44 門前の戦い 1
レヴァンたちは、ネストルたちとは逆に、スケルトンたちの流れを遡って湖にたどり着いた。湖のそばには石柱で囲まれた石舞台があり、その中央にカロリナがいる。
石柱の一角には闇が滲み、その闇が、並べられた魔石と絡むことで、スケルトンが一体ずつ生まれ出ていた。
「闇が出てきているあれが、闇の門か?」
「……ええ、そうよ」
「平気か? オフェリエ」
オフェリエは既に苦しそうだった。
フィロテア謹製のアミュレットがあるとはいえ、オフェリエにとっては毒を吸い込むに等しい。
「――行くわ」
頤をあげ、せめて少しでも清浄な空気を深く吸い込んでから――オフェリエは、ペガサスを石舞台に降下させる。
石舞台が迫る中、レヴァンは「オフェリエ」と声をかけた。
「何?」
「俺が守るからな」
「……」
唐突ともいえるレヴァンの言葉に、オフェリエは目を瞠って振り返った。
レヴァンは、その視線を真正面から受け止めて、更に告げる。
「頼りにしろよ」
「レヴァン……」
その言葉で、オフェリエは肩から力が抜けるのを感じた。
今まで、一族を率いるために、強くあろうとしてきた。外で活動できるのは自分だけだというせいもあったが、ずっと、己の力だけで立ち回ってきた。
だが、今は――レヴァンがいる。
守ると言ってもらえて、嬉しかった。
一人じゃない、頼っていいんだと思えた。
「……ええ、有難う。頼もしいわ」
オフェリエは微笑んでいた。晴れやかに。
その笑みを見たレヴァンも、笑う。自信たっぷりに。
「おう、任せとけ。――そろそろだな」
レヴァンはカロリナとスケルトンたちの動向に注目した。降下中への攻撃を警戒したのだが、カロリナは、ペガサスの接近に気付いても、スケルトンたちに迎撃命令を出さなかった。
そしてペガサスが着地し、レヴァンとオフェリエが降り立ったところで。
「いらっしゃい、待っていたわ」
友人を家に招いたような気安さで、カロリナは笑って迎えた。
「自分から来るなんて感心だわ」
「カロリナさん……」
オフェリエは何て声をかければよいのかがわからず、結局、名前を呟くことしかできなかった。
そんなオフェリエの葛藤はそ知らぬ顔で、カロリナは石舞台に設えられた祭壇を振り仰ぐ。
「さて、それじゃあ、この祭壇に横たわってもらえる? 早速貴方の命を捧げたいから」
「オフェリエ」
レヴァンはオフェリエを庇うように、オフェリエの進路を塞ぐように、立ちはだかった。それを鼻で笑ったカロリナは、拘束して転がしておいた侯爵を引き起こし、その首元にナイフを突きつける。
「断るなら、侯爵の命を先に頂くけど」
「っカロリナよ、目を覚ますのだ」
引き起こされた侯爵は、傍に来たカロリナの説得を試みた。
「そなたが崇めるものは、慈悲深き神などではない、悪魔なのだ」
「うるさいわ」
カロリナは侯爵の頬を打った。「ぐっ」と呻いて倒れこんだ侯爵を、冷たい視線で見下ろす。
「まったく失礼だわ。私がこれまでどれだけの人を癒してきたか知ってる? 何百、それ以上よ? その力をくださったのがあの方なのに、どうして悪魔なものですか」
「いや、続々とスケルトンを生んでる時点で、悪魔確定だろ?」
流浪する神々に、スケルトンを使役するものはいない。スケルトンを使役するのは、闇のものだけだ。
「呆れた単細胞ね。人が傷つくことがないようにと、不死の魔獣をお授けくださる慈悲深さが理解できないなんて、なんて哀れなのかしら」
そういうカロリナの目には、本当に、嘘偽りなしの哀れみが宿って見えて、レヴァンはぞくりとした。
「……あそこまで盲信できることにびっくりだ」
「もしかしたら、彼女は幻惑されているのかもしれないわ」
カロリナは、心の底から、人類の幸福のためと信じているように見えた。彼女には、真実、神々しく見えているのかもしれない。
カロリナは、門を振り返って耳を傾けていた。時折「はい」と頷き返している。レヴァンたちには聞こえない声が、彼女には届いているようだった。
「申し訳ございません、すぐに準備を済ませます」
深々と、門に向かって頭を下げ――顔を上げたカロリナは、オフェリエを見据えた。
「ゲオルギア様は、一刻も早いご降臨をお望みよ。オフェリエさん、祭壇に登って」
「…………」
オフェリエは無言でカロリナを見返し、門から滲み出す闇を見つめ――一歩を、踏み出した。咄嗟に、レヴァンはオフェリエの手を掴んだ。
「駄目だ、オフェリエ!」
「レヴァン、離して。私は……」
オフェリエはレヴァンを説得しようとしたが、それを待つ気は、カロリナにはなかった。
「いいわ、抵抗するなら、力尽くよ!」
カロリナがレヴァンとオフェリエを指差すと、石舞台の周辺にいたスケルトンたちが一斉に襲い掛かった。
「っ」
レヴァンは剣を引き抜き、オフェリエは弓を構える。
まずはオフェリエが矢を放った。矢は、鋭くスケルトンに迫り、ガッ! と鈍い音を立てて、スケルトンの頭に突き刺さった。
だが。
「っ止まらない!?」
レヴァンは目を瞠った。矢が突き刺さったスケルトンは、身を仰け反らせたものの、その頭蓋に矢を突き立てたまま、構わず前進してくる。
「……貫通では止められないみたいね」
冷静に分析したオフェリエは、矢筒から別の矢を引き抜いた。火の力を持つ赤い魔石を加工し、鏃として使っているものだ。
ヒュッと放たれた矢は、近づくスケルトンの頭蓋に接触し、直後、爆発。スケルトンの頭蓋が弾けとんだ。
「おお!」
レヴァンは歓声を上げた。
頭蓋を吹き飛ばされたスケルトンの身体は、あっという間に崩れ去り、その名残とも言うべき灰が風に吹かれていく。
「おっと!」
レヴァンは迫ってきたスケルトンの一撃をかわし、剣を持つ手を切り落とした。だがそれだけでは、スケルトンは止まらない。
「といっても、爆発なんて俺には無理だし、な!」
レヴァンは剣を低めに横薙ぎして、スケルトンの膝を両断した。がくんと身体を落とし、前のめりに倒れたスケルトンの頭蓋を、すかさず踏み砕く。
ばきん、と砕けた骨は、一瞬で灰と化した。
「っ一斉にかかりなさい!」
苛立ちも露に、カロリナが命令した。
スケルトンたちが、がしゃがしゃと骨を鳴らしてレヴァンとオフェリエに迫る。
だがオフェリエは慌てず、白い鏃の矢を番えた。
「レヴァン、カロリナさんのほうへ」
「了解」
放たれた矢は、風を纏ってカロリナへ向かう。その途上にいたスケルトンたちは突風によって吹き飛び、地面に叩きつけられた。
オフェリエの矢を追って飛び出したレヴァンが、吹き飛ばなかったスケルトンたちを切り伏せていく。オフェリエはそのレヴァンに追走しながら、また矢を番える。
「っ!?」
狙いは、驚愕に目を見開くカロリナだ。
そして、白い鏃の矢が、放たれた。




