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29話 互いの匂いとふにふにですの

キスをしてしまった。


触れ合い離れ際に舐めた唇は柔らかく、暖かく、甘い。

髪と瞳のダークブラウンはチョコレートの成分だから唇も甘く、更にはキスをしてから頭がふわふわしているは酩酊成分でも出ているのではないか。

いつの間にか綺麗に手入れをされている庭園をぼんやりとそんな事を考えながら、ただ手を引かれダーリックの後ろを着いて歩く。

サラサラと靡く髪は輝きの粒子が出ているかのように眩しく見え、思わず手を伸ばし毛先に触れる。


「どうした?歩くのが早かっただろうか。」


髪に触っただけで分かったのだろうか、足を止め振り返ると心配そうな声音で問われる。


「そんな事はありません、それより先程何故1度仮面を外しましたの?」


ふわふわと夢見心地に浸り歩いていたが、一瞬仮面を付けてからまた付け直すのはちゃんと見ていた。

2人っきりになるのだからこれからは外すのだろうかと思ったが、また付け直してしまいちょっとだけがったかりしたのだ。

聞かれたダーリックは一瞬考えた素振りを見せる。


「あれは、視線が熱かったからだ。」


「まぁ、わたくしも顔が熱くなりました、ほかほかで一緒ですの。」


追いかけてくる者を牽制する為に恐ろしいと言われる顔を見せ怯えさせたとは言いにくい、この顔が好きだと言ってくれるティファニー相手なら尚更だ。

曖昧な、しかし嘘はついていない言葉で誤魔化すと納得し、更に共感をしてくれたようでダーリックはホッと胸を撫で下ろす。


「そうだな、ほかほかで一緒だ。少し話がある。」


「なんですの?」


「ここではまだ人が居るかもしれないからな、もう少し行った先で話そう。」


「はい、どこまでも付いて行きますの。」


周りには愛し合うように寄り添い合う2人がまばらにだが複数組いる、その様子に気付いたティファニーは引かれた手を一度離すと腕を組み肩に頭を預ける。

くっつき過ぎて少し歩きにくいが今度は先程よりもゆっくりと歩みを進めた。

きっとここは愛し合う者達が2人っきりになりたい時に訪れる場所なのだろう、ならば手を引かれるのではなく腕を絡め密着して歩きたい。

更に腕を強く抱きしめダーリックを見上げると、耳が赤くなっているのが可愛らしくクスリと笑う。


「耳が赤くなってますの。」


つい口から出てしまうと、恥ずかしそうにダーリックは髪で耳を隠す。


「頬も赤くなってますの。」


今日の仮面は顔の上半分しか隠れていないのだ、赤くなった顔は上半分しか隠せていない。

赤くなった顔を隠せていない事を指摘するとばつが悪そうに顔を背けてしまうので、またティファニーは笑ってしまった。


しばらく歩くとダーリックの足が止まる。

かなり奥の方まで来たのだろうか、あたりに人影はなく響くのは風と草木の擦れる音のみの2人っきりの世界。


「ここまで来たら良いだろうか。」


「お散歩は終わりですの?」


「そうだな。」


そう言うとティファニーと向き合うように位置を変え、片膝を付き懐から小箱を取り出す。

いつの間にか外されていた仮面、くっきりとした大きなダークブラウンの瞳は真剣にティファニーを見つめていた。


「一生ティファニーだけを愛すると誓う、結婚して、私の可愛い花嫁になって欲しい。」


開けられた小箱の中には1つの輝く石が嵌め込んだ金の指輪。


「喜んでお受けします。わたくしはダーリック様だけの可愛い花嫁ですのっ!」


可愛い花嫁。しかも愛するダーリックに一生愛される花嫁。

可愛い、と言われたい事を考慮し、花嫁というまた可愛らしい響きを選び再度プロポーズしてくれた。

ティファニーは手袋を外し、ダーリックへとその白い華奢な指先を差し出すとゆっくりと嵌められる指輪。


「本当にとても可愛い。私がこんなに可愛い花嫁に愛されるなんて夢を見ているようだ。」


指輪に一度キスを落とすと立ち上がりティファニーを抱き締め、唇にキスをし髪に顔を埋め幸せを噛み締める。


「現実ですの、この幸せな時間を夢にしないでくださいませ。」


首筋に当たる感触がくすぐったいが珍しくダーリックからこんなにスキンシップされた事が嬉しく、ティファニーもお返しとばかりにぐりぐりと首筋に顔を押し付け大きく息を吸う。


「ティフ、匂いを嗅がれるのはちょっと、いやかなり恥ずかしいからやめてくれないか。」


「良い匂いがしますの。」


反応が面白くなおもクンクンと匂いを嗅ぐと、負けずとダーリックも大きく息を吸う。


「あっ、駄目ですの。ダーリック様はわたくしの匂いを嗅がないでくださいませ。今日はいっぱい動いたので絶対臭いですの!」


咄嗟に離れようと腕に力を込め突き放そうとするがビクともしない、足掻く姿に耳元で笑う息がかかりびくりと震える。


「ティフも凄く良い匂いがする。いつまでも嗅いでいたいくらいだ。」


「もっ、もう駄目、変態くさいので止めてくださいませっ。」


「変態……」


今まで言われてことのない新しい罵倒は今までのものとは違い、少しの不快感もない。

言葉そのものではなく、言った人が重要だとは分かってはいるが「変態」と言われた事にどこか高揚してしまうようなざわざわとしたものをダーリックは感じた。


「それより!教会への届け出が気になりますの!」


これ以上匂いを嗅がれるのは恥ずかしく思い出した話題を口にすると、自然と身体は離れこれ以上お互いの匂いの嗅ぎ合いは終わりを告げた。


「あぁ、明日帰る前に届け出を出しに行こう。直接教会に出しに行った者は愛する証としてお揃いの石を購入する事が出来るんだ。」


「石?」


石を貰ってどうするのだろうかと、いまいちピンと来ていないように首を傾げる。


「お揃いの石が2つ貰えるらしい。それを夫婦はそのまま保管しておくか、ピアスに加工して肌身離さず付けていると聞く。」


「ピアス……」


ピアスの言葉を聞いた途端表情が強張るティファニー。


「ピアスは無しだな。他のアクセサリーに加工しよう。」


言った事を後悔するようにダーリックの表情が曇る。

身体に穴を開ける痛い行為は嫌だけど、いつも身に付けると考えたら耳に収まるピアスは邪魔にならずにずっと付けていられるのもわかる。

ティファニーは悩んだ後にゆっくりと口を開いた。


「もしピアスが良ければわたくし穴を開けますの。でも穴はダーリック様が開けてくださいませ、それなら痛いのも我慢しますの。」


痛いのは絶対に嫌がるティファニーが自分が穴を開けるなら痛いのも我慢すると言う。

そのいじらしい心遣いに愛おしさが増し胸の辺りが熱くなるのを感じる。


「私も耳に穴は空いていないんだ。ティフが開けてくれるなら喜んで開けるが、引き換えにこの大好きな感触が無くなるのはいけないな。」


柔らかなティファニーの耳たぶを優しく触るとホッとしたような表情。


「わたくしもダーリック様の耳たぶに触っても良いでしょうか?」


「どうぞ。」


両腕を伸ばし指先で優しく触るとなんとも言えない柔らかさと滑らかな肌触り。

これは気持ち良い、自分の耳たぶは触った事があるがこんなに気持ち良くは感じなかった。

愛する人の耳たぶだからなのか、それともダーリックの耳たぶが特別なのかはわからないがとにかく触っていたくなる感触。


「ふにふにで気持ち良い……これは癖になりますの。」


触り心地の良さに柔らかく微笑むと返ってくる同じく柔らかな微笑み。


「私ので良ければ好きな時に触ると良い。」


「わたくしのも好きな時に触ってくださいませ。」


和やかに時間は過ぎて行く。

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