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お風呂から上がって、エインが魔法で濡れた髪を乾かす。エインの魔法は特定のもの以外弱いのだけれど、この出力の小ささは日常生活を送るうえでは役に立つ。ちょっと飲み物を温めたいときとか、本当に便利。
私がやろうとすると、かなりの精度を求められるので、できなくはないが疲れてしまうのだ。
「明日は何かあるかしら」
『とりあえず、情報収集でしょうか。少し、北がきな臭い感じですから』
「フォレストウルフのことね」
『そうです。フォレストウルフが、ここまでやってくる必要が出てきた原因が、森にあるでしょうからね』
「だとしたら、また、エインに頼むことになるのよね」
『それが、最も安全だと思いますから。万が一の時、保険にも、カムフラージュにもなります』
エインの言っていることは正しい。だけれど、やはり申し訳なくも思う。
前にエインに言ったら、好きでやっているから大丈夫だと返ってきたけれど。本当に好きなのはわかっているけど、エインを取られたみたいで少し心が、もやっとしてしまうことがあるのだ。
『シエルは頑張っていますから、自分を卑下しないでください。
少なくとも、わたしがシエルと同じ年齢の時には、何も考えずただただ遊んでいただけだったんですから。それに比べると、シエルはだいぶ人と話せるようになってきましたし、成長していますよ。
焦らないことです』
「そうだといいのだけれど」
少し的外れで、少し抜けた言葉を聞いて、投げやりに返す。
12歳といえば、平民の子であれば、見習いとして働き始めていると思うのだけれど。エインは貴族か、裕福な家庭だったのかしら。と尋ねようと思えば、尋ねられることを、エインは気が付いているのかしら。
「状況がわかったら、北に向かう護衛依頼がないか探してみるのよね」
『ハンターであれば、それが普通といえば普通ですからね。王都までは、依頼がなかったので諦めましたが』
「でも、その前に、いくつか依頼をこなしておくのもいいと思わない?」
『前の町では、ランクが合わなくて、あまり依頼をこなせませんでしたからね』
「それに、王都だからこその依頼もあると思うの」
『そういう話なら、普通に王都観光をしてみてもいいんじゃないですか。忘れないうちに、荷物の補充もしておかないといけませんし。
ところで、そろそろ眠ってはどうですか。今日も疲れたでしょう?』
「そうね。おやすみ、エイン」
「はい、シエル。おやすみなさい」
明かりを消し、目を瞑ると、ゆったりとした歌が聞こえてくる。
聞きなれた、安心できる声。何を言っているのかはわからないのだけれど、聞いているだけで、どんどんと眠りにいざなわれていく。
こんな贅沢な眠りをしていたら、いつか、エインなしでは寝られなくなるかもしれないわね、なんて思っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
◇
次の日、私達はカウンターの女性にハンター組合と酒場の場所を聞いて、まずは酒場に向かった。
酒場といえば、多くのハンターが集まる場所で、情報収集の基本ともいわれている。
そのため、私達がこの場所に来るのは当たり前なのだけれど、たいていの場合は席に着くこともできずに、門前払いさせられる。
というのも、15歳になっていない私たちは、お酒が飲めないからだ。見た目で誤魔化すこともできないので、ここでエインの出番となる。
今日もまた、酒場に入った私たちに、胡乱げな視線が集まる。きっと、私一人だけできたら、恐怖で動けなくなることだろう。
なんでこんなに人が多いのだろうと以前は思ったものの、ハンターというのは、毎日依頼をこなしているわけじゃない。一定数は拠点となる町で休養をしているので、昼間でも酒場にある程度は集まっているのだ。
ざっと見まわしてみたところ、20歳くらいの若い人から、50歳を超えたようなベテランまで居るようだ。
胡乱げな視線を向けるのは、主に若い人たちで、「ガキが何しに来た」とか「酌でもしてくれるってか?」とか、好き放題言ってくる。
その声を、すべて無視して、エインはカウンターにいる店主のもとへと向かう。
店主も「ここはお嬢ちゃんが来るところじゃないよ」と、帰るように促すが、エインは意に介さずに、スッとカウンターの上にお金を置いた。料金にして、中ランクのお酒1杯分だろうか。
「これで、少しの間ここで働かせてください。稼いだお金の半分は、お店に渡します」
「ここはギルド公認だとわかってきているんだろうね?」
「もちろんです。ただ、何曲か歌を歌わせてくれれば、それだけで十分です」
ギルド公認の酒場というのは、非番のハンターが街中で騒動を起こさないように建てられたもの。
ここで騒ぎを起こせば、最悪ハンターとしての資格を失うため、乱暴されることはない。同時に非合法なこともできないので、未成年の売春などもできない。
とはいっても、ハンターは粗野な人が多く、私みたいなのが公認の酒場に行ったとしても、今みたいに野次はとばされるのだけれど。
ただ、粗野ではあるものの、全員が全員喧嘩っ早いわけでもない。意外と面倒見がいい人は多いし、特にベテランは私に甘い傾向にある。
それに、酒場で昼間からお酒を飲んでいる人は、ある程度金銭的に余裕があるハンターだ。金銭的に余裕があれば、気持ち的にも余裕があるから、そこまで因縁はつけられない、とエインが言っていた。
悪いことをするわけでもないし、店主から了承をもらったエインは、お店の中心の開けたところまで行くと、足元に木の箱を置く。
なんだなんだとばかりに、注目が集まったところで、すうっと息を吸ったエインが歌いだした。
今までの経験から、特にハンターに受けが良いノリがいい歌。何を言っているのかわからないのが玉に瑕だけれど、それでも簡単な曲調は、すぐ真似することができる。
言ってしまえば、歌が終わった後も、メロディが頭に残ってしまうので、何かあった時に、ついつい口ずさんでしまうのだ。
問題があるとすれば、エインが歌を歌うのが好きすぎること。
いつもは張り巡らしている探知の魔法も、常に身を守っている結界の魔法も、この時ばかりはおろそかになる。だからこそ、少なくとも歌っている間は安全な、公認酒場で行っている面もあるのだけれど。
それに、エインのようにはいかないけれど、私もエインを守ることはできる。
気を付けないといけないのは、私がエインの歌に聞き惚れて、注意が疎かになってしまうことだろう。
◇
私の心配をよそに、1曲目が終わった後、ハンターたちの評判は良かった。しいて言うなら、なぜか妙に驚いた顔をしていた男性が目に入ったけれど、強そうでもなかったし、放っておいても大丈夫だろう。
あとは、ベテランの中で、ひそひそ話している人もいるが、エインの結界に気が付いたのかもしれない。
箱の中にお金が少し投げ込まれ、次の曲をリクエストされる。リクエスト権を持つのは、たくさんお金を入れてくれた人なので、4~5曲歌えば結構なお金になった。
エインは惜しまれながら、歌をやめて店主のところに向かう。
「約束通り半分お渡ししますね」
「ああ、もういいのか?」
「できれば、もう少しここで、今度はハンターの方にお話を聞きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「構わないよ。何が聞きたい?」
店に入ってきたときには出て行ってほしそうだった店主が、今は好意的になっている。
毎回のことながら、エインはすごい、というかお金ってすごいなと思う。
「北の森にがどうなっているのかについて、聞きたいです。
あと、さっきのお金の残り半分で、今いる皆さんにお酒を振舞ってもらっていいですか?」
「あい、わかった」
店主はそう返事をしてから、ホールにいるすべての客に聞こえるように、声を張り上げる。
「お前ら、嬢ちゃんが酒を奢ってくれるってよ。その代わり、北の森について教えてやんな」
いうが早いか、各テーブルに、お酒が運ばれ始め、歓声が沸き上がる。
もともとは自分たちのお金だろうに、さらに気分がよくなっているらしい。
何やら、ハンターたちの中で、軽く話し合いが行われ、ベテランが多い区域に座っていた、20代後半の中堅っぽいハンターのグループがやってきた。
人数は男性が2人、女性が2人の計4人。カウンターに座っているエインを挟むかのように座ると、驕りのお酒をもって、「サンキュ」とリーダーであるらしい右隣の男性が声をかける。
次に左に座った、色の黒い少し粗野っぽい女性が話を引き継いだ。
「それで、お嬢ちゃんは北の森について知りたいって話だけど、どうしてなんだい?」
「わたし、北の森の町に行くつもりで南から来て、王都に寄ったんですけど、途中でフォレストウルフと遭遇したんです。だから、何かあったのかなと思いまして」
「フォレストウルフを見かけた場所は?」
「ここから、馬車で1日かからないところです。たまたま助かったんですけど、本当はこの辺りでは見ない魔物ですよね?」
「そうだねぇ、考えられることもあるけど。
ちょっと、聞きまわってきてくれないかい?」
エインに話しかけていた女性が、仲間に声をかけると、3人はすぐに椅子から立ち上がる。
それから、話を再開した。
「あたしらも、少し前まで北の森で活動していたんだけどね。その時には、何も異常はなかったんだよ。
だから、何かあったのなら、そのあとってことになるね」
「活動していたっていうのは、いつなんですか?」
「3か月前くらいだね。たまたま、こっちまで来たって可能性もあるけど、それよりも大量発生したって考えたほうが無難ね。あんたは旅慣れているようだけど、無理に行かないほうが良いかもしれないよ」
「そうですね。でも、わたし、旅慣れているように見えました?」
「そりゃあ、酒場に来て慣れたように金稼いでりゃあね。いままで何度もやってんだろう?」
「やっぱりばれてしまうものなんですね。でも、安全に稼ぐとなると、こうするしかなかったんですよ」
「まあ、今回はあんたの手元には残ってないみたいだけどね」
「情報収集が目的でしたし、皆さんと仲良くしておいた方が、今後助かるかなと思いまして」
「そりゃ、ちがいねえ」
女性が一気に酒をあおり、楽しそうに声を上げて笑いだす。
そのあとすぐに戻ってきたメンバーに話を聞いたところ、どうやら北の森のフォレストウルフの数が増えていたという情報が入ってきた。時期は1か月ほど前。
情報をくれたのがB級のハンターだったらしく、手当たり次第倒して、結構な額を手にしたらしい。そこからまた増えたのだろうか。
その他にも豆知識的なウルフの話もあったので、たぶんエインが後で質問すると思う。
フォレストウルフは、D~Cランクの魔物にあたる。群れの数が増えるとCランクになるが、討伐したのがB級であれば、手当たり次第という戦果も頷けた。
というか、B級のハンターなんて初めて会った。正確にはこのお店のどこかにいるだけで、会えたわけではないけれど。
それから、集まった豆知識の中で気になったであろうことを、エインが隣の女性に問いかける。
「ウルフは神の使いなんですか?」
「眉唾ものの話だけどねぇ。特にここまでフォレストウルフがやってきたときには、北の山で何か変化が起きていることが多いから、それを知らせに来たってことで、神の使いって呼ばれてるって聞いたことあるね。あとは、神話レベルだと、神がウルフを使役していたって話もあるらしいけど、実際はどうだかねえ……」
その程度の話だと、安心していいのか、落胆していいのかわからない。
でも最低限知りたいことはわかったので、エインがお礼を言うと、椅子に座ったリーダーの男が身を乗り出してきた。
「そういえば、君の歌っていた歌、不思議な響きの言葉を使っていたけど、どこで覚えたの?」
「えっと、母が西側にある小国郡のさらに辺境出身らしくて、そこの歌だって言っていました」
「よくもまあ、そんなところから」
「こっちに来るまでに、大冒険だったっていつも話していましたよ。
毎回大冒険としか言わなかったので、何があったのかさっぱりわかりませんでしたが。
では、そろそろ、お暇しますね」
「おう、そういえば、名前は……」
「また機会があれば会えると思いますから、その時にでも。今日はありがとうございました」
「ああ、ないと思うけど、ギルドで何かあったら、頼ってくれよ。特にギルド長にいじめられたときとかはね」
エインは、背後から聞こえたリーダーの声に、振り返り、頭を下げてから酒場を抜け出す。
その後ろで、リーダーの男が「フラれたな」とからかわれていたけれど、それはそれで楽しそうだったのが印象的だった。
◇