18話 舞い上がるのは気持ちと身体だけではありませんの
ダンスレッスンの3日後、前回と同じ夕食の1時間前。
約束の次のレッスンの日が来る。
今日こそはいっぱい踊るのだとティファニーはこの日が来るまでずっと復習をしていた。
リズムを取りながら足運びを思い浮かべてステップを踏み、たまに踏んでしまった足の感触を思い出し近い踏み心地の物がないか探したりもした。
もちろん次のレッスンで踏む気はないが。
褒められたヴェールに踊りやすい軽いドレス、靴は踏んでも痛く無いようにと底が1番薄く柔らかい素材を選んだ。
これで今日のティファニーは完璧である。
だが時間になってもダーリックはなかなかやって来ない。
1時間しかないのに遅刻とはどういう事なのか、やってくる様子はないか扉を開けようとてを伸ばした瞬間……。
ガッと良い音が響きティファニーの軽い身体は尻餅を付く。
「〜〜〜っ」
あまりの痛さに声が出ない、この額の痛さはティファニー史上類を見ない痛さである。
またやってしまったとばかりにそろりと扉からダーリックが覗き見ると額を抑え蹲るティファニーに慌てて駆け寄る。
「すまない、遅刻してしまい勢い良く扉を開けてしまった。」
「〜〜〜っ!遅いですのっ」
「すまなかった、今医者を呼ぼう。冷やす物も用意させよう。切れてはいないか?」
「それは、だっ大丈夫です。全部大丈夫ですから早く一緒に踊りたいですの。」
本当は痛くてまだ涙目だし、額はジンジンする。
でもせっかく一緒に踊る機会を作ってくれたのだ、この機会をただ治療するだけの時間に当てるのは嫌だ。
痛む額の事は考えないようにし、気合いで立ち上がりダーリックの腕を掴み部屋へと引き入れる。
「しかしかなり音が響いてた、診察されなたくないならせめて冷やすだけでもした方が良い。」
「ではこの時間が終わってもまだ痛かったらそうします。わたくし凄く楽しみにしてましたの。」
「駄目だ、このままでは私が心配で踊れない。少しだけ待っていてくれ。」
どうしても譲らないティファニーにせめて氷嚢をとダーリックは部屋を出て通りがかった使用人に伝えると直ぐに氷嚢を運んでくる。
過ぎゆく時間にティファニーは気が気ではないが、冷たい氷嚢は熱が引いていくようで気持ちが良い。
もう大丈夫だと伝えるとダーリックの手を自分の腰に回させ、もう片方の手を取ると観念したようにゆっくりと踊るように動き出す。
「本当に大丈夫か?痛みが続くようなら直ぐに言うんだ。」
「わかりました、こうしてダーリック様に触れていると痛みも引きますの。……でもせっかく覚えたステップちょっとだけ忘れてしまいました。」
「足なら何度踏んでも良い。」
そう言い曲をかけると再度手を取られゆっくりと踊り出す。
額はまだちょっとだけ痛いけれど、ダンスが先決である。
思い出す前に初まってしまったステップに翻弄されるが足を踏んで良いとお許しが出た。
気楽に踊ろうと身を任せ、ふと気付くと足を踏まずに踊れている。
ステップの事は考えずにダーリックに任せるままに動くと自然と身体が動き、ターンし、一曲が終わる。
「踊れました!わたくし踊れましたのっ!今のご覧になりました?もう一回踊ってくださいませっ」
興奮冷めやらぬように一気に捲し立てると、もう一回と催促をかけた。
先程までの痛がりつつも気丈に振る舞う様子から一転、興奮するティファニーを心配もするが安堵もする。
もう一度と請われ再度ステップを踏む2人。
ティファニーはこんなに素敵な人と踊れるなんてと、どこかふわふわしたような気持ちで夢心地である。
安定感のあるリードに任せると進むステップは面白い程足が進むのに足を踏む事はなく背中に羽が生えたように軽々と踊れる。
握り合う手と腰に回された手はまるで包み込まれているような気分にさせ、恥ずかしくもあるが心地よい。
そんな時、ふと今ならダーリックの肩に置いている手で仮面を取れるかもしれない事に気付く。
いつかは見せると約束して貰ったのだ、ちょっとくらい早まったって良いだろう。
何しろ今日は痛い思いをしているのだからご褒美は多めに貰いたい。
ふと魔が刺したように肩に置いている手でダーリックの仮面を掴むとポイとソファーに投げる。
何が起きたかわからないような、呆気に取られるダークブラウンの瞳。
「〜〜っ!」
初めてティファニーの前に、こんなに近い距離に、ダーリックの顔がある。
大きな瞳にくっきりとした二重幅。すっと高い鼻に突然の事に引き攣る唇は少し厚くティファニーの想像していた通り。
いや、想像を遥かに超えた理想そのものであった。
ダーリックは仮面を取りに行くために手を離そうとするが繋いだ手は離さない。
「そのまま踊って、お顔を見せてくださいませ。」
「しかしっ」
「見せてくださると仰ってくださいましたの。」
「心の準備という物がある。」
「一気に取ったおかげで準備する手間が省けましたわ。」
ダーリックは嫌われたくない一心で顔を見せるタイミングを図ってきた、少しでも不快感を無くそうと他の事に注視出来る環境で晒そうと考えていたのにこんなに近くでは誤魔化しようがないと焦る。
しかしふと気付く、ティファニーは顔を晒した途端に恐怖した様子は一切見せていない。
疑問に思い改めて観察してみると変わらずに危うげな足運びでステップを踏む姿は以前と変わらないではないか。
それどころかヴェールの中ではキラキラした瞳で熱っぽく見つめられているのだがそこまでは気付かない。
「ダーリック様、わたくし、とっても、楽しいですっ。」
「それは……良かった。」
自分の容姿が受け入れられた、初めての経験は何とも奇妙な高揚感をもたらすしどこか落ち着かない。
こんな恐ろしい顔を晒したのに、なんて事ないようにダンスが続けられるのは実感が薄れそうになる。
だか顔を晒して受け入れられたという事は求婚をしても良いのではないか、そう考えついリードが甘くなってしまった。
「これからもダンスの時は……きゃっ」
上手くリードに乗れず躓きそうなティファニーの細い腰を視線が合う位まで持ち上げ、ゆっくり下ろす。
降ろされたまま一瞬動きが止まったティファニーは次の瞬間飛び跳ね喜んだ。
「凄いっ!凄いですっ!やっぱりダーリック様は力持ちですのっ!今のもう一回やってくださいませっ」
興奮したように詰め寄るティファニーを一歩後退り肩を抑え静止させる。
「待て、そんなに気に入ったのか?」
「はいっ、わたくしの身体がふわっと浮いて、ダーリック様くらい背が高くなりましたっ、凄いですのっ」
肩に置かれた手を取り胸の前で握る。
ふわりと持ち上がるのは今まで味わったことのない感覚で舞い上がる気持ちは抑えられない。
「ではもう一度持ち上げよう。」
「今ではなく踊ってる時にお願いいたしますのっ。」
腰を掴もうと呼ばされた手をペシリと叩くと途端にダーリックの眉尻は下がり、長いまつ毛に縁取られた瞳は影を落とし悲しげな表情になる。
その表情を見た途端ティファニーの心の中は胸が押さえつけられるような、そんなときめきに襲われる。
綺麗で、可愛いくて、急に抱き締めたくなって、とっても可愛い、とにかく可愛い。
ペシリと払ってしまった手をもう一度とり、ダンスの通りに足を運ぶ。
「早く踊りたいですの。」
「前より高くあげよう。」
悲しげで、けれどその表情が何故かとても愛おしく思え抱きしめたくなるような初めての感情。
再度踊り出すとティファニーはどこかそわそわと落ち着かずいつもより更に危なげなステップを踏んでいた。
そんな様子を見て先程払いのけられた事を思い出す。
受け入れられて離されて、要求への拒絶であり自分自身への拒絶ではないとは思っていても心は陰る。
危うげなステップに怪我をしてはいけないと、早めに細い腰を手で掴み先程よりも高く持ち上げる。
薄い金色の髪が広がるのと共に響く楽しげな短い悲鳴。
視線は先程よりも高く、視界の下には切ない様な、思いを押し込めるような表情をしたダーリック。
そんな表情も可愛い、でも笑って欲しい想いで声をかける。
「さっきよりも高くてすごいですのっ!ダーリック様が小さく見えて……っきゃっ!」
「ティフ!」
声をかけ、つい抱き締めたくなり両腕をダーリックへと伸ばすと突然の体重移動にバランスを保てず落下するような浮遊感。
そのまま落とし怪我をさせたくはないと、ダーリックは衝撃と共にティファニーを抱きしめる。
見つめ合うダークブラウンとピンクダイヤ。
舞い上がるヴェールが再び被せたのはダーリックとティファニー、2人の頭上であった。
お読みいただきありがとうございます。




