12話 一緒に町へ行きますの
ブラウンのショールは旦那様の目と髪とお揃いの色、肌触りの良いそれを羽織ると馬車へと戻る。
ダーリックは御者に運転を丁寧にする様に伝えるとティファニーと共に馬車に乗り、書類を取り出す。
馬車の中でも仕事をするなんて、真面目で素敵。そうも思うがティファニーとしては手持ち無沙汰である。
大人しくすると言った手前は話しかけ無い方が良いだろうかと考えたが、出来れば1つだけお願いしたい事がある。
「旦那様、馬車の中は2人だけですので、仮面は外したらいかがでしょうか?」
その言葉に驚いたように書類を眺めていた顔が上がる。
「ずっと仮面を付けていたら疲れるのではないですか?わたくしといる時は仮面を外して欲しいですの。」
「自分が何を言っているのか分かってるのか?」
「え、えぇ。何かまずい事でも?」
アニーの受け売りだが自分はこの言葉でヴェールを外そうとしたのだ、ダーリックにも同じ手が通用するかと思ったが上手くはいかないらしい。
「仮面を外すと言う事は私の顔を見るという事だぞ。しかもこんな近距離で。」
「当然ですの。」
「具合が悪くなったらどうするのだ。」
「悪くなりませんの。」
「我慢されても困る。」
「嫌な事は嫌だとはっきり言うタイプですの。是非仮面をお取りくださいませ。」
少し迷ったように言葉が止まり手が仮面を掴むが、外される事はなく手を下ろす。
「……では帰りの馬車で屋敷が近くなったらな。」
「今でも良いですのに。」
せっかく素顔を見れると思ったのに。
初めて会った日に遠目でヴェール越しに見ただけの顔。
はっきりとは見えないながらも遠目の時点でうっとりする程好みなのだ。
今見れないのは残念だが帰りは外すと約束してくれた。
今からもう帰りたい気分になるティファニーである。
道中簡単にこれから行く町の説明を受けた。
小さな町だが新たな道を引き観光の中継地点として今より繁栄させたい、しかし新たな道を引くのに出る問題に住民が納得せず話し合いが続いているらしい。
ティファニーは相槌を打ちながら内容よりも悩みの種だからだろうか、いつもより低く語られる声に聞き惚れていた。
視察する町へ着くと何やら重い雰囲気で出迎えられる。
初めて町へ来た緊張もあり、こっそりとダーリックの後ろに隠れ辺りの様子を伺った。
大きな町ではないが、建物が建ち並び道も充分舗装されている。
町の入り口にあたる場所には綺麗な花々が色とりどりにに植えられており、優秀な造園工でもいるのか可愛らしい形に整えられたトピアリーが並んでいた。
確かに観光の通り道にあれば楽しい思い出の1つとなり、またここ自体も1つの観光名所となるだろう。
数人の男性が近づくと挨拶していたので代表者なのだろうか、皆表情は明るいとはいえずとても歓迎をされているようには思えなかった。
「お待ちしてました、今日はいつもより時間がかかったんですね。」
「約束の時間に送れてしまいすまなかった。前回の不安に対する改善案をまとめて来た。」
「別に道を作らなきゃわざわざ来ていただかなくとも………えっ」
なんだか雲行きが良くない、ちらりと相手を確認しようとするとばったり目が合う。
町の人からしてみればいつも1人で来るはずの恐ろしい風貌の相手の後ろからひょっこりとヴェールを被った謎の少女が出て来たのだ、驚かないはずがない。
紹介しようと背に隠れるティファニーに前へ出てくるように促す。
「お初にお目にかかりますわ、旦那様の婚約者のティファニー・メイラと申しますの。」
そう言い優雅にスカートを摘みカーテシーする姿はこの場には似つかわしくなく男は面食らう。
もちろん婚約者、という言葉は誇らしげに言った。
「えっと町長は今体調崩して寝込んでる為に代理で来たジョン・スコットンです。話し合いには彼女も出るんですか?」
突然の訪問者の追加に面食らい、ダーリックに意向を求める。
話し合いにはキツイ言葉の応酬もあるのだ、このような少女がいられると流石にやり辛いであろう。
「いや、違う場所で待っていてもらおうと思っている。」
「では今うちの嫁が集会開いてるので、そこで待ってて貰うので良いですか?」
「集会?」
「定期的に女性同士で集まってお菓子を食べたり情報交換してる集まりです。」
「そうか、なら頼もう。」
1人の男性が案内役に選ばれ、ティファニーは女性達が集まっているという場所へと案内された。
突然の来訪者に驚かれヴェールを不審に思われるが、そんな事よりも女性達はあのおぞましくも恐ろしいダーリックの婚約者だと言う事に関心が行く。
「婚約者?本当に婚約者なの?」
「ええ、わたくしは旦那様の婚約者ですの。」
女性達に囲まれながら信じられないものを見るような目で見られるのはもう何度目か、しかしダーリックの『婚約者』と名乗るのは何度しても気持ちが良い。
お茶とお菓子のパウンドケーキを勧められ上機嫌に一口。
ふんわりと焼かれた生地に練り込んであるドライフルーツがアクセントとなり口に広がる風味が甘く心地良い。
「美味しいっ」
「ここでは高級な甘味なんてないから手作りになるけど、口に合って良かった。」
「手作りなのですか?凄いっ以前わたくしが使ったクッキーとは全然違いますの。」
「へぇティファニー様もお菓子を作るの?」
「一度だけ作りましたの、お菓子作りってとても楽しいのですね。」
「良かったら今食べたやつのレシピを教えようか?」
「ぜひお願いしますっ。」
レシピを教わり、話題は以前ティファニーが作った真っ黒のクッキーに移る。
賑やかで楽しげな話しはクッキーが出来がる行程を辿れば辿るほど悲惨な雰囲気に、やがてクッキーが出来上がると重々しく開いた口からは衝撃的な言葉が飛び出した。
「それはクッキーとは言わないよ。」
まさかそんな事を言われるとは思わず周りを見渡すと皆同じような悲惨な表情をしていた。
「で、でも旦那様は食べてくださいましたわ、香ばしいって言ってくださいましたの。」
「あー、香ばしいね。焦げだからね。」
食べた方も相当言葉を選んだに違いない。
恐ろしい、きっと性格も見た目と同じようだと思っていた相手に同情を感じずにはいられなかった。
「そんな……わたくしってばなんて事を……」
自分がしてしまった仕打ちに打ちひしがれがっくりと落胆する姿は華奢な容姿も相成り同情を誘う。
その姿に心打たれたのか、小さな女の子がティファニーのすぐ側まで来ると、表情を確認したいのかヴェールを少し捲る。
小さな女の子とティファニーの視線がぱちりと交わる。
「おねーちゃん?あっ!おひめさまっ!!」
「!!っこらっ」
母親らしき女性が急いで女の子を抱き放そうとするも興奮している女の子はなかなか離れようとはしない。
「ママ、おひめさまだよ!」
「何言って……お姫様だねぇ。」
一斉に視線がティファニーに向かう。
集まる視線に耐えきれずにおずおずと捲られたヴェールを元に戻すと落胆する声が辺りから響く。
「なんで顔を隠してるの?」
「えっと旦那様に見せるのが恥ずかしくて。」
「恥ずかしい?そんな綺麗な顔をして何が恥ずかしいんだか。」
「旦那様を前にするとどうしても『はしたない』顔になるんですの。」
こんなに綺麗な子があんなに醜い男に対して見せるのが恥ずかしいだなんて、とてもじゃないが信じられない。
来たくも無いこんなところに嫁がされて可哀想に、皆の心は1つにまとまっていた。
「可哀想にこんなとこに嫁がされて変になっちゃったのかい、何かあったら力になるから言うんだよ。」
「本当ですか?では旦那様の力になってくださいませ。」
「そういう意味じゃないんだけどね……姫さまは良妻の鏡だよ。良い時間だしそろそろ男達のところに行こうか。」
良妻と言われ上機嫌になるティファニーをやはりおかしくなったのか、それにしては会話していても普通に、むしろ楽しくあるくらいだった事を思い出し不思議に思う。
女性達は代表が1人行く事になった。
最後にティファニーの顔が見たいと駄々を捏ねる子に対して一度だけヴェールを外すと周りから感嘆の声が漏れた。




