32 末裔の里 1
街の大通りまでやってきて、さてどこから手をつけようかとレヴァンが考えたとき。
「ああ、酒屋がある。レヴァン、少し寄らせてくれ」
ネストルが、近くにあった酒屋にさっさと入っていった。いくつか見比べた上で一瓶選び、会計に持っていく。
「実は、三年くらい前のことで、聞きたいことがあるのですが」
支払いをしながら、ネストルはオフェリエのことを尋ねた。
前置きのとおり、三年前のことである。そう簡単に答えは貰えないだろうと思いながらも、レヴァンは耳を欹てた。
「白馬を連れた器量よしの弓使いの娘? ああ、覚えているよ」
「え、マジで?」
期待していなかったのに、あっさり手がかりが得られて、レヴァンは嬉しいよりも先に呆気に取られた。
「ああ。酔っ払いに絡まれたのを見事に撃退してみせたんだ。格好良かったねえ」
店主の言葉に、なるほどと思う。美女が酔っ払いを撃退したというなら、記憶に残っていてもおかしくない。
が、問題はその先である。レヴァンは身を乗り出して尋ねた。
「何処に行くとか、故郷の話とかは?」
「故郷……北のほうだっていってたよ。うちの店でも特に強い酒を選んだから、大丈夫なのかって聞いたら、北の生まれだから、強い酒も、辛さにも慣れているんだって」
「……そういえば、辛い料理も平気で食べてたな」
「ふむ、となれば、北のほうというのは有力だね」
「北か……!」
ネストルの同意も得られて、レヴァンは俄然高揚してきた。が、そこに、思案げな店主の言葉が水を差す。
「でもねえ、親戚が最北の村に住んでいるんだけど、そこでそのお嬢ちゃんをみたことはないんだよ」
「単に、他の村だったのでは?」
この街から最北の村の間には、いくつか村があるのを地図を見て知っているネストルは、普通にそう思った。
「それがねえ、実はお会計が間違っていたことに後で気付いたからさ、親戚に会いに行くついでに返金をと思って、道中の村でも尋ねてみたんだ。でも見つからなかったのさ」
「それは確かに不思議ですね」
「…………」
ネストルが淡々と返す横で、結局オフェリエに繋がる手がかりはなしかと、レヴァンは肩を落とした。
「だろう? まあ、返金自体は、また買い物に来てくれたときに出来たからいいんだけどね」
「え、常連なのか?」
予想外の言葉に、レヴァンの気分は盛り返した。
「常連と言うほどでもないけどね。年に一回か二回かねえ」
「その時に、故郷がどこかは聞かなかったのか?」
「聞きたいとは思ったけどねえ。でもあんな綺麗なお嬢さんだ。変なのに付きまとわれたら厄介だと、わざと違うことを言ったのかもしれないし、だとしたら詮索は迷惑だろう」
「ふむ、それもそうですね。ところで、そのお嬢さんが買った酒はどれか、覚えてますか?」
「ああ、それならこれだよ」
どん、と置かれた瓶を見て、「では、それを一箱ください」とネストルは即決した。
「おや、それは嬉しいねえ、毎度あり」
一箱となると結構なお値段である。が、ネストルは涼しい顔で支払いを済ませ、箱はレヴァンに持たせた。
「……で、こんなに買ってどうするんだ?」
箱を抱えて酒屋を出て、レヴァンが尋ねる。ネストルは、酒に弱くはないが、強くもなかったはずだ。レヴァンはと言えば、そもそも酒を嗜まない。デメトリは酒豪っぽく見えなくもないが、怪我人である。
「あ、もしかして治療用か?」
「いやいや、違うよレヴァン。人目を避けて住んでいるところへ押しかけるのだから、手土産くらい用意しないとね」
「ん?」
その言葉を理解するのに、レヴァンは数拍、必要とした。そして理解と同時に目を見開く。
「ってことは、どこに住んでいるか見当がついたのか!?」
「可能性はある、という程度だけどね」
「それでも、流石は兄貴だ!」
やはり、傍にいるときは頼りになる、とレヴァンは笑い、早速尋ねる。
「で、どこなんだ?」
「極北だよ」
「極北……」
しかし帰ってきた言葉に、レヴァンは眉を顰めた。
「それって、海を挟んだ向こうだろ? しかも、寒すぎて人が住めない土地って話じゃなかったか?」
「そのとおり。だが、実は何度か人らしき姿が目撃されているんだよ」
「そうなのか?」
「そうなんだ。とはいっても、船から遠目で、という程度だけどね」
「……もしかして、根拠はそれだけ?」
兄にしては根拠が薄弱すぎるように感じられた。
「いやいや、実は伝承を調べていくと、ナーオスの里はその極北の地ではないかという可能性が出て来るんだ」
「ナーオス……」
唐突な、だが覚えのある単語に、レヴァンは記憶を探った。そして、門番教育で学んだ単語だと思い出した。
「神と共に生きた、神の血を引いている人々?」
「正解」
「……いや、でも伝承じゃ、神と共にこの地を去ったんじゃなかったか?」
「理由は定かではないが、残った民もいる。そう伝えている書物がいくつかあるんだよ」
「ふうん……で、それが、オフェリエの故郷とどう関係が……って、まさか!?」
言ううちに気付いたレヴァンに、ネストルは力強く頷く。
「ペガサスを乗り回す。門番にも伝わっていない術式を扱う。ナーオスの民なら、人間が住めない土地に暮らす術を持っていてもおかしくない」
「オフェリエが、ナーオスの民……」
そういわれて思い返してみれば、納得の出来る部分もあると考えるレヴァンを、ネストルが窺うように覗き込む。
「――もしかして、怖気づいたか? 会いに行くのはやめるか?」
「まさか。会いに行くさ。絶対に」
レヴァンは即答した。即答してみせたレヴァンに、ネストルは笑みを湛えながら満足げに頷く。
「よし。では、準備を整えて、すぐに出発しよう」
「おう」
目指すは極北の地。
ということで、二人は街で寒冷地用装備を整えた後、森番のところで留守番させていたヒポグリフに跨った。
ヒポグリフは、点在する村の上空を軽々と飛び過ぎ、数時間で海上まで到達した。
「このスピードなら、ここから極北の地まで、二時間はかからないだろう」
「それはいいが……この寒さは想像以上だ」
かなり厚着をしているのに、寒さで身体が震えるのが止まらない。
「だから酒を飲めといっているのに」
ネストルが酒瓶を差し出すが、レヴァンは首を横に振った。
「酒を飲んだら動きが鈍る」
「レヴァン、空で何と戦うつもりなんだ?」
ネストルが呆れる。確かに、空を飛んでいる間にすれ違ったのはごく一般的な鳥ぐらいで、戦いの気配すらなかったが、レヴァンにも言い分はあった。
「わからねえだろ、空飛ぶ魔獣はいくらでもいる」
「それはまあ、いないとはいわないが。だが、それだってヒポグリフの雄叫びで動きを止められる。その隙に離脱することだって――」
途中で言葉を止めたネストルの視線を追ってみれば、空飛ぶ白いものが現れていた。
真っ直ぐレヴァンたちに近づいてくる。近づくにつれ、それが白馬で、その背に人が乗っているのも見えてきた。
「あれは――」
目を凝らすレヴァンに、ネストルが問う。
「女性のようだね。レヴァン、オフェリエか?」
「――いいや、似てるが、違う」
落胆を隠さず、レヴァンは深々と溜息をついた。




