14話 甘い物はいくらでも食べられますの
帰る為に馬車に乗ろうかとしたところで、恰幅の良い男性から声をかけられる。
手には薄く焼いた小麦粉を肉で巻いた包みが2つ乗っていた。
片方は赤茶けたソース、もう片方は赤いソース、どちらも出来立てで湯気が出ており食欲をそそられる。
「ちょっと待ってくれないか、新メニューなんだけどもし観光客が来るなら話題も兼ねて試食しないかと思って。なんと…」
「まぁ可愛い!わたくしこの苺が良いですの。」
ニヤリと笑い更に言葉を続けようとする男の言葉も待たずに、ティファニーは赤いソースのはみ出る包みを一口頬張る。
「〜〜〜〜っ!かっかりゃいっ!かりゃいですのっ!!」
「えっそこまで辛くは無いはずだけど……」
「うぅ〜絶対辛すぎですの……旦那様も食べてくださいませ。」
押し付けるように渡すと一瞬食べる箇所を迷い、ティファニーが食べた所とは逆の場所から1口食べた。
「確かに香辛料が効いてるが肉の風味も損ねない程度で店に出すにはちょうど良いな。」
「そうなんですよ!今食べたのが普通の辛さで、自信がある人はもっと辛いのを頼んでどんどんチャレンジして買っていってもらおうってコンセプトなんです。」
ティファニーには凄く辛く感じたのに普通の辛さだなんて信じられない。
話す2人を尻目に余った包みも恐る恐る食べるがこちらは普通の甘く塩気のあるソースがかかっていて美味しい。
「これは食べられますの。」
しかし甘くはない。
苺だと思ったソースが激辛ソースで、裏切られた舌は苺の味を、せめて甘い物を求める。
1口食べるともう満足というように食べるのをやめた。
「もう良いのか?」
「甘い物だと思ってましたの。」
しょんぼりと頭を垂れ一口分食べた包みを再度ダーリックに押し付ける。
目に見えてテンションが下がり、落ち込んでいる。
いつも楽しそうなティファニーのそんな姿は見ていられないとダーリックは感じ、つい口を開いた。
「甘い物はないのか?」
「苺が食べたいですの。」
甘い物が食べられるかもしれない、その気配を察知すると落ち込んだ様子から立ち直り食べたい物をちゃっかり催促する。
「えっ、苺ですか、ちょっと待っていてもらえますか?」
恰幅の良い男性は新しい道作りには賛成派で、今回正式に新しい道が出来る事が決まり、つい、本当に魔がさし新商品を試食してもらおうと、いつもなら恐ろしく遠巻きで見ているだけの領主に声をかけてしまったのだ。
自信作を食べて貰い、2人を観察し、話の種にでもしようと思ったのだがリクエストされるとは思いもよらなかった。
急ぎ注文の品を作りに走り去り、戻って来た時にはトレイに乗った新たな包みがいくつか乗っている。
「ええと、こんなのはどうでしょうか?」
先程とは違い赤いソースがはみ出る事はないが、リクエストの品だ。
ティファニーはヴェールの下で恐る恐る包みを1口、小鳥が啄むように小さく食べる。
「!、甘くて美味しいですのっ」
顔は見えなくても声は弾んでいて、その様子に恰幅の良い男性は安堵した様子を見せる。
早速一つ食べ終わるのを見るとお土産にと今回作った甘い包み達を全て渡す。
2人が馬車に乗り帰るのを見届けると、顔の見えない異様な2人の話しを早速皆にしようと踵を返した。
帰りの馬車の中でゆったりと揺られながら2人はそれぞれティファニーに押し付けられた甘くはない包みと、土産に渡された苺の包みを食べていた。
薄く焼いた小麦粉にチョコレートがかかった物、砂糖がかかった物色々な種類と薄切りの苺が入っているだけの甘味だか待ち望んだ味にティファニーは大満足だ。
「苺が好きなのか?」
「はい。苺と、あと桃も甘くて大好きですの。」
上機嫌に答える姿は先程の悲しげな様子とは違い見ていて微笑ましい。
「今回はティフがいたおかげで交渉が成立した。感謝する。」
「そんな事ありませんわ、旦那様が今まで頑張って来た成果ですの。」
「いや今まで何を言っても聞く耳を持たなかった彼らが話を聞き入れてくれたのはティフが婦人会を説得してくれたお陰だ。本当に感謝している。」
「では何かご褒美をお願いしたいですの。」
「ご褒美?何か希望はあるか、出来る限り答えよう。」
「ええと………」
「今は浮かばないので、思いついたらお願いしたいですの。」
「わかった、決まったら教えて欲しい。」
しばらく何にしようかと考えていたティファニーだが単調な揺れと初めての視察の疲れ、更にはお腹が膨れた事によりうとうとと、身体が前に傾いては戻る事を繰り返す事にダーリックは気付く。
このままでは怪我をしてしまうかもしれないと手を伸ばすが触れる寸前で勝手に触られ嫌がられないだろうかと手を引いた。
「ティフ、眠いのか?もし嫌でなければ肩を貸そう、屋敷まで寝ていると良い。」
コクリと頷いた後にゆっくりと腰を上げるティファニー。
移動中に寝ぼけ眼で動くのは危ないと手を貸そうとすると、首元に腕が周りふわりと膝の上に乗られ肩……というより首筋に顔を埋められ甘い匂いに包まれる。
肩を貸すとはそうではない。
隣に座り寄りかかる程度の意味合いで言ったのだが、既に寝付いているらしい。
抱きつかれ耳元に聞こえる規則正しい可愛らしい吐息。
馬車の振動の度に何度も押し付けられる胸は柔らかさを実感せざるを得ない。
夢かと思うような体験だが膝に乗る重みはしっかりとそこに存在しており、一気に身体が熱くなるのを感じた。
これは色々とまずい、しかし動かす事など出来ずにずり落ちそうになる身体に咄嗟に手を腰へ回すと、あまりの細さにクラクラと目眩を感じそうになる。
寝ぼけ眼とはいえ迷いなく抱きつかれた、顔は仮面で隠せても身体を誤魔化すのは難しい。
それなのに抱き着いて来たという事はこの筋肉質で、ふくよかな胸も腹肉もない触り心地も安心感もない身体は激しい拒否はされないのではないだろうか。
ティファニーの温もりを感じながら帰りの道では仮面を外す約束を思いだす。
もしも、もしも仮面を外しても自分の事を嫌悪する事がなければ、せめて耐えてくれるならば、婚約者として来ているのだ、求婚しても良いのではないか。
そう考えながら何度目かになる逸る鼓動を感じ仮面を外す。
窓に映るのはもう何度も見ては嫌になる自分の顔、高ぶる熱は一気に冷める。
美しかった両親とは似ても似つかないはっきりとした二重瞼の大きな瞳は自分ですら目が合うと嫌になる。
誇れるのは親から継承したダークブラウンの髪と瞳、平凡な色だが唯一嫌悪を感じない要素は心を落ち着かせた。




