26 空飛ぶ馬 5
レヴァンたちが侯爵邸に行くと、既にペトラから話が通されており、すぐに中へ案内された。通されたのは応接室ではなく寝室で、侯爵はベッドに身を起こして、ペトラの報告を聞いているところだった。
「――おお、デメトリ、無事に戻ったか。大儀であったな」
頬はこけ、顔色は青白い。短い労いの言葉を言ったあとに、ごほごほと咳が続く。侯爵は、一目で病状が思わしくないとわかる老人だった。
「恐縮で御座います、閣下」
デメトリは侯爵のベッドに近づいて膝をつき、頭を垂れた。
「今、ペトラからカロリナの行動について報告を受けたところだ……。あの子は、一体どうしてしまったのか……」
「あの子?」
侯爵の声からはカロリナに対する親しみが感じられて、レヴァンは思わず首を傾げた。それに気付いた侯爵は、軽く咳き込んだ後に説明する。
「カロリナは、今は亡き、我が友の愛娘でな……。友の代わりにあの子を守り育てると、誓ったのだ……」
「友人ってことは、カロリナは貴族なのか?」
会話も苦しそうな侯爵に聞くのは気が引けたので、レヴァンはペトラに尋ねた。
「左様で御座います。とは申しましても、貴族としては下位で御座いますが。侯爵様とカロリナ様のお父上は、考古学を共通のご趣味となさっておいででした」
「だが儂は思うように動ける身体ではなくてな……。彼が持ち帰る現地調査の結果が楽しみで……いや、客人には興味のない話であったな」
懐かしむように視線を遠くに向けた侯爵だったが、弱々しく頭を振って自嘲した。
「あ、いや、兄もその手の話題を好んでいたので、少し理解出来ます」
「そうか、そなたの兄君も歴史愛好家であるか。機会があれば話をして見たいもの、っだ……!」
一際激しい咳の発作が侯爵を襲った。
「っ侯爵様!」
「閣下!」
ペトラとデメトリがそれぞれに介抱の手を伸べるが、侯爵はそれを押しとどめた。
「――良い。本題に入ろう」
まだ少し咳は残っていたが、侯爵は姿勢を正した。
「これから、どうするつもりだ」
「は。北西の街への転移陣使用許可を頂きたいのです」
「北西の街とな?」
「は。カロリナが害した娘が、空飛ぶ馬によってそちらに飛んでいったようなのです。何よりその身が案じられますが、その娘は、魔獣が残す魔石について詳しい様子でありました」
「! あの魔石にか……!」
デメトリの説明を聞いた侯爵は、カッと目を見開いた。
「魔獣との関連については、話を聞けたのか」
咳き込みつつも侯爵の視線は強く、デメトリは一つ頷いた。
「はい。魔石は、適応するものに力を与え、それが魔獣となるようであります。任務中に魔石を二つ回収いたしましたが、保管には特殊な方法が必要ということでしたので、彼女に預けたままであります」
デメトリの、その説明の仕方に、レヴァンは心のうちで感謝した。
これで、侯爵にとっても、オフェリエを追うべき理由が一つ増えたわけだ。カロリナの保護者を自認する侯爵だ、カロリナがオフェリエを害したという点だけでも追跡許可を出すだろうが、熱意を煽って損はない。
「そうか……是非、その娘から詳しい話を聞いてみたい。転移陣の使用を許可したいところだが……カロリナが居ないのでは、生体を転移させること、叶わぬ」
侯爵が無念そうに呟いたところで、「それについては、お耳に入れたい情報が御座います」とペトラが一歩を踏み出した。
「ほう、聞こう」
「はい。このたび、人の毛髪と血液には多量の魔力が含まれることが確認されました。多少の実力不足程度であれば、補うことは可能で御座います」
「毛髪と血液……なんと、そのようなことが……。何故わかった。いずこの研究者の発表か」
「それは――」
裏づけを求める侯爵に、ペトラは言葉を濁してデメトリを見遣った。そこで今度はデメトリが口を開く。
「空飛ぶ馬にて離脱した娘からの情報であります。どうやら我らとは違った知識を持っているようであります」
「成程のう……。あいわかった。ならば、すぐに魔術師を呼ぼう。転移陣の使用許可も通達しておく。なんとしてもその娘を保護し、我が邸に招いてくれ」
「は! 拝命いたしました!」
侯爵の指令に、デメトリは切れの良い敬礼を返した。
侯爵が手配した魔術師は、無事生物転移を成功させた。
「おお! 本当に生物転移だ……!」
転移陣のある部屋にいた兵士が、感嘆の面持ちでレヴァンとデメトリを出迎える。
「もしかして、この転移陣から援軍が来ますか?」
「残念だが、討伐隊はすでに陸路で向かっている。到着は数日後になるだろう」
「そうですか……」
デメトリの説明に、兵士はがっくりと肩を落としたが、それでも援軍は出発しているのだからと、気を取り直した。
「それより、空飛ぶ馬について教えてくれ。どんなやつなんだ?」
レヴァンの質問に、兵士が姿勢を正して答える。
「あ、はい。鷲の上半身と馬の下半身をもつ魔獣です。放牧している馬たちを好き放題に狩って食べてしまうんです。とりあえず、厩舎に入れて見張りはつけているんですが、おかげで馬たちは運動不足だし、警護する人間も疲弊してしまって。それに魔獣は、馬が食べられないとなると、人も襲い始めたんです。このままでは街がやっていけなくなってしまうので、王都のほうへ救援を依頼しました」
この街は馬の飼育で有名だが、穀倉地帯としても重要な拠点のひとつだ。それなのに、馬を食べられ、農業に勤しむ人間も襲われでは、踏んだり蹴ったりである。
「そいつはそんなに強いのか? 数は?」
この街にも戦える人間はそこそこいるだろうに、とレヴァンは質問を重ねる。
「いえ、確認出来ているのは、いつも一頭……一羽? です」
馬なのか鳥なのか。少し気になったが、それは大した問題ではない。
「ふうん。――もう一つ。個人で討伐に来た人間はいないか? 一人か、あるいは少人数で」
「ああ、いますよ。一昨日くらいに、若い男が一人」
「本当か!?」
あっさりと頷いた兵士に、レヴァンは色めきたった。
もしかしたらオフェリエの関係者かもと期待を抱きながら兵士に詰め寄る。
「そいつは今何処にいる!?」
「え……居場所までは、ちょっと。何しろ、空飛ぶ馬は神出鬼没ですからね」
つまり、空飛ぶ馬が出現しそうなところをうろついているというわけだ。
「うまい具合に遭遇できないんですよ。目撃情報が届いて急行しても、居なくなったあとで」
「囮は考えないのか?」
デメトリの順当な提案に、しかし兵士は顔を顰めた。
「囮といったら、人間か馬。どちらもこの街の大事な資産です。……実は、一度早期決着を狙ってやってみたんですが、空を飛びまわられて歯が立たず、被害甚大で。次にまた囮をやるのなら、王都からの討伐隊が到着してからでしょう」
「成程な」
こちらも順当な判断に、デメトリは頷いた。
「レヴァン、とりあえず巡回してみるしかない」
「だな」
「ではまず、宿までご案内します」
デメトリとレヴァンの意見が纏まったとみた兵士は、二人を部屋の外へと促した。




