21話 素敵な参加権が楽しみですの
書斎に付くとキョロキョロと興味深そうに部屋を眺めようとするも、大人しくしていると約束した事を思い出したのかティファニーは直ぐにソファー前のテーブルに裁縫箱を置く。
一度目に座った場所は気に入らないようで、何箇所か座って気に入った場所はダーリックからもティファニーが良く見える位置であった。
「休憩を挟む時はわたくしが紅茶を淹れますので、すぐにおっしゃってくださいませ。」
曖昧に了承した事を伝えると焦げたクッキーの事を思い出す。
あの腕前の紅茶が出てくるのかと考えると恐ろしくもある、紅茶を淹れるだけでそこまで酷い事にはならないだろう。
こんな日々は後何回か、初めてティファニーの顔を見た後に、ダーリックには一つ決意した事があった。
本当に彼女の幸せを考えるならばここに居るべきではない。
「1ヶ月後に舞踏会がある。もし良ければなのだが、一緒に行かないか?」
「行きたいですの!」
舞踏会で素敵な人と踊る。
その夢の舞台への招待状は相当喜ばせたようで手元の事は気にせずに勢い良く顔を上げる。
まだ針を使ってはいなかったので怪我をしていないが、これからは話しかけるタイミングを伺わなければいけない。
「是非連れて行ってくださいませ、わたくしそれまでにもっと上手に踊れるようになりますの。」
「……では出席すると送ろう。」
そう言い書類に視線を戻せばティファニーも会話は終わったのかと刺繍を初める、踊るようにゆらゆらと揺れながら刺繍をする姿は見ていて危なっかしくて仕方がなかった。
笑うたびに、話すたびに、存在しているだけでキラキラと眩しく苦しい、そして愛おしい感覚は喜びの笑顔により更に増す。
愛しいと自覚してしまったからには相手の幸せを望んでしまうのは当然の事で、どう考えても彼女の最良の幸せは自分の元ではない。
初めて行く舞踏会で彼女に相応しい見目の優れた者の元に託すのが1番の幸せになるだろう。
メイラ家に隠されていた美しい令嬢、嫌悪される自分のような者にも好意的に接してくれる姿は愛されているのではないかと勘違いをしてしまいそうになる。
目を通そうと思っていた書類は全く進まなかった。
休憩時間はまだだろうかと、ティファニーはチラチラと時計を見る。
ダーリックから誘われた舞踏会への参加、素敵な舞踏会で2人踊れるなんて夢のよう。
色々話したい聞きたい事もあるけれど仕事の邪魔をして追い出されては元も子もない。
いつもと同じ刺繍をするだけの時間も、顔を上げれば真剣な表情のダーリックを眺められる最高の時間になる。
伏せられた長い睫毛が影を落とす瞳が書類を眺めるたびに左右に動き、その瞳がこちらを向かないかという期待を込める。
こちらを向かないかとじーっと念を飛ばし見つめるとふと合わさる瞳。
思いが通じたようでにっこりと微笑むと、まさか目が合うとは思わなかったのか一度視線を逸らしてから控えめに微笑み返してくれる。
仮面をしていた時はポーカーフェイスにしか思えなかったが、素顔で向き合うと少し恥ずかしがり屋なところがあるらしく、そこがティファニーには可愛いく思えて仕方がない。
「そろそろ休憩にしようか。」
「はい!今紅茶をお持ちしますの。」
待ってましたと立ち上がると颯爽と部屋を出て行くティファニー。
残されたダーリックは知らない人が屋敷にいると思われない為に一緒に居たいと言い出したのは誰だったのか、置いて行かれてしまった。
ほとんど進んでいない書類を纏めるとソファーへと腰を下ろし少しでも進ませようと目を通し気になる箇所を書き出しながら帰りを待つ。
やけに時間がかかっていると視線を時計に向けるとワゴンを押す音と一緒に数人の足音。
ノックと共に「お待たせしました。」と声をかけられ扉を開くと数人のメイドを引き連れたティファニーが戻っていた。
いつも自分に関わる事には近付こうとしないメイド達が恐ろしい自分には目もくれずに皆一様に目を輝かせティファニーについて来た。
なるべく部屋から出ず姿を表さない様にしようと考えるとメイド達は部屋の前でティファニーに返されたようで、怯えられる事がなく安心する。
「何が好みかわからなかったので、いくつかお持ち致しましたの。」
カラカラとワゴンを押しティファニーは部屋に入るが確かにワゴンに乗っている茶の量が多い。
数個の茶葉、ポッド、カップはとても2人で休憩の為に飲む量には見えない。
「こだわりはないからティフの好きな物に決めて良い。」
「そんな訳にはいきませんの。是非ダーリック様の好きな味を教えてくださいませ。」
ティファニーは茶葉の容器を確認すると湯を注ぎ茶葉を一種一種淹れる。
慣れた手付きで行われる姿は指先まで研ぎ澄まされており容姿も相成り芸術の様に美しく、とてもクッキーを焦がし堂々と食べさせてきた当人とは思えない。
ソファーにテーブルを挟み向かい合わせに座ると休憩という名のティータイムが初まる。
「さぁどうぞ、明日はまた違う味があるようなので、それを淹れますの。ケーキも焼いてくださるそうで、余った物はメイド達が食べられるからと皆とっても喜んでましたの。」
「明日はメイド達と食べるのか?」
「いいえ、またこちらに来ようと思うのですが……お邪魔でしょうか?」
「来たくなったらいつ来ても良い。」
自然と約束される明日の予定に胸が暖かくなるような、そんな気持ちが溢れた。
ゆっくりとした時間、カチャンと音を少し響かせカップを置くティファニー。
どうしたのかと様子を見ればどうやらうつらうつらとしてきたらしい。
「眠いなら部屋へ戻るか?送ろう。」
「いやです。……もうちょっとで刺繍も終わりますの。」
「そんな様子では針は危なく許可出来ないな。」
「ちょっとだけ、膝を借りても良いでしょうか?」
以前肩を貸すと言った時に膝に乗られ抱きつかれた事を思い出し、曖昧に了承するとゆっくりとした動作でソファーの隣に座り頭をダーリックの膝に乗せる。
以前と同じように寝るのかと期待してしまった事に気付き、恥ずかしくなる。
こんな肉の無い硬い膝枕で良いのかと心配になるがゆっくりとした吐息はもう寝てしまったらしい。
顔にかかる色素の薄いふわふわとした金色の髪を耳にかける様に持ち上げると何度見ても夢かと思うほどに可愛らしい顔が出てくる。
もうこんな機会はないだろうとふわふわした髪を撫でると、つい魔が差してしまった。
透き通る様に白い肌に浮かぶ桃色の頬もそっと撫でてしまう、その柔らかさに驚き硬い指で触れてしまった事に後悔し手を引く。
「もっと、なでてくださいませ……」
うっすらと薄目を開け視線を送り微笑るティファニーに勝手に撫でていた事がバレ、ダーリックは一気に血の気が引く。
しかし咎められるのではなく、催促されてしまい今度はゆっくりと傷つけないように頬を撫でると満足そうに微笑み今度こそ本当に寝入ったようだ。
いつまでも触っていたいが、こんなに柔らかい滑らかな肌を傷付けてはいけない。
指一つに感しても豊満な脂肪分を蓄えた者達に嫉妬してしまわなければならないのか。
そんな優れた容姿を持つ者の元に送り出そうとしてる事を思い出し苦笑する。
せめて寝顔だけでも許される限り眺めていたいがこんな顔に見られていて夢見が悪くなってはいけない。
持って来た書類に目を通し、膝の温もりと可愛らしい吐息を誤魔化す。
茶の味はすっかり忘れてしまったが、2番目に飲んだ物の方がティファニーは美味しそうに飲んでいた事を思い出す。
もし聞かれたら2番目と答えよう。
お読みいただきありがとうございました。




