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遠い

作者: 月湖 冬晴

 愛って何だろう。恋とはどう違うのだろう。同じようなものなのに、まるで手が届かない気がする。


「好きなのが恋、嫌いなのが愛かな」

「や、嫌いなのが愛っておかしくない?」

「嫌いなところを愛するのが愛なんだよ」

「無理」


 ちょっとお高い値段の某フランチャイズチェーンハンバーガ屋で、私を入れて三人の女子高生が恋と愛について語らっていた。私はポテトを齧りながら二人の会話を聞いている。


「じゃあ、恋と愛と恋愛の違いは何なのよ?」

「三つかー。今日は恋愛用のパンが売り切れなんですよね」

「何言ってんの馬鹿。セックスでしょセックス」

「セックス大事だねー。セックスは大事だよ君ぃ」

「うわうっざ乗っかってくんな」

「あんたが言いだしたんでしょ」

「やっぱ処女の語るセックスほど不毛なもんはないじゃない?」

「処女膜がささやくんだよ。こいつで本当にいいの?って」

「本人よりヴァギナの方が賢いって終わってるね」

「だよねー☆」


 最初に切り出した後からずっと黙っていた私は立ち上がる。こいつらに聞いた私が馬鹿だった。でも、処女膜が語り掛けてくるのは少しうらやましい。


「どったの?」

「帰る。DVD借りてたの忘れてた」


 紙コップにハンバーガーやポテトを包んでいた紙などを詰め込む間に、二人が言った。


「見たい」

「私の処女膜とDVDとどっちが大事なの?一緒に見よ?」


 私は返事をせずに出口を目指した。髪を振り払って不機嫌アピールをする。


「なー?生理ー?」


 聞こえてきたのはそこまでだった。ドアを乱暴に開けて外に出ると、視界の端に窓の向こうから私を見てる二人の顔が映る。見返す気にもならず、歩みを止めなかった。早速、スマホがメッセージを受信した。


『何の純文学だよ。エロ漫画みたいにやっちまえよ!』


 むかつくが、正鵠をお突きやがりになさってくる。極端だが、超片思い中の私の心臓を深々と貫いた。そこに穴は開いていないけれども。たった一人の帰り道、空の青色は薄くなっていく。夕暮れ直前の青空に見下ろされているのが今は鬱陶しい気分だ。


 家に帰りつくと階段を上がって、真っすぐ自室に向かう。おやつは焼き芋だという母親の声が耳に届く。ブレザーを脱ぐとベッドに倒れ込んだ。あー、セックスとやらで何もかも解決できればどれだけ楽か。処女膜の一つや二つぐらい、この苦しみから逃れられるなら全然差し上げてよかった。セックスして、結婚して、子供産んで。専業主婦は嫌だから就職活動して、共働きして苦労して気が付けば子供は巣立ってローンを払い終えた家で老いた旦那と二人きり。そんな人生が望んでも簡単に手に入らないと思い知る年齢。それが女子高生。なのだろうか。


 思いを寄せる相手は教師だ。二十代後半で、なんとなく気弱で頼りない男。でも、授業中に作品を見る眼差しの鋭さが好きになった。ああいう風な目で、私の事を見てくれないか。まるで自分でも変態だと思うが、あの目で裸を見られたらどうなるのか、ずっとそんな妄想で頭がおかしくなりそうだ。


「ん……」


 そして、妄想だけでイキそうになった。いつからだろう、あいつの事を考えるとこうなって、慌てて飛び起きる。気付くと布団を丸めて抱き着いていて、妙な恍惚感に不快になりながら重くなった体を起こす。


「シャワー浴びよ……」


 正直、臭う。無香料の消臭剤をスカートの中に噴射すると、カーテンを掛けたまま窓を全開にして、風呂場に足を向けた。母親は出かけたらしく、家の中は無音だった。ざっとシャワーを浴びてシャツと短パンに着替えると、そのままお風呂を掃除する。浴槽の中で洗剤を泡立たせて無心に磨く瞬間だけが、一日の安らぎとなりつつあった。洗剤の匂いとお湯の感触が、頭の中に入る情報を遮って洗い流してくれる。そして、宿題をしてご飯を食べて湯船につかってテレビを見て、自分のパソコンで映画を見て本を読んで寝る。日が昇ってまた一日が始まるのだ。


「でさ、あれから二人で考えたんだけど、不良に絡まれてるあいつを酔拳で助け出すのが一番いいって結論出た」

「馬鹿じゃないの?」


 冷たい反応にもかかわらず、二人はシミュレーションをし出した。眼前で繰り広げられる下手くそなコントは彼女たちなりの気遣いなのだろう。しばしばポージングを決めて、私のツッコミを待っている。


「ほら、ツッコミたりへんやで!」

「はいはい、なんでやねん」

「雑!どうせなら愛してるって言ってやで!」

「どういう脚本?」

「愛で世界を救うのやで!」

「はいはいやでやで」

「愛が無い!世界滅ぶんやで!」

「それは大変だねー」


 チャイムが鳴ると同時に担任が入って来て、なおもコントを続けようとした二人は軽く怒られて席に着く。窓の外を見ると、昨日と変わらない晴れた空が意気地の無い私を見下ろしていた。

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