3話 はしたない顔でしたの!
「こちらがティファニー様のお部屋でございます。私どももいらっしゃると伺ったのがつい先日でしたので足りない物もあるかもしれませんが、何か御所望でしたらなんなりとお申し付けください。」
部屋はシンプルだか質の良さが感じられる作りだ。
ベッド、ドレッサー、姿見、ドレスを仕舞うワードローブ、小型の可愛らしい椅子とテーブルもある。
元々が質素な生活だった為に必要な物は他に思いつかない事を伝えると驚いたような顔をされる。
「承知致しました。では夕食の準備が整いましたらお呼び致しますので、今しばらくお待ちくださいませ。」
そういうと老執事は一礼し部屋から出て行く。
ひとまずベッドに腰を下ろしヴェールに手をかける。
ゆっくりとふわふわとした色の薄い金色の髪を乱さないように外すと素顔が現れた。
ぱっちりとしたピンクローズの丸い瞳は長いまつ毛に縁取られ、薄い唇は薄紅色に色付く、中央につんと鼻は小さく慎ましやかに鎮座しており、陶磁器のような白い肌は瑞々しく輝きを放つ。
興奮冷めやらぬというように赤く色付く頬は見るものを魅了し庇護欲を抱かせる。
社交界で美しく着飾り舞う令嬢の中にも並び立つ物は難しいであろう程の甘く美しい少女がそこに現れた。
やはりヴェール越しでは視界がいまいち見辛い、夕食の席では外して行き誠意を見せよう。
そしてこの目にダーリックの姿をしっかりと焼き付けるのだと、決意も新たに立ち上がる。
このままベッドでまったりしているとつい寝てしまいそうなので荷解きを行う事にした。
来た荷物は少なかった為か既に運ばれている。
中身を確認すると見た事の無いドレスも混じった衣服や、部屋にあった古い手鏡等メイド達も適当に詰めたのであろう物が出てきた。
見慣れ無いドレスの中でも一際目に付くゴールドのドレスを一枚手に取ると扇情的なデザインに驚く。
明らかに布が足りない。
胸元も背中も深く開き、スリットは下着丸出しで歩く事必至である。
到底付いていけないが流行したなら皆が一枚は持っているドレスなのかもしれない。
そう納得しようとしたが見慣れないドレスは全て胸元が大きく開いているデザインや、空いてなければお尻の割れ目が見えそうな程背中が空いていたり。
未知の世界を覗いてしまった、あまりにも刺激が強すぎた。
これはいけないと、刺激的なドレスは仕舞い、次のドレスへと移るも似たり寄ったりな露出度である。
そう思いさっさと収納していくと元の自分のドレスと見知らぬドレス、まるでワードローブが2人の所有物でもあるようなはっきりとした差が現れる。
ドレス以外はほとんど何も入っていない、何かあればメイドにお願いしたら聞いてくれるのだろうか。
いや、どうせならダーリックに直接お願いしに行きたい。
仮面を取ったダーリックを思い出すと1人でに顔がニヤける。
思わず笑い声が漏れ、ふとそんな表情を鏡越しに見て愕然とした。
ほんのりと桃色に染まる頬に微笑みを浮かべる唇、興奮の為に薄っすらと涙が浮かび潤むピンクローズの瞳は、見詰められると一瞬で恋に落ちてしまいそうな程の魅力を放っている。
だがしかし自分の顔だ。
なんてはしたない顔をしているのか、今までは人と会う時は顔を隠し生きてきたので、どう見られるかなんて気にした事が無かった。
それにこんな顔をして歩いている人を見た事がない。
もう何年も付き合っている自分の顔に価値を見出せずに顔隠し続行を決意した。
決意を新たにいそいそとヴェールを被ると丁度同じタイミングでドアの外から声がかかる。
「ティファニー様、夕食の準備が出来ました。ご用意が出来ましたらご案内致します。」
すぐに向かう事を伝えると姿見でおかしな所はないかの確認をする。
夕食はダーリックも一緒であろうからチェックは入念にだ。
またあの美しい姿を拝めると思うと足取りも軽く、メイドに連れられダイニングルームへ案内された。
広い部屋には長い大きなテーブルがあり、促されるように席へ案内されると料理が次々と運ばれてくる。
「あの……旦那様は一緒に食べないのでしょうか?」
「えっ」
驚いたようにメイドが目を見開き、配膳する動きを止めた。
「旦那様も夕食がまだでしたら是非一緒に召し上がりたいと思いましたの。」
「だ、旦那様とですか?只今確認して参ります。」
困惑したような顔をするとメイドは一礼して部屋を出た。
食事中にあの顔全体を覆う仮面は無理だろう、となると上半分を覆うタイプの物か仮面は外すはずだ。
こんなチャンス見逃せる訳がない。
料理が冷めてしまうのは仕方がないので作ってくれた料理人には1番美味しい時に食べられない事を心の中で謝った。
少しすると老執事がやってくる。
「旦那様は後ほど食事をなさるので、先に食べておくようにとの事です。」
「では待ちますので、用事が終わったら一緒に食べたいとお伝え出来ますでしょうか?」
「かしこまりました。」
また一礼し老執事はダーリックへと確認しに部屋を出、しばらくすると戻る。
「お待たせ致しました。非常に申し訳にくいのですが、旦那様は部屋で食べると申されておりまして。只今食事を温め直しますので、本日はお一人でお召し上がりください。」
「そう……ですの………」
あの何度でも拝みたい素敵なご尊顔を見られない事に肩を落とす。
耳に心地いい声を紡ぎ出す唇が開かれ食む姿を間近で見られると思ったのに……。
与えられると思っていた餌が取り上げられるのは悲しみも大きい。
温め直される為に運ばれて行く食事を見送りながらため息を吐き出した。
「一つ食事の前にお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「失礼を承知でお尋ね致しますが、ティファニー様がここに残りたいのは実家に帰りたくない理由があるからでしょうか?」
「帰りたくないと言いますか……きっと帰ってもわたくしの居場所はもうないと思いますの。それに無理に残ってる訳ではありませんわ。」
「では理由がおありで?」
「理由と言いますか、その……旦那様を、ええと、好ましく……思っておりまして。」
段々と語尾が小さくなっていくと、これ以上は言えないというように両手で顔を覆う。
その姿に老執事はまた驚いたような表情をするが、ティファニーの声音や仕草をみて思案する。
正直あの一瞬で、敵意剥き出しの主人に好意を抱く場面なぞどこにあったのだろうか。
しかしこの娘のどこかの琴線には触れたのだろう。
幼少から育つ姿を見ていた、世間から疎まれた為に愛される事を放棄しながらも、しっかりと育った今の自分の主人に愛を注いでくれる人がいれば嬉しい。
「あの時旦那様は今夜は泊まるように、と仰られましたがティファニー様さえ良ければ今後も是非滞在してください。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「最終的な決定権は旦那様にありますが、数日なら問題ないでしょう。」
話終わるとちょうど温め直した食事が運ばれて来た。
料理を運んできたメイドと共にニコニコと老執事も部屋を出る。
一緒に食べられないと聞いた時には燻んで見えた料理も、温められたのと思わぬところからの応援のおかげで美味しいものとなった。
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