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7話 椅子を運んでもらいましたの

今日こそは一緒に食事を出来るだろうかと心弾ませダイニングルームへと足を踏み入れる。

そこにダーリックの姿はないが、2人分の料理が用意されているのを確認し1人ではない事に安堵した。

しかし位置が気に入らない。

向かい合わせか、すぐ隣か、姿が確認しやすいすぐ側での食事だと思っていたけれど席3つは開けての距離を取って食事が用意されている。


「ねぇ、お食事の位置って変えても良いかしら?」


「位置ですか、やはりもっと離した方が良いでしょうか?」


「いいえ逆よ、遠過ぎると思うの!」


その言葉にメイドはまた訳がわからない事とでも言いたげな表情をされる。


「しかしこのように配置する様にと担当した者も旦那様から指示を受けているはずですので、私どもでは変える事はなんとも……」


メイドにしてみれば恐ろしい風貌の主人から、と受けた指示を忠実にこなし可もなく不可もなく、主人に気に入られもせず怒られもしない、なるべく関わらない位置にいたい。

指示に反抗するティファニーの行動はとても困る。

もしも怒られるなら得体はしれないがヴェールを被っている奇人なだけに見えるティファニーの方がまだましだ。

どうしようか、早くしないと恐ろしい主人まで来てしまう、そう思いメイドは思考を巡らす。


「旦那様からの指示でしたの。それなら仕方ありませんわね。」


そういうとティファニーは席へと向かうので、メイドも慌てて椅子を引き座る手伝いをする。

お礼を言うとそれを合図にメイドは役目を終えたとそそくさと退出した。

扉を閉まったのを確認すると立ち上がるティファニー。


ちょっとこれは距離を空けすぎじゃないか。


これでは違うテーブルで食べる様なものだ、せっかく一緒に食べるのだから近くで素晴らしいご尊顔を拝みながら食べたい。

せっせとお皿を、食器を、同じ配置になるように動かす。

最後に椅子を、と思い動かそうとするが先程とメイドが軽々動かすのか不思議くらい僅かにしか動かない。


「何をしているのだ。」


ビクリと固まる身体、突然背後からかかる声に勝手に動かす作戦の失敗を思い知る。

後ろを振り向くとやはりこの屋敷の主人ダーリックの姿。

いつもの仮面は食事用の物に代わっており、顔の上半分を隠す仕様になっていた。


「席が遠い気がしたもので、少し近づけてましたの。」


「少し?」


ほとんど動いていない椅子の位置なら少しだろう、だが先に動かしたであろう食器達はダーリックの食器達のすぐ隣にあり、椅子を移動させるなら椅子同士ぴったりとくっつく位の距離だ。

近過ぎて食べにくそうでもある。


「そうですわ旦那様、椅子をここに動かしてくださいませ。」


「駄目だ、私の側で食事なんて嫌だろう。ティファニー嬢の為に言っているのだ。」


「ティフとお呼びくださいと言ってるじゃないですか!もう良いです。わたくし立ったままで結構ですの。」


椅子を動かすのは諦め動かした食器の位置に立つと拗ねた様にそっぽを向く。

仕方ないとばかりに観念したダーリックが椅子を動かすと、その様子を満足げに見つめていたティファニーが突然声を荒げる。


「あ!駄目ですの!」


「今度はどうしたんだ。」


「こんなに近いとわたくしの顔が見えてしまうかもしれませんもの!」


そういうとティファニーはヴェールを抑え、隣同士の席から正面側の席へと食器を移動させる。


「やっぱりこちら側へ椅子をお願いしますわ。」


自分の食器をさっさと移動させる姿を見てダーリックも近過ぎる隣同士よりはましだと観念して椅子を運ぶ。


「旦那様は力持ちですのね。」


運ばれた椅子を不思議そうに見つめ、今度こそと動かそうとするも少しズレる程度で運ぶには至らない。

そのズレた椅子をダーリックにより直され、引かれた椅子に腰掛けしみじみと呟く。


「ティフ…の力が無さ過ぎるだけだと思うがな。先程椅子にしがみついていたへっぴり腰……」


思い出したかの様に楽しそうに笑い出す。

初めて笑う所を見た、少し厚みのある唇の口角が上がり笑い声を上げる姿は一気に辺りが輝きはじめるような眩しさをティファニーは感じた。

しかし自分の事で笑われている事を思い出しふと我に帰る。


「もう、笑わなくても良いじゃありませんか。」


その言葉にダーリックの動きが止まる。

上がっていた口角は下がってしまうも指先で唇を撫でる仕草はどきりとする様な色気を放つ。


「運んでくださりありがとうございます、ではいただきましょう。」


ずっと見ていたいが見惚れていては美味しい料理も冷めてしまう、ただでさえ自分の我儘で時間は過ぎてしまっている。

少し冷めてしまったが、念願の口元を出した姿の食事はそれだけで楽しい。

ダーリックの食事マナーは完璧で食べ方までも美しい、一緒にいても恥ずかしくないようにと真似をする様に食べ進める。


「そういえば……昨日は顔を見せても良いと言っていたな、私は晒したのだから次はティフの番だと思うのだが。」


「だっ駄目ですの!昨日は良いと思ったのですが……あまりにも人に見せられる顔ではない事に気付きましたの。」


「人に見せられる顔ではない……?私より醜いはずはない、昨日見ただろう。」


何をおかしな事を言っているとでも言いたげな声音でダーリックは話す。

するとティファニーは食べ進める手を止め、自らの顔を両手で覆いふるふると頭を揺する。


「旦那様は醜くありませんわ、それに比べてわたくしはとても……とてもはしたない顔をしてますのっ!」


「はしたない……顔?それはどんな顔なのだ?」


「『はしたない』は『はしたない』ですの。」


「はしたない……そうか。見られたくないのなら私も見ないようにしよう。」


顔を見られたくない気持ちは人一倍わかる、すれ違うだけで悲鳴を咄嗟に飲み込む人々、自分は大丈夫だから見せ欲しいと言われ見せると怯えられる絶望感。

それとも『はしたない』が本当の事を隠すカモフラージュで、本当はヴェールを被る事により顔を見られるが、ヴェールが無いと他の人々のように怯え出す。

そうならば耐え難い。

この短い間だがティファニーがダーリックに与えた気持ちは微かに自覚する程に根付いていた。


それにしても『はしたない顔』とはどんな顔だろうか、思い浮かべようとするがどうにもピンと来ない。

ちらりとティファニーを見やると手に持っていたスプーンがピタリ一瞬止まる。

果たしてその動きも見られた恐怖からか、それとも違う感情か、その判断材料は余りにも少なく判断が付かなかった。


そんな事を考えられているとは梅雨知らず、ティファニーは呑気にダーリックの事を凝視しながら食事を進める。

ヴェールを被って良い事は見つめていても相手からはバレない事だ。

どんなに不埒な事を考え顔に出ていても相手からはわからない、突如通じ合う目と目に驚き思考が止まるのは既に何回目か。

たまにチラリと見るダーリックに対して常にガン見なティファニーなので、ダーリックが視線を送ると目が合うのは必然である。

その度に悶えそうになる心を必死に押し留め平静を保ち淡々と食事を行うように見せるティファニー。

会話は弾んだとは言い難いが幸せだと思う時間はあっと今に過ぎる。

別れる時はエスコートとはいかなかったが、大変満足な1日を終えられた。

そう考えるティファニーであった。



(はしたない……はしたない顔………?)

その後どうにもはしたない顔というのが分からず頭から離れないダーリックは、隙があれば悩んでいた。

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