25話 馬車の中は幸せの空間ですの
ひと月という時間はあっという間に過ぎる。
舞踏会へ行くためにダンスの練習時間を増やし、新しいドレスや装飾品を注文したり準備するにはあまりにも短い目まぐるしい時間。
2人で紅茶とデザートを楽しむ特別な時間は取れない日もあるほどに忙しい、ティファニーの今まで生きた人生史上最も忙しい期間であった。
そして日々が過ぎるうちに待ちに待った舞踏会へ向かう日はすぐに来る。
朝から慌ただしく肌を磨かれ、コルセットは可愛いアクセサリーと騙され締め付けられ、少しでも髪を引っ張られると嫌がりながらも髪を整えて貰う。
もう良いのではないかと言うティファニーにもっと磨きたいアニーを筆頭としたメイド達がやっとの事で準備を終わらせたのは出発ギリギリの時間。
朝食も食べながら行われた準備なので、今日はまだダーリックに会えていない。
お腹は締め付けられて苦しいし、とにかく出発前なのに疲れた、でも鏡で見た今日の自分はいつもより輝いている気がする。
つまり褒めて欲しい!!
そろそろ馬車に乗らなければいけないと言われると、ティファニーは疲れ切りながらも軽い足取りで馬車へと向かう。
早く会いたい、褒めて欲しい、それにコルセットをぎゅうぎゅうに絞められた事も聞いて慰めて撫でて欲しい。
欲望は止まらない、何せ2人っきりでの馬車は長旅なのだ。
パタパタと馬車まで足速に向かうと、ちょうど先に着き待っていたダーリックが振り返る。
スラリとしながらも筋肉がある事が伺える背筋の伸びた立ち姿はティファニーの心を高ぶらせるには充分で思わず顔が綻ぶ。
いつもと同じ黒い色のスーツだが見た事のないデザインをしている、燕尾服という物だろうか。
彼もまた自分と行く舞踏会を楽しみにしてくれていたのではと嬉しくなる。
ダーリックもまた足速に自分に近寄る気配はティファニーしかないと確信し、振り返ると飛び込む光景に息を呑む。
小走りに頬を上気させながら走り寄る姿は色素の薄い金色の髪がふわりと広がり光を纏い、この世に同じく生を受けたとは思えない程に神々しい。
桃色の花をあしらった何重にもチュールを重ねたドレスは光により薄水色や薄紫色に色が変わり、ふわりと大きく広がり細い腰を強調させる。
肩まで開き大きく露出した胸元からは引き寄せられるような白い肌と鎖骨が覗き、金糸の髪には濃い金色の細工が美しい花をイメージした華奢なカチューシャを付けている。
そんな普段の可愛いらしいイメージもそのままに、更に美しさにも磨きがかかったティファニーは走り寄るままにダーリックに抱き着く。
かなり遠巻きで見ていたメイドはせっかくのセットが崩れてしまうのではないかと悲鳴を上げていた。
「まぁ!ダーリック様もスーツを新調されたのですね、今までのお姿も素敵でしたが新しいスーツもとても素敵ですの。」
抱き着いたまま顔を上げると今日の仮面は顔の上半分を覆うタイプの物であり端正な口元が伺える。
見える部分から少し赤くなっている事がわかり今日の出来栄えに大満足だ。
「あ、ありがとう。いや、私は何を着たって変わらない、私なんかよりも今日のティフが美し過ぎて上手い賛辞が出てこない。」
抱きつかれたまま視線を下に降ろすと満面の笑みと共に煌めく白い剥き出しの肩、大きく開いた胸元から柔らかそうな膨らみが覗き見え、視線を誤魔化すようにそっと頭を撫でた。
「本当ですか?嬉しいですっ、本当はダーリック様の色を着たくて全身ダークブラウンでってお願いしたのですけど断られてしまいましたの。」
「それは嬉しいが……。そうだな、今日のドレスがとても良く似合っている。いつものティフも美しいが今日は一際美しい、一緒にいるのが気後れしてしまう。」
「褒めていただいてとっても嬉しいですの。では今日はダーリック様お気に入りのわたくしをエスコートしてくださいませ。」
薄水色の手袋に包まれた華奢な手を差し出すと、大きな手が掬い馬車へと乗り込んだ。
楽しいお喋りの時間の初まり。
今まで乗ったどの馬車よりも圧倒的に揺れのない、動く景色がなければ室内に居ると言われてもわからないような馬車は最新式の物らしくこの日のために買い替えたらしい。
舞踏会に着くには移動装置という物を使えば1日で行けると知ったティファニーは驚いた。
移動装置、よくわからないけれど凄い装置。
町まで行くのにもあるのかと聞くと、移動装置があるのは城までと大きな都市にいつくかある程度なので無いそうだ。
「まだ着くまでには時間があるからな、その、以前クッキーを貰った時にちゃんとしたクッキーを食べさせると言った話しは覚えているか?」
先程から何か言いたそうにしては当たり障りのない言葉を紡いでたダーリックが思い切ったように発した。
そう言って懐から取り出したのは小さな白い包み。
「えぇ、覚えています。もしかしてちゃんとしたクッキーを食べさせてから追い出す気ですの?」
忘れるはずがない、当初は1日の滞在で追い出される予定がクッキーのお陰でまだいても良いと言われたのだ。
そんな約束は2人の過ごした時間でとうに無くなったと思っていた。
「そんな事はしない。ちゃんとした物ではないのだが、昨夜私が作ったのだ。初めて料理をしたからあまり上手くはないかもしれないが、良ければ食べて欲しい。」
慌てたように否定をすると包みを開き出てきたのは、シンプルながらも綺麗に整った形のクッキー。
初めてが炭になったティファニーからしてみると、とても初めて作ったとは思えないような美味しそうな出来である。
「まぁダーリック様が作ったのですか?凄いですっ、わたくしが初めて作った時とは大違いですの。」
早く食べたいとキラキラした瞳を向けると、クッキーが乗った白い包みを差し出される。
早速1つ食べようかと手を伸ばすが手袋を嵌めたままなのを思い出し引っ込めると、すぐさま立ち上がりダーリックの隣へと隙間なく座る。
密着した距離に驚いたのか身体が固まるがそんな事はお構いなしに腕を取り離れない意思を示した、
「以前はわたくしが食べさせたので、今度はダーリック様が食べさせてくださいませ。」
「わかった、どれが良い?」
「ん〜、では1番美味しいのを食べさせてくださいませ。」
1番美味しいの、と言う言葉に迷い1番綺麗に出来たと思われるクッキーを1つ取りティファニーの口元へと運ぶと小さな口で満足そうに咀嚼する。
「おいひいれすの。」
「良かった。」
安堵したように呟くと、もう1つ手に取り再度ティファニーの口元へ運ぶ。
今度はパクりと咥えそのままダーリックへと顔を寄せた。
何を求めているのだろうか、と信じられない思いで視線彷徨わせると「ん」と促すように一音発する。
「食べて良いのか?」
その問いに「ん」とまた一音発し頷くのを見ておずおずと口で受け取る。
触れるか触れないかの位置に唇が接しそうになり、お互いの鼓動が大きく跳ねた。
「美味しいな。」
視線を合わせるとお互いに気恥ずかしそうにはにかむ。
「クッキーって美味しくて、食べさせ合えるのが気に入りましたの。また作ってくださいませ。」
当然のように次の機会も食べさせ合う約束をすると、再度食べたいと口を開く。
クッキーが無くなるまでお互いに食べさせ合い、ゆったりと甘い時間が2人の間に流れ自然とティファニーの瞼はうつらうつらと下がる。
「少し眠るか?着いたら起こそう。」
コクリと頷くとダーリックの腕に抱きつき枕代わりのように肩に頭を乗せ眠りについた。
すやすやと眠るティファニーの顔を眺めると愛おしさが込み上げる。
舞踏会に誘った時はティファニーに相応しい素敵な男性の元へ送り出そうと思っていた。
しかし日々の自分に向けられる愛情を見ていると本人が言う通り本当に居たい、幸せになれる場所は此処なのではないかと思えてくる。
人に好かれるというのはこんなに幸せな気分になるものなのか。
まだ帰りの馬車にティファニーが乗ってくれる確証は無い、しかしきっと帰りも同じように笑顔を振りまいてくれるのだろう。
明日のこの時間には出ている結果に切る願いを込めてそっとティファニーの髪を撫でた。
景色は代わり城へはもうすぐ着くくらいの時間が流れる。
少し早めに起こした方が良いとは思うが気持ち良く寝ているなか起こすのは可哀想に思えた。
しかし覚醒しない頭で迎える初めての舞踏会よりは良いと自分に言い聞かせ、ダーリックはティファニーをゆする。
「そろそろ起きた方が良い。」
「ん、おはようございます……」
ゆっくりと瞼を開けると未だ夢心地のようで、とろんとした瞳のままに一度身体を起こす。
しかし抱き枕代わりにしていた腕に再度抱き付き頬を乗せる。
このままではまた寝てしまうとティファニーから腕を引き抜くと不満そうな顔をされるが、そんな顔に跡が付いている事に気付き撫でると気持ち良さそうに目を細めた。
「顔に跡が付いてしまったな。」
その言葉を聞くと微睡んでいたティファニーの目がぱちくりと開き何度か自分の指先で触り跡を確かめる。
「まぁ、どうしましょう。せっかくの舞踏会なのに恥ずかしいですのっ。」
「大丈夫だ。顔に跡が付いていてもティフの美貌は損なわれないし、もしも見られたくないのなら私に隠れているといい。」
「ずっとダーリック様に隠れていますの。」
「ずっとはいけないな、せっかく舞踏会に来たのだから楽しむと良い。確かケーキ等もあったからな。」
「ケーキ!」
その言葉に瞳を輝かせるとそろそろ舞踏会に着く事が知らされる。
会場に着き手を取られ馬車を降りると、気にしないようにしていた顔の跡が気になり出しこっそりとダーリックの後ろに隠れる事にした。
お読みいただきありがとうございました。




