感の無い小さな紙袋が携えられていた。

「最近は忙しかったのね、エド」

 レリアは少しむすっとした顔で、横目に彼を見る。

 まだ年端も行かないように見える小さな体と、白と紫が混じったようなセミロングの髪。その髪に混ざるように、猫のような垂れ耳が見え隠れしていた。

「ちょっと立て込んでて。寂しかった?」

「うるさい。寂しくないし、待ってないから」

 彼女は目を逸らして誤魔化すが、その小さな耳が少し動くのをどうにも止められないでいる。

「はい。これ、前読んでたやつの新作」

「前って…本当、随分前に読んだ本ね。もう完結したんだと思ってた」

「彼、前ので終わりにするつもりだったって言ってたよ。でも、反響もよかったし書きたい話もあったからって」

「ふぅん、お金目当てってことかしら」

「わからないけど、面白いと思ったよ」

「そう」

 そう不愛想に返事をして、レリアは受け取った本を何頁か捲る。

「…相変わらず、書き出しが冗長ね。この作家は」

「それが導入としていい味出してるんだと思うよ」

「そうね。まあ、嫌いではないけど」

 もう一つ置かれた小さな椅子に腰かけて、レリアの横顔を眺めるエド。

 その様子を少し見て、彼女が落ち着いているとわかった彼は次の話を切り出した。


「例の子たち、この街に住むことになったよ」

 レリアの耳がまた少し動いた。

「…そう」

「…気になる?」

「いいえ、別に」

 レリアはそういって手元の本に目をやるが、頁をめくる手は止まっている。

 また間を置いて、エドは呟くように話す。

「羊の耳の子は医者見習い。もう一人の子は、衛兵団の訓練生」

「…」

 レリアの目が、少しだけエドの方へ向く。

「医者見習いって事は、マリーに弟子入りでもしたってこと?」

「ご明察。その通りだよ」

「…この家まで、来たりしないでしょうね」

「そうするときは、ちゃんと伝えるよ。明日はまだ連れてこない筈」

 ふん、と鼻を鳴らしてレリアは視線を本へ戻した。

「…別に、興味なんかないし。来てもらっても、困るんだからね。変なこと、伝えないでよ」

「うん、わかってる。ちゃんと、レリアの心の準備ができるのを待つさ」

「…」

 レリアは、体育座りのように足を椅子の上に乗せて縮こまる。

 揺り椅子が後ろに傾いてエドが少し心配するが、彼女はうまくバランスを取ってゆらゆらと波のように揺れていた。


「ところで、その紙袋は何?」

「ん、やっと突っ込んでくれたね。これ」

 エドは紙袋から小さな人形のようなものを取り出して、レリアに渡した。

「…まんまるね」

「それ、売り物じゃなかったんだけどね。街の子が趣味で作ってたから、一つ譲ってもらったんだ。レリアが気に入りそうだと思って」

 ピンク色をしたその球体に、顔が書いてあるだけの人形。

 ただ何となくレリアはそれをじっと見つめた後、自分の膝元に丁寧に置いた。

「…」

「気に入った?」

「うん」

 気恥ずかしそうにそっぽを向いて小さく頷いた後、彼女はそのまま窓の外に目をやって、何か考え事でもするように椅子を揺らすのを止めた。


「欲しいものがあったら、また言ってよ。次に来るとき、持ってくるからさ」

「うん」

「マリーも明日、来るから。もし気になったら、羊耳の子のことも聞いてみると言い」

 そう言うと、レリアは不安そうに視線を落とした。

 膝の上の人形を、つまむように指でなぞる。

「うん」

「…」

 いつもより尚のこと口数の少ないレリアの様子にエドも不安になりつつ、二人はしばらく他愛のない話をして過ごした。




 彼女は、誰かと話す時間が時折苦痛に感じた。

 エドがいる時間が長ければ長いほど、この後に彼が去って一人になる時間が来ることを憂鬱に感じなければいけないから。

 彼女は、誰かと新しく出会うことが怖かった。

 その人と長く過ごせば過ごすほど、いずれ来る別れに対する恐怖が大きくなるから。


 そして何より、自分がいることで周囲に不幸を与えてしまうことが、彼女にとっての一番の苦痛の要因だった。




 そうして森の奥にずっと籠りきった彼女をただ元気づけようと、変化を望んだエドやマリーにとって、エリアとリュックの街への来訪はまさに一縷の望みであった。


 レリアに対して深い負い目を感じていた、彼らにとっては。




 ◇ ◆ ◇




「ワルプルギスの翌夜祭?」

「そう。もうじき始まる、春を迎えるお祭りだよ」


 朝方、マリーはふとそんな話をリュックに振った。

「夜になると通りにいっぱい出店が出て、いつもとはまた違う感じで明るくなるの。衛兵団は警備で忙しくなるけど、それでも楽しめると思うよ」

「出店かぁ…いいね、そういうの」

 身支度を整えながら、何かを思い出すように視線を上げるリュック。

 ソファに座って紅茶を飲んでいたエリアは、それはまた興味深そうにマリーに視線を送って、そのティーカップをテーブルに置いた。

「お祭りって、あの、お祭り!?街のみんなが輪になって踊るやつ!?」

「うーん、それはお祭りっていうより儀式だなぁ」

 マリーは苦笑いして、その祭りがどんなものかを教える。

 エリアは遠足前の子供のように手を膝の上に置いて、姿勢正しくマリーの話を聞いていた。


「警備か…じゃあ、エリアとはずっと一緒には歩けないかな」

「エリアちゃんは私がしっかり見張ってるよぉ」

 一度脱走した経験のあるエリアは申し訳なさそうに縮こまる。

「わ、私も行っていいのかな?なんだか、心配させちゃうんじゃ」

 おずおずと二人を見るエリアに、リュックとマリーは揃って「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばした。

「エリアちゃんが楽しんでなきゃリュックちゃんが落ち着かないよ」

「そうそう。安心して、悪そうな人はあらかじめ殲滅しておくから」

「医者を過労死させる気かな?」

 笑顔でとんでもないことを言うリュックに、マリーも笑顔で返す。

 一瞬だけ狂気を感じて怖気づくエリア。

「―――冗談はさておき、その日の警備がどんな感じかは誰かに聞いてみるよ。途中で抜けて、少しは遊びに行けるかもしれないし」

「う、うん。待ってるね」

 少し困った顔で、エリアは答えた。


「そんなに無茶ぶりはされないと思うけど―――まあ、もし抜けて行けなかったら、その時はマリーと一緒に楽しんでね」

 昨晩の不安そうな様子はもう鳴りを潜めていて、リュックはまたいつものような笑顔を浮かべている。その笑顔がエリアはなんだか少し嫌で、ふと立ち上がってリュックに駆け寄った。

 リュックの顔を挟むように頬に両手を当てると、エリアはまっすぐに彼女と目を合わせる。

「?」

「リュックが大変そうだったら、私、こっちから会いに行くからね」

 少し驚いたように、リュックはエリアの顔を見つめる。

「…う、うん。どうしたの、急に」

 まだ少し壁があるように感じて、エリアは少しむっとした顔でリュックの瞳を覗き込んだ。

「私、もう知ってるんだから。リュックがほんとはどうやって笑うのか」

「…」

 少し間を置いて、リュックは突然顔を真っ赤にした。

「え?なに?どゆこと?」と二人の顔を交互に見るマリー。

 やっと意図が伝わったと感じたのか、エリアは嬉しそうに口角を上げる。

「もう私、わかるからね。リュックの嘘とほんと。隠すの禁止だよ」

「うん、ごめん―――大好き、エリア」

 そう言って、リュックはまたエリアの首元に顔を埋めるように彼女を抱きかかえた。


 言外で保管される二人のコミュニケーションが分からす、手で口を覆ってただ見ているマリー。

「わ、私の家でラブコメが…」

 そう驚きつつも、別に嫌そうでもない彼女は止めもせずに二人のいちゃつきをぼんやり眺めていた。






「じゃ、行ってくるね」

 衛兵団の隊員と会う予定があるとのことで、リュックは一足先にマリーの家を後にした。


 残されたエリアも、自分の用事の準備を始めようと腰を上げた。

「せんせ、今日は先に市庁舎に行くんだよね。証明書貰ったら、一度戻ってくる?」

「うん、ひとまず仕事道具はここに置いていくつもり―――なんだけど。エリアちゃん、ストップ。一回座って?」

「へ?」

 背を向けようとした矢先呼び止められたエリアは、少し変なポーズで固まった後ゆっくりと戻って来た。

 促されて、またリビングルームのソファに座らされる。

「はい、私の目を見ててね」

 そう言ってエリアの目元に手を添え、エリアの瞳を覗き込むマリー。

 額、顔の周り、羊耳の辺りを触診したのち、「体が重かったり、喉が痛かったりしない?」とエリアに問いかけた。

 当の彼女は、何のことやらとマリーの顔をじっと見ていた。

「…別に、どこも悪くないよ?私元気―――ん」

 問答無用で口に体温計を差し込まれるエリア。

 彼女の顔は別段火照っている訳でもなく、一目見た限りでは健康な姿だが、それでもマリーは彼女の変化を見逃さなかったようだった。

「はい、ちょっとじっとしてて」

 されるがまま、体温計を咥えて彼女はじっとしていた。


 体温計からアラーム音が鳴り、そこに示された数字を見るとマリーは直ぐにエリアの目を見た。

「ちょっと熱があるね。今日、出かけないほうがいいかも」

「えぇっ」

 不服そうに声を上げるエリア。

「だ、大丈夫だよ!?全然調子悪くないし…んぁ」

 勢いよく立ち上がった彼女は、急に立ち上がったせいか眩暈を起こしてへたり込んでしまった。

「んー…やっぱり色々あったし、疲れてたのかなぁ。昨日はよく眠れた?」

「へ?あ、昨日の夜は…ん、まあ…眠れた、よ?」

「…」

 医者に嘘は通用しないようで、エリアが若干寝不足気味であることはすぐに見抜かれてしまった。

「証明書類は私がもらってくるから、エリアちゃんは寝室に戻ってちょっと寝てて。街を回るのは明日からでいいよ」

「んん…でも」

「風邪ひいた医者が街を回ってるなんて、そんなの逆効果。いいから、ほら。部屋に戻りますよぉ」

 そう言われて、市庁舎に行くのを内心楽しみに思っていたエリアは肩を落として寝室へと足を運んだ。


 気分が落ち込んでしまったせいか、彼女は急に頭痛と発熱の影響を受けて立ち上がるのも苦しいほどに体調を崩してしまった。

「喉乾いてない?ちょっと、飲み物用意してくるよ」

「う、うん」

 思いのほか苦しみだしたエリアを見て、自身も外出を遅らせようとするマリー。

 水を持ってきてもらった後、エリアは申し訳なさそうにマリーを見た。

「わ、私、今度自分で市庁舎行くね。私のことは平気だから、いつもの患者さんの所、行ってください」

「…ごめんね。午後はここに居られないと思う。…誰か、呼ぶ?」

「ううん、大丈夫。昔から、こういうとき一人で何とか出来たから。リュックにも、言わなくて、大丈夫」

「…」

 心配そうにエリアの様子を見るマリー。はっと気が付いて、エリアは部屋の外に何かを取りに行く。

 すぐに戻ってきた彼女は、何か電子機器のようなものを持っていた。

「エリアちゃん、これ、持ってて」

 そう言ってエリアに渡したのは、ディスプレイが付いている通信端末。フェリスが『スマホ』と呼んでいたそれであった。

「これ、私のやつなんだけど…えっと、エドとか、ユアンには連絡取れるから。どうしてもしんどくなったら、これ使って連絡とってね。使い方は…」

 ぼやけた思考で、簡単に使い方を聞くエリア。

 少し眠気に苛まれる中で、その後マリーがエドに連絡を取っているらしい様子をぼんやりと見る。

 迷惑を掛けているな、と思いながらも、襲い来る睡魔に打ち勝てずに、そのまま少しの間彼女は眠りについた。




 しばらくして、ふと目を覚ますエリア。

 周りには誰もおらず、マリーは既に外出したようだった。

 まだ頭は痛んで、身体にはだるさが残る。

 マリーが用意してくれた水を飲んだ後、エリアは眠る気も起きずベッドに座って部屋の中を眺めていた。


 天井や壁には幾らかの装飾があり、その内装はあまり世俗に詳しくないエリアから見ても高級感を感じさせた。

 一人で済むには広すぎる邸宅、管理の難しい庭園。

 ふと、マリーは何故この家に住んでいるのだろうと疑問に思った。


 ぼんやりと立ち上がり、部屋から出る。

 リビングルームのソファも、ローテーブルも、ダイニングも整然と並べられて正すところも見当たらない。

 物は少なく、必要最低限の生活用品だけが然るべきところに配置されている。


 そもそも、急にやってきた自分たちに使わせる部屋を簡単に用意できたことも不思議であったが、以前にそれをマリーに聞いた時には「今は空いてる部屋だから問題ないよぉ」とだけ言ってはぐらかされてしまっていた。

 特に隠そうとしているわけではない様子だったが、話すのを遠慮しているようにも見え、それ以上詳しく聞こうとするのは憚られたのであった。


「お掃除、一人でやってたのかなぁ」

 今はエリアとリュックも手伝っているが、それまではこの広さを一人で管理していたのかと考えると、マリーがこの家を大事にする理由が何かあるように思えた。


 庭園には、エリアが持ってきた薬草の類も幾らか植えさせて貰っていた。

 元々マリーが育てていたものもあって、花壇は賑やかに庭園を彩っている。

 僅かにふらつく足取りで、エリアは庭園へと足を運んだ。


「…」

 花壇には、リュックの花―――彼女の名前の元となった薬草もまた同じように咲いている。

 エリアはその前でしゃがみ込むと、風に揺れるその少し背の高い花を指でつつくように触った。

「まだ、私、何も出来てないよ」

 バルベナに来てからの自身のことを思い返して、またエリアは少し落ち込んだ。

 影に襲われて助けられ、誘拐されて助けられ、熱を出して看病され。これから先、医者として街で頑張ろうという意思があれども、現状上手くいっていない現実と、今現在の体調の悪さも相まって、彼女は大分気を落としてしまっていた。


 外の風に触れて少し気を落ち着かせた彼女は、そのままじっと花壇の花を見つめていた。穏やかに近くを見ているうちに、また少しずつうとうとと眠気が現れ出した。

 部屋に戻らないと、と思いつつも腰を上げられない。

 ああ、駄目だ、このままここで寝てしまっては―――


 そう思いながらも、耐えられず。

 彼女は、庭園の隅っこで、倒れ込むように意識を失った。


「にゃあ」

 倒れる数瞬前、猫の鳴き声が聞こえたような気がした。






 ◇ ◆ ◇






 くるくると、ゆっくりと夢の中で回っていた。


 そのまま空に溶けてしまうように自分の身体は風に流されて、どこか遠くへ飛んでゆく。


 木々を越え、河を越えて、どこか知らない場所へ。


 きっと私はまた一人になってしまうのだろうと、寂しく思いながら。でも、もしそうなったら私は、きっとそのまま受け入れて生きていけてしまうのだろうなと、そんなことを思いながら、くるくると、空の中で回っていた。


 もしあの子と出会っていなかったら私はきっと、今でもあの色の無い世界で、一人っきりで。それで十分だと思いながら、ずっと、ずっと。


 これから先あの子と別れてしまったら、私は、また。

 同じことを繰り返すのだろうと、そう思った。






 ふと気が付いた時、エリアの視界にあったのは花壇でも部屋の装飾でもなく、何処か見覚えのある壁一面の本棚だった。

「…?」

 一瞬、アゼリアの家に戻って来たのかと思った彼女であったが、長年住んでいた自分の家とは違う光景を見て更に混乱する。

 体調もまだ優れない中で辺りを見回したせいで目を回して、彼女は自分が眠っていたソファの上から転がり落ちた。

「いったぁ…」

「…」


 体を起こした先には、揺り椅子に座った小さな女の子の姿があった。

 彼女は、エリアが転がり落ちた音に驚くわけでもなく、ただ少し警戒するようにエリアのことをじっと見つめて動かないでいる。

 膝元に置いた本は開いたままで、エリアと目を合わせるようにしばらく彼女を睨んだ後、数回の瞬きと一度の溜息をついて口を開いた。


「…ねえ、なんなの、あなた。何か、変なものに取り憑かれてるの?何か言ってよ」

「…」

 尚も無言で少女をじっと見ているエリア。

「ね、ねぇ…」

「…魔女の子?」

 呆けた様子で、エリアはただその一言を発して少女を見つめ続けた。

 一切目を逸らさず自分を見ている彼女の姿を見て、少女は気味悪そうに身を引いて、本を盾のように構える。

「あんたも、そうでしょ。ねえ、本当怖いからせめて名前くらい言ったらどう?あなた、エドが言ってた羊耳の子じゃないの?―――ね、ねえ、ちょっと!聞いてる!?来ないで、来ないでってば!」

「魔女の子だぁーーー!!!」

「や、やめっ…に゛ゃあぁーーー!?」


 妙に興奮した様子のエリアは、彼女の警戒など気にも留めず、その小さな体に襲い掛かる勢いで飛びついた。

 少女は逃げようと藻掻くがどうすることも出来ず、抱き上げられて振り回され、髪を撫で回され、髪に紛れた猫の垂れ耳をこれでもかと触られる。

 挙句、そのまま呼吸が苦しいほど抱きしめられて動けなくなった彼女は、意気消沈して暴れることを諦めたのであった。


 こうしてエリアと森の魔女レリアは人知れず出会い、互いの人となりを知ることとなった。




「私以外の魔女の子、初めて会ったよぉ」

「わかった、わかったから。離して。は、な、し、て!」

「んん」

 至極残念そうにレリアを床に降ろすエリア。

 彼女は名残惜しそうに、レリアに巻き付いた腕を離さないでいる。

「降ろしてじゃなくて、離してって言ったんだけど」

 反応がいまいちなエリアにもどかしくなって、レリアはじたばたと藻掻いてその腕を振り解いた。

「あなた、その耳。エドが言ってた、この間バルベナに来たっていう魔女でしょ?なにがあってこんなことになってるの」

「…?」

 まだ熱が下がっていないのか、ぼんやりと質問の意図を考えるエリア。

 結局よくわからず、首を傾げてレリアの顔を見つめ返した。

「…熱、まだ下がってないのね。魔女とは思えないほどの魔力の低下、睡眠状態での魔法の暴発。とても、まともな熱の出し方じゃないわ。風邪ではない」

「…」

「おまけに、私の言っていることもいまいち認識出来てない。こんな駄目駄目になる原因なんて、想像がつかないわ」

「ええと」

「私から見たら、あなたは今とんでもないポンコツよ。本当に大丈夫?」

「だ、だいじょばないかも」

「自覚があるならいいのだけれど」

 そう言って、レリアは呆れるように溜息をついた。




「―――空を飛んでた?私が?」

「そう。寝ぼけて魔法を使うなんて初めて聞いたわ。魔力を感じて窓の外を見上げたら、あなたが膝を抱えて空に浮かんでるんだもの。驚いて心臓が止まるかと思った」

「そ、そんな…私、自分でここまで飛んできたってこと?」

「知らないけど、そうなんでしょ?それがあなたの力なんだったら」

「お、おわぁ~…」

 レリアは、そこからエリアを回収して屋敷に引き込み、ソファに寝かせるまでの経緯について短く話した。

「そのまま放置しても良かったけど…なんだか、それだと寝覚めが悪い気がしたから」

「ありがとう、助かったよ」

「別に、たいしたことはしてない」

 そう目を逸らしながらも、レリアは感謝されることはまんざらでもないようで、僅かに嬉しそうにしている。

「それで、名前は?」

「―――あ、そうだった。私、エリアっていうの。あなたはレリアちゃんだよね?」

「…知ってるのね、私のこと。エドから聞いたの?」

「うん、ちょっとだけ。深くは聞いてないけど、前は街にも来てたんだよね」

「…うん」

 レリアは、何かを思い出すように少しだけ目を伏せた。

 その様子を見て、エリアは敢えて笑顔を崩さないまま話を続ける。

「名前、似てるねぇ。これから、よろしくね」

「ん…な、なによ、よろしくって。別に、ここに住むわけじゃないでしょ」

 目を合わせるのが恥ずかしいのか、レリアはずっとそっぽを向いて話している。対して、同じ魔女であるレリアに会えて余程嬉しかったのか、エリアはずっとレリアの顔を見て話し続けていた。


「ここは、レリちゃんの家だよね?」

「れ、レリちゃ…!?」

 誰に影響されたのか、出会って間もないレリアのことをすぐにあだ名呼びするエリア。驚きの余り、レリアは一瞬だけエリアの顔をしっかりと見て反応していた。

「バルベナから、結構遠いのかな…?」

「…そ、そうね。歩いたら一時間くらいはかかると思うわ」

「そっか、一時間かぁ…」

 まずいな、と目を逸らすエリア。

 前回に続き、またしても自分が突然姿を消したとなっては、リュックはそれはもう死に物狂いで自分のことを探し始めるのではないか、と。

「そ、そうだ。先生から預かってた通信機…は、置いてきちゃったかぁ…」

 スカートにポケットが付いている訳でもなく、小物を多く持ち歩く習慣も無いエリアは当然通信機を携帯していることも無い。

「心配しなくても、あなたがここに居ることはもうエドに伝えたわ」

「え?」

「私、エドとは念話できるから」

 レリアはさも当然といった風に髪を触りながらそう言った。


「…念話って、つまりテレパシーってこと?」

「他に何もないでしょ。念話もひとつの魔術だけど―――もしかして、知らないの?」

「…うん。そんな便利なもの、あるんだね」

 驚いたようにエリアの顔を見るレリア。

「私が言うのもなんだけど…あなた、本当何も知らないのね」

「そう…なのかなぁ」

 先程まで落ち込んでいたところに追撃を食らったせいか、エリアはまた急に気を落として視線を下げてしまった。

 レリアもさすがに心無い発言をしてしまったかと心配になり、「あ、いや、その」とおどおどとフォローを入れようと手で宙を掻いていた。


「そ、それで。あなたの―――エリアの、今の状態のことだけど。なんで、そんなに魔力量が少なくなってるの?それ、元からじゃないでしょう?」

「少なく、なってるの?私、自分じゃよくわからないんだけど」

「少なくなってる。心臓からの供給量に対して、身体に循環してる魔力量が圧倒的に足りていないもの。なにか、魔力を大量に消費するような事でもしたんじゃないの?」

「魔力の、消費…」

「例えば、質量の大きい物体に作用する魔術を使ったとか、継続的に何かにエネルギーを供給し続ける行為をしたとか」

 うぅん、を首をひねって考えるエリア。特に、心当たりは無い。

「今、体調を崩している理由も多分それよ。重度の貧血みたいなもので、これ以上無理をすると本当に危ないレベル」

「でも、そんな心当たりは…あ」

 ふと、昨晩のことを思い出す。

「―――何か、思い浮かんだ?」

「え?い、いやぁ。別に、何もしてないよ?」

「したわね。何か、人に言えないことを」

「…」

 気まずそうに目を逸らすエリア。

 レリアにどう表現して伝えるべきか幾らか考え、仕方なく断片的にそれを話すことを彼女は決意した。


「その、えっと…龍人の子と一晩中くっついて寝てたんだけど…。それって、関係あるのかな?」

「…」

「…れ、レリちゃん?」

「関係、大ありでしょうね。一体、どんなくっつき方をしていたのか知らないけど」

 何とも言えない様子で顔をしかめて他所を見ているレリア。

 一瞬の沈黙の後、レリアはなにか失望すらしたような目で言の葉を投げ捨てた。

「けだもの」

「えっ」

「けだもの」


 このやりとりのせいで、レリアから見たエリアの第一印象は『純粋な顔をした駄目な年上』というなんとも頼りの無い人物像になってしまっていた。


 エリア自身も、これは良くない滑り出しな気がするぞ、と内心出会いをやり直せないかとすら考えていたのであった。






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