32話 2人っきりの部屋ですの
「本当に無事で良かった。」
突然現れたイロスコ王子は帰り2人っきり。
勝手に1人で部屋から出て来たのだとわかってからダーリックの機嫌があまり良くない。
ちらりと顔色を伺おうとすると途端に抱き締められ暖かい温もりに包まれる。
ティファニーの大好きな温もりを堪能しようと胸に顔を埋め幸せに浸りながら表情を伺うと安心したような、けれど泣きそうな顔、とても心配してくれていたのだ。
「ここは男しか泊まっていない場所だ、そんな場所にティフのような可愛い子が現れたら危ない事が起こるかもしれない。現に狙って部屋へと入られたのだろう。」
「そういえば窓を開けっぱなしで来てしまった気がしますの。」
「…………。」
これはやらかしてしまった。
つい口から出てしまった言葉に黙っていれば良かったと悪い心が働く。
眉間に寄せられた皺は明らかな不快感示しており、明らかに怒りを示していた。
「ごめんなさい。」
「これから気をつければ良い。私も可愛い花嫁をしっかり守らなければな。」
目が会い微笑み合うとティファニーはダーリックの首を引き寄せ、抵抗されない事が分かると謝罪も込めて唇を合わせる。
「今日はもう遅い、先に風呂に入って休みなさい。」
「1人では脱げませんから手伝ってくださいませ。」
前の家で着ていた時代遅れのドレスなら1人で脱ぎ着出来たのだが、新しく仕立ててもらったドレスは1人で脱ぐのは難しい。
今日のドレスなんて後ろがどうなっているかわからないし、コルセットもあるのでとても1人でどうにか出来る気がしない。
「………仕方ないか。」
そう呟くとダーリックはティファニーの後ろに周りよくわからない紐を解きコルセットを、ドレスを解いて行く。
ドレスを脱がす手伝いをすると言う事は肌を見る訳で、まだ劣情を抱くのは早い結婚前なのだ。
至近距離で普段は長い髪に隠れている白い肩を、肌に触れる度にくすぐったそうに上がる高い吐息に気付かぬふりをして、後は1人で脱げるだろうと言う所で手早く脱衣所へとティファニーを押し込んだ。
良いお風呂だった。
いつまでも湯船に浸っていたいと何度思った事か、もうちょっともうちょっとと浸かっていると結構な時間が経ってしまった気がする。
ほかほかと湯上がりいい気持ちでティファニーは風呂を出て脱衣所で用意してあった寝巻きに着替えた。
「お待たせ致しました。とても良い匂いのボディーソープでしたの、ダーリック様も使ってみてくださいませ。」
温まりほんのりと蒸気した頬に、ざっくりと水気を切った髪は首筋へと髪が張り付き色香を放つ。
嗅いで欲しいと近寄るも視線も合わずにやんわりと拒まれる。
お風呂に入る前までの甘い雰囲気から一変、冷たくはないけれどどこか避けられている様な気がする。
「あぁ、そうさせてもらう。」
そう言うとさっさと風呂場へと向かおうとするので寂しさを感じティファニーは無意識に後を追うと、その気配に気づいたダーリックが振り返る。
「?」
「入ってこないように。」
ピシリと固まるティファニー。
「服を脱ぐお手伝いとか……」
「1人で大丈夫だから大人しくしているように。」
「クローゼット行きですの?」
却下されたがクローゼットに入る、ちょっぴり悪い事をしているような感じが実は楽しいのではないかと期待してしまう。
チラリと上目遣いに視線を上げるとため息を吐かれる態度とは裏腹に優しく肩を掴まれ方向転換、脱衣所とは逆向きに歩かされる。
「……ソファーで休むか、ベッドで先に寝ていると良い。」
クローゼット行きは却下されてしまった。
方向を変えられてしまったので、ティファニーは大人しくダーリックを待つ事にする。
きっと湯上がりはほかほかでセクシーなのだろう、今まで同じ家に住んでいてなぜそんな絶景に気づかなかったのか。
わくわくとした気分で待つまで何をしていようか考え、疲れ切った足のマッサージをする事にする。
「何をしているのだ?」
ソファーに座りながら太腿からふくらはぎへと親指と人差し指で挟み強く押し揉んでいると、いつの間にか時間が過ぎていたようだ。
ふと顔をあげると湯上がりでほんのり顔が赤くなり、髪が乾いてばかりなのだろうか少しパサついた髪をしたダーリックが不思議そうに聞いてくる。
「マッサージですの。わたくしいっぱい動いた日はこうして、足をぐっっと押してもらわないと明日動けなくなりますの。いつもならアニーにお願いするのですが、今日はいないのでせめて自分でと思いまして。っちゅんっ」
「髪が濡れたままではないか、乾かすから頭を貸しなさい。」
くしゃみをしてしまうと、途端に寒さを覚えぶるりと震える。
そんなソファーに座るティファニーの後ろにダーリックは立つと、手櫛で梳かすのに合わせ暖かい風が流れた。
何度も丁寧に手櫛で整えられるのは撫でられているのとは違うけれど、心地が良くゆっくりと瞼が開けていられなくなる。
「気持ち良い……」
気持ち良さに身を任せ目を閉じると先程よりもゆっくりと髪がとかされる。
頭の濡れた感覚はもう既になく、暖かく優しい大きな手を感じながら意識は段々と薄れていった。
「んっ」
意識が浮上し目を開けるとベッドの上。
またダーリックが運んでくれたのだろうか、2人しかいないのだからそうに違いない。
運んでくれたなら一緒に寝たかった。
起きた時にあの綺麗な顔が1番に目に入る幸せを享受できなかった事に不満に思うがまだ夜は初まったばかり、ダーリックはどこだろうかと覚醒しない頭で探すと先程ティファニーが座っていたソファーにワイン片手に腰掛けていた。
「まだ寝ませんの?」
「あぁ、まだ起きているからそのまま寝ると良い。」
ゆっくりと起き上がると寝起きでふらふらしながらソファーへと辿り着きダーリックの隣へと腰掛け、肩に頭を乗せ寄りかかる。
「ではわたくしも起きてます。」
「眠いのだろう、無理しないでベッドへ行くと良い。」
「ダーリック様がベッドに行くまでわたくしも行きませんの。」
「私はソファーで良いから……」
「ではわたくしもソファーで寝ますの。」
ベッドから出た時は肌寒く感じたけれど、2人くっつくと暖かい。
腕に抱き付き、肩に乗せた頭ぐりぐりと押し付けると頭にキスを落とされ身体は宙に浮く。
「全く、ティフには敵わない。私の負けだ。」
抱き上げられベッドに再度戻されると離れて行こうとするのでティファニーは離したくないとばかりに抱き付き、いやいやと離れるのを拒否する。
「灯りを落とすだけだから少し待っていなさい。」
その言葉に安心して手を離しベッドに先に入って待っていると宣言通り直ぐに戻ってくる。
一度自分が寝ていたベッドから起き、帰って来た時のベッドの熱はどうしてこんなに気持ちが良いのだろう。
戻ってきたダーリックのためにベッドの端に寄り、布団を捲りポンポンと叩くと少し躊躇するも入ってくる温もりは少しだけ冷たく、自分の暖かさを分け与えるためにぎゅうとくっつく。
笑顔で見つめると少し赤くなり困った様な顔をされ、思わずクスリと笑ってしまう。
暖かい信頼出来る温もりに包まれながらティファニーは今までで1番気持ち良く眠りに落ちる。
腕の中の暖かい愛おしい存在は気持ち良さそうに寝息を立てながら直ぐに眠りについてしまった。
部屋に押し掛けられた時からそんな気はしていたが、まさか一緒に寝るだけではなくこんなに近くに眠るとは。
枕代わりにされた腕は離れる事が出来ずに一晩中この柔らかく甘い香りに包まれる事を確定する。
ため息をつくとティファニーが身じろき顔に髪が落ちるので開いた手で掬う。
今夜は眠れる気がしない、そう思いながらダーリックは気を落ち着けるように静かに深呼吸をした。




