10 目的と観光
「ありがとー、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「元気でね、エルマちゃん、ピロスさん」
ぶんぶんと大きく手を振るエルマと、その一歩後ろで静かに佇んでいるピロスの身送りを受けて、オフェリエとレヴァンは邸を後にした。
結局、現時点ではピロスの体を移し変えることは出来なかったが、自分に魔術師の素質があると知ったエルマは、一生懸命勉強して、いずれピロスを治してみせると宣言した。
邸も見えなくなり、改めて王都に続く街道に戻ったところで、おもむろにレヴァンが口を開く。
「――で、良かったのか?」
「何が?」
「魔石、貰ってこなくて」
レヴァンの指摘に、オフェリエはぱちりと目を瞬いた。
どうして気付いたの――と口にしかけたが、振り返れば自分の態度はあからさまだったと思いなおす。
「いいのよ。私が欲しいレベルのものではなかったから」
「レベルがあるのか」
「ええ」
実験室にあった魔石の質は、一般的なレベルのものであった。オフェリエが欲しいのはもっと質の良い、言い換えれば魔力の純度が高いものである。
ピロスの動力となっている魔石も、体を移し変えることが出来るかの下調べでチェックさせてもらったが、ぎりぎり届くかどうかの質であった。確実に届くものだったら悩ましいところであったが、そうではなかったので諦めることは容易かった。
「――魔石は、私の故郷の皆を救うために必要なの」
魔石を巡ってレヴァンに迷惑をかけたのだ。彼には知る権利があるだろうと、オフェリエは理由を告げた。
「故郷の皆を救う?」
「そう。話せるのは、それだけ。――ごめんなさい」
「いや、いいさ」
満足に説明できないことを謝罪するオフェリエに、レヴァンは気を悪くした素振りもなくあっさり返したあと、疑問を付け足す。
「だが、その魔石が東にあるってことは確実なのか?」
「それは……多分。少し前に、黒い煙がたったのを知ってる?」
「あー、なんか、あったらしいな。俺は見てないが、見たっていう話は聞いた」
「その黒煙から強い魔力を感じたの。離れていてもあれだけ感じたのだから、それが魔石なら、レベル的には文句なし。ただ……」
「ただ?」
「回収できるかが、問題。そもそも魔石じゃないかもしれないし、魔石だったとしても、今も充分な魔力が残っているか、他の誰かに回収されてないか」
黒煙がたって、もう数日がたっている。魔獣退治に軍も動いている。
「……言っちゃなんだが、望み薄じゃないか?」
「……言わないで、気が滅入るから……」
至極妥当なレヴァンの言葉に、オフェリエはがっくりと項垂れた。
だが、望み薄とはわかっていても、あれだけの魔力を放ったものを、無視してはおけない。駄目もとでも確認せねば後々気になって仕方ないので、遠回りではあるが、レヴァンの伝手に望みをかけて、王都を目指すしかないのだ。
そして。
レヴァンとオフェリエは、高い壁に囲まれた王都の門前にたどり着いた。
「おー、でっかい壁だなー」
街をぐるりと取り囲んでいるというこの壁が、一体どれだけの資金と労力で作り上げられたものなのか、囲いと言えばせいぜい柵であるレヴァンには見当もつかなかった。
「レヴァン、門はこっちらしいわ」
「おう」
順番待ちの列に並び、簡単な質疑応答の後、宿屋の場所を教えてもらって、いよいよ王都に足を踏み入れる。
「宿屋は、大通りにぶつかったら右だったな」
「ええ。空いているといいんだけど」
「それもあるが、値段はどうなんだろうな? 都会は物価が高いと聞くんだが」
「……わからないわ。私も、こんな大きな街は初めてなの」
などと会話する間にも、雑踏の喧騒は大きくなってくる。そして目の前の道が開け――
「……おおー」
その人の多さ、賑やかさに、レヴァンはぽかんと口をあけた。
「すごいわね……」
オフェリエもまた、レヴァンの隣で、道の両側に連なる屋台に圧倒されている。
「お二人さん、王都は初めてかい? それじゃあこの人ごみに驚いただろう」
近くの屋台のおばちゃんが、笑いながら二人に話しかけた。そこは邪魔になるからと手招きされて、素直に従う。
「すごい賑やかだなあ。今日は、何かの祭りか?」
話しついでに、レヴァンは、おばちゃんが売っていた果物ジュースを二人分購入した。田舎に比べれば多少お高めだったが、目玉が飛び出るほどではないので、こっそり安心する。
「はい、まいど。王都ではこれが普通さ。まあ、ここは市場通りだから、王都の中でも特別活気がある場所ではあるけどね。色々なものが手に入るけど、騙される旅人も多いよ。気をつけな」
「おう。気をつけるよ」
人の良いおばちゃんに軽く手を振って、レヴァンはジュースを一つ、オフェリエに渡した。
「ありがとう、レヴァン」
二人並んでジュースを飲みながら、宿屋目指して進む。
おばちゃんの忠告を念頭におきつつ観察してみれば、物慣れない様子の旅人を引き止める店をちらほらと見かけた。値段の表示がないのも恐ろしい。
「あんまりきょろきょろしないほうがよさそうだな」
「そうね……。でも、せっかくだし、買い物はしたいわ」
「王都土産か」
「ええ、妹に。貴方も何か買ったら?」
「んー、そうだな」
妹、という単語で、レヴァンは幼馴染を思い出した。
「そういえば、幼馴染の誕生日が近い……いや、もう過ぎたか?」
「あら、じゃあ、お土産も兼ねて買っていってあげたら? 王都のものなら喜んでもらえるんじゃない?」
「といっても、何がいいのか……あ、オフェリエ、見立ててくれないか?」
「私が?」
「ああ。十七の娘の喜びそうなもの。下手なもの贈ると文句言われるんだよ」
実際、去年の誕生日は、女心がわかってないと盛大に駄目出しをされた。
多分オフェリエと同じくらいだろうしと丸投げしたら、オフェリエはちょっと眉を顰めた。
「……女性なの」
「ああ」
「……そうね。どういう間柄かにもよるんだけど」
少し考え込んだ後に窺うように見上げられ、レヴァンは首を傾げた。
「ん? だから幼馴染だぞ」
「……恋人じゃなくて?」
「恋人? 違う違う」
手をパタパタと振って否定すると、拍子抜けしたように、オフェリエの肩から力が抜けた。
「そ、そう……そうね、なら、アクセサリーの類は止めておいたほうが無難かしら。で、王都でしか手に入らない感じの――」
ゆっくりと歩きながら店の品を見ていくオフェリエは、不意に足を止めた。
ガラス細工の店の前だった。
「これなんかどう?」
オフェリエが手に取ったのは、小さな石を抱いた天使のガラス人形だった。その繊細な細工は、確かに田舎ではお目にかかれない代物で、きっとメリッサも文句なしだろうと思えた。
「おお、いいな! 助かったぜ、オフェリエ」
オフェリエのおかげで難題があっさり片付いたと、レヴァンは大喜びでそのガラス人形を購入する。
「せっかくだから、私にもお祝いさせて」
「ん? 何をするんだ?」
「ちょっとした魔術をかけるの」
悪戯気に笑って、オフェリエは天使の像に手を翳した。天使の抱える小さな石が、きらりと光った。
「何の魔術だ?」
「ふふ、それは後でのお楽しみ」
この「後で」というのは、メリッサの手に渡る時ということだろう。
「気を持たせるなあ」
気にはなったが、メリッサへのプレゼントだ。当事者を差し置いて詮索するのも気が引けたので、レヴァンは苦笑しながらも、天使の像をしまいこんだ。