13話 痛みの特効薬は暖かい手のひらですの
「ちょっと聞きたいんだけどさ。」
「なんですの?」
男性達が話し合いをしている部屋まで行く途中行く事を躊躇うかのように、やけにゆっくりと歩く女性に問われる。
「姫さまは本当にあの領主様といて大丈夫なのかい?」
姫さまという呼び名はもう定着したらしい。
今まで言われた事のない呼び名は少し擽ったくも感じるが、悪い気分ではない。
「大丈夫……?」
大丈夫かと聞かれると大丈夫ではない、ダーリックといると『はしたない』顔になってしまうのだ。
最近は少し慣れてきて、一緒にいるくらいなら興奮はせずに幸せに浸れるようになったが、もし仮面を外しあの美しい顔に微笑みかけられる事があれば一気にまた『はしたない』顔を晒し大丈夫ではなくなるだろう。
しかし彼女に聞かれている大丈夫とは意味が違う気がする。
「いや、その、気分悪くなったりとか、恐ろしくなったりとか。」
「全くありませんわ、それに旦那様はすっごく優しいんですの。わたくしが重くて運べない椅子をお願いしたら運んでくださったり、新しいドレスも買っていただきましたの。」
気分が悪くなるなんてとんでも無い!
むしろ考えるだけで毎日幸せになるし、健康に良いくらいだ。
それに会うたびにティファニーのお願いを聞いてくれる。
大体は押しに負けて動いているのだが、ティファニーにすると自分のお願いを叶えてくれる素敵な人なのだ。
見た目良し、性格良し、すっかり忘れていたが家柄も良し、どこに否定する要素があるだろうか。
「へぇ」
容姿ではなく性格を褒めるティファニーに女性は一種の尊敬を覚えた。
恐ろしいと思う対象は何もせずとも恐怖を与える。
一挙一動に怯え、少しでも不快そうに見える事があれば気分を損ね、罰が降る事を恐れる。
そんな相手に堂々と要求をし、それを呑む姿を見て本人の本質を知る。
見た目しか見ていなかった自分の浅はかさ、そもそも他にも優遇すれば自分に利益が大きく返って来そうな町はいくつもあるのにこの町へ何度も足を運ぶ真摯な態度は今ティファニーが言った人物像に当てはまる。
「確かに人間大事なのは中身だよね、大切な事に気付かされたよ。」
「でも1番は見た目が大切だと思いますの。」
「えっ?」
あっけらかんと言い放つティファニーに今までの感動も一瞬で冷める。
見た目勝負だとティファニーの婚約者は誰もが逃げ出す対象なのだが、先程までの熱弁はとても嫌悪しているように思えない。
話の終着点はわからないまま、目的の部屋の前へとたどり着いた。
男性達の話し合いはまだ終わってないようで、交わし合う声が扉から聞こえて来る。
その様子にどこかほっとした様子の女性は仕方ないとばかりに足早に扉から離れた。
「まだ終わってないみたいだね。もうちょっと待とうか。」
違う場所で待とうと踵を返す女性に付いて行こうとするが、部屋から苛立ちを隠しきれない大きな声の男性の声と少し苛ついたようなダーリックの声が聞こえて立ち止まる。
初めて会った日のような、少し不機嫌そうに低くなる声がとてもセクシーでティファニーはま扉に引き寄せられた。
「そこに居ても今はまだ話し中だし、こっちで待ってよう。」
「でも言い合う声が聞こえて、大丈夫か心配ですの。」
声を聞きたいのも本心だか言い争いも心配だ。
女性達は皆優しかったが、町に来た時の町人はあまり友好的ではなかった。
扉からじっと目を離せずにいると、突然その扉が開きティファニーのおでことぶつかり鈍い音が鳴る。
「きゃっ」
「ティフ?」
「痛いですの……」
「すまない、大丈夫か?」
扉から出て来たのはダーリックで、痛がるティファニーを慌てて支え、ぶつかった場所をヴェール越しに触れようかというところで手が止まる。
その手を取ると鈍痛のする箇所へ押し当てた。
大きな手に触れ、ヴェール越しに額に当てると痛みよりもじんわりとした暖かさに目を閉じ心地良さに浸る。
その様子を何をやってるんだと言う目で先程まで口論していた男性に見られていたが、その男性は少し離れた場所にいる女性に手招きされて部屋を出る。
少しして呼ばれた男性が部屋へ帰ってくると、何とも言いにくそうな苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
何か言おうとしては口をつぐむ事を何度か繰り返し、やっとの思いで声を発する。
「しょうがない、さっきの条件飲むよ」
「良いのか?」
「まぁ、女性達の方での協議で良いんじゃないかって推されたからな。」
「では代理で構わないからサインを貰えるか?ティフ、もう良いか?」
「まだ痛いですの。」
ずっと額を抑えていて貰い痛みなんてとうになくなっているがこの手を離すと次に触れられるのはいつなのか、もうちょっと触れていたいのはただの我儘である。
「少しだけ待ってもらえるか?」
「……本当はもう痛くありませんの。」
もっと触れていたいが嘘をついてまで仕事を妨害しているのに耐えきれずに白状して手を離すと、そんな様子に仮面の奥で苦笑される。
呆れたような表情で待つ男性の元へ行き、いくつか書類を交わすとダーリックが戻ってくる。
「待たせたな。そろそろ帰ろう。」
「これは旦那様が書いた文字ですの?」
暇を持て余していたティファニーは待っている間に見つけた書類を見せる。
まるで本でも見ているかのように丁寧で美しい文字がびっしりと詰め込まれていた。
「そうだが、どうかしたのか?」
「旦那様は字もお上手なのですね。今度わたくしにも何か書いてくださいな、それを見て字の練習をしますの。」
「普通の字だと思うが。」
「あら、普通の字ってすっごく難しいですのよ。わたくし何度本の真似をしても上手く書けなくて、これからは旦那様の字で練習しますの。」
その様子を見ている先程まで議論を交わしていた男性は今まで要求を断る度に出てきた改善案が全て同じ文字でびっしりと書かれていた事に気付いた。
忙しいであろう間にこの町のために時間を割き、真摯に向き合う相手に対して今までろくに話を聞かずに否定をしていた事に羞恥を感じざるを得なかった。