19話 お披露目は突然ですの
時が止まったような、そんな感覚。
交差する瞳は2人とも驚きに見開かれる。
ダーリックの目の前、腕の中には今まで見たこともないような美しい少女がいた。
透き通るような白い肌に赤く色付く薄い小さな唇。
大きな潤んだ瞳は驚きにより更に大きく開かれており、興奮したように蒸気した頬はなんとも言えぬ色香を放つ。
「受け止めてくださりありがとうございます。お陰で怪我一つありませんの。」
その声は聞き慣れたティファニーの声そのもので、言葉と共に自然に口角が上がり微笑む姿を見た途端、視界いっぱいに花が開いたような、キラキラと輝くような眩い感覚に陥る。
口を開き言葉を発しようとするが、身体は機能してくれない。
一方そんな口を開いては閉じ、次第に赤くなるダーリックを見てティファニーは疑問に思う。
もしや受け止められた時に打ち所が悪かったのではないか、もし怪我を、しかも自分のせいでしてしまったとしたらと考えると心配になる。
「もしや何処か打ってしまいましたか?様子が変ですの。」
赤くなった頬に手を伸ばしそっと包み優しく揉み込み感触を堪能すると顔は更に熱を持ち、そこでふと疑問に思う。
景色はこんなに鮮やかだったか、包み込んだ顔はこんなにはっきりと見えていただろうか。
次第に思い付いたのは信じたくはない1つの結論。
じっと見つめ合う瞳は思い付いた事への裏付けに他ならなく、一気に顔全体が熱くなる。
見られている。
「〜〜〜〜〜っ!?」
慌てて近過ぎる距離を離すために押し退けようとするが、抱き込まれた身体はびくともしない。
ならばと顔が見えないようにギュッと抱き着くと、引き剥がしもせず、かといって抱き締められる訳でもない。
受け入れも拒絶もされない現状はティファニーを焦らせる。
「本当に……ティフなのか?」
戸惑いがちにかけられた言葉に、顔をダーリックの胸に押し付けながらコクリと頷く。
「はしたない顔を見せてしまいましたの。」
「はしたなくなんてない。……その、とても」
「……とても?」
「可愛らしい、と思う。」
『可愛らしい』その言葉にティファニーの肩がピクリと反応する。
そわそわと落ち着かないように少し顔を上げ、目が合うと直ぐにまた顔を埋め、またちらりと様子を伺うように視線を上げる。
「それでは……ダーリック様は嫌な思いを感じたりしませんの?」
「ティフに不快感を感じる訳ないだろう。だからもう一度顔を見せてくれないか?」
ゆっくりと上げられた顔は先程と同じく輝かんばかりの美しい少女で、不安気に眉尻を下げ瞳を潤ませる姿は何度見ても胸が苦しくなる程に愛おしい。
そんな姿の中で頬の他にほんのり赤くなる箇所がある、真ん中で分けた色素の薄い金髪の長い前髪から剥き出ている場所。
「………額が赤くなってる。」
「………ジンジンして来ましたの。」
ずっと胸に押し付けていたせいか、指摘されると途端に痛みがぶり返す。
先程までは痛くなかった……というよりも他の事に気を取られて痛みに注意が行かずにこの感覚を逃していただけな気がする。
そっと触れろうとすると痛みに息を呑む。
「治療を受けよう。顔は隠して行くか?」
「はい………痛っ。」
ヴェールを被ると額に擦れて痛みがする、一度被ったヴェールをまた外す。
ティファニーはソファーへ視線を向けると2人踊る最中に勝手に外し投げた仮面を手に取り顔に嵌める。
「これなら痛くありませんの。ダーリック様、この仮面を借りても宜しいでしょうか?」
「仮面を?いや、しかしだな。」
自分が先程まで顔に嵌めていた仮面を何の躊躇いもせずに自らの顔に嵌めた事にダーリックはむず痒くも嬉しい気持ちになる。
しかし仮面を貸してしまうと自分はどうなるのか、顔を晒したまま例え自分の家だとしても他人とすれ違う可能性がある場合は良くない。
一気に悲鳴轟く恐怖の館になってしまう。
「ダーリック様にはわたくしのヴェールをお貸ししますの。」
なんて事ないように告げられヴェールを渡されるが、それはそれでなかなかに恥ずかしい。
渡されたヴェールを見て、自らが被り歩く滑稽な姿を想像してダーリックは眉を顰める。
「そんなにティフは自分の顔を出しては歩きたくないのか?」
「いいえ、どちらでも構いませんの。」
あっさりと言い放つ事に驚きダーリックは一瞬思考が停止する。
理由があり顔を隠しているのだと思っていた、女性からしてみれば痣や傷跡であったり、見せたくない理由は様々であろう。
しかしティファニーには隠す理由になりそうな要素は1つも見当たらない。
むしろ誇る要素しかない、美しさのみでも社交界の華となり得るだけではなく、性格も明るく人懐っこく可愛がられるだろう。
「実家ではずっと顔を隠すように言われてましたので、その癖でここへ越して来ても隠してしまいましたの。いずれは外そうと思ったのですが………その……」
言い淀み付けていた仮面を外し胸に抱き締めると、視線を下に彷徨わせては上目遣いで見つめる。
何度か小さな唇がぱくぱくと動くと、恥ずかしげに言葉を発する。
「自分の顔がとても『はしたない』表情になっていて、とても見せられないような顔でしたの。」
『はしたない』、隠す理由が全くわからなかったその意味がやっと理解出来た。
白い肌はほんのりと赤い頬を引き立て、ぱっちりとした瞳が潤んだ姿は抗い難い魅力を発する、見つめられると熱っぽく見られているのではないかと勘違いをしてしまう。
こんな可憐でありながら魅惑的な姿を見せられ婚約者だと言われたら手放せる男はいないだろう。
自分の顔が受け入れられたと舞い上がり、婚約を受け入れてもらえるかもしれないと喜んだのも束の間。
『はしたない』が意味するのは手放されたいという拒絶ではないのかという思いが拭いきれない。
目の前が真っ暗になる感覚とはこう言う事なのだろうか。
一気に血の気が引き、顔が強張る。
「どうかされましたの?」
突然真っ青になり硬い表情になるダーリックを見て心配気に声をかけるティファニー。
顔を隠す理由を打ち明けた直後の事で思い当たるのは自分の話か、もしくは急に具合が悪くなったのか。
「なんでもない、大丈夫だ。」
「お医者様に見てもらいましょう。」
「本当に大丈夫だから。」
相変わらず顔色は悪いがなんとか笑おうと口角をあげる、しかし無理に繕う笑みは違和感しかない。
「部屋に医者を呼ぶから額を見てもらうと良い、それと今日は私は夕食はいらないから1人で食べなさい。」
「えっ、あのっ」
言うだけ言うとダーリックはティファニーの手から仮面を取り上げ、身に付けるとそのまま部屋を出て行った。
残された部屋で1人ティファニーは何が悪かったのか、自分の話しが悪かったのなら謝らなければいけない。
もしも急に体調が悪くなったのならそれは凄く心配だ。
しかし本人が何も言ってくれなければ分かりはしない。
ヴェールは預けたままダーリックが持って行ってしまったので顔を隠す事は出来ないが、ティファニーにはそんな事はもうどうでも良かった。
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