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19 海辺の魔獣 1


 オフェリエが封印を強化していた頃、麓の村に残ったカロリナは、救護活動に精を出していた。

 

 「あの、聖女様、うちのじいさんの怪我もお願いしていいでしょうか……今回の魔物による怪我ではないんですけど……」

 「ええ、勿論どうぞ」

 

 恐る恐る尋ねる男性に、快く頷いてみせたカロリナだったが、「あ、でも待って」と断りを入れた。

 

 「…………」

 

 そして、耳を澄ませる素振りを見せた後、改めて男性に微笑みかける。

 

 「ごめんなさい、ちょっと急用が。すぐ戻るので、ここで待っててください」

 

 そう言うとカロリナは、男性の返事を聞きもせずに身を翻し、誰も居ない個室に駆け込んだ。ドアにしっかり鍵をかけてからお守り袋を取り出し、その中から、親指の先ほどの黒い石をそっと取り出す。テーブルに広げた白いハンカチの上に石を据え、膝をついたカロリナは、目を閉じ、祈りの体裁を整えた。

 

 「――はい、聞こえております」

 

 部屋の中に、カロリナの声だけが響く。

 

 「――はい、封印を強化したものを、南へ」

 

 封印を施したものとは、オフェリエのことだろうと、カロリナはすぐに察した。

 

 「――はい、すぐに参ります」

 

 そう答えたところで、カロリナは、その気配が去っていくのをはっきりと感じた。

 気配の余韻さえも消えたところで、立ち上がる。

 

 「南、か……。確か、港町に魔獣が出ていたはず……うん、きっとその討伐を、オフェリエさんに任せたいってことなのね!」

 

 一人納得したカロリナは、石を大事にしまいこんでから、治癒の約束を果たすために部屋を出た。

 

 

 

 祠の封印が無事に強化され、常の静けさが戻った。里の者たちは大喜びで、余所者であっても盛大に歓迎しようと言うのを、オフェリエは丁重に辞退した。「一刻も早く、魔石を集めないといけませんので」というので、三人は、レヴァンの家で一息ついた後、すぐに麓の村へと出立した。

 

 「…………」

 

 オフェリエとデメトリと共に山を下りながらレヴァンは考えていた。

 オフェリエの旅の目的は、故郷を救うために魔石を集めることだ。

 レヴァンの使命は、里の祠の、封印を守ることだ。

 二人を村に送り届けた後は、レヴァンには、オフェリエと一緒にいる理由がなかった。

 だが――

 

 「レヴァンはこれからどうするの?」

 「……実を言うと、迷ってる」

 

 レヴァンは率直に答えた。

 本来なら、レヴァンは里を離れてはならない立場である。だが、このままオフェリエと別れることを残念に思う気持ちも、かなり強くあった。

 結局、答えが出ないまま麓の村に到着し――

 

 「あ、いたいた! オフェリエさん!」

 

 到着するなり、レヴァンの悩みを吹き飛ばすような勢いで、カロリナが駆け寄ってきた。

 

 「ねえ、お願いがあるの!」

 「はい、何でしょう?」

 「南東の港町で魔獣が暴れているから、急いで一緒に行ってほしいの」

 「は? 退治しろって? オフェリエに?」

 「そうよ、オフェリエさんに魔獣討伐して欲しいって、お告げがあったの!」

 「お告げ? なんだそりゃ」

 「お告げはお告げよ、神様からの指令!」

 「…………」

 

 信じきっているカロリナの様子に、正直、戸惑う。

 いくら聖女といわれる存在であったとしても、実際に神からお告げがあるなんて、レヴァンには信じられなかった。

 

 「……わかりました、ご一緒します」

 「オフェリエ?」

 

 だから、オフェリエがさしたる反対もなく受け入れたことに、驚いた。信じるのか、と視線で問えば、「放っておけないわ」と囁きが返る。

 

 「……ああ」

 

 確かに、放っておいたらカロリナ一人で行ってしまいそうな勢いではある。それに、そもそもオフェリエは、カロリナに治癒の力を使わせたくないのだ。ならば、積極的に倒しに行くのもありだろう。

 

 「――わかった。なら、俺も一緒に行く」

 「レヴァンも? でも、祠を守らないといけないんじゃないの?」

 「掟ではそうだけどな。けど魔獣討伐に行くってのを放っておけないだろ。封印は、強化してもらったばっかだから、今までよりは安全だろうしな」

 

 レヴァンとしても、オフェリエと行動を共に出来る大義名分が得られるのはありがたかったし――それに、港町、海というものに、大分興味があった。

 

 「デメトリは――」

 「……無論、共に行く」

 

 レヴァンに話を振られたデメトリは、カロリナに視線を向けつつ答えた。が、カロリナはデメトリの視線を無視した。

 

 「じゃあ、すぐ出発しましょ! もう準備は出来てるの」

 

 ぱん! と一つ手を打って、カロリナは傍の馬小屋を振り返った。控えていた老人が、カロリナとオフェリエの馬を引いていて、若い男が、もう二頭を急いで引いてくる。

 

 「聖女様、どうぞお気をつけて」

 「ありがとう! お爺さんも、怪我には気をつけてね」

 「聖女様に治していただいたこの足、決しておろそかには使いませんぞ」

 「…………」

 

 カロリナとにこやかに会話する親子らしい二人の様子を、オフェリエが無言で見つめていた――

 

 

 

 村人たちによる、聖女様への盛大な見送りに若干気圧されながら、レヴァンたちは村を出立した。

 カロリナは、何度も振り返っては村人たちに手を振っている。

 

 「――それで、どんな魔獣が暴れてるんだ?」

 

 いい加減前を向け、という気持ちをこめて、レヴァンはカロリナに尋ねた。ちなみにレヴァンは、練習ということで一人で馬に乗っている。

 カロリナのお告げでは、オフェリエなら魔獣を倒せるということらしいが、だからといって何の準備もせずに乗り込むつもりはなかった。

 魔獣に関する情報はないのかと尋ねるが。

 

 「え? 知らないわ」

 「は? 待て待て、何で知らないんだよ!」

 「大丈夫よ、心配することなんてないわ! 全て上手くいくんだから」

 「…………」

 

 レヴァンは呆気に取られてカロリナを見た。オフェリエとデメトリも苦い顔だったが、カロリナは気付かない。

 

 「大丈夫、大丈夫! お告げは絶対なんだから」

 

 そう断言すると、鼻歌交じりに馬を走らせた。

 

 「おい、一人で行くな……っても、大丈夫っていうんだろうな、きっと」

 

 盲信を目の当たりにして、レヴァンは肩を落とした。呆れが強いが、しかし、少し身につまされるところもある。

 もしかしたら、使命だからと、深く考えずに管理を担ってきた自分も、傍から見れば似たようなものだったかもしれないと――

 

 「港町に出るのは、上半身は美しい女性だが、下半身は六頭の犬の姿の魔獣という話だ」

 「ん?」

 

 レヴァンは横に並んできたデメトリを見返した。

 

 「最初は近くを通過する船を襲っていたが、自粛した後には海岸近くまでやってきて、人や馬を襲っているらしい」

 「上半身女性に、下半身犬、か」

 

 実は情報通だったデメトリの淡々とした説明を聞きながら、レヴァンは記憶を探る。

 

 「心当たりがあるのか」

 「――本で読んだ覚えはある。確か……引き裂くもの」

 

 何とか名称を搾り出した。それを聞いたオフェリエが、目を瞬いて聞き返す。

 

 「引き裂くもの?」

 「ああ。けど、弱点、弱点……いや、なかったぞ、確か」

 

 お手上げだと頭をかくレヴァンに、オフェリエが躊躇いがちに口を開く。

 

 「……引き裂くものなら、私も聞いたことがあるわ」

 「え?」

 「確か、石になったか、弓で倒されたか……」

 「……あー、そうだ。いつの間にか石になっていたっていう説と、弓の名手に倒されたっていう説とがあったんだ」

 

 オフェリエの言葉のおかげで、レヴァンの記憶も蘇った。

 

 「そうか、だからオフェリエなのか。弓の名手」

 

 満更根拠がないわけでもなさそうだと、少し納得したレヴァンの隣から、デメトリが尋ねる。

 

 「石にする魔術はどうだ? オフェリエは使えるのか?」

 「いいえ、使えません」

 

 オフェリエに首を振られたデメトリは――少し先で馬を止めて待っているカロリナを見た。

 

 「……では、カロリナは、どうだ?」

 「ないし、聞いたこともないわ」

 「……そうか」

 「……?」

 

 二人のやりとりに、レヴァンは違和感を覚えた。レヴァンたちとの初対面時にはぐいぐいきた人懐っこいカロリナが、デメトリにはとてもそっけない態度なのだ。

 レヴァンは、オフェリエに所感を尋ねようとしたが、そこでふと気付いた。

 

 引き裂くものの情報は、レヴァンの家に伝わる門外不出の文献から得たのだ。広く一般に知られている情報とは思えない。もしかしてオフェリエも、レヴァンと同じような役目を担っているのだろうか。だから、封印をしなおせたのかと――

 

 「どうかした? レヴァン」

 「――いや」

 

 レヴァンの視線に気付いたオフェリエが小首を傾げる。レヴァンは一拍考えて、首を横に振った。問い質したとしても、ガードの固いオフェリエだ、話せないとしか言わないだろう。

 

 「とりあえず、オフェリエの弓に期待だな。頼りにしてるぜ」

 「最善は尽くすわ」

 

 レヴァンはオフェリエに向かって拳を突き出し、オフェリエも、微笑みながら拳をぶつけて返した。


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