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6話 回想 ダーリック

カリカリとペンの走る音が響きは止まりを繰り返す。

この屋敷の主、ダーリック・バルベルはもう何度目かのため息を吐きながら落ち着かない気持ちを整理できないでいた。

この気持ちを巻き起こしたのは昨日現れた顔をヴェールで隠したメイラ家の令嬢、ティファニー・メイラのせいなのは間違いない。

仮面を外し腕を組むとどうしたものかと眉間に皺を寄せ、出来事を振り返る。



2日前にいきなり送られてきた手紙には要件の書いた手紙と一緒にご丁寧に婚約の届出の紙まで入っている。

馬車で飛ばせば1日で行ける距離のメイラ伯爵の納める領地から娘を婚約者にと打診があった。

自分が他人から恐れられる容姿であるとは自覚している。

噂の届かない遠い領地ではないのだ、メイラ家の令嬢なら私の容姿は知っているだろう。

何をおかしな事を送っているのだろうという気持ちと共に筆跡が伯爵の物ではない事に気付いた。

夫人が書いたのか、家紋は間違いがないがどうにも信憑性に欠ける手紙だか一文気になる箇所がある。


『明日向かわせる。』


という文書があるのだ。

本気かどうかは不明だが用意は行わなければならない。

私の姿を見るなり怯え結局は追い返す事になるだろうと考えると頭が痛くなるのと同時に虚しい気持ちになる。

「明日婚約者……いや、客人を迎えるかもしれない」という指示を飛ばし執務に戻った。


ふと学生時代の学友……と呼んで良いものか迷う関係の者の事を思い出す。


『我が友ダーリックよ、容姿が全てではない!君と付き合えば分かるはずだ、なんなら良い令嬢を紹介しようではないか!』


包容力のあるまるまるとしたふくよかな身体、肉に埋もれた瞳はミステリアスで砂嵐にも強く男らしい、低い鼻に全てを食い破るような大きな口を彩る分厚い唇、憎たらしい程に整った容姿を持つ彼は軽快なウインクと共に言い放つ。

その姿を見る女生徒は黄色い声をあげ、当時の彼のお気に入りの女生徒は彼とは真逆の顔を持つ私を見て青い顔をし美しい彼に怯えたように抱きつく。

在学中に何度もされたやり取りで彼は冗談のつもりだろうが、言われる度に心がすり減るのを感じた。

嫌な事を思い出したが、もしや彼の無邪気な提案で無理矢理娘を差し出そうとしているのか。

だとすると断ると顔だけではなく身分も高い彼の事だ、面倒な事になるかもしれない。

しかし怯える女子を留める事は出来ないと、明日に向かって考えた。


次の日。日も暮れ夕日がオレンジ色に変わる頃。

窓から見慣れぬ馬車がこの屋敷へ向かってくるのが見えた。


「本当に来たのか。」


どうせすぐに帰るのだろう、姿を見せて心に傷を付けるまでもない。

迎える準備はせずにそのまま読み途中の書類に目を通す作業に戻るも、集中出来ずに窓の外を見ると既に馬車は居ない。

そこまで私がいる屋敷は嫌だったのか。

自暴自棄になりながらもこれで良いと自分に言い聞かせ、もう居ないであろう婚約者を迎えるために足を向けた。


遠目から見てもわかるこの屋敷では異質な姿。

帰ったと思われたいきなりの婚約者は屋敷の主人を待っていたのだ。

近づき怯えさせるのも悪いと遠目から観察する。

顔こそヴェールで隠しておりわからないが、腰まである薄い金色の緩やかなウェーブを巻いた艶やかな髪、ほっそりとした腰に対して程よく丸みを帯びた胸、剥き出しの華奢な手足は白く庇護欲を抱かせる。

仮に顔に何かがあっても自分の元に嫁ぐしか道が無い娘には見えなかった。

そもそもメイラ家の令嬢は2人舞踏会で私に怯える姿を見た事があるがそのどちらとも違う気がする。


「ようこそ我がバルベル家へ、貴女がちゃんとここまで来たのは見届けた。家にも話を通しておこう。もう遅いが早く帰りたいなら護衛を手配しよう。」


どんな結果であれ娘は怯えて帰るのだろう。

結果が同じなら考える事もない、そう結論づけた。


しかしすぐに帰るかと思ったら予想外の反応に仮面の下で驚く。

まともに女性と会話が出来る、それですら最後にしたのはいつだったか記憶にない。


何度か行われるやり取りに気丈に応えてはいるが、声が僅かに震えている。

ヴェールの下は表情がわからない、もしかするとずっと目を閉じているのかもしれない。

もしそうなら意思の疎通が出来た事への感動も滑稽ではないか。


「当てつけのように顔を隠して現れておいて、歓迎を受けたいとは大層な身分だな。」


穏便に返そうと思っていたのだか、つい苛立ちのままに悪意ある言い回しをしてしまうが気づいた時にはもう取り消せはしなかった。


「実家では顔を隠せと言われていたので……、でも顔を隠しているのは一緒ではないですか、外すよう言われましたら直ぐにでも外しますの。」


ここで顔を見て今後会う事があっても気まずくなるだけだ、確かな素性がバレている分自分が晒す方が今後の為にも良い。

そんな気持ちとどこまでも気丈に振る舞う娘を普通の娘の様に怯えた存在に落としたい気持ちがあった。


「そのままで良い。私が外そう。この顔を見てもまだその気なら今夜は泊まっていくと良い。」


一瞬外す事を躊躇うが、メイド達が明らかに視線を向けていない事を確認し仮面を外す。

ヴェール越しでは表情は分からず怯えているかの判断がしにくい。

反応がない程に動けていない事は確かだ。

やはり普通の娘だったと書斎へと足を向けた。


書斎に戻り仮面を外しペンを走らせる。

しばらく執務に没頭すると一声と入ってくるのは共に父の代からずっとこのバルベル家に仕えている老執事だ。


「執務中失礼致します。ティファニー様が是非お食事は旦那様と召し上がりたいとお待ちでいらっしゃいます。」


「なに?」


信じられない者でも見る様に仮面の中で目を見開く。


「では後から行くから先に食べているよう伝えてくれ。」


「かしこまりました。後からいらっしゃるのですね?」


「あぁ、食べ終わったのを確認したら向かう。」


「では先に食べるようにだけ伝えましょう。」


またしばらくすると伝言を伝え終えた彼がやってくる。


「失礼致します。ティファニー様ですが、旦那様の用事が終わるまで食事に手を付けずに待つとおっしゃられていまして……如何なさいますか?」


「そんな事ある訳がないだろう。」


「しかし現にティファニー様は待っておられます。信じられないのでしたらこれから向かうと良いでしょう。」


「………私は部屋で食べると伝えてくれ。」


「かしこまりました。」


信じられない。

食事をすると言う事は仮面を外すと言う事だ。

いったいどこに好き好んでこんな見た目のやつと食事をしたがる奴がいるのだろう。

憐れみか偽善か、向けられた対象が縋り手を取ろうと瞬間やはり無理だと突き放し絶望を与えられてはたまったものではない。

厄介なタイプかもしれないと、警戒心を抱いた。


しかしそんな警戒心も次の日には鈍る事になる。

たまたま通った調理室から何やら焦げたような匂いが不自然なほど強く鼻を突く。

様子を見に行くとそこにはティファニー嬢の姿。

私の姿を見るやすぐに駆け寄ってくる姿は昨日のどこかぎこちない印象とはかけ離れていた。


どうやらクッキーを作ったようだが私の知っている姿とはだいぶ違い、とにかく黒い。

食べて欲しいと請われ、受け取ろうとすると……唇にぶつかる硬いパサついた感触と、対比するように滑らかな感触。


頭で理解するよりも早く唇は押し入られ受け入れたザラリとパサついた感触と滑らかで柔らかい感触。

舌に広がる苦い味覚よりも、どこか甘いような滑らかな感触に思考は支配される。


味の感想を聞かれてようやく頭を働かせるが「香ばしい」という月並みな言葉しか出てこなかった。


「近いうちにちゃんとしたクッキーを食べさせよう。」


黒焦げのクッキーを食べても楽しそうな様子を見て、幾分冷静になるが理解が追いつかない。

しかしその言葉を聞いた瞬間焦げたクッキーを堪能していたティファニーが大きく反応する。


「では……わたくしまだここに居て良いのですね!」


「………そうなってしまうな。」


自分の発言で滞在を許可してしまった事に後悔するように数秒溜めて答える。


「嬉しい!」


ぴょんと飛び跳ね喜ぶと、緩く波打つ色素の薄い金色の髪とドレスの裾が舞いひどく眩しく思える。

今までダーリックが見た事のある女性でこんなに好意を示す様な行動をした者はいなかった。

何を考えてるのか本当にわからないと額に手を当てため息を吐く。


「ティファニー嬢は何故」


「わたくしの事は是非ティフとお呼びくださいませ。」


「そうではなくティファニー嬢は」


「ティフとお呼びくださいっ」


「わかった、ティフと呼ぼう。」


そう答えると満足そうにティファニーはふふっと笑う。

まるで2人の力関係は決まって決まったかのようだった。


「ティフ…は部屋に戻っていなさい」


先ほどから2人での会話だか、周りには料理人たちがハラハラと見守る視線が痛い程突き刺さっている。

このまま話していては通りすがったメイド達も足を止めてしまうかもしれない。

そうなっては2人の会話など今日のうちに屋敷中に知れ渡るだろう。

ダーリックにはもはや何を問うても墓穴を掘る気しかしなかった。


「はぁい。旦那様はこれからどこへ行かれますか?良ければ途中までご一緒したいですの。」


機嫌良くすんなりという事を聞いた事に内心ほっと胸を撫で下ろす。

さっさと終わらせようと踵を返し数歩歩くと静止ををかけられ、ティファニーが駆け寄ってくる。

彼女の歩幅を考えずに歩いてしまった事に気付き後悔をした。

申し訳なさに一応は婚約者として来たのだからと手を差し出しエスコートした方が良いのかと思案するが、自分の様な見た目の者に触るのは嫌ではないだろうか。

せめて手袋でもはめていれば良かったと自分のふくよかな脂肪のついていない無骨な手を見た。

おずおずと手を差し出すとその手をティファニーはじっと見つめ首を傾ける。

失敗したかと手を引こうとすると小さな手が重なる。

手を重ねるというよりもギュと握られるのはとてもご令嬢とは思えない作法だが、自分の手より遥かに小さく温かい手に心の中が騒つくのを感じた。

その後お互い話はしないものの、繋がれた手は離れる事なくしっかりと握られたまま、部屋に着いた後は1度ぎゅっと軽く握られ離される。



「良ければクッキーは旦那様が召し上がってくださいませ。夕食の席でご一緒出来るのを楽しみにしていますの。では送ってくださりありがとうございます。」


真っ黒なクッキーの入ったお皿を押し付け、ティファニーは部屋に戻って行った。


机に置かれた真っ暗なクッキー。

1つ口にいれると苦さしかなく眉間に皺を寄せ、食べた事を後悔する。

しかしどこか心が落ち着かない、そんな気持ちと共に触れてしまった指先の感触がチラついた。


お読みいただきありがとうございます。

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