39 闇の侵食 2
カロリナが石舞台に戻ったとき、そこには誰も居なかった。
「そんな……お母さん! お父さん!?」
黒い影も、母も――倒れていた父も。
「お父さん、お母さん……!」
涙声で呼びかけながら、カロリナは石舞台を彷徨う。何かがつま先に触れて、石舞台の上でかつんと鳴った。
「……これは……」
屈みこんで見てみれば、黒い石だった。母のネックレスの石と同じように、魔力を感じる。
カロリナは黒い魔石を拾い上げようと手を伸ばし――
「……っ!?」
指先が触れた瞬間、雷のような衝撃を感じて、カロリナは意識を失った。
声が聞こえた。
「カロリナ」
母の声が。
「カロリナ」
聞き覚えのない声が。
「私の愛しい子」
「我が僕となれ」
母の声と、聞き覚えのない声とが徐々に重なっていく。
「門を」
「門を」
ぴたりと一致した言葉は、いつの間にか声色も重なっていた。母の声だ。
「閉じて」
「開いて」
どちらが母で、どちらが母ではない声だったのか、もうわからなかった。
「魔石を散らして」
「魔石を集めて」
魔石、と聞いたとき、自分が石を握りこんでいることに気付いた。ほんのり熱をもっているようだった。
「門を」
「門」
片方の声が掠れていた。
「開いて」
「閉……て」
片方の声が、どんどん小さくなっていく。
「世界を……」
「あるべき姿に」
声が、威厳を持って響いた。変わらず母の声ではあったが、力と自信に満ちている。
「カロリナ、苦しむ人々を救いなさい。そのための力を、貴方に授けます」
「救う……力?」
呟く間にも、ひんやりとした何かがカロリナの手を包み込んでいた。そこから、確かに何かが流れ込んでくる。
「そうです。我、ゲオルギアは、人々に救いを齎すために、貴方の献身を必要としています」
「ゲオルギア……様」
力が流れ込むにつれ、カロリナは高揚していった。
何でも出来るような気がしてきた。
この方の為に、何でもしたいという気持ちになっていた。
「カロリナ、愛しき子。人々を癒しなさい。我が存在を、知らしめなさい。貴方が癒した人々は、我らの手足となって、世界のために尽力することでしょう」
「世界の、ため……」
この方のために働くことは、世界のためになる。
「そうです、世界のために――」
ならば、何を躊躇うことがあるだろうか。
「――はい! なんでもします! ゲオルギア様!」
世界のために、私は選ばれた。
そのことが、何よりも誇らしかった。
「――っ」
カロリナが目を覚ましたとき、周囲は慌しかった。
広めのテントの中、横たわる怪我人たちに、動き回る治療師たち。
「……あれ、この石……」
カロリナは、自分が握っている黒い石に気付いた。石舞台で拾ったものだが、妙に気になる。
「う、うう……」
「っねえ、貴方、大丈夫?」
隣から呻き声が聞こえたので、カロリナは石をポケットにしまいこんでからにじり寄った。まだ若い男性が、胸元の包帯を血で染めている。ひゅーひゅーという細い呼吸音が、カロリナの胸をも苦しくした。
「ねえ、誰か……」
手の空いている治療師が居ないかと見回してみたが、皆忙しく立ち回っていた。
「…………」
カロリナは、彼にそっと手を触れ――灰銀の光が弾けた。
「え」
一体何が起きたのかと、カロリナが自分の手をまじまじ見たところで、横たわっていた青年が勢いよく身体を起こした。
「きゃ!?」
「痛みが、消えた……ん? なんだ、この痣……」
ぺたぺたと自分の身体を触り、血に染まった包帯も解いてみた青年は、傷痕は残っていないが、見覚えのない痣が出来ていたことに首を傾げた。
だが、致命傷となってもおかしくない傷が完治したのだ、痣の一つ二つが残ろうと、気にならない。それよりも、命の恩人は誰なのかということが気になった。
「もしかして、君が、治してくれたのか?」
青年は、傍にいたカロリナを見て尋ねた。
「え、私……?」
治癒魔術を使ったことがないカロリナは、首を横に振りかけて――思い出した。
母の声をした偉大なる存在、ゲオルギアが、癒す力を授けるといっていたことを。
「――ええ、多分、そうだと思う」
「多分?」
「……ちょっと、試してみるね」
カロリナは、近くの怪我人に手を触れた。やはり灰銀の光が生まれ、傷を癒した。
「すごい……! 君、いや、貴方は天才だ……!」
「いいえ、違うわ。これは、」
「今の術は、何で御座いますか」
栗色の髪に、薄いブルーの切れ長の瞳。細面の女性――ペトラが、険しい顔で近寄ってきた。
「神様から授かった力よ」
「神様……?」
戸惑い、不審がるペトラにそれ以上説明する気をなくしたカロリナは、質問する側にまわることにした。
「それより、ねえ、ここはなんなの? どうしてこんなに怪我人が居るの?」
「……こちらは、街外れに設置された救護所で御座います。王都の侯爵様のご指示で、現在、獣たちの掃討作戦が行われております」
「獣たちの、掃討?」
「左様で御座います。獣たちが凶暴化し、街を蹂躙したので御座います」
「っ街の皆は!?」
「怪我人は、周囲のテントで手当てを。……亡くなった方は、後方の黒いテントに運ばれております」
「――っ」
カロリナはテントを飛び出し、黒いテントを目指して走った。
すぐに見つかった黒いテントの周りには、嘆き悲しむ人々が大勢いた。それを見てカロリナの足は竦んだが、意を決して中へ入る。
「…………」
所狭しと並べられた老若男女の顔を一つ一つ確認していき――ついに、見つけた。
「っお、父さん……」
へたりこみ、恐る恐る父の身体に触れ、使えるようになったばかりの治癒術を発動させようとする。
だが、灰銀の光は出なかった。
「なんで……っ」
何度試しても、父の傷は――既に命を失った身体の傷が癒えることは、なかった。




