26話 舞踏会とは戦場ですの
いよいよ会場へと名を呼ばれダーリックとティファニーは足を踏み入れる。
エスコートする大きな手の存在を頼りに緊張で隠れたくなりながらも足取りを進めた。
会場の人々はまずダーリックを見てその見た目に怯え恐ろしいと囁く。
世間一般では持て囃されるふくよかさを身体にも顔にも持たない、かと言って守りたくなるような華奢さも持ち合わせてはいない筋肉質で粗野、更に仮面に隠れている瞳はギロリとしているとの噂まである社交会にも中々出ない人物を怖いもの見たさで見ては視線を逸らし、脆弱な精神を持つ令嬢はあまりの恐ろしさに涙を浮かべる。
しかしそんな恐ろしい風貌を持つ相手が初めて令嬢をエスコートして出席している。
認識すると一気にあの令嬢はどこの誰だ、何と言っていたと話が広まる。
それもそのはず隣にいるあの恐ろしい風貌を持つダーリック・バルベルの恐ろしさを掻き消すほどの美しさを持っていた。
長いふわりと揺れる髪は薄金色に煌めきを放ち、白く透き通るような肌が際立つ整った顔立ちは大きなピンクダイヤの瞳が全体的に薄い色の中で可愛らしい。
そして先程まで怯えていた令嬢達の関心を引いたのはそのドレス。
今をときめくデザイナー、サメリア・ノーヌがついに理想の乙女に出会えたと彼女のために仕立てた最高傑作の複製品が本店に飾られたのはつい先日。
そのドレスと全く同じデザインを着た美しい娘が目の前にいる。
会場の人々の視線を一心に受け、今まで浴びた事のない色を含んだ物なティファニーは怯える。
「大丈夫か?」
「………とても見られてて視線が怖いですの。」
「すまない。厳しい視線は私のせいだ。」
「そうなのですか?ではわたくしの事をちゃんと隠してくださいませ。」
エスコートしてもらい会場に入れば後は何をしても良いのだろう、見回すと腕を取り仲睦まじい間柄の男女もいる。
隠してもらうというくっつく口実を作ったのだ、その2人を見習うようにティファニーはダーリックに腕を絡める。
主催者の元に行くと何か言いたげな顔をされるが、挨拶を済ませるとすんなりと解放された。
「この後はどのようなご予定ですの?」
「そうだな、私は挨拶をするところがあるから一緒にいるか、その間にケーキを食べていてもいい。」
一緒に居たいけれど挨拶には興味が湧かない、ティファニーのいる時はずっと自分だけ見ていて欲しい。
「一緒か、ケーキか……、ダーリック様は甘い物が好きではありませんので、先にケーキを食べて待ってますの。終わりましたら迎えに来てくださいませ。」
最後に酒は飲まないようにと注意をされると早速ケーキが置いてあるテーブルをチェックする事にした。
無意識に人を避けながら迷いなくテーブルへと向かっていく姿を後ろから眺めていたダーリックは離れた事を寂しく思いながらも会場へ来て他の男性を見る事があっても変わらないティファニーの姿に胸を撫で下ろした。
甘い物があるとわかったティファニーの足取りは早い。
見るとケーキだけではなくフルーツや焼き菓子もあり、前々から考えていた甘くないお菓子を探す事も捗りそうである。
気になる物を皿に盛っては食べるを繰り返す、まだまだ食べたいけれどコルセットにより締められたウエストがこれ以上食べる事を拒む。
食べる事をやめてしまったら途端に手持ち無沙汰になり、酷く足が疲れている事に気付いた、原因は出発前にはかされた綺麗な新品の靴。
綺麗な見た目に喜んで足を入れたがヒールがとても高かった気がする。
ちょっとくらい脱いでも良いだろうかと周りを見渡すと思いの外視線を集めていたようで恥ずかしくなる。
確かに一人でパクパクとスイーツに舌鼓を打っているのは自分だけ、皆踊り出すか、会話に勤しみ、何もしていない者は壁にひっそりと背を預ける。
人には慣れていないと自負しているティファニーだがバルベル家のメイド達は優しかったので、舞踏会の令嬢達も優しい人ばかりかもしれないと話し掛けてみようかと考えた。
どの子にしようか、視線を巡らすと1番綺麗な子に目星をつける。
金髪はティファニーと同じ色で親近感を沸かせ、涼やかな顔立ちは凛と上品さを感じさせながらも楽しそうに談笑する微笑みは可愛らしく人好きがする。
話してみたい、けれど談笑している中に入っていける程ティファニーは度胸も無ければ会話の自信もない。
諦めようかと思った途端に彼女と目が合い驚いたような表情の後に微笑まれ、つられてティファニーも微笑む。
すると一緒に話していた取り巻きの子達を引き連れ近づいてきた。
「ごきげんよう。話題の中心の子に見られていたなんて光栄ですわ。」
「ごきげんよう。わたくしも誰かとお喋りしたいと思いまして、1番綺麗な子を見つめていたら話しかけていただけてとても光栄ですの。」
その嘘偽りのない素直な言葉に彼女はたじろぐが、初手で褒められた事に満更でもないようで上機嫌に鼻を鳴らす。
お互いに自己紹介をすると彼女は公爵家の令嬢である事がわかり、取り巻きの子達も皆それぞれに中々の家のご令嬢達であった。
「ところでそのドレス、噂になっていた物ではなくて?」
「何の噂ですの?」
「サメリアさんの本店に飾っている物で、理想の乙女を見つけたから彼女の為にデザインをしたと噂になっているのですわ。」
サメリアの名を出した途端に嫌そうな顔をするティファニー。
「そうなのですね、わたくしあの方怖くて苦手ですの。」
『へぇ』と意外そうな顔をして会話は進む。
ドレスの話しをし、ティファニーが話しやすく口が軽いとわかった令嬢達はあの恐ろしいと噂のバルベル家との関係も聞き幸せそうに語り出すティファニーに呆気に取られた。
噂通り恐ろしい話しかと期待してみればティファニーの非常識な行動に対するフォローで完全に惚気。
話しをこれ以上聞いてはいられないと考えた令嬢は話を変える為に、ゴシップを語り出す。
「そういえばこの前の社交界でお聞きになりました?………」
婚約者同士が浮気による痴情のもつれで社交界で水をかけたという実にわかりやすく、こっそりと話題にしやすい話しだ。
しかしゴシップなんて聞いた事がないティファニーには頭を撃たれたような衝撃が走る。
浮気、決まった相手がいるのに他の人に痴情を抱くなんて……
「で、でも婚約者なのにそんな事ありますの?」
「あら、婚約者なんて親同士が勝手に決める事が多いのですから、違う方に目移りしてしまう事なんて良くありますわよ。」
もしやと思い挨拶をしてくると言って別れたダーリックを確認する。
近くには女性の姿、正確には話し相手の男性に連れられた女性で望まない行動に青褪めているのだがそんな事ティファニーは思い知る由も無い。
「そんな……」
「まぁ、ティファニー嬢に浮気は関係無いとは思いますが、ちょ、ちょっと!」
「わたくしも戦ってきますの!」
例え相手にパートナーが居たとしても女性は女性、頭に血が上ったティファニーは『誰よその女』とでも言いたげに進む。
その時に飲み物をかけるという技を披露しようと手直に会った紫の液体が入ったグラスを1つ掴んだ。
その光景を見ていた公爵令嬢達はこれから起こる展開に関わってしまう可能性を考え血の気が引く思いをするが、止めるという選択肢をすると皆の気を引いてしまう事は避けられずに二の足を踏む。
ティファニーは進む。
空気の読めない令息がダンスを誘おうと手を差し伸べても全く気付かずにただ最愛の婚約者へと足を進める。
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