17 魔獣退治 3
囮のレヴァンたちを追って、巨人が罠ポイントに足を踏み入れた。
「よし、今だ!」
巨人の右足にロープが巻きつき、勢いよく上へ引っ張り上げられる。
「ぐおう!?」
巨人の体が逆さ吊りになった。両足は上空を向き、両手は、伸ばしても地面につかない。
「よ、よし! 成功だ!」
一人が歓声を上げたが、それはまだ気が早い。
「問題は、再生を止められたかだ」
釘を刺し、レヴァンは鞘から剣を抜いた。
巨人は怒りに任せて腕を振り回し、そのせいでぐらぐらと、不規則に揺れ動いている。
出来るだけ高い位置の、太い枝を選んで罠を仕掛けたが、巨人が動き回るせいで枝がみしみしいっている。あまり悠長にしていられない。
「なら、試してみましょう」
レヴァンの隣に立ったオフェリエが、弓を引き絞った。
揺れ動く巨人に狙いを定め、矢を放つ。
ヒュッと鋭く飛んで、矢は巨人の肩口に突き刺さった。
「があっ!」
悲鳴をあげた巨人は、すぐに矢を引き抜いた。矢はぼきりと二つに折られたが、皆の注目はそこにはなかった。
巨人の肩、矢が刺さった場所に出来た刺し傷は――
「っ治らないぞ!!」
一向に塞がる気配を見せず、今度は複数の歓声があがった。
俄然勢いを得て、男たちはそれぞれの得物を手に巨人に群がっていく。
「おい、無用心に近づくと、」
「――ぎゃっ!」
「ぐっ!」
レヴァンの言葉の途中で、巨人が振り回す腕にぶつかった男たちが吹っ飛んでいった。
「いわんこっちゃない」
やれやれと肩を竦め、さて、とレヴァンは改めて巨人を見た。
「どうにか動きを止めないと危なっかしいな」
「私が行こう」
ロープを携えたデメトリが、タイミングを計って巨人に近づき、その腕にロープをくるくると巻きつけた。そしてロープの端は、近くの木に結びつける。
右足と右腕を固定されたことで、巨人の体は泳がなくなった。
「こ、これなら……!」
「か、覚悟しやがれ!」
男たちが巨人に群がり、武器を振り下ろしていく。巨人は成す術なく、それらを受け止める。
こうなっては、もう先は見えた。
「…………」
戦意をなくしたレヴァンは、剣を収めた。
巨人の呼吸が止まるのに、そう時間はかからなかった。
「ところで、これ、どう処分するんだ?」
勝ち鬨をあげて興奮していた男たちだったが、冷静になると、困惑して巨人を見上げた。
普通の動物を狩ったのとは訳が違う。まさか食べるわけにもいかない――というか、見た目は人に酷似している。戦闘の興奮が冷めると、罪悪感が沸き上がってきた。
そんな男たちの前に、レヴァンは進み出た。
「よければ、処分は俺に任せてくれないか」
「あんたは……こいつの退治方法を教えてくれた人だな」
「そ、そうだな。あんたに任せたほうが良さそうだ。で、どうするんだ?」
「燃やす。そこの数人に手伝ってもらえれば充分だから、他のやつらは村に帰って皆を安心させてやれよ」
そこの数人、とレヴァンが指名したのは、レヴァンの里の男たちだ。麓の村の男たちは、レヴァンの申し出にありがたく頷いて、一足先に帰っていった。その場に残ったのは、里人以外には、オフェリエとデメトリだけだ。
「で、オフェリエ」
「何かしら?」
レヴァンはオフェリエを手招き、巨人の右掌を示した。
「! あれは……!」
オフェリエは巨人の右掌に嵌っている黄色い石に飛びついた。
「魔石……!」
「お望みのものか?」
「ええ、そうよ! ありがとう、レヴァン!」
オフェリエは嬉々として、石を取りだすべく短剣を当てたが。
「待て。その石は証拠品だ。私が預かる」
制止の声と共に、オフェリエの手は掴まれた。
「え……」
「証拠品って、何のだよ?」
困惑するオフェリエに代わってレヴァンが問えば、デメトリは苦い顔を見せた。
「……機密事項だ」
「そんな言葉じゃ、あんたには渡せないな。そもそも、こいつは結構物騒な代物なんだ。オフェリエに処分してもらうのが一番良い」
レヴァンはもっともらしく言い切った。理由は適当ではあったが、でまかせとも言い切れない。実際、オフェリエの求める魔石は、火を吐く牛、再生の巨人と、物騒なものたちが取り込んでいた。
「物騒――」
それは、デメトリにも思い当たる節があった。誰にも話していないが、あの再生の巨人は、デメトリが追い詰めた男が変化したものだった。
追い詰めた末に異形のものに変化され、多くの死傷者を出してしまったことを、デメトリは悔やんでいた。オフェリエが正しく処分できるというなら任せても良いとは思うが、しかし、証拠品を、碌に調査もせずに手放すつもりはなかった。
最近増えてきた魔獣による襲撃事件、その原因を突き止め、再発防止手段を講じるのが、デメトリの任務なのである。
「レヴァン、お前は、この魔石がどういうものか知っているのか」
何故、この魔石が、人を魔獣に変化させたのかを。
「あー、それは……」
レヴァンはがしがしと頭を掻きつつ、どう誤魔化そうかと言葉を濁した。そんなレヴァンに代わって、オフェリエが口を開く。
「恐らく、魔石と相性が良いものたちと結合して、望むままに力を与えるのだと思います」
「何?」
推察を述べるオフェリエに、デメトリが注目する。おかげで、適当に言った理由がそこそこ当たっていたことにレヴァンが驚いたことは、隠しおおせた。
「そのような効果がある魔石は、普通にあるものなのか」
「……普通には、ないと思います」
「人為的なものか」
「……これほどのものを、普通の人間が作れるとは思えません」
オフェリエの答えは慎重だった。
「――つまり、規格外の人間にならば、作れるということか」
「……」
デメトリの確認に、オフェリエは沈黙を返した。
「その石が、また今回のような事件を引き起こすことはありえるのか」
「条件が揃えば、ありえます」
「……」
これには即答されて、デメトリは苦い顔で黙り込んだ。
「ですが、私に頂けるなら、そのような事態にはさせません」
「何?」
きっぱりと断言したオフェリエを、デメトリは片眉上げて見た。オフェリエは怯まず見返す。その睨みあいはしばらく続き、デメトリが引く様子を見せないので、レヴァンは口を挟むことにした。
「なら、オフェリエに持っていてもらうのが一番だ。だろ?」
「――仕方ない」
溜息ついて、デメトリは折れた。
レヴァンとオフェリエは顔を見合わせて喜んだが、「だが、しばらく同行させてもらうぞ」という予想外の宣言に、二人の笑顔は戸惑いに変わった。
「魔石は本当に災難を呼ぶのか。オフェリエが持っていれば安全なのか。それを見極めたうえで、上に判断を仰ぐ」
「……まあ、仕方ない、か?」
「……ええ、仕方ない、わね」
仕方ない、とはつくが、とりあえずは合意に至って、ようやくオフェリエは魔石を手に取ることが出来た。