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「まあ、順を追って話しましょうか。シエルメールの嬢ちゃんも、言いたいことはあると思うけど、俺の言葉に問題があるとき以外は黙っていてほしい」
「わかりました。当事者の意見だと、主観が入ってしまいますからね。シャッスさんが変にわたしを不利にしようとしない限り黙っていますね」
「うん、頼む」
奥の部屋。テーブルを挟んで、大きいソファが置かれている。
本来は身分の高い人を相手するときのための、応接室なのだろう。簡素ながらも、高級感のある内装をしていた。
エインとシャッスが入り口側に座って、ギルド長とトルトが反対側に座る。
全員が座ったところで、シャッスが先の言葉を言った。
「最初はよくある話ですね。依頼を見ようとしたお嬢ちゃんに、ヴァルバが突っかかっていきました。
ハンター同士のやり取りですから、よほどのことがない限り俺は介入しないし、嬢ちゃんのほうが強かったから、ヴァルバ達は返り討ちにあったわけです。お嬢ちゃん的には、迷惑かけられただけだろうが、ヴァルバの自業自得ってやつですね」
「それ自体は、聞かない話でもないな。年齢に関係なく、上位の職業を持っていれば、ヴァルバ程度なら簡単に返り討ちにできるだろう。
で、トルトはどうして、こうなってる?」
「その前に聞きますが、ギルド長はトルトの職業を知っていたりは?」
「知るわけないだろう。ギルドはハンターでも、職員でも、職業を言うかどうかは自由だ。
それに、トルトは副ギルド長の秘蔵っ子だしな。採用枠に無理やりねじ込んできたときにはムッとしたが、働き自体は悪くなかったはずだ」
ギルド長がトルトを擁護する話をするので、トルトの表情が少し和らいだ。
エインは特にいうこともないので、じっと話を聞いている。
「まあ、ヴァルバがお嬢ちゃんに言い寄っているときに、職業を聞き出そうとしていたわけです。
当然お嬢ちゃんは黙っていましたよ。でも、バレた。なぜか。そこのトルトが、口にしたからです」
「なあ……ッ!」
「そして、お嬢ちゃんの職業を聞いたヴァルバが、ギルド内で喧伝しました」
ギルド長は開いた口が塞がらないのか、しばらく何も言わずに、トルトのほうを見た。
それから、「間違いないか?」とトルトに尋ねると、なぜかトルトは得意げに「そうです」と頷いて、エインを指さした。
「あの状況、職業を応えれば、すぐに自体は収まるはずだったんです。
それなのに、こいつがなかなか言わないから、私が代わりに言ってやっただけですよ。
タイミングが悪かったのか、話が大きくなってしまいましたけどね」
「トルトお前、何やったかわかってんのか?」
「職業に貴賤はないのでしょう? ハンターギルドの理念にも確かに書いてあります。
それなのに、隠しているほうがおかしいじゃないですか。周りも迷惑していましたし、当然のことをしただけですよ」
「そうか、じゃあ、お前の職業は何だ?」
「そ、それは、教えるなと、副ギルド長が……」
「なんでお前は他の人の職業を知っている? お前の職業のせいか?」
「あの……えっと……」
「わかった、黙れ」
ギルド長の怒気を孕んだ声に、トルトが身を縮めて言葉を飲み込む。
ギルド長は、イラついたように頭をかきむしると、エインとシャッスの方を見た。
「つまり、トルトの職業が、鑑定士に属しているというわけか。
それを使って、職業を盗み見た後、それを公開した。だが、なぜ非番のはずのトルトがここにいる?」
「もともとは、俺のいた酒場で飲んでいたんですよ。
お嬢ちゃんは情報収集として、酒場に来て、目的を達して出て行ったんですが、その直後トルトも出て行ったんで、追いかけたんでしょう」
「じゃあ、シャッス。お前がいるのはなんでだ。飲んでたんだろう?」
「爺どもが面倒なことになりそうだって、言っていましたからね。その時に、お嬢ちゃんの実力を教えられて、興味半分で来ました」
「そもそもなんで、トルトは嬢ちゃんを追いかけたんだ。盗み見た職業が、よほど珍しかったのか?
だとしても、珍しい職業なんて、ギルドにいればいくらでも見られるだろう?」
シャッスの言う爺どもとは、ベテランぽかった人に違いない。エインの結界に気が付いていたなら、その実力もわかるだろう。そうなれば、私は正体不明の謎の子供になるわけで、何かある前に情報共有するのはわかる。シャッスは、ギルドでも信頼にあたる人のようだから、なおさら。
ギルド長はトルトに目を向けるが、トルトは一向に話そうとはしない。
エインもよくわかっていなさそうなので、私の推論を話しておくことにした。
『たぶん、最初エインの職業が見えなかったのね。だから、興味をもったの』
『でも、見えたからばらされたんですよね?』
『じゃあ、なんで私を見て、"歌姫"っていったのかしら?』
『確かに変な話ですけど、酒場では見えて、今は見えていないからですよね』
『普段はエインが結界を張っているけれど、歌っているときは、綻びができてしまうのよ。
きっと、結界がきちんと発動できている間は見えなくて、結界の力が弱まったときに、わずかに見えたのね』
自分の失敗――と私は思わないけれど――を自覚したエインが、顔を真っ赤にする。
その様子は、とても可愛かったのだけれど、今の状況を思い出したのか、すぐにいつものエインに戻った。
「たぶん、トルトさんが私を追いかけてきたのは、初見で私の職業が見えていなかったからですね」
「ああ、俺もそう思う」
「あら、バレていたんですね」
「俺が気が付いたんじゃなくて、爺どもが教えてくれたんだけどな。
酒の席だし、教えられたからどうにかなるものでもないから、見逃してやってくれ」
「人前で気を抜いたわたしにも、責任はありますから」
エインとシャッスが話すのを、トルトは目を真ん丸に見開いて聞いていた。
まるで、二人が言っていることが図星だったと、言わんばかりに。さすがに、ギルド長もその様子を見逃さない。
言い逃れができないと悟ったのか、ギルドマスターはエインに対して頭を下げた。
「確かにこちらの不手際だ。こいつは降格させるし、迷惑料も払う。
職業バレはマイナスだろうが、嬢ちゃんほどの実力者なら、いずれは周囲にわかるだろうし、それで許してくれねえか」
心からの謝罪に聞こえるが、エインの笑顔が深まっていく。目だけが笑っていないその表情を見たのは、いつぶりだろうか。かなり怒っているのがわかる。
私もギルド長の謝罪には思うところがあるけれど、同時にご愁傷さまと思わざるを得ない。
そして、怒っているのは、エインだけではなかったらしく、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「はぁ……。残念だよギルド長。お嬢ちゃんの前だから、あんたを立ててたけど、もういいだろ。疲れたし、あんたみたいなのに敬意を払っていたのがバカみたいだよ」
「シャッス。お前も、職業カーストについては、愚痴を言い合っていた仲だろう?
いつか変えてやろうと、語り合っていた日々のことを忘れたのか?」
「確かに、俺たちは同じ目標を持っていたさ。だから死ぬほど努力して、俺はB級まで上り詰めたし、お前はギルド長になった。歳は離れていたけど、良い仲間だと思っていたよ。
だからこそ、パーティメンバーに頼んで、本部からここの監査になったんだからな」
「だったら」
「だからといって、不正は認められない。ギルドの職員が1ハンターの職業を、無許可で公表するなんてありえないし、仮にそんなことが起こった場合には、厳罰の上解雇するのが通例。
今回の場合、ハンター同士の争いに、職員が片方に肩入れしたうえ、職業の喧伝まで行ったと取られる可能性もある。これを知られたら、ハンターからの信頼はまず失われる」
「わかった。トルトと、トルトを連れてきた副ギルド長は解雇する。これでいいか?」
苦渋の表情でギルド長が次の提案をする。それに対して、シャッスがエインの方をちらっと見た。
エインは、大きく首を左右に振り、肩をすくめた。
「それで、わたしの不利益の何が補填されるのでしょうか。お金には困っていませんし、職員を辞めさせるのは、ギルド側の問題であって、わたしには何も得るものはありません」
「低級が、足元見やがって……」
エインの言葉に、ギルド長が奥歯をかみしめながら、ぼそっと不満を漏らす。
低級というのは、D級までのハンターを指し、C級以上を上級と呼ぶ。というのも、C級になると人数が一気に減るから。このせいで、C級が上位ハンターを目指すうえでの1つ目の壁だといわれている。
そのため、C級になれば実力を認めてもらえる。
上級ハンターレベルになると、ギルドも蔑ろにできないのが普通だが、逆に言えば低級ハンターなら大概のことに関してギルドに対して、不満を言えなくなる。
ハンターになれるのは10歳からなので、12歳の私達は普通にやっていたらC級になれるはずがない。
だが、私達がC級なのは事実であるし、B級になれないのは実績――こなした依頼の数とそれによる評価――が足りないからだといわれた。
実際、私だけの力でC級の魔物は倒せるので、文句を言われる筋合いもない。
「まずなギルド長。ここまでの話は、職業やランクに関係ないところしか触ってない。
シエルメールのお嬢ちゃんだけどな、C級のハンターだ」
シャッスの言葉に合わせて、エインがカードを取り出す。裏にある魔法陣以外は簡素なカードには、確かにC級と書いている。
実物を見せられたギルド長は「な……」と言葉を失くし、わなわなと肩を震わせる。
「ありえん。よほどのことがない限り、C級に上がるのに10年はかかる」
「それが事実かどうかは、本部に尋ねたらいいだけだろう。C級にもなれば、当然昇格の際に知らされているしね。確認もせずに疑うことが、自分の立場を危うくしていることに、気が付いたほうが良いよ。
あとな、お嬢ちゃんの職業だが……」
シャッスがそこまで言って、エインの顔を見る。エインが頷いたのを確認して、シャッスは「歌姫だ」と続けた。
ギルド長はエインに、まるで信じられないものを見たかのような目を向ける。
黙ってしまったギルド長に、エインは淡々と話し始める。
「わたしの職業は歌姫です。これが広まるということがどういうことか、ギルド長もわからないわけではないでしょう。
一度外に漏れてしまった情報は、どれだけ緘口令を敷こうとも、止められるものではありません。
これが万が一、王都中に広まってしまった場合、わたしは迫害を受け、王都にはいられなくなるかもしれないわけです。
この責任をどうとっていただけるでしょうか」
エインの凍えるかのような声色に、ギルド長は、ますますもって押し黙ってしまった。
それにシャッスが追撃を加える。
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが思う、責任の取らせ方を言ってみ。
公平に判断させてもらうけど、まあ大体は許されると思うよ」
「なんとなく察していましたけど、シャッスさんって、偉かったんですね」
「これでも本部から監査として派遣されてここにいるからね。
普段は1人のハンターだけど、こういったときに、ギルド長の暴走を止められるくらいの権限はある。事後報告で、俺に問題ありといわれたら、罰則もあるけど、今回はことがことだからな」
「では、前提条件として、トルトさんには、自分の職業とわたしにしたことを公表してもらいます。他人の職業を話すのに躊躇いがない人ですから、自分の職業くらいばれても文句はないでしょう。
ただ、トルトさんの職業の関係上、今回の事例を公表していないと、またわたしみたいな被害者が出ますから、徹底してください。
あとは、王都におけるわたしの身の安全の保障と、可能な限りの緘口令でしょうか」
「それで、本題は?」
「王都ギルドにある最も容量の大きい魔法袋をください。また、それを補填するための費用は、今回の関係者、ヴァルバさんとその仲間、トルトさん、ギルド長、あと副ギルド長に関してはどこまで関わっているのかわかりませんので、判断はお任せします」
エインの要求に、ギルド長が焦ったように「ちょっと待て」というが、シャッスは「まあ、大丈夫だろうね」と話を進める。
魔法袋とは、要するにたくさんものが入る袋のこと。重さも感じなくなるため、あるだけでかなり旅が楽になる。
ただし王や姫級の職人系職業の人が、数か月かけて作るのでかなり高価なのだ。安いものでも、家は建つし、高いものになると城が建つともいわれる。
エインもとんでもないものを要求したものね。直近のことを考えても、もう少し先のことを考えても、持っているに越したことはないけれど。
その後、シャッスはギルド長に案内させて、魔法袋――肩掛けで大型の魔物を数体入れることができる――をもらう。
帰りは変な因縁をつけられないようにと、依頼者用の扉から見送られた。
その時、エインはふと何かを思ったのか、シャッスの顔を見上げる。
「よく、歌姫を助けようと思いましたね」
「ハンターなんて、強ければ何でもいいところがあるからな。不遇職でありながら、その年齢でC級にまで達したお嬢ちゃんのことを、悪く言うやつは上級にはいない。
むしろ、お嬢ちゃんのことを、怖いとすら感じる」
「そうですか。結構かわいいと思っているんですけど」
突然エインがそんなことを言い出して、驚いてしまう。
ここで言う可愛いとは、私に言っているのかしら。エインが使っているとはいっても、私の体でもあるわけだし、見た目って意味なら、私のこと可愛いって思ってくれているのよね。
でも、内面って意味だと、エインは可愛いから、自分のことを可愛いって自覚しているのかしら。
なんて、きっとこれから重くなる話を、少しでも和らげたいって意味があることくらい、私もわかっているけれど。
「確かにそうだけど、自分で言うことじゃないな」
「まあ、可愛くない生活を送ってきたのは確かですよ」
「だろうなぁ。俺もたいがい死ぬ気でやってきたけど、嬢ちゃんのは、また違いそうだし」
「話は変わりますが、ヴァルバさんは、なんであの程度の傷で騒いでいたんでしょうね」
「……それ、話変えた?」
「内緒です。女の子は、秘密がある方が綺麗になれるらしいですから」
「はいはい。そろそろ帰って、ほかの人に見つかっても拙いし」
「そうします。それでは」
手を振って、今度こそエインはギルドを後にした。
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