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次の日、エインに頼んで、いつものように酒場で情報収集をした。
歌を歌って稼ごうとすれば、それに類する職業だと疑われて、敬遠されそうなものだけれど、実際のところ街中で歌って小遣いを稼いでいる人もいるし、場所さえ選べばそこまで因縁をつけられることもない。
それに、職業歌手くらいなら、歌姫ほど悪感情を持たれることもないので、それで逃げることもできる。
エインは、こういった場で歌うときに、歌姫としての力は使っていない。普通に歌って、普通に稼いでいる。
おそらく、歌姫の力を存分に発揮したら、かなりの情報を得られるだろうし、聞いた人の余剰分のお金をすべて巻き上げることもできるだろう。
歌姫に関しては、過去にそういうことをした人がいるから、嫌悪されているのかもしれない。
ここで分かったのは、魔物の活動が活性化していること、中でもフォレストウルフが増えていて、駆除依頼が常にギルドに張り出されているので、稼ぎ時だということくらいだろうか。
森の中にも町があるが、領主やハンターが協力して大事には至っていないらしい。
とにかく、多くのハンターを動員して、魔物の数を減らしているので、拮抗しているとのことだ。
だとしたら、森を抜けるついでに、依頼をいくつかこなしてもいいかもしれない。
王都では結局、依頼をこなすこともなかったので、B級ハンターを目指している身としては、ポイントを稼げるときに稼いでおかなければ。
それから、森を抜けて海に行くには、平常時で5日程度かかるという。
いまだと、魔物のも多いので、さらに時間がかかるだろう。
最後に、この町について。これについては、特別なことはないけれど、森が近く魔物も多いため、ハンターも集まる。だから、住人と衝突しないように、区画を分けているらしい。
仕事場も、ハンターは森の方面、住人は穀倉地方面と、正反対になっているので今のところ大きなトラブルは起こっていないという。
穀倉地の被害については、ここではよくわからなかった。穀倉地帯での駆除依頼はないらしいので、大丈夫だろうとのことだ。
情報収集をしていたエインと入れ替わって、ギルドに向かう。
石造りのギルドの建物は、王都にあるものよりも無骨だけれど、これはこれでハンターギルドらしさがある。
中にいる人は少なく、依頼は緊急のものとして森での魔物盗伐が張り出されている。
ハンターランクがE以上ならだれでも受けられて、どんな魔物を倒してきてもいいというもの。倒した魔物によって報酬が決められる。
『これだったら、ランクアップに近づけるかしら』
『C級やB級の魔物がどれくらいいるかですが、やって損はないでしょう』
『なら、今日はこの依頼を受けて、浅いところで様子見ね』
方針も決まったところで、受付に行こうと踵を返したら「おい」と声をかけられた。
声がしたほうを見ると、私よりも年上っぽい少年が、にらみつけるように私を見ていた。
特に相手をする義理もないので、無視してカウンターへと向かう。
『シエル』
エインが短く私の名前を呼ぶ。十中八九、掴みかかろうとしてきているのだろう。
何かされたところで、エインが守ってくれているので、無視してもいいのだけれど、こんな良くわからない人に触れられるのは心底嫌なので、体を翻して軽く距離を取る。
少年は手で宙をつかむという滑稽な姿をさらし、周りのハンターから嘲笑が向けられた。
少年の顔は真っ赤になったが、恥ずかしさをごまかすように私を指さした。
「お前酒場で歌ってた奴だよな。D級ハンターのオレの女にしてやるよ」
「私もハンターなのよ。だから、貴方の女っていうのにはなれないわ」
面倒くさいので適当に返して、再度カウンターに向かう。
その時、少年がプルプルしていたけれど、私には関係ないだろう。
カウンターでは、受付の女性が、困ったように笑っていた。
「彼は良いの?」
「ええ、全く知らない人なのよ」
「でも、彼は15歳でDランクにまでなったこの辺りでも有望株なのよ。
最近ランクが上がったから、調子に乗っているのは事実だけど、腕は確かなんだから」
「心配ありがとう。でも大丈夫よ。それよりもこの依頼なのだけれど……」
『また来ましたよ』
「ああ、もう。この依頼の受け付けしておいてほしいのだけれど、良いかしら?」
「は、はい。カードがあれば受け付け自体は可能です。でも、この依頼は……」
「それじゃあ、頼んだわね」
何か言おうとしている受付に、カードを押し付けて、ため息をつきたい心地で振り返る。
その時、後ろから驚いたような声が聞こえるけれど、なぜ私がその依頼を受けられないランクだと思うのかしら。さすがに自分のランクがわからないほど、頭悪そうには見えないつもりなのだけれど。
振り向いた先の少年も少年で、声を掛ける前に反応したからと、驚かないでほしい。
「何度も何かしら?」
「ハンターなら、オレのパーティに入れてやるよ。オレ以外はE級だが、あと2年もあればD級になれるやつばかりだからな。
すぐに有名なパーティになれるはずだ」
「それで、私に何のメリットがあるのかしら?」
「オレは15歳でD級になったんだぞ? 最速でC級になってどんどん強くなる。
そんなオレと同じパーティにいられるだけで、十分メリットがあるだろ。それに金だって、不自由しない。酒場で歌っていたのも、金欲しさなんだろう?」
少年の言っていることは、あながち的外れではない。
そもそも、10歳からハンターにはなれるが、スタートのG級は街中で手伝いをする程度だ。
毎日いくつも依頼をこなして、ようやく一般の仕事をしている人と同等の稼ぎになる。そこから、F級に上がるには、低級の魔物から逃げられるとか、見つからないように行動できる程度の実力や知識が必要になる。
低級の魔物を倒せるようになって、ようやくE級。15歳だと、多くの場合F~E級。中にはGという人もいるだろう。
Dになるには、そこから数年は必要になり、D級昇格は10歳後半から20歳前半くらいが一般的だとされる。
D級でコンスタントに依頼をこなせるのであれば、それなりに裕福な暮らしができるといわれ、D級ハンターを目指す人も少なくない。
だから、彼と行動をしておけば、お金もそこそこ手に入るに違いない。
でも、たぶん。大きいギルドがあるところ、それこそ王都の公認の酒場で、エインが歌っていたほうがお金になると思う。
シャッスの話を聞く限り、あの酒場にいたベテランたちは、ランクがかなり高いから、お金もたくさん持っているだろう。
「私はC級だから、それだと何のメリットもないのよ」
「はあ? お前みたいなちんちくりんが、C級だって?」
「別に信じてもらえないのは、構わないのだけれど、少なくとも私は「おい」と声をかけてきて、「オレの女にしてやる」なんて言う人と、一緒に行動したくないわ。
それにパーティに誘おうとしている相手に、ちんちくりんはないのではないかしら?」
「おい嬢ちゃん、もっと言ってやれ」と、周りからヤジが飛んでくる。より面倒になりそうだから、やめてくれないかしら。
言いたい放題言われている少年は、体をわなわなと震わせて、キッと私をにらんできた。
「C級っていうなら、オレと戦え。そして、オレが勝ったら、オレの女として一生オレに尽くせ」
「時間の……いえ、なら貴方が負けたら、ギルドをやめてもらうわね」
「な、なんでそんな……」
「人には一生をかけろと言っているのに、自分はかけないというのは、道理に合わないもの」
本当はギルドをやめられても、私には何にもならないし、彼が私の利になる何かを持っているとは思えない。
エインのおかげで、魔法袋も手に入れたから、あとはランクが欲しいけれど、D級に勝ったところで、ランクアップの足しにもならない。
だけれど、何も要求しなければ、次から次に似たような輩がやってくるのが、ハンターの一側面でもある。
『受けるんですね』
『そろそろ、剣も扱えるようになりたいの。
頭に血が上っているとはいえ、剣技だけで言えば、彼は私よりも上に違いないから、勉強にはなると思うのよ』
『シエルがそう考えるなら、わたしは反対しませんよ。
D級の実力を知る良い機会ですからね。このままいけば、彼はハンターをやめることになりますが、自業自と……。いえ、何とかする人が来たみたいです』
エインがそう言って、会話をやめる。私も気配くらいは感じられるけれど、私のために十数年鍛えてきた、エインの探知には勝てる気がしない。
少年は売り言葉に買い言葉で、私の要求を受け入れそうになっていたけれど、「その話、ちょっと待て」と、待ったをかける人が現れた。
少年が驚いたように「ギルド長」と声を上げる
王都のあの人とは違い、こちらは今でも現役ハンターを名乗れそうなほど、体格がいい。一言で言えば、筋肉。
髪はなく、暑苦しい雰囲気で、年齢はよくわからない。50歳を超えたといわれても頷けるし、30代といわれても、違和感はない。
「まず、うちのガンシアが失礼した。シエルメール嬢」
「私のこと、調べたのね。仕方のないことだとは思いますけれど」
「そういってくれると助かる。とりあえず、事の経緯も把握しているが、ガンシアが悪い」
「なんでなんですか、ギルド長」
「むしろ、お前はいきなり『オレの女になれ』とか言って、普通だと思っているわけだな」
「それは……酒に酔ってたからで……」
「飲めるようになったから、酒場で騒ぎたくなる気持ちもわからなくもない。俺にも経験はあるからな」
「だったら!」
「だが、酒飲んだからって、何やらかしてもいいわけでもない。
仮にお前が絡んでいったのが、他の上級ハンターの場合、すでにお前は大けが負っていたかもしれないんだが、その辺りはどう考えてるんだ?」
「それは……。でも、こいつは酒場で小遣い稼ぎみたいなことしてたんだ。勘違いさせる方が悪いだろう」
「あのなあ、シエルメール嬢が、ハンターじゃなかったら、それはそれで問題だからな?
力に物言わせて、町の住人を我が物にしようとしたわけだから、関係が悪化するかもしれん」
少年、ガンシアの覇気がどんどんなくなり、今はとても小さく見える。少なくとも身長は私よりも2周りくらいは大きいと思うのだけれど。
話は終息しそうになっているけれど、このままうやむやにされると、私はからまれ損になってしまう。
ここで頭を下げられて許しますってほど、お人よしではないのだけれど、エインはそんな私をどう思うかしら。
エインも過激なこともあるし、大丈夫だとは思う。でも、心配。
『ねえ、エイン』
『どうしました?』
『こういうときって、許してしまったほうが良いのかしら?』
『わたし的には、シエルに「オレの女になれ」っていったあたりから、許す気にはなっていませんが、シエルが許したいのであれば、それでもいいと思います。
無条件で許すと現状を見守っているハンターに舐められそうなので、最低限ガンシアさんからとれるものはとっておくべきだとも思いますが』
『わかったわ。ありがとう』
にやけそうになる表情を、無理やり押さえつけて、エインにお礼を言う。
エインは、私を渡したくないって、思ってくれているってことよね。それは、とてもうれしい。でも、にやけてしまうと、エインもすぐにわかるはずだから、我慢するのも大変だ。
とにかく、許さなくて良さそうなので、そろそろ私も話に加わろう。
「そちらの話はそれとして、ギルド長が頭を下げるからそれに免じて許してほしい、なんて言わないですよね?」
「本来これは、ハンター同士のいざこざだからな。原則ギルドが介入しない。
だがこれでも、将来有望なハンターだ。失うのは惜しい。だから、勝負するのは止めないが、条件は変えさせてくれ」
「内容次第かしら。もともとは『オレの女として一生オレに尽くせ』でしたかしら。聞きようによっては、奴隷になれって言っているようなものですよね」
クスクス笑って見せると、ギルド長が疲れたように、天を仰いだ。
ガンシアは、すでに話について行けていないようで、おろおろしている。頭に上った血が、降りてきたのかもしれない。
「ああ、わかった。シエルメール嬢が勝てば、ガンシアは今の魔物の増加が収まった後、1年間活動を自粛させる。その間は、ギルドの雑用として、ここで働かせることは許してほしい」
「私が負けた場合には?」
「同じく1年間、ここの町を活動拠点にして、毎月一定数の依頼をこなしてもらう。当然その時には、報酬は払うし、ランクに見合わない依頼も回さない。
それから、ギルドが故意にガンシアの肩を持つように、介入した詫びとして今受けてもらった依頼をギルドからの指名依頼とする」
ギルド長の提案した条件に、エインが『話が分かる人ですね』と感心した声を出す。
勝負結果の条件については、私的にはどうでもいいとして、指名依頼というのは素直に喜べる。
指名依頼は、ランクアップするのに、かなりプラスに働くからだ。もしかしたら、今年か遅くとも15歳までにB級にあがれるかもしれない。
「では、それで」
了承しようとしたら、ガンシアが慌てたように、声を出した。
「ちょっと待てよ。オレの意見は? 1年活動できないってさすがにそれは」
「この話がなかったことになれば、ガンシア、お前はギルドを辞めることになるな。
というか、勝てるつもりで、喧嘩吹っ掛けたんだろ?」
「ああ、勝つさ。だったら、条件を戻してもいいだろ」
「お前な、仮にそれで勝てたとして、シエルメール嬢がお前の女になったとしてだ。周りがどう思うか考えたことあるか。
お前よりランクが高いハンターに、シエルメール嬢目当てに勝負吹っ掛けられるようになるぞ? それ、断れるか?
酒場のベテラン、結構シエルメール嬢、気に入ってるからな?」
この辺りは、本当にエイン様様だ。酒場で1杯のお酒を奢るだけで、ベテランハンターが味方に付いてくれるのだから。
得てしてハンターっていうのは、気前がいい人を気に入る傾向にある。
しかも。エインの歌で魅了した直後に、パーっと飲めるのだから、効果は高い。でも、まれにガンシアみたいな人が現れるのが、玉に瑕。
結局、ガンシアが渋々折れて、ギルドの訓練場で1戦することになった。
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