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22 空飛ぶ馬 1


 飲めや歌えやの宴会が、盛大に執り行われている。勿論、レヴァンたちも討伐の功労者としてもてなされたが、宴の中心は、やはり聖女たるカロリナであった。

 レヴァンとオフェリエは頃合を見て宴から離れ、「引き裂くもの」の骸のもとへ向かった。

 骸は砂浜の端、宴に集まる人々からは見えない岩場に運ばれていた。

 オフェリエは、その遺体を囲うように、荷物から取り出したインク瓶と筆で魔法陣を描いていく。

 

 「それは何のための魔法陣なんだ?」

 「骸は燃やし尽くしても、魔石には残ってもらわないといけないから。その条件付けのための魔法陣よ」

 

 ただ燃やすだけなら、炎系の上位魔術を使えばいい。だがそれでは魔石も一緒に灰になってしまうので、そうさせないための魔法陣が必要なのだ。

 

 「これでよし、と」

 

 魔法陣を描き上げたオフェリエは、陣に触れながら、すう、と息を吸った。

 そして。

 

 「La――」

 

 祠に封印を施したのと同じように、だが違う旋律を歌い始めた。

 魔法陣に触れた指先を起点に、炎が走る。中央に置かれた「引き裂くもの」の骸に炎が点り、オフェリエの歌声が一際の高音で響くと同時に、激しく燃え上がった。

 

 「…………」

 

 レヴァンは、炎に照らされて色づくオフェリエの横顔と、神々しく響く歌声に魅了され、デメトリが隣に立ったことにもしばらく気付かなかった。

 やがて、「引き裂くもの」の骸はほぼ灰となり、オフェリエの歌声も止まった。

 正直、まだまだ聞いていたかったが、そもそもの目的は、魔石を見つけることである。

 レヴァンは手ごろな木の枝で、まだ細く煙をたてる灰を探った。オフェリエとデメトリもそれに続き、三人で灰をつつきまわす。

 

 「む」

 

 デメトリの枝が、こつん、と何かに触れた。灰の中から選り分け、拾い上げる。

 

 「デメトリさん、見せてください!」

 

 デメトリが掌に乗せた青い石を、オフェリエがさっと取り上げた。親指の爪ほどの青い石を、じっくりと眺める。

 

 「――間違いありません、高純度の魔石です」

 

 そして、安堵の息と共に断言した。

 

 「良かったな、オフェリエ」

 「ええ、ありがとう、レヴァン。デメトリさんも、有難う御座いました」

 「――あの魔獣が暴れたのは、やはりその石のせいか」

 「無関係ではないと思います」

 

 魔石の質や大きさ、形と、前のものに良く似ている。魔獣に影響するなにかがあると考えるのも、そう不思議なことではない。オフェリエは、デメトリに渡せといわれる前に、何食わぬ顔で魔石をしまいこんだ。

 

 「何にせよ、魔石の件はこれで片付いたとして――」

 

 神妙な顔で、レヴァンはオフェリエを見た。

 

 「実はだな、オフェリエ」

 「な、何かしら」

 「……カロリナに、治癒されたんだが」

 「! どこを!?」

 

 若干の申し訳なさを覚えつつ申告すれば、目を瞠ったオフェリエが距離を詰めてきた。

 

 「んー……左腕」

 「見せて」

 「ってうわ!?」

 

 勢いよく袖を捲り上げられた。

 オフェリエの柔らかい手に、そっと腕をなぞられて、レヴァンはぞくぞくした。

 

 「お、オフェリエ、それは、ちっと……」

 「レヴァン、このあざは?」

 「あざ?」

 

 言われて見れば、左腕の怪我をしたあたりに、赤黒い三日月のようなあざが出来ていた。

 

 「なんだこれ、いつの間に」

 「――気分は悪くない? どこか動かしづらいとかは?」

 

 深刻な表情のオフェリエを、レヴァンはいよいよ不審に思った。

 

 「どっちもない。健康そのものだ。なあオフェリエ、一体カロリナに何があるっていうんだ? 悪い奴じゃないだろ?」

 「……何もないなら……私の取り越し苦労なら、それが一番いいのだけど……」

 「説明を求める。一体何があると考えているのだ」

 

 未だ言葉を濁すオフェリエに、デメトリが踏み込んだ。

 

 「……私は、カロリナさんに語りかけているものが、良いものだとは思えないのです」

 

 迷った末にオフェリエは答えたが、それでも曖昧だ。

 

 「語りかけてるって……流浪する神々のことか?」

 「流浪の? いいえ、それは違うと思うわ」

 「あーあ、残念。オフェリエさんも、疑う人なのね」

 

 オフェリエの否定にカロリナの嘆く声が被さって、一同は振り返った。

 

 「! カロリナさん……」

 

 主賓としてもてなされていたカロリナが、一人、そこに立っていた。

 

 「でも仕方ないわ。ゲオルギア様の御力に触れたことがない人が懐疑的なのは、珍しいことではないもの」

 「っ」

 

 カロリナが崇める者の名を聞いて、オフェリエが息を呑んだ。

 

 「ゲオルギア……それが、名前か?」

 「ええ、そうよ。私に大いなる慈悲をお与えくださった御方。ふふ、大丈夫、皆も、すぐに信じることになるわ」

 「……何故、そんなことがいえるのだ」

 

 例によって謎の自信満々のカロリナを、デメトリが警戒する。

 

 「うふふ。簡単よ」

 

 晴れやかに笑って、カロリナは、無防備にオフェリエに近寄った。「な、何を……」と緊張するオフェリエを、至近距離から見上げてにっこり笑う。

 

 「もうすぐ、ゲオルギア様のご威光があまねく知れ渡るからよ」

 「っ!?」

 

 オフェリエの目が、大きく見開かれた。

 

 「オフェリエ?」

 

 その体が硬直したように見えてレヴァンは声をかけたが、オフェリエは返事をしない。カロリナが笑顔のまま、オフェリエに告げる。

 

 「その命、ゲオルギア様に捧げて」

 「――っ」

 

 オフェリエの体が、ぐらりと傾いた。

 

 「オフェリエ!?」

 

 レヴァンは咄嗟に腕を伸ばし、地面に倒れこむ寸前でオフェリエの身体を抱きとめた。触れた手が、ぬらりとしたもの――鮮血で塗れたのを見て、思考が止まり、言葉を失う。

 

 「っカロリナ、何を……!」

 

 デメトリがカロリナの肩を掴んだ拍子に、血まみれの短剣が落ちた。

 

 「うふふ、だってゲオルギア様が、オフェリエさんの命を捧げよと仰ったのだもの」

 

 変わらぬ、無邪気ともいえる笑顔のまま、カロリナは答えた。

 

 「神が、そのようなことを……!?」

 「ええ、そうよ。オフェリエさんを治癒する機会があれば、ゲオルギア様のお慈悲に触れて、オフェリエさんも喜んで身を捧げてくれたんだろうけど、生憎そんな機会がなかったから。だから今、その身をもって知ってもらおうと思って」

 

 驚愕するデメトリを押しのけ、カロリナはオフェリエに向けて足を踏み出した。レヴァンはオフェリエを守るように抱き込みつつ、カロリナを強く睨みつける。

 

 「カロリナ……っ」

 「あら、怖い。うふふ、でも駄目よ」

 

 カロリナは口元に手を当てて笑う。

 そして。

 

 「――レヴァンさん、オフェリエさんを置いて、下がって」

 

 静かだが、有無を言わせぬ口調でカロリナが告げた瞬間、左腕のあざに痛みが走った。その痛みは全身へと波及し、レヴァンの身体は、レヴァンの意思を無視してオフェリエを横たえ、一歩、退いていた。

 

 「な、んで!?」

 

 レヴァンは自分の行動が信じられなかった。

 すぐにオフェリエに近づこうとするが、どうしても身体が動かない。

 

 「ええ、そうよ、そのまま退いて」

 「っ」

 

 カロリナの更なる指示に、レヴァンの身体は従った。

 

 「レヴァン、どうした!」

 「か、体が、勝手に……」

 

 どうしたかなど、レヴァンのほうこそ知りたかった。自分の身体が、自分の意思で動かない。

 

 「うふふ、それがゲオルギア様の御意思だもの。……デメトリおじさん、その手を離して」

 

 訳知り顔で微笑んだカロリナは、笑みを消して、自分の手首を掴むデメトリを見た。

 

 「――私は、レヴァンのようにはいかんぞ」

 

 ぐっと強く手首を握りこまれ、カロリナの顔が少し歪む。

 

 「……そうみたいね。デメトリおじさんには、ゲオルギア様のご威光が届いていないみたい。なんて不心得者」

 

 デメトリは何もいわずにカロリナを睨み据えた。それに怯えるでもなく、カロリナはにこりと笑う。

 

 「でも、構わないわ。だって、私の味方はたくさんいるもの」

 

 ざっと、土を踏む複数人の足音が聞こえた。身体は動かないものの視線は動かせるレヴァンは、さっと見渡し歯噛みした。

 町人が、レヴァンたちを完全に包囲していた。表情から判断するに、レヴァンのように身体が勝手に動くものと、自らカロリナに従うものとは半々というところか。

 だが意思がどうであれ、身体は、カロリナの言葉に従ってしまう。

 

 「さあ皆、オフェリエさんを連れ出して」

 「くっ」

 

 動いてたまるかと足を踏ん張ったつもりだが、何の抵抗にもならなかった。

 デメトリがどうにかしてくれないかと願ったが、町人を怪我させるのを躊躇って、デメトリも動けずにいる。

 

 「くそ……!」

 

 レヴァンが毒づいた、その時。

 

 「ひひ――ん!」

 

 馬の嘶きが響き渡り、全員が動きを止めた。オフェリエの愛馬が駆けてくる。村人たちの頭上を跳び越しつつ、その足が一、二度空をかき――そして、眩い光を放つとともに、白馬の背中に一対の翼が生えた。それは、伝説の生き物、ペガサスの姿だった。

 

 「っ」

 

 眩い光を浴びた瞬間、レヴァンの体に自由が戻った。包囲する人々は、突然の出来事に狼狽する者、糸の切れた操り人形のようにその場にくずおれる者とがいた。中には気絶した者もいるようだった。

 

 「っ何なの、この光は……うっ!」

 

 カロリナは、気絶こそしなかったが、ペガサスの発する光で大いに苦しみ、胸元を押さえて呻いている。

 

 「――オフェリエ!」

 

 その隙にオフェリエに駆け寄ろうとしたレヴァンだったが、オフェリエの身体は宙に浮き、ペガサスの背中に乗せられていた。

 

 「おい待て、オフェリエをどうするつもりだ!」

 

 レヴァンの呼びかけに、気を失っているオフェリエも、そして勿論ペガサスも答えない。

 

 「オフェリエ!!」

 

 オフェリエを背に乗せたペガサスは、滑らかに高度をあげ、西の空へと消えていった――

 

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