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18 三つのピュライ


 オフェリエが魔石を回収した後、巨人の体を火葬した。火葬を始めたあたりから、山全体に満ちていた重苦しさが、徐々に薄まっていくように、レヴァンには感じられた。

 これで祠の異変も収まってくれればという期待がレヴァンにはあったのだが――麓の村に戻ったレヴァンを迎えたのは、青い顔のメリッサだった。

 

 「レヴァン、どうしよう! 変化無しだって!」

 「……あちゃー」

 

 メリッサの報告に、レヴァンは空を仰いだ。

 

 「あ、お帰りなさい、レヴァンさん、オフェリエさん! 無事で良かった……って、どうしたの?」

 「さあ、わかりません」

 

 レヴァンとメリッサの深刻な様子を見たカロリナがオフェリエに尋ねたが、オフェリエも何の話をしているのかわからないので、首を横に振るしかなかった。

 

 「……カロリナ……」

 「っ……」

 

 そしてオフェリエは、デメトリとカロリナが、顔を合わせるなり微妙に硬直したことも気になったのだが、詮索は躊躇われて、口を噤んだ。

 

 「こうなったら書物大捜索しかねえか……こういうときこそ兄貴の出番だろうに」

 「連絡一つ寄越さないんだから、もう!」

 

 レヴァンのぼやきとメリッサのむくれで会話が途切れたので、オフェリエは混ざりにいった。

 

 「居て欲しいときにいてくれないお兄さん?」

 「全くその通りで――って、もしかしてオフェリエ、魔術的なものから、風鳴り音とか、割れる音が聞こえたときの対処法って、知ってたりしないか?」

 

 兄への不満をこめて力強く頷き返したところで、思いついて尋ねた。

 

 「魔術的なもの? 風鳴り、割れる?」

 「ああ、魔法陣的なものに囲われた祠があるんだが、そこから異音がして気になってるんだ」

 「……それは封印じゃないの? 封印が解けてしまったなら、また封印をしなおすしかないと思うわ」

 「うん、私も同じ意見。でも、封印って色々大変よ? 誰にでも出来るってわけじゃないし」

 

 オフェリエの言葉に、カロリナも頷いた。

 

 「聖女様でも無理か?」

 「魔術の適性の問題もあるから……ごめんね、私じゃ無理かな」

 「オフェリエは?」

 「実際見てみないことには、なんともいえないわ」

 「そうか……さあて、どうすっかなー」

 

 レヴァンは溜息つきつつ、しばし考え――覚悟を決めてオフェリエに向き直った。

 

 「あー……オフェリエ」

 「何?」

 「頼む! 一緒に俺の里まで来てくれ!」

 

 レヴァンはオフェリエを拝んで頼んだ。

 

 「え、ちょっとレヴァン、いいの!?」

 

 メリッサは思わず声を上げた。里はずっと、余所者を寄せ付けないようにしてきたのに、招いてしまっていいのかという問いだ。

 

 「仕方ねえだろ。俺らじゃ封印なんて出来そうもねえんだし」

 「……そう、ね。レヴァンがそういうなら……」

 

 確かに、封印をしなおすことが最優先だろうと、メリッサも頷いた。そもそも、祠に関することの全権はレヴァンにあり、その判断は里長よりも優先されるというのが里の決まりだった。

 

 「てことでだ、頼む、オフェリエ」

 「私は構わないけど……」

 

 オフェリエは頷き――口を挟まずに成り行きを見守っていたデメトリに、視線を向けた。

 

 「……無論、私も行く」

 「……こうなったら一人も二人も同じだ。とにかく急ぐぞ」

 

 レヴァンは二人を急きたて、里へと向かった。

 

 

 

 隠れ里の奥、石造りのこぢんまりとした建物――祠の前で足を止め、レヴァンは振り返った。

 

 「これだ」

 

 足元の石畳には、祠を囲うように、効果不明の魔法陣が彫り込まれている。

 さらに、その魔法陣に沿うようにして六つの篝火が等間隔に置かれているのだが、今、そこに火は灯っていなかった。いつもは火が絶えないようにレヴァンが手入れをしておくのだが、代行していたメリッサ曰く、異音が聞こえ始めてから、火が頻繁に消えるようになってしまったということだった。

 

 「…………」

 

 オフェリエが無言で調べている間、レヴァンたちも沈黙を守っていたが、メリッサが言っていた通り、ヒュウと風が渦巻くような音や、ピシ、パキッといった音が聞こえてきていた。レヴァンの知識と経験にない事態だ。

 これは解決するんだろうかと、期待と不安をこめてオフェリエを見つめていると、足元の魔法陣をざっと調べ終えた彼女が立ち上がった。

 

 「……るピュライ……ここにあったのね」

 「え、ピュライ?」

 

 オフェリエの呟きを聞き取ったレヴァンは聞き返した。

 

 「ピュライ……? レヴァン、何のことだ」

 「いや、知らん」

 

 すぱっと言い切ったレヴァンを、デメトリが胡散臭げに見た。

 頼りないレヴァンに代わって、オフェリエが説明する。

 

 「神話はご存知ですか? 彼方に去った流浪する神々と、対立した、闇に棲むものたち。神々が去る前、この地の生命を守るため、三つの門に封印が施されました。その、神々の力が宿る門のことを、ピュライというのです」

 「……三つ、あるというのか」

 

 数が気になるらしいデメトリを横目に見つつ、レヴァンは頭を掻く。

 

 「あー、その話なら読んだ覚えはあるが……御伽噺じゃなかったんだな。というか、そうか。ピュライ、門、か。だから門番なんていわれてたんだな」

 

 長年の疑問がやっと解けた。

 

 「ふふ、そうね、これは門ではなく祠だものね」

 

 すっきりした表情で納得しているレヴァンに微笑を向けたオフェリエは、だがすぐに表情を引き締めた。

 

 「とにかく、封印をしなおさないと」

 「出来るのか?」

 「――ええ」

 

 自信満々という様子ではなかったが、オフェリエは頷いた。祠を囲う魔法陣を、今度は丹念に調べ始める。

 

 「――レヴァン、お前がこの祠を守っているのだろう? 何故知らんのだ」

 「詳しいことは伝わってないんだよ、管理してるのは祠なのに、門番っていうのも不思議に思ってたくらいだ。口伝が上手く継承されなかったんだろうって兄貴は言ってたが。辛うじて伝わってたのが、この祠を守れ、強くなれってことで。ああ、あと、色々書物はあったが、読めないものも多くてな」

 「読めない?」

 「古代文字ってやつらしい」

 

 現在では使用されていない文字と文法で、レヴァンは読むための努力を放棄していた。

 

 「……だがそれなら、解読を依頼すれば良かったのではないか?」

 「王都がもっと近ければ、それもありだったろうけどな。基本、俺たち門番は里から離れちゃいけない立場なんだよ。書物とかも、門外不出」

 

 今回、レヴァンが里を留守にしたのは、突発的で異例な出来事なのである。

 

 「もっとも、うちの兄貴は飛び出して帰って来てねえけどな」

 

 更にいうなら、書物も持ち出していったのだが。

 

 「って、オフェリエ!?」

 

 雑談しながらオフェリエの様子を見守っていたレヴァンは、彼女が短剣で親指を突いたのを見て驚いた。オフェリエに封印を頼んだのはレヴァンではあるが、彼女に傷ついて欲しかったわけではない。

 

 「大丈夫よ」

 「大丈夫って……」

 

 オフェリエはレヴァンを見向きもせずに、血の滲んだ親指で魔法陣の欠けた部分を埋めていく。その際に、ジュッと焼けるような音が聞こえた。そして金色の、小さな火の粉らしきものが舞い上がったように見えて、レヴァンは目を瞬いた。

 

 「オフェリエ、今……」

 「血液には魔力が多く含まれるの。失敗したくない魔術に血液を使用することは、珍しいことじゃないわ」

 

 今見たものを確認しようと口を開いたレヴァンであったが、同じタイミングでオフェリエが言葉を発したので、かき消されてしまった。

 

 「さてと。次は篝火ね」

 

 オフェリエは、魔法陣に沿って設置されている篝火を見遣った。

 六つのうち、手近な一つに近づいて、背負っていた荷物から布包みを取り出す。その包みからは、一束の毛髪が現れた。

 

 「え、髪の毛?」

 

 色は黒で、長さはオフェリエの腕半分くらいはあるだろう。オフェリエは、その一束を半分に分け、そこから更に六等分した。

 

 「髪の毛にも、魔力は多く含まれるの。といっても、血液ほどではないけれど」

 だが、血液は新鮮なものでないと効果が薄い。一方、髪の毛は、切り取られて時間が経ったものでも、充分な魔力が保持されている。

 「……それは、オフェリエのじゃないよな?」

 「ええ、私の妹のよ。魔術の才能は妹のほうがあるの。私の血液より、妹の髪のほうが、触媒としては優秀だわ」

 

 いいながらオフェリエは、六等分した髪の毛に火をつけ、一束ずつ篝火に投入していった。その篝火は掻き消えることなく、煌々と辺りを照らした。

 全ての篝火を灯し終えたオフェリエは、魔法陣の正面に立った。

 目を閉じ、かすかに頤をあげ、両掌は胸元で組み――それはまるで、聖母像のように神々しい姿だった。

 

 「La――La――」

 

 透き通った歌声が、高く低く、響く。

 歌声に反応してか、魔法陣が白い光を放ち始めた。最初は弱く、だが、オフェリエの声が力強く伸びていくに従って、光も強く。

 その神秘的な光景に、レヴァンたちは声もなく見入った。

 

 「La――」

 

 最後の一音が余韻を残して消えると同時に、魔法陣の光も消えた。

 それからしばらく耳を澄ませてみても、不安を齎すあの異音が聞こえてくることはなかった。

 

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