28話 2人の世界に入りましたの
「ダーリック様、動いてくださいませ。」
最近のダンス必勝法はとにかく身を任せる。
ティファニーが自分から動こうとすると足を踏む確率が物凄くあがるのだ。
しかしダーリックに身を任せて動くと自然と足を踏む回数は減り、今ではほとんど踏まなくなった。
今日は足を絶対に踏めない、今日のヒールはいつもより高く感じるためこんなヒールで意気揚々と踏んでしまった日には怪我をする事間違いない。
きっと怪我をさせても許してくれるだろうが怪我はしなければ良いに越したことはない。
手を取られ身を任せると曲に合わせて動きだす。
「邪魔は入りましたけれど、こうして一緒に踊れて嬉しいですの。」
やっと待ちに待った時間。
今日はこの為に来たのだ、リードに合わせ足を運ぶと2人の世界に入ったような世界から切り離された気分になる。
仮面をつけたままなのは寂しいが笑みを浮かべた口元に彼も楽しんでいるのだとわかる。
「彼を邪魔者扱いする女性は初めて見た。」
「あら、ダーリック様だって態度が冷たかったのであまり得意ではないと思いましたけど。違いますの?」
「苦手ではあるな、彼は眩し過ぎる。」
「凄い汗が光ってました、あまり近寄りたくないですの。」
本当に嫌だというように眉根を避け拒絶を示す姿はとても冗談には思えない。
「本気で言っているのか?」
「不敬で怒られてしまいます?」
ぱっちりとした可愛らしいピンクダイヤの瞳が上目遣いでいたずらっ子のように微笑まれたら怒るなんて出来やしない。
「2人だけの秘密にしておこう。」
近づく瞬間にこっそりと囁かれた言葉は甘く身体中に響き、思わずティファニーの唇から吐息が漏れる。
「2人だけの秘密だなんて嬉しいですの。」
初心者にも優しいゆったりとした曲に合わせて付かず離れず、見つめ合い曲に合わせ足を運ぶ。
熱を含んだ瞳は気持ちが通じ合い愛おしい者同士だと錯覚させるには充分である。
「その、先程言っていた素敵な人は私だけと言うのは信じても良いのだろうか。」
「嘘なんてついてませんの、もしやわたくしが会場に来て素敵な方を探すとお思いになられたのですか?」
「それは……まぁ、そうとしか考えられなかったな。」
「謙虚なのは良い事ですが、自己評価が低過ぎますの。わたくしはダーリック様に一目惚れしてしまったのですから。」
思わず聞こえてきた衝撃的な単語に理解が追いつかずに動きまで止まる所だった、日々の練習はティファニーだけではなく元からスキルのあるダーリックをも更に進化させ思考が停止しても身体が自然と動き続けるまでに成長していた。
「一目惚れ……意味がわからない。」
「一目で恋に落ちると言う事ですの。あのヴェールは意外とちゃんと見えてますの。」
「言葉の意味がわからない訳ではなくて、私を恐れるならわかるが好意を持つ……?」
知識を誇示するように自慢気な表情で言うがそうではない、今まで恐ろしいと言われ続けてきた容姿をこんなにも簡単に肯定し恋をすると言うのだ。
混乱する以外にどんな反応をしろと言うのかダーリックは理解が出来ない。
「なんて綺麗なのでしょうって、言葉が出て来ませんでしたの。そうなった事はありませんか?」
「……あるな、ティフを見るとよくなってしまう。」
「それではつまり、ダーリック様もわたくしの姿が好きですの?」
大きな瞳が更に大きく開き、驚いたように零れ落ちそうな程見開かれる。
「当たり前だ。もちろん姿だけではなく純真無垢で私に対して積極的に話しかけ笑顔を振りまいてくれる所も、嫌な時はすぐ表情に出る所も、褒められたいと素直に甘えてくる所も、全てが愛おしい。」
その言葉を聞き口をパクパクと開いては閉じ、可愛らしい顔は徐々に真っ赤になっていく。
ステップも怪しく躓きそうになる場面は多少強引にリードされ難を逃れる。
このままではいけないとティファニーも気付きステップを踏むが心はうわつき、チラチラとダーリックを見ては何か言おうと口を開くもニヤついたように口を閉ざすを繰り返しやっとの思いで口を開いた。
「愛おしい……ではわたくしが誰にも心奪われなかった約束、守ってくださいませ。」
「舌を噛まないように。」
「えっ、ふぁっ」
薄い金色の髪がキラキラと宙を舞い、気付いた時には重力なんてないように細い腰を大きな両手で掴み身体は宙に浮く。
たまに頼んで持ち上げて貰ってはいたが今回も軽々と持ち上げ、いつもより豪奢な薄いチュールが何重にも重ねられたドレスはふわりと大きく広がり幻想的な光景を魅せる。
「私と結婚して欲しい。」
1番好きな優しい声音。
仮面越しのダークブラウンの瞳も優しい光を灯しているのだろう、抱き上げられたまま手を伸ばし仮面をゆっくりと外すと瞳と同じくダークブラウンの髪が付いて来てはサラサラと溢れ顔に張り付くので指先でそっと避ける。
そのまま頬を両の手で包み顔を寄せると触れ合う唇。
柔らかく暖かい感触が離れる際にティファニーはダーリックの下唇をぺろりと舐め、やはり離れたくないと唇の先と先が触れたまま口を開く。
「喜んでお受けしますの。」
そっと降ろされると自由に動けるようになり、吸い寄せられるように抱き着き顔を上げ唇を口付けを乞う。
抱きしめ返しダーリックが口付けを返そうとした瞬間響く拍手の音。
「いや実に素晴らしい!2人の新しい門出に盛大な拍手を!!」
その声に呼応する様に会場に響き渡る人々の拍手。
すっかり2人の世界に入っており気付かなかったが、いつの間にか視線を集めていたようでどこから見られていたのか、ティファニーは羞恥により抱き締められたまま顔を隠し、ダーリックもまた仮面で顔を隠す。
「このまま教会に婚姻届を出すと良い!と、言いたいが今日はもう受付が終わっているだろう。明日幸せな夫婦の誕生が待ち遠しいではないか!」
「感謝する。」
これ以上公衆の面前でロマンスを繰り広げる前に静止した事に感謝を込めると、憎らしいくらいに整った肉まみれの顔はおそらくウインクを飛ばしているのだろう片面の瞳辺りが動く。
ウインクの流れ弾を食らった令嬢は倒れ運ばれて行った。
「では2人の愛を祝して僕から歌を贈ろうではないか!!」
そう言うとお腹から響く美声を奏で辺りの注目を一身に集める。
その愛を祝福する歌声に会場は愛するパートナーがいる者は2人手を取り愛を語り、1人壁の花として飾られる令嬢も1人また1人と令息に摘まれ踊り出しパートナーは代わり、相性が合えば踊りから外れ仲を深める。
どこからか侵入した小鳥達は飛び回り成就した恋人たちの頭に祝福の花冠を乗せる。
辺りには恋の花が満開に咲き誇り、圧倒的なイロスコ王子のカリスマ性が垣間見れた。
「今のうちにここを離れよう。」
小さな声でティファニーに囁くと頷かれ手を取りこの場から連れ出す。
いくらイロスコ王子に見惚れ夢中になる者が多いからといって全ての人がそうは限らない、野次馬宜しくさり気なく2人の後を追おうとする令嬢に気付いたダーリックは仮面を外し視線を送ると野次馬令嬢は「ヒィ」と恐ろしさに声を上げ腰を抜かす。
こんなに人に囲まれて恐怖と悪意に満ちていない視線を送られて麻痺しそうであったが、普通の反応はこうである。
恐れられるのは好きではないが、分をわきまえずに顔を晒し周りを恐怖に陥れる行為をする自分は嫌だと仮面を付ける。




