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宿に戻ると、ちょうど夕食時だったので、食堂で夕飯を食べてから、部屋に戻る。
忘れていたけれど、部屋に戻るまで、ずっとエインのままだった。
思い出したエインが、私と入れ替わったので、そのままベッドに倒れ込む。
「なんか、とても疲れたわね」
『……』
「エイン、どうかしたの?」
『今後、こういうことにならないように、今日みたいな情報収集はやめたほうが良いのかなと、思いまして』
「でも、エインはやりたいのよね。自分の歌でお金がもらえるのが嬉しいって、昔言っていたもの」
『ですが、シエルの安全を考えると、今回みたいなことがまた起こるとも限りませんから』
「それは気にしなくていいと思うわ。今回はエインの結界でどうにかなる相手だったけれど、職業のランクや習熟度によっては隠せない可能性が高いもの」
『それでも、できるだけこういった騒動が起こらないに、越したことはないですから』
私のためにエインが悩んでくれているのはわかるけれど、私は別にこんな風にエインを困らせたくはない。むしろ、もっと私に迷惑をかけてくれてもいいと思うのだけれど。
でも、私の中の悪い子が、エインを困らせるようにささやきかけてくる。
「ねえ、エイン。エインはとっても可愛いの」
『それは、シエルの見た目のおかげですよ』
「そういうことじゃなくてね。エインという人が可愛いの。見た目の問題じゃないのよ」
『えっと、その……そうですか』
エインのその困ったような"そうですか"には、いったいどんな意味が込められているのかしら。
可愛いと言われても嬉しくないのかしら、それとも、可愛いといわれて嬉しいと感じていることに戸惑っているのかしら。
これなら、エインに表に出てもらっていたらよかったのかもしれないわ。
どちらにしても、エインの反応にふふっと笑みがこぼれる、元気が出てくる。今日一日は疲れてしまったけれど、またもうひと頑張りできそうなほど。でも今はエインを元気づけないと。
エインに意地悪をするためだけに、可愛いといったのではないのだから。
「でもね、エインが一番可愛いのは、歌っているときなのよ。
だから、歌わないほうが良いだなんて、思っては駄目よ? エインが歌っているときは、私が守るのだもの、気にしなくていいの」
『はい、わかりました』
「じゃあ、今日は疲れたから、寝るわね。おやすみ、エイン」
『おやすみなさい、シエル』
終わり良ければ総て良しなんて、たまにエインが言っているけれど、一日の最後で満足ができた今日は、きっといい夢が見られる。
エインの子守歌を聞きながら、そんなことを考えていた。
◇
王都の滞在は、3日目に必要なものを買いそろえた後、もう一泊宿を取って、4日目の早朝に北に向けて出立することにした。
ハンターギルドには行き辛い感じになってしまったし、一般に歌姫だとバレるとやっぱり面倒だから。こういう時は、目立つ白い髪が疎ましい。
だけれどエインはこの髪を、真夏の雲のようだと表現してくれるので、嫌いではない。
朝から馬車に乗って、大体10日前後で北の森1歩手前の町につく。
今回も護衛依頼ではないので、お金を払って乗合馬車に乗るのだけれど、なぜかシャッス達のパーティが馬車の前で待っていた。
『替わったほうが良いかしら?』とエインに尋ねると、『"シエルメール"が話してあげてください』と返ってきた。そういえば、シャッスには、シエルメールを名乗ったのだっけ。
手を振るシャッスに、ぎこちなく振り返した。
「そろそろ、嬢ちゃんも出発すると思ってね。見送りに来た」
「何か、面倒なことになったみたいだね。まあ、その面倒は、あたい達が引き継いだわけだけど」
「わざわざ、ありがとう」
シャッスと酒場で相手してくれた女性が、何度かやり取りした仲だからか、代表して話をするので、とりあえず、来てくれたことにお礼を言う。
二人は、少し変な顔をして、私を見た。
「嬢ちゃん、雰囲気変わったか?」
「プライベートだとこんな感じなのよ。切り替えていかないと、疲れてしまうもの」
「まぁた、大人みたいなことを言うね。このおチビちゃんは」
お酒を飲んでいるわけでもないのに、女性が豪快に笑う。さすがにおチビちゃんはムカッと来たので、取り合わずに、シャッスに尋ねてみることにした。
「ところで、ギルドの方はどうなったのかしら。あのあと、さすがに行き辛くて行けないのよ」
「今のところ大きな変化としては、トルトが職員を辞めていったな。
ハンターに邪険に扱われるようになって、居づらかったんだろう。あとは副ギルド長は、グレーだったな。トルトを使って職業を覗き見た後、それとなく職業にあった依頼を回して、評価を上げていたらしい。
それを墓場まで持って行ってくれたらよかったんだろうが、トルトが余計なことをしたって感じだ。判断は、本部次第ってことになる。
ギルド長は、更迭。新しい人が来ることになった。とはいっても、体制が変わるまでまだまだかかるだろうな」
「変わったとしても、職業バレの事実は変わらないのだけれど。
でも、教えてくれてありがとう」
やはり、私はエインのように、フレンドリーには接することができない。
シャッスたちも、不思議そうな顔をしているのだけれど、これがシエルメールなのだから、受け入れてもらう他ない。
「なんていうか、嬢ちゃんは隠し事が多そうだな」
「もちろん、女の子だもの。それとも、毎日死にかけていた話をしたらいいのかしら」
「それはパスさせてくれ」
「そうね。もしも、すぐにでもこの国から逃げ出して、安全なところに行けるというなら、話せるのではないかしら」
「嬢ちゃんなら、すぐB級になるだろ。そうなってから、自分の足で国を出て本部まで行けばいい」
「馬車くらい使うと思うから、自分の足は使わないわ」
屁理屈で返して、馬車に乗り込む。
ハンターの別れだ。後腐れもなく、軽く手を上げるだけでも十分伝わっただろう。
◇
10日が過ぎ、とても退屈だった馬車の旅も終わりを迎える。
この10日間は、とにかくやることがなかった。魔物が出てきても、それを倒すのは護衛の役目で私がやっていいものでもない。
どんな魔物がいるかだけは、毎回確認していたけれど、フォレストウルフを何度も見かけた。1回1回の遭遇数は少ないので、D級ハンターでも相手できただろうけれど、安全に進むために休憩も多かったと思う。
馬車の中は、もともとある集団ごと――家族や仲間ごと――で集まっているので、ほかの纏まりとは、軽い挨拶をする程度でしかない。それでも一人の私に声をかけてくる人がいたので、「ご心配なく」とだけ返した。
私がやっていたこととすれば、景色を見ながら、エインとおしゃべりをすること。声をかけられたときには、おしゃべりの邪魔をされて、少し機嫌が悪かったかもしれない。
あとは、夜にこそっと外に抜け出して、魔物と一緒に踊るのを退屈しのぎにしていた。
地図でしか知らなかったが、王国の北には大きな山脈がある。
そのふもとには、森が広がり、そのことを皆「北の森」と呼んでいるのだ。
また、北の森を抜けた国の中央側には、山脈に沿うように川が流れている。川の周りには、広大な穀倉地帯が作られていて、あまりの広さに目を奪われてしまった。
北の森と穀倉地帯の間に、町が点々と用意されていて、北の森の魔物に畑を荒らされないようにと目を光らせているらしい。
とはいえ、すでにフォレストウルフが流れてきていることを考えると、荒らされているところもあるのだと思うけれど。
ともかく、10日の馬車の旅の末、穀倉地帯を抜けて、町までやってきた。
王都ほど大きくはないけれど、灰色の頑丈そうな壁で覆われているのは、それだけ魔物の被害にあいやすいということかもしれない。
馬車を降りた後は、拠点となる宿を探す。町の最初の印象としては、良くも悪くもにぎやかだということだ。
道を歩いていても、普通に武器を持ったハンターがいて、大声で呼び込みをする屋台の声に混じって、喧嘩する声もある。
その中から、比較的静かそうな宿を探して部屋を取り、今日はもう休むことにした。
◇