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第二話 恋に恋する同族

 ――ピクッ



 (異、世界………?)



 亜麻色の髪が微かに揺れる。



 就業中でありながら、好奇心をくすぐるワードに反応してしまうのは――



 〈新名〉にいな

 そう書かれた胸のネームプレートは、傷一つなく新品に近いようだ。



「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」



 土日の昼時。ひっきりなしに入店ベルがなり、お腹を空かせた人々が来店する。

 それをテキパキと捌き、愛想良く案内する彼女は、先週入ったばかりのアルバイトだ。




「新名さん、あちらの席ランチメニューが無いわ、大至急。それが終わったらドリンクバーの補充をお願い」



「は、はい!」



 ベテランの先輩従業員に指示を受け、休むことなく働く姿は新人にしては上出来だ。


 パッチリとした丸い瞳が、くるくると手元や店内を行き来する。


 肩までの亜麻色のウェーブも、忙しく変わる顔の向きを追いかけるように動いた。









 ――間もなくして、戦場は過ぎ去り。

 店内には、午後のゆるやかな時間が流れる。




「お疲れー、今日のお昼はお客さんすごかったね。新名さん土日のピーク初めてだよね、大丈夫? 疲れたでしょ」



「はいぃ! もう軽くパニックで。メモも、なかなかとる余裕がなくてすみません」



「大丈夫大丈夫、あれだけ動ければ大丈夫よー。分からなかった事があれば、いつでも聞きに来てね」



「ありがとうございます! あ、お疲れ様です」





 同じシフトを終えた従業員が、労いの言葉をかけながら帰路についていく。



 (私もそろそろ上がらなきゃ。あ、レシートロール変えるの忘れた)



 仕事を一つ思い出してしまった。


 自分も帰り支度をするべくバックヤードへ向かっていた足を止め、レジへ向ける。





 これ以上紙は出ないぞ、と警告のレッドライン。


 ベーっと赤い舌を出すレシートが、彼女が来るのを心待ちにしていた。





 ――カチャカチャ



 替えのロールを入れ直しながら、新名は先程の出来事をふと思い出す。



 (異世界、って聞こえたよなぁ)



 ただでさえ賑やかなファミリーレストランの、一番の書き入れ時であるランチタイム。



 猫の手も借りたいホール従業員は、本来なら客同士の会話に耳を貸す余裕はない。



 だが、彼女にとって魅力的過ぎるそのワードだけは、無意識に耳が拾っていたらしい。





 (どこかのお客さんが、異世界転生モノの話をしてたのかな。何読んでるんだろう?)



 うーん、と思い付く限りのタイトルを頭の中に列挙する。



 (最近アニメ化した、“兄妹揃って異世界転生したら妹だけ獣人化したけどモフれるから問題ない”とか)



 (それか悪役令嬢系の新作、“前世で徳を積みすぎたせいで悪役令嬢に転生できず、只の善良令嬢になりましたが許されますか?”かな)



 (あ、そうだ。バイト代入ったら、コミカライズ板“転生した先で出会った師匠が実は初恋の人だったけど、15年越しの恋を叶えても良いですか”買いに行かなくちゃ)





 彼女もそう。


 異世界転生を題材にしたノベルやコミックが大好きな、異世界ファンの一人であった。



 特に好んで読むのは、恋愛要素が盛り込まれたもの。


 登場人物達が織り成す、胸がキュンキュンするような恋愛模様。

 時には応援し、時には自分に重ね憧れを抱きながらウキウキ読む姿は、正に年頃の女の子である。




 現実を舞台にした恋愛作品は数あれど――

 今いる現実の世界とは違う、風土や生態系。民族、風習、想像もつかない常識。可能性が無限大な異国の地で生まれる恋……


 ちょっと物珍しくて、ちょっと幻想的な

 そんなお話が大好物である。



 (あぁ、私も転生して素敵な恋愛したーい!)









「だーかーらー、異世界に恋愛要素は必須だろうがよォ!」


「そうかなぁ。見るのは好きなんだけど、描くのは苦手で……」



 (!)



 ハッと視線を上げると、店の奥から歩いてきた男性客が目の前で立ち止まった。



 それもそう、ここはレジだ。

 食事を終えて代金を払いに来た。何もおかしくはない。



 しまった。つい自分の世界に入り込んでしまったと、新名は慌てて現実に意識を引き戻す。










「ありがとうございました!」


 筒がなく会計精算を済ませたが、彼女の頭の中には新たな興味が生まれていた。


 記憶に新しい、男性客が口にした“ワード”





 (もしかして、例の話をしてたお客さん!? しかも恋愛ストーリーも読むとか言ってた)


 気配を感じていた仲間を探し当てた彼女は、どうにも清々しい気分である。




 (また来るかな……)


 一つ、アルバイトの楽しみが増えた。


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