8話 可愛い専属メイドが出来ましたの
チュンチュンと聴き慣れた鳥の声とまだ慣れないフカフカのベッド。
今日は昨日よりは早いが起きるには遅い時間。
パチリと目を覚ませば昨日と同じく気持ち良い布団の誘惑に開いた瞳はまた塞がる。
(ごめんなさい旦那様、貴方の婚約者は今日もまたベッドの誘惑に勝てませんでしたの。)
そう懺悔するもののベッドから降りる気配は一切無い。
もう一眠り……と意識を手放そうとしたところでノックの音が響く。
「ティファニー様、起きてらっしゃいますか?」
起きているかと言われて寝入るのは流石に悪いし、品性に欠ける。
寝入りたい気持ちに蓋をしてさも起きていたように繕うために返事をし、少し待つように言う。
髪を手櫛で梳かすとヴェールを被り、中に入るように言うと入って来たのは1人のメイド。
「失礼致します。ティファニー様のお世話をする様に仰せつかったアニーと申します。」
言い終わると緊張した面持ちで勢いよく頭を下げる。
「わたくしの……お世話?」
言われた内容を反復するも理解していないように小首を傾げる。
「はい、あっお世話など失礼な言い方をして申し訳ありませっ」
「まぁまぁまぁ!つまりわたくしのメイドという事ですのね!さぁさ座ってくださいな、今お茶を入れますの。」
他人にあまり興味がなければ今まで色々な人を見る機会がなかったので、人を見分けるのも苦手だ。
しかし自分のメイドとなると話しは別だ。
イエローの瞳にオレンジ色のピョコピョコ跳ねる髪を左下でひとつに括り前に垂らす可愛らしい少女。
年はティファニーと同じくらいか、人見知りなのか少しおどおどとした印象を受けるがそこがまた可愛らしい。
よくよく見れば昨日からお世話になっているメイドはこの子だったような気がする。
自分付きの初めてのメイドはうんと可愛がってあげよう。
そんなペットのような事を考えられているとは知らずに、アニーはただ困惑している。
緊張すると身体が固まってしまう性分のせいでミスを連発し、後輩メイドよりも仕事が出来ないと見限られてしまい、すぐに去るだろうと思われているティファニーのお世話をする係を任された。
本当ならこんな大役の時点で逃げ出したいのに加えあの醜く恐ろしい風貌の主人の婚約者……ティファニー付きのメイドを任されるのは死刑宣告に近い。
怯えながらも挨拶くらいはしなければ、そしてあわよくばそのまま実家へと帰っていただきいつもの日常に戻りたい。
そんな願いは叶う事なく謎の歓迎を受けていた。
目の前には何故か自分がお世話するはずの方が紅茶を淹れようとティーカップを選んでいる。
「私が淹れますっ、ティファニー様に淹れていただくわけにはいきません!」
慌てて阻止しようとするもその手を強引に止める訳にはいかずに、結局椅子に座らされ一杯のお茶に付き合わされる事になる。
お茶を飲みほっと一息、アニーはこれから支える新たな主人を観察する。
顔は見えないけれど機嫌良さそうにする姿は悪い人にも、怖い人にも見えない。
いつの間にか緊張は解れていた。
「ティファニー様そろそろお召し物を変えた方が宜しいと思うのですが。」
「まぁ、そういえば着替えがまだでしたの、今着替えるので少し待っていただけるかしら?」
そう言ってティファニーは立ち上がると1人着替えにワードローブへと向かおうとする。
「着替えの手伝いもメイドの仕事ですので私も手伝います!」
立ち上がりその後を追うアニー。
どれにしようかしらとティファニーがドレスを選ぶ先を見て違和感を覚えた。
許可を取り1枚1枚見ていくと、両極端に2種類のドレスに分かれている。
大人しめのドレスと派手なドレス。
はっきり表現するならば流行遅れな地味でダサいデザインか、柄が激しかったり露出が多いかなりいやらしいデザインだ。
中でも一際いやらしい、もはや淑女が着るには下品と言われてもおかしくはないゴールドと胸もお尻も見えそうなドレスを1着手に取る。
「やっぱりアニーもそのドレスが気になるのかしら、わたくしが家を出る時に荷物に入っていたのだけれど目を引きますの!」
「ええと、このドレスはティファニー様の物では無いのですか?」
そう聞くと地味なドレスは元から持っていたドレスで、派手なドレスは勝手に荷物に入っていた物だと教えられる。
自らお茶を淹れようとする姿や、ドレスの扱い、誰もが恐れる主人の元へと嫁がされて来た事。
それらを考えると今までのティファニーの境遇が良い物ではなかったのだろうという事が想像された。
「せっかくだからこれを着ようかしら?」
そう言って選んだのは派手なやたらと露出度の高いゴールドのドレス。
顔は隠すのに身体は出すのかと突っ込みたくなる気持ちを抑え、必死にヴェールが合いそうな大人しめのドレスへと誘導した。
「ねぇ、アニー。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど。」
「なんでしょうか?」
「旦那様ってどんな時に仮面を外すのかしら?」
着替えの最中にふと世間話でもするように振られた話題にピシリと固まるアニー。
「えっ、か、仮面ですか……?えぇと、お食事の時……でしょうか。」
「お食事の時は口元が出ている仮面を付けていて、全部は見えませんでしたの。」
自分より長くいるなら知っているかもしれないと何の気無しに振った話題にアニーは困惑する。
「では……お風呂の時はさすがに外しているのではないでしょうか?」
「まぁっお風呂!そんな、一緒にお風呂は早いのではないかしら?」
1人できゃぁきゃぁ言い出しそうな程にテンションの上がるティファニーをアニー信じられないものを見るような目で見つめていた。
「アニーは旦那様の素顔をみたことがありますの?」
「いいえ、ティファニー様がいらっしゃった時に外した所には居ましたが、私には恐ろしくて顔を上げる事は出来ませんでした。」
「恐ろしい?」
「ええ、私にはとても恐ろしいです。」
思い出したかのようにフルフルと震えるアニーを今度はティファニーが不思議そうに見つめるが、ハッとしたようにピクリと動くと震える肩をそっと掴む。
「アニー、よく聞いてね。今は怖いかもしれないけれど『吊橋効果』という怖い気持ちから好きになる事があるの。もしアニーが旦那様を好きになってしまったらわたくしは優しくする事は出来ないから、絶対に恋敵になんてなろうとしないでくださいね。」
「は?」
言い聞かせるように、脅しともとれる言葉だかアニーは全く理解出来なかった。
好きになる?あの恐ろしく醜い主人を?
そんな可能性あるはずがない。
ティファニー・メイラ譲はとんでもない変わり者だ。
いくら婚約者という好待遇で来たとしても相手はあの恐ろしきダーリック・バルベルだ。
自分なら1人の時間でも今後に怯え過ごすだろう。
しかしながらティファニーは怯えるどころか常に楽しそうに振る舞っている、これではこの屋敷から出て行くというのはなかなか考えられない。
これから自分はどうなるのか、そう思いこっそりため息を吐くアニーであった。
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