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C級にまでなったけれど、こうやって改まって1対1の対人戦を行うのは久しぶり。王都のように返り討ちにしたことは結構あるけれど、面と向かって開始の合図があるようなものだと、3回目だろうか。しかも1回は派手な魔術戦だった。
ガンシアはパワータイプなのか、両手剣をしっかり持ち、切っ先をこちらに向けて構えている。
対する私は、魔法袋に適当に入れていたショートソードを、右手で持っている。構えなどはさっぱりわからないので、だらんとおろしている状態だ。
『久しぶりに、耐久テストでもしましょうか』
『それなら、最初の一撃は受けるようにするわね。今回は探知の報告は不要だけれど、万が一負けそうになったら、よろしくね』
『言うまでもないですが、油断しないでくださいね』
正直なところ、舐めてかかるので、油断といえば油断だといえる。
エインとの話がひと段落したところで、ギルド長がルール説明を始めた。
「負けを認めさせるか、相手を戦闘不能にしたら勝ちだ。
また、こちらの判断で止めることもある。
あとは訓練場を壊さない程度に、自由に戦ってくれ。それでは、はじめ!」
開始の合図の後、「はあああああ」という気合の元、ガンシアが剣を下げて突っ込んでくる。
まっすぐ来ているようで、その目は私の持つ剣を視界に入れているところを見ると、考えなしということでもないようだ。
私の動きを見ながら、大きく振りかぶり、重たそうな両手剣を振り下ろす。
それがそれほど速くない。一応身体強化の魔法をかけているけれど、この分だと素の状態でも難なくよけられるだろう。
振りかぶる間に、そのわき腹に剣を突き刺すこともできたが、エインとの約束があるので甘んじて受ける。同時に、ガンシアの目が驚きに見開かれた。
「なぜ何もしない」
「動く必要がないからかしら」
ガンシアの一撃は、ちょうど私の肩にあたるところで、止まっている。正確には、服にも触れていない。
さすがに年上の男性なだけあって、単純な力比べだと、勝てそうにないけれど、身体強化を含めれば私に分がある。そもそもエインの結界を突破できなかった時点で、ガンシアに勝ち目などない。
それには、ガンシアも気が付いていると思うのだけれど、諦められないのか、剣を構えなおして横に薙いだ。
それを、後ろに飛ぶようにして避けると、そのままガンシアが踏み込んできて、十字を描くように二度切りつける。
その時、ガンシアが攻撃する前に、1呼吸置くことに気が付いた。
思いっきり切りつけるために、力を入れているのだろう。確かに、頑丈な魔物相手には有用な手段かもしれないが、人間相手だと悪手だといえる。
それから、剣の勉強をしようと思ってガンシアと戦っているのだが、あまり参考にできない。
ガンシアが持つような両手剣は、非力な私には向いていないだろう。身体強化して持ったところで、もともとがひ弱なのだ。B級以上の魔物を倒すときの決定打にするには、全力で臨まなければならない。
全力で行くなら、そもそも剣を持つ必要もなし。何より、大きな両手剣だと"舞"辛そうだ。
だけれど、私が目指すべき、"剣"のスタイルも見えてきた。
ガンシアのリズムも把握したので、こちらも攻勢に出るとしよう。
剣の構え方は知らないけれど、私の場合、私の職業である"舞姫"がある程度、補佐してくれる。
舞姫とは、その名前の通り、舞を行うことができる職業。そして、舞とは体や道具を使って、魅せるもの。逆に言えば魅せるために、あらゆる武器を扱うことができる。
神に対して魅せる舞であれば、雨を降らせることもできるだろう。
しかし舞姫は歌姫と同じ不遇姫の1つ。歌姫ほど外聞は悪くないけれど、様々な職業の下位互換だと評される。
なぜなら、舞は音楽があって成り立つものだから。舞姫が1人戦場に放り出されても、十全に力を発揮することはできないから。
その時には姫という最上位の職業でありながら、下級職程度の補正しかなく、魅せるという条件が付くため下級以下とされる。
雨を降らせるにも、舞台や楽器を準備するよりも、1人の魔法使いを呼び寄せたほうが早い。
だから、私が剣での勝負で勝てる道理はないのだけれど、これだけ隙を見せているのだから何とかなるだろう。おそらく、ガンシアは対人戦の経験はほとんどない。
ひとまずは、大振りしたガンシアの脇腹に傷をつけ、剣が振り下ろされる前に引く。
少し血が出る程度の、小さい傷だからか、ガンシアは気にせずに剣を振り回す。
◇
一呼吸で近づき切りつけ、二呼吸で優雅さを意識して離れる。これをしばらく続けていたら、疲れてしまったのか、血が足りなくなってきたのか、ガンシアが剣を杖にして膝をついた。
あちらこちらから血が流れ、泥だらけになり、いかにもボロボロといった風貌の彼に「続けるのかしら?」と尋ねる。
剣で戦っていたせいか、強さにそれほどの差がないと感じられたのだろう。ガンシアの目には、まだ力がある。
仮にガンシアの剣が私に届いたとしても、ダメージは全く入らないのだけれど、忘れてしまったのだろうか。
「ったりめえだ。ちょこまか動きやがって」
肩で息をしながらガンシアが立ち上がるので、手を軽く振って、ついでに魔力を流す。
風の刃が打ち出され、ガンシアの剣を弾き飛ばす。何の変哲もない風魔法だけれど、ガンシアは口をあんぐりと開けて、固まってしまった。
「続けるなら、私ももう少し本気を出すわね」
「待て待て、そこまでだ」
見かねたのか、ギルド長が止めに入る。
「シエルメール嬢の勝ちだ。ガンシアもそれでいいな?」
「なんでだ。なぜ勝てないんだよ。必死に毎日特訓して、D級になって、同世代じゃ負けなしだったのに、なんで年下の女に負けないといけないんだ」
膝から崩れ落ちたガンシアが、こぶしを地面にたたきつける。
そう思いたくなるほど、努力をしたのだろうけれど、それだけの才能があったのだろうけれど、私には滑稽に見える。
まるで、この世界で一番自分が頑張ってきたのだと言いたげで、世界の広さを知らない。
まあ、私は頑張ってきたとは少し違ううえ、世界の広さを知らないから、海を見に来たのだけれど。
「今日私があなたに与えた傷。それよりも深い、それこそ血管を切断するような傷を、生まれたときから5年間毎日受け続ける。
そのあと、高確率で死ぬ可能性のある薬を、毎食後飲まされ続ける。
それと並行して、命を狙われ続ける。それに、奇跡が起こったら、貴方もすぐにC級になれると思うけれど、やってみるかしら?」
ガンシアに近づき、耳元で彼にだけ聞こえるように伝える。
そのまま、ギルド長のほうを見やって、ギルドの建物に入った。
『伝えてよかったんですか?』
『こうでもしないと、この後の依頼の邪魔されるかと思ったのよ。
「今度は倒した魔物の数で勝負だ」って』
『それは……ありそうですね。やるのは勝手ですが、勝手に窮地に追い込まれて、助けを求められる未来が見えます』
エインにも納得してもらったところで、ギルド長と向き合う。
「手間かけさせたな。あいつもこれで、調子に乗ることはないだろう」
「人を勝手に使わないでほしいですけれど」
「今のを依頼ってことにして、報酬を払おうか?」
「それなら、報酬はいらないから、ランクアップの足しにしてほしいかしら。
できるだけ早くB級になりたいんです」
「王国を出たいってか。この国にしてみたら、大きな損失になりそうだ。シエルメール嬢、さっきの本気じゃなかっただろう?」
「もちろん、剣なんて初めて持ちましたからね」
「それはガンシアに言ってくれるなよ。さっきのは、後進の育成ってことで、無報酬依頼にさせてもらうよ。雀の涙ほどにしかならんが、実績の1つになるだろ」
「私もその"後進"にあたるのではないかしら。ガンシアよりも、年下ですもの」
「そういうなよ」
ギルド長がツルツルの頭に、手をのせて困ったというアピールをしてくる。
ペタン音が鳴りそうな頭は、意外と触り心地が良さそうだ。
それはそれとして、エイン以外をからかっても、さほど楽しくないので「言ってみただけですよ」と返す。
「ですけれど、今日は宿に戻って休むことにするわ。
明日は、森に行くから、指名依頼、忘れないようにしてくださいね」
「ああ、手続きはしておくから、行く前に顔を出してくれ。事後でもなんとかなるが、先に来てくれた方が、面倒がない」
「わかったわ」
短く返して、ギルドを出る。気が付けば、すっかり夕方になってしまった。
とてもとても疲れたけれど、B級に大きく近づけそうなので、収穫はあったといえる。
このままリスペルギア家に気が付かれずに、逃げ出せればいいのだけれど。10年間私を閉じ込め続けたうえ、伯爵に売り渡した、忌まわしい家から。
◇