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 次の日、朝からギルドに行くと、なんだか騒がしかった。

 依頼の争奪戦をしているというわけではなく、ギルド全体で噂話をしているといった感じ。

 私には関係ない……とは言えないけれど、話を聞くにも、受付に行くのが良いかもしれない。

 受付で名前を告げると、奥からギルド長が出てきた。その表情は暗く、焦っているようで、とても嫌な予感がする。


「昨日の話とも関係あるが、指名依頼を受けてほしい」

「この騒ぎと関係があるとは思うけれど、内容次第ですよ」

「北の森の調査依頼だ。今朝、討伐依頼に赴いたC級ハンターのパーティが、血だらけで帰ってきた。

 大量発生が始まってから、C級の魔物までは見られていたが、B級以上は見つかっていなかった」

「でも、C級がボロボロになるような魔物が出てきたのね。

 推定B級以上。場合によってはS級の可能性もあるってところでしょうか」

「ああ。まだ意識があったハンターに聞いたが、相手は金色のウルフだったって話だ。

 この大量発生の原因も、こいつにあるとみている。いま王都からB級以上を呼んではいるが、どう早く見積もっても、数日はかかるだろう。

 それまでの間に、その魔物について、調べておきたい」

「未確認の魔物の調査は、推定ランク以上のハンターを指名するのが通例でしたよね」


 調査といっても、相手に気が付かれれば、戦闘になるしランクが大きく違えば、逃げられないこともある。逃げられたとしても、人里まで連れて来てしまうことも考えられるだろう。

 だから、安全策をとるに越したことはない。


「それはあくまで通例だ。能力があるとされれば、E級ハンターにも任せることができる。

 何より、シエルメール嬢の能力は、B級を超えるだろう」

「でも、私も経験の少ないひよっこ。調査なんてしたことはないし、うまくいくとは限らないですよね」

「だから、依頼内容は"討伐または調査"になる。倒せると思えば討伐していいし、駄目だと思ったら、調査だけをして帰ってくればいい。

 失敗したときのペナルティはなし、報酬は魔物次第だが、最低でもB級クラスのものを用意しよう」

「実際の被害状況は?」

「C級が6人、D級が13人。死人はいないが、回復するまでにかなり時間を要するだろうな」

「ガンシアもいたみたいですね」

「そう……だな」


 やっぱり、無茶したのね。とは思うけれど、それ以上に興味はない。

 むしろ、金色のウルフのほうが気になる。まさかとは思うけれど、無視して何かに気が付けなかったときのほうが怖い。

 いけそうなら、討伐もやっていいのだけれど、もしもの時の保険は欲しい。


「条件を2つ付け加えていいなら、請け負いましょう」

「条件とは?」

「今回の依頼を受けたこと、情報を持ち帰ったこと、討伐できた場合はそのことを伝える相手を、最低限に抑えてほしいのよ。

 もちろん、伝えた人への口止めも」

「つまり、シエルメール嬢が、この依頼にかかわったという事実を隠せってことか?」

「可能なら、私がここにいたことも伏せていてほしいけれど、それは無理がありますよね。

 だから、ギルド長が別の指名依頼を出していて、今から数日別の町にいたってことにできるかしら?」

「……まあ、できるだろう。場合によっては、そのことを本部長に伝えても?」

「それは構わないわ。もちろん成功したときには、隠したうえで報酬と評価をもらいますけれど」

「それも、本部長次第だろう。報酬と身元を隠すのは、どちらが優先だ?」

「身元を隠す方。そちらにも万が一はあるだろうし、最悪適当に魔物の素材を売るから、高めに買い取ってくれたら、それでいいです」

「わかった。もう1つは?」

「新種の魔物ということで、魔物鑑定師も呼んでいるのでしょう? 金色のウルフの魔物鑑定の結果を教えてほしいのよ」

「それくらいはかまわんが……」

「でしたら、今からいってくるわ」


 ギルド長が了承したので、話を聞かずに、私は踵を返す。

 こういうのは、早めに行動するに越したことはないし、本当は昨日森に行く予定だったので、準備も終わっている。

 初めて北の森に入るというのが、唯一不安材料だけれど、エインがいるので最悪の状況にはならないだろう。


『シエルは神の使いを疑っているんですか?』

『そうね。エインはどう思うかしら?』

『普通に考えたら、突然変異で強力になったフォレストウルフでしょうか。

 ですが、神の使いやそれに類するものではない、とも言い切れませんね』

『せめて見た目でどういった存在なのか、わかればいいのだけれど』

『それよりもまずは、見つけることができるかですけどね』

『それは、エインに任せるわ。たぶんわかるわよね? 身の警戒は私が自分でやるから、探知範囲を広げてくれる?』

『では、無関係だと思われる反応は、すべて無視しますね』


 そんな話をエインとしながら、町を出て森へと向かう。謎の金色のウルフが見つかったということで、森に行く人が少なく、森の入り口についても誰と出会うこともなかった。

 私達の場合、ソロで動いたほうがやりやすいので、非常に助かる。


『既にコチラを見つけているウルフがいますね。数は20~30でしょうか』

『でも、どれだけ多くても、フォレストウルフ程度の攻撃で、エインの結界はびくともしないと思うのだけれど』

『自負はしていますが、過信はしないでください』

『それなら、私はスキップでもしながら行こうかしら』

『たまに思いますけど、私達ってはたから見たら、かなり滑稽に見えそうですよね』

『ふふ、それは仕方ないのよ。そういう職業なのだもの』


 宣言通りスキップで、とは言わないけれど、軽快な足取りでリズムを取りながら、森の中に入って行く。

 くるくると回ったり、気を見上げてみたりとやっていたら、以前エインに『ミュージカルみたい』といわれたことがある。

 ミュージカルって何かしら? と尋ねたときの、エインの慌てた様子は、今思い出しても可愛さに身悶えしそうだ。今でも、よくわかっていないのだけれど、別に悪口を言われているわけでもなさそうなので、気にしないことにしている。


 何より、このスタイルが、こういった森を歩くのには向いているのだ。

 私は舞姫。こうやって踊っている間は、私はあらゆるパフォーマンスをすることができる。

 腕を振るだけで、フォレストウルフ程度なら両断できる風の刃を放つことができるし、手をたたけば自在に操ることができる炎を浮かべることができる。

 いわば、魔法を使った舞だといっていいだろう。舞姫は、ある程度魔法が使えるなら、十分にハンターとしてやっていけると、私は思う。

 それを、エインに言ったら『私達の魔力と回路の規格外さを忘れてはいけませんよ』といわれてしまった。


 そんなことを考えている間に私は、埋め尽くさんばかりのフォレストウルフに囲まれていた。

 ここまでに、十数匹を殺してきたため、危険人物とみなされたのか、すぐに襲ってくることはなさそうだ。すぐに走ってきたのであれば、1匹くらい私のもとにたどり着けたかもしれないのに。

 立ち止まった私は、片足でトーントーンと、拍を刻むように軽く跳ねた。


 同時に魔力が私の周りに渦巻き、跳躍に合わせて、水面に石を投げたときのように、風の波紋が広がっていく。

 木々を切り裂き倒し、すべてのウルフを二分にし、血の花を咲かせたところで、風の刃は空気に溶けた。

 これでひと段落かしら、と思ったところで、エインの冷静な声が聞こえてくる。


『シエル。北北東から、大きな反応が近づいてきてます。

 すでに、こちらを認識していると考えていいでしょう。何本か木をなぎ倒しながら来ていますね』

『それって、少し拙いわよね?』

『私の結界も抜けて来るかもしれないレベルです。逃げられなくもないですが、森の外まで連れていきそうなので、おすすめしません』

『色々な可能性を考えて、相手の動きを止めるわ。サポートはよろしく頼むわね』

『では、心を凍らせるような、冷たい曲を』


 私とエインの会話が終わった時、フォレストウルフの2~3倍は大きいと思われる、金色の毛並みのウルフがこの舞台にやってきた。

 放つ存在感は、いままで出会った魔物の中でも、最も大きい。

 並のハンターなら、威圧されただけで、動けなくなるだろう。そういう意味では、逃げられたD級ハンターは見込みがあるのかもしれない。


 エインの歌はすでに始まっている。ヒヤリとする声色は、聞いているだけで、暑さを忘れさせてくれそうなほどだ。エインの結界のおかげで、暑さ寒さとはほぼ無縁なのだけれど。

 歌姫であるエインは、自分の声が届く範囲に、多くの支援効果をもたらしてくれる。

 その効果は、一流の支援術師を超えるだろう。その代わり、大きなデメリットがあるのだけれど、今のエインの歌は私にしか聞こえない。だから、強化されるのは私だけ。


 金色のウルフは、私をその目に入れると、一瞬で距離を詰めて鋭い爪で切り裂いてきた。

 それを、紙一重で躱したつもりだったけれど、距離を取ったところで、右の二の腕に鋭い痛みがはしっているのを感じる。

 やはり、エインの結界を超えてきた。だとしたら、A級以上の威力があるのだろう。

 それから私がいた場所を改めてみて、確信した。このウルフは魔法が使える。そうでなければ、地面が裂けるはずがない。だけれど、ウルフ系の魔物が魔法を使ったという話は聞かないし、そもそもこのウルフに魔力が感じられない。


 考察をしている間に、ウルフは態勢を整えて、2撃目に入る。今度は、牙を使ってのかみつき。

 結界を超えてくる以上、かみつかれてしまうと、振り払うことも難しい。

 狙いは右。先ほどの怪我で、防御ができないと判断したのだろうか。だとしたら、かなり頭もいい。

 だから私は()()で、ナイフを持って、その目に向けてやった。

 エインの歌は、傷も治してくれる。その分私の体力は減ってしまうけれど、回復量効果はかなり高い。体力が無尽蔵の人に使えば、即死以外の攻撃は意味をなさなくなるに違いない。


 ウルフは素早い動きで後方に跳んで戻ったけれど、それは悪手。

 離れてしまうと、私に"舞う"時間を与えてしまうから。

 体の軸を意識して、くるりとその場で一回転。それだけであたり一面がウルフもろとも凍り付いた。一瞬で現れた氷の世界。

 凍り付いた木々の隙間から漏れ届く太陽の光が、キラキラと氷を光らせている。


 舞姫私と歌姫エインが一緒にいて、初めて作られる私の舞台。

 舞姫の力を十全に発揮するには、音楽が必要不可欠。だけれど、その音楽を生み出すものは、楽器である必要はない。歌であっても問題ないのだ。エインの歌の支援効果と舞姫としての最高のパフォーマンスが合わさるため、B級であれば瞬殺できるし、A級も圧倒できる。


 これであのウルフをじっくり観察できる。


 そう思って近づいたけれど、ウルフの足を奪ったことで、どこか気が抜けていたらしい。ビキビキと、氷が割れる音を聞き逃してしまった。

 氷から抜け出すことに成功したウルフは、確実にわたしを殺すため、首を狙ってくる。

 このウルフと近づくのも、これで3度目。その顔に継ぎ目を見たのは良いのだけれど、虚を突かれた私は、この攻撃は避けられない。

 やっぱり、私だけではまだまだ上級ハンターとは言えない。きっと1人では、ここで死んでしまうだろう。悲鳴を上げる暇もなく、今までの思い出に浸ることもなく。ただただ、蹂躙されるに違いない。


 だけれど、私にはエインがいる。私の動きが止まってしまった時、私が油断してしまって何も考えられなくなった時、エインの歌に私の体は勝手に動く。

 私の意識の外でゆらりと、とらえどころのない動きで持ち上げられた腕に呼応するように、氷の茨が地面から生えてくる。


 まるで本物と見紛うような透明な茨は、ウルフを貫き、空中に持ち上げた。

 貫いたところから、また新たな茨が生まれ、顔を残してウルフが氷漬けにされる。代わりに私から大量の魔力が失われる。

 頭の中で、エインの歌声が響いているのを確認して、改めてウルフを見た。


 その顔、そして体もあちらこちらに、何かを縫い付けたような跡がある。

 つまり、この金色の毛皮は、このウルフの自前のものではなく、人の手によって縫い付けられたもののようだ。嫌な予感が当たってしまったのだろう。

 ウルフは、首だけをじたばたと動かしながら、私から視線を外さずに、目を血走らせている。

 知性と呼べるものは感じられない。


「私の言葉、わかるかしら?」

【人ヲ、殺ス】

「貴方は、神の使いなのかしら?」

【殺ス。殺ス……】


 言葉は話せるが、会話はできそうにない。さすがに、ここまで話が通じない魔物が、神の使いということはないだろう。


【我ガ身ヲ穢シ、紛イ物ニ仕立テ上ゲタ人ヲ、我ハ許サヌ。

 仲間ヲ集メ、人ヲ殺ス、殺サネバナラヌノダ!】

「やっぱりそうだったのね。あなたは私の姉弟ってところだったのかしら。

 でも、もうおやすみなさい」


 呪わんとばかりに、人への恨みを語り続ける金色ウルフ(おとうと)に、私は舞を披露する。

 安らかに眠ってほしいなどと、そんな傲慢なことは言わない。私達が自由に生きるために、私達が幸せになれるように、私の糧にするのだ。

 舞により、新たに生まれた氷の茨は、ウルフの顔に張り付き、凍り付かせ、やがてその命を奪った。

 そこにあるのは、このウルフを作り出したであろう者への、嫌悪感のみ。


『嫌な予感が当たりましたね』

「当たったかどうかの最終確認は、ギルドに戻ってからになるけれどね。

 でも、今更こんなのが出てくるなんて、呪いか何かかしら?」

『今回に関しては、ランクを上げる大きなポイントになったと思いますよ』

「エインは前向きなのね」

『歌うことで笑ってくれる子がいるだけで、5年過ごせる程度には、前向きですよ』


 エインは、ふふふと何でもなさそうに笑うけれど、本当に頭が上がらない。

 可愛くて、頼りになって、カッコいい。エインは本当に反則ではないかしら。


 それはともかく、ウルフの死体を持って帰って、依頼完了報告をしなければ。

 魔法袋に入れるために、凍ったウルフに手を触れた瞬間、ウルフから何かが流れてきた。

 驚いて、手を離したけれど、ウルフが生き返ったということはなさそうだ。

 恐る恐る再度手を触れて、今度こそ魔法袋にウルフを入れる。


「何だったのかしら」

『何かが入ってきましたけど、特に異常はなさそうですね』

「悪いものではないと思うわ。感覚でしかないけれど」


 不安が全くない、とは言えないけれど、現状は悪影響はなさそうなので、深くは考えないことにする。

 悪影響の話をしだすと、屋敷で飲まされていた薬のほうが、体に悪影響ありそうだもの。

 依頼も終わったので、帰ろうと思うのだけれど。


「それはそれとして、この森の状態はちょっと拙いのではないかしら?」


 私の周り訓練ができそうなくらいの広さの木々が切り倒されたうえで、凍っている。

 氷の方は、そのうち溶けるだろうけれど、切られた木は、戻しようがない。


『んー、自然を破壊してしまったことに思うことはありますが、この程度なら、そこまで大きな影響もないと思いますよ。

 氷が知られるのはあまりよくないですが、調査が来るまでには溶けるでしょう。だいぶ街道からは外れていますから、すぐに見つかることもないはずですし』

「それなら戻ろうかしら。フォレストウルフの残党もいるでしょうから、気を付けながら行くわね」

『ウルフと戦っていた時みたいに、油断しないでくださいね』

「うぅ……わかっているのよ。あの時も、エインがいなかったら、私は死んでしまっていたのは」

『シエルは12歳なのだから、そこまでの判断ができなくても、本当は良いとは思うんですけど。

 だからこそ、わたしが警戒をしていたわけですから、深く考えずに、頭の片隅にだけ置いておいてください。わたしが守れるうちは、守りますから』

「ええ、よろしくね」


 本当は私がエインを守ってあげたいのだけれど、実際守ってあげられている部分もあるのだと思うけれど、やっぱり私はまだまだ守られる側のようだ。


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