08 少女と人形 2
瓦礫の陰から姿を現したエルマが、笑顔でオフェリエに走り寄る。
「エルマちゃん、ここは、一体……」
「ええとね、魔獣に襲われて焼けちゃったお邸なんだって。あ、あのね、本当は、危ないから近づいちゃ駄目だって言われてるんだけど……」
説明するうちに罪悪感に襲われたらしく、エルマの声は尻すぼみになった。
「そうね、今にも崩れてきそうな場所がいくつか見えるわ」
階段は一部崩れ、奥の廊下は半ば塞がりかかっている。
「……やっぱり、出て行かなきゃ駄目?」
「その前に、教えてくれる? その人は誰?」
エルマの質問への答えは保留して、オフェリエは青銅人形のことを尋ねた。エルマは気を取り直し、屈託なく説明を始める。
「うん、この部屋の奥に倒れてたの。大きなお人形さんだなって思ったんだけど、触ったら動いたの」
「いや、なんで人形が動くんだ?」
「あれは魔術師が使役する人形よ。魔力で動くの」
レヴァンのもっともな疑問には、オフェリエが答えた。
「魔術師? この邸の主か?」
「いえ……どうかしら。エルマちゃん、他の人に会ったことはある?」
「ううん。このお邸には、あの人形のお兄さんだけだよ」
「名前はあるのかしら?」
「わからないんだって。だからピロスって呼んでるの」
「そう……」
それきり、オフェリエは黙り込んだ。エルマは小首を傾げてオフェリエを見上げ、青銅人形のピロスは微動だにせずに立っている。
それならと、レヴァンが口を開く。
「とりあえず、ざっと見て回ってくる。危なそうなところがないかどうか」
秘密基地的な遊び場を取り上げるのは可哀想だというレヴァンに、オフェリエも頷いた。
「……そうね、とりあえず様子を見てみましょう。エルマちゃんは……」
「ここに残ってていい?」
「ここに? でも……」
「この辺りなら大丈夫なんじゃないか? 出口も近いし」
「……そうね。崩れそうになったら、すぐに外に出てね?」
「うん!」
元気な返事をしたエルマをピロスと玄関ホールに残して、オフェリエは二階、レヴァンは一階の探索を開始した。
二階担当のオフェリエは、寝室、娯楽室と回ったが、家具に埃が降り積もっているくらいで、危なそうなところはなかった。
次に覗いたのは図書室で、何気なく本のタイトルを読んでみれば、その多くは魔術書であった。
試しに一冊引き抜いて、ざっと目を通してみる。内容は、魔術の基礎から、オフェリエの知らない最新研究報告と、なかなかの充実ぶりだった。
中でも興味を引かれたのは、人形を自律させる魔術だ。エルマが見つけたピロスは、この魔術によって作り出されたのだろう。
「魔力を持った石、魔石を心臓部に設置し、動力源とする……」
オフェリエが探しているのも、魔石だ。もし本当に青銅人形の動力にされているなら厄介だ。何しろ確認するには、その心臓部を切り開かなくてはならないのだから。
「もし、彼に入っているとしたら……」
呟いて、オフェリエは緩く頭を振った。
エルマからピロスを取り上げるようなことはしたくなかったが、本当にそこに、オフェリエの求める魔石が埋まっているのだとしたら――一人の少女を悲しませたとしても、手に入れなくてはならない。それが、オフェリエの務めだ。
「…………」
オフェリエは本を棚に戻すと、玄関ホールへと引き返した。
階段を下りながら二人を探せば、中央付近で、たどたどしいながらも楽しげに踊る姿が見えた。
青銅人形は、シーツをマントのように羽織って。エルマは、昔の住人の物か、ふんわりしたドレスに着替え、頭にはちょこんとティアラも乗せている。
オフェリエに気付いたエルマが満面の笑みで手を振ってきたので、微笑んで手を振り返し、通り過ぎる。
レヴァンを探して歩いていると、がたごとと音が聞こえてきた。
「レヴァン?」
部屋に入って見回すが、レヴァンの姿はない。が、左手側の床に、大きな穴が開いているのに気がついた。
穴の縁から覗き込めば、地下室に当たるだろうそこにレヴァンがいた。
オフェリエに気付いたレヴァンが、見上げて笑う。
「おう、オフェリエ。上はどうだった?」
「上のほうは案外綺麗だったわ。それより、ねえ――この穴、あなたが開けたんじゃないわよね?」
「まさか。崩れてた……っていうより、壊されてたんだよ」
「どうやって降りたの?」
オフェリエも降りようとしたが、階段も梯子もなかった。
「そこらへんの瓦礫を足場にして」
「…………」
事も無げに言われ、オフェリエは押し黙った。
確かに、床が落ちた破片が所々で積み重なっているが、見るからに不安定で、足を置いた途端に崩れてしまいそうだ。
「……ねえレヴァン、そこには何があるの?」
「色々あるぞ。本とか、実験器具っぽいのとか、石とか」
「!」
石、と聞いた瞬間、オフェリエは躊躇いを捨てた。
穴の淵に手をかけ、見た感じ安定していそうな瓦礫の一つに足を乗せる。
大丈夫そうだったので体重をかけたところで、ぐらついた。
「っ」
咄嗟に淵を掴む。がらがらと、近くの瓦礫が一山、崩れる音が響いた。
「大丈夫かー?」
「……多分」
軽い感じの問いかけに、自信なく返しながら、次の足場を探す。
崩れやすそうだが確実に足が届くほうか、少し遠いが安定していそうな足場にするか。
迷った末に、遠いほうに決めた。
出来るだけ身を乗り出したが、やはり足りないので、覚悟を決めてジャンプ。
「っ!?」
だが、ジャンプのための踏み切りが、足場をぐらつかせた。体勢が崩れたことで着地点もずれ、オフェリエの体は落下する。受身も取れない。
「っ」
衝撃を予想して、オフェリエはぎゅっと目を瞑った。
「おっと、大丈夫か?」
だがオフェリエを迎えたのは、レヴァンの力強い両腕だった。オフェリエの体を、難なく受け止めた。
「あ……ありがとう」
予想外のフォローに目を瞬かせながら、オフェリエは礼を言った。
「どういたしまして」
にっと笑って、レヴァンは丁重にオフェリエを下した。
「…………」
オフェリエは、そっと胸元に手をあて、高鳴る鼓動を静めようと、深く呼吸した。