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4話 お菓子作りは楽しいですの

チチチ……と窓の外から聞き慣れた鳥の声がする。

いい夢を見た。そんな気分になりながらティファニーは薄っすらと瞳を開け、いつもより心地良く感じる布団に潜り込む。


ふわふわサラサラで気持ちが良い、夢なら一生覚めて欲しくない、ティファニーここに住む。

微睡む思考回路でも段々と意識は覚醒し、やがて夢の時間が長い事に気付き飛び起きる。


「!?!?!?っ、夢じゃ……ない?」


すっかり日は昇り起きるにはかなり遅い時間。

今まで何に縛られる事なく起床していた時間は世間一般の起床時間には遅過ぎる。

せっかく一応は住めるお許しが出たのに、寝坊だなんて合わせる顔がない。

こっそりと窓から外を覗くと屋敷で働く人々の姿。

慌てて1人でする事に慣れた身支度を整える。


今までは起きたい時に起き、用意された冷めた朝食をとり、だらだらと過ごしお腹が空いたら遅い昼食を取り、なるべく人と会わないように散歩をしたり本を読んだり……、そして夕食を取りお風呂に入り1日を終える。

そんな悠々自適な生活から環境が変わり、これからはどうなるのだろうか。

とりあえずは誰かに聞かないといけない。


ヴェールを被ると外へと続くドアに手をかけ音を立てないようにこっそりと開ける。

外に誰もいないかドアの間からティファニーが顔を出すとオレンジ色の髪の1人のメイド。


「ヒッ」


音もなくゆっくりと空いたドアからスッ……と出てきた白い布に怯えた声を上げる。


「もっ申し訳ありませんっ」


正気を取り戻したメイドが失礼な態度を取ってしまった事に気付きギュッと目を閉じ罰を受けるのを待つように頭を下げて固まる。


「いいえ、驚かせてしまった私が悪いの。」


「そんな滅相もありませんっ、あ、ええとティファニー様はお召し物のお着替えは……もう済んでおりますね。お食事は済まされましたか?」


「いいえ、まだですの。」


「ではご案内致します。本日はティファニー様付きのメイドがまだ決まっておらず不自由な思いをさせてしまいますが、今日中には決めるとメイド長が申しておりました。」


幾分冷静さを取り戻したようにメイドは用件を伝えるとダイニングルームへとティファニーを案内する。

そして昨晩と同じく食べる際には顔を見ないように退出した。


1人もくもくと食事を進める。

慣れた1人の食事を終わらせると、これからどうすれば良いのかという疑問が頭をよぎる。

顔を見られたくない時には1人の食事は最適だが、聞きたい事がある時は向かない。

扉を開けるとメイドの姿はもうなく自分の割り当てられた部屋へと足を進ませる。


その時ふと漂う香りの正体が気になり進路を変えると、そこは調理場で数名のコックの姿。


「こんにちは」


「こんにちは!ってええっ貴女は昨日来たって噂の旦那様のこ、婚約者…さま?」


ヴェール越しににこやかに挨拶すると同じように元気に挨拶が返ってくる。

手近にいた中年の料理人は声をかけられて答えたものの、姿を確認するなり驚いた表情を見せた。

顔こそヴェールに覆われて見られないがシンプルなドレスに華奢な腰、庇護欲をそそられる若い娘はこの屋敷では異質さを放つ。


「ええ、そうですの」


婚約者、という部分に誇らしげに答えた。


「へえぇぇ、ここへはどうしたんです?」


「いい匂いがしたから来てしまったの。そうですわ!材料をいただいても宜しいでしょうか?」


胸の前で手をポンと叩くと名案だと言わんばかりに弾んだ声で提案する。


「ええっお嬢様料理出来るんですか?」


「作り方はわかりますわ、クッキーを作りたいので道具と卵と牛乳と小麦粉、あとオーブンの使い方を教えていただきたいの。」


しばし手を止め悩んだように顎の下を撫でる。


「包丁を使わないなら良いか。わかりました、俺たちは忙しくて手伝えないのですが、好きに使ってください。」


「ありがとうございます、お借りしますの。」


許可が出た事に感謝をし、料理人達が使っていない隅の方に向かう。

手を洗っているうちに話しを聞いていた料理人達が小麦粉、ミルク、卵に謎の液体やら木の実やら、その他にもボウルや木べらやら色々と道具を並べる。

正直本の知識しか無いティファニーにはよくわからない物ばかりだったが、忙しいのにせっかく用意してくれた人には感謝を込めて取り合えず感謝を伝える。

その様子に料理人達も安堵した表情を見せそれぞれの作業へと戻って行った。


(さてとクッキーの作り方はいろんな本で見たわ、作ってプレゼントすると喜ばれますの。)


『作り方はわかる。』とはもちろん実際に作った事はないし、料理本で得た知識でもない。

恋愛小説の中の文章で得た知識である。


(卵は片手で割るのよね、なかなか難しいわ……これに小麦粉と牛乳を入れて……あっ!バターも必要でしたの。これを入れると『バターの風味が効いていて、』って味になるの。)


使う材料の最適さ、迷いのない手つきで混ぜる様は遠目から見ると慣れた手つきにも見えた。


(これで完成、後はこれを型取って……ポロポロ溢れて難しいわ、手で丸めましょう。丸いのが並ぶの可愛いですの。)


天板へ並ぶコロコロとした2センチ程の小さな薄い小麦色のボール達。

適量だと思ったさじ加減こそが適量と信じて疑わずに作った初めてのクッキーはオーブンへと差し入れられる。


(後は焼いて完了。初めては冒険せずにベーシックにね、自分本意で追加した隠し味は失敗へのよくあるパターンですもの。)


理論は間違っていないが作り方も材料の分量も間違っている。

そんな事とは知らずにティファニーは満足気にオーブンから目を離した。


(お借りしてるからには綺麗にして返さなきゃいけませんの。粉は拭いて、卵の殻は一箇所に纏めて、道具達は洗い場かしら?)


少しでも綺麗にお返ししようと思い思案しながらもテキパキと行動を進め、たまにオーブンを見る。


(ちょっと色が変わったみたいですの。生はお腹を壊す原因ですもの、火はちゃんと通さなきゃ。)


満足げに微笑むとちょうど皿を洗っているまだ若い見習い君を見つけるので近く。


「ちょっとよろしいでしょうか?」


「何でしょうか?」


「使わせていただいた物をわたくしも綺麗にしたいのですけれど……」


「そんな、お嬢様に洗い物だなんで!自分がするので大丈夫です!本当大丈夫なんで!!」


慌てて引ったくられるように汚れた道具達を引き取られる。


「まぁ、ありがとうございます。」


ここは親切な人が多いと気分良く元の場所に戻ると小さなモクモクとした煙、心なしか鼻につく匂いもしてくる。

これは出来たのだろうか、色がこんがりしてきたら完成だと書いていた。

真剣にオーブンと睨めっこしながらこんがりしているような……?と考え首を傾げ考える。


「ん?何だこの匂いは……?……っお嬢様!?」


焦げ臭い匂いに気付き、出どころを探し首を回す中年の料理人がティファニーのいる一角から煙が漏れ出ている事に気付き慌てて駆け寄る。


「そろそろ良いかしら?」


慌てて駆け寄った料理人に対してのほほんと答える姿はまるで状況をわかっていないようで、一気に料理人の気も抜けそうになる。


「お嬢様ちょっと離れてもらえますか、失礼します。」


言われたた通りに離れるティファニーを見届けた後、オーブンを開けると煙が一気に溢れ出る。

袖で口元を抑え火傷をしない様にオーブンから天板を取り出すと、上にはコロコロとした黒い塊。

何と反応したら良いものか、中年の料理人は思考を巡らす。


「まぁ、これがクッキーですのね!」


楽しそうに弾んだ声で一つ摘もうとする手を制す。


「ああ〜熱いからすぐ触っちゃ駄目ですよ、料理とかした事は……?」


「初めてしましたわ!とっても面白いですの!」


興奮したように答える様子は真っ黒焦げの現実を全く気にして無い辺り本当としか思えない。

大人しくテキパキと作業する姿から腕に覚えがあるのかと勘違いしていたが後の祭りだ。


「なるほど、あ〜そうでしたか、あ〜」


クッキーになるはずだった黒い塊が冷めたかを恐る恐る指先で確認しながらお皿にポイポイ放り込むティファニー。

そんな姿を見ながらとりあえずは換気をしなければと、料理人達に窓を開けるように周りの料理人へと指示を飛ばした。

お読みいただきありがとうございました。

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